「彼を変えたもの」
~~~エマ視点~~~
テレーゼへのプレゼントが決まり、お疲れ様&作戦会議の意味も込めて入ったカフェでのことだった。
注文したコーヒーとショートケーキが届くと同時に、エマは切り出した。
「個人的にはプレゼントを渡しながらその流れでプロポーズし、即結婚というのが最も望ましい形だと思うのですが、坊ちゃまとしては難しいでしょうか?」
「僕でなくてもたいがいの人は難しいと思うよ!? 告白はもちろんつき合ってすらいないのにプロポーズまでいくとか、けっこうな難行だよ!?」
バンとテーブルを叩いて声を荒げるハンネスは、しかし周りのお客さんの目に気づいてゴホンと咳ばらいをした。
「ともかくそれはない。ないよエマ」
「そうですか……薄々わかってはいましたが、まったく殿方というのは意気地のない……」
「そんなに勇気のあるコは、女の子にだって早々いないと思うけどね……」
コーヒーをひと口啜って落ち着いたハンネスは、やれやれとばかりに息を吐きながら席に着いた。
「ともかく、僕としてはもっと真面目な意見が欲しいね」
「わたくしとしては至って真面目なつもりなのですが……」
「わかった、言い方を変えよう。世間一般の若者はもちろん、大人たちが眉をひそめるようなことのない範囲での建設的意見が欲しいね」
このまま斜め上の意見を出され続けるのはよくないと思ったのだろう、シュタッと手を挙げてハンネスは言った。
「世間一般の大人たちが眉をひそめることのない……なるほど、かなり難しいご要望ですが、善処したいと思います。では、覚悟はよろしいですか?」
「う、うん。いつでもどうぞ?」
ゴクリ唾を飲んで身構えるハンネスにエマが提示したのは、しかし意外にも(?)真っ当な意見だった。
「まず、今すぐに贈るのは得策ではありません。すでにウィルという少年が先んじてしまっている以上、真似をしたかのような印象を与えてしまい、プレゼントの意味が半減します」
「ああたしかに。それはまったくその通り」
「なるべく特別感を出したいですね。何か大きなイベントの後であるとか、恋人たちの祭典の最中であるとか」
「うんうん、いいね」
「ついにで言うなら、ただ渡すだけというのも避けたいですね。それでは坊ちゃまの気持ちがきちんと伝わらない。手紙を添えるなどしたほうがいいでしょう。内容に関してはそれほど重くないもので、さらりと日頃の感謝を伝えると良いかと思います」
「手紙か、うんうん、いいね」
エマの提案に盛んに相槌を打っていたハンネスは、しみじみと言った。
「……しかしエマって、真面目な時には真面目なんだね」
「あらまあ。いかに坊ちゃまと言えど、それはさすがに失礼ですよ? 言っておきますがわたくしはいつだって本気で……」
「う、うんごめん。失礼だった」
エマが叱ると、ハンネスは慌てて謝った。
身を正し、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げた。
「ありがとね、エマ。こっちに戻って来たばっかりで、荷ほどきすらまだなのに、こうして連れ回したりして。大叔母様の臨終を看取るという大役を果たした後で、僕のこんな浮ついた用件につき合ってもらって」
「ええまあ……それほどでもないですが……」
ハンネスの低姿勢ぶりに、エマは驚いた。
元々高圧的な人間ではなかったが、かと言ってここまで他人の気持ちを思いやれる人間でもなかったはずだ。
離れていた9年間の間に、いったい何があったのか……。
「……それにしても坊ちゃまは、ずいぶんとお変わりになりましたね。お体のことだけでなく、お心も。わたくしが王都へ立つ以前とは、まるで別人のよう……」
「え、え、そう? 自分ではそんなに変わってるつもりはないんだけど……」
ハンネスはペタペタと自らの体を触って確認しているが……。
「いいえ、お変わりになりました」
エマは重ねて告げると、喉の渇きを潤すためにコーヒーをひと口啜った。
啜りながら考えた。
ハンネスをここまで変えた存在。
自分がいなければ何も出来ない愛すべき子犬のようだった彼を変えた、テレーゼという女のことを。
考えて──
考えて──
考えて──
そしてちょっと、嫉妬した。
「……なんだかちょっと、ムカつきますね」
「え、今なんて?」
「いいえ、なんでもありません」
エマは誤魔化した。
まだ見ぬテレーゼへの敵愾心を、ニッコリ笑って呑み下した。
エマさんは嫉妬している。
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