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「エマとの再会」

 ~~~ハンネス視点~~~




 ここは東部の高級住宅街の中心にあるハンネスの家。

 グラーツでも有数の音楽出版社である『ジングライヒ社』社長の邸宅だけあって、敷地は広大だ。

 二十を超える客室、庭園には還流式の小川まで流れている。


 ハンネスの自室は三階にあった。 

 部屋は広くゆったりしていて、当然の如くグランドピアノが設置されている。

 防音効果は完璧なので遠慮なく音が出せるし、呼べば最高の音楽教師がやって来る。


 ピアノ弾きの階梯かいていを上がる者としてはなんとも恵まれた環境であるが、ハンネス自身にその気は無い。

 音楽にたずさわる仕事をすることになるのは間違いないが、プロとしてではなくプロを支える側の人間になりたいと思っていた。


「うう~、どうすればいいんだあ~……?」


 ハンネスは部屋の中を歩き回りながら唸っていた。


 目下の悩みは、支えたい人間であるテレーゼのことだ。

 ウィルがテレーゼにプレゼントをしたという話を聞き、ハンネスは慌てていた。


 日頃の感謝を込めてという話だったが、そんなわけがない。

 四手連弾よんしゅれんだんをしたあの夜に聞いた、「テレーゼの『光』になりたい」という発言の意味を考えるなら、ウィルの目的は別にある。


「うう~ん、まさかウィルがそんな思い切った行動に……。まだ10歳の子供なのに……。いや、だからこその思い切りの良さなのかな? 変に守りに入ってないからこそ出せる勢いで……それが返って功を奏することもあったりして……? やっぱりここは、僕も何かしないとかな……?」


 ハンネスとて、テレーゼを愛する気持ちに変わりはない。

 つき合い自体は短いが、ウィルやエメリッヒ先生はもちろんクロードにだって気持ちの強さは負けていないと断言できる。

 ただでさえ見た目の不利があるのだ(ハンネスはまだ、自分がデブで不細工だと思い込んでいる)。

 ここは指をくわえて見守るのではなく、積極果敢に動くべきだ。


「でも、いったいどうしたら……? どうやったら他の3人に遅れをとらず、かつ自分だけのアピールポイントを主張できるんだ……?」


「──坊ちゃま、そういうことでしたらこのわたくしめにお任せください」

 

「ってうわうわうわっ!? 誰誰誰っ!? いつからそこにいたのっ!?」


 突如かけられた声に驚き、ハンネスはその場に尻もちをついた。


 声の下した方に首だけを振り向けると、そこに立っていたのはメイド服を身にまとったひとりの女性だ。

 年の頃なら二十半ば。茶色の髪を大きな三つ編みに結っている。

 女性にしてはおそろしく背が高く、銀縁メガネの奥の目が冷たい光を放っている。

 他者を見下すようなこの独特な威圧感は、紛れもない……。  


「エマ!? エマなの!? ええええ、いつ帰って来たの!?」


「つい先ほどでございます」


 エマは淡々と告げると、腰を折って綺麗な礼をした。

 

 彼女の名はエマ。

 小さい頃にハンネスのお付きのメイドをしていたが、王都在住の大叔母様の身の回りの世話をするために一時グラーツを離れていたのだった。

 大叔母様が亡くなられた関係でこちらに戻って来るとは聞いていたが……そうか、今日だったのか……。


「おひさしぶりでございます。坊ちゃま。これより坊ちゃまのお付きとして誠心誠意務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


「あ、ああ……そうなんだ? これからよろしくね?」


 大叔母様のお世話という仕事が無くなった以上は、それが自然な流れだろう。

 ようやく驚きから立ち直ったハンネスは、エマをしげしげと眺めた。


「8……9年ぶりかな? しかしエマはずいぶんと背が伸びたねえ……。昔も大きかったけど今はもっと……。いや、女性に対して背が高いは褒め言葉じゃないか……」


「いいえ、ありがとうございます。わたくし、人類最高峰を目指しておりますので嬉しいです」


「人類最高峰……?」


「坊ちゃまもお変わりになりましたね。以前はあんなにふくふくとして可愛らしかったものが、普通の美男子になってしまって、わたくしは悲しいです」


「いやもう、どこからツッコんだらいいのやら……」


 眼鏡を持ち上げヨヨヨと泣き真似をするエマの独特な感性は以前とまったく変わっておらず、ハンネスはほっとした。


(そうか、エマがまたお付きになってくれるんだ……)


 音楽院に入学してからずっと、ハンネスはひとりだった。

 テレーゼに出会うまでは友達もろくに出来ず、孤独な学校生活を送っていた。


 だけどそれには、エマの不在も大きかったのだと思う。

 どこまでも飄々としている彼女が傍にいれば、自分はもっと心安くいられたはずだ。

 他人に話しかけ、友達を作るぐらいの余裕はあったかもしれない。

 そうだ、エマさえいれば……。


(……なんて、他人のせいにするのはよくないよね)


 心の中で反省しつつ、ハンネスはエマに笑顔を向けた。


「でも良かったよ。他のメイドには悪いけど、なんだかんだで僕はエマと一緒にいた時のほうが楽しかったからさ」


「……それは遠回しな告白と捉えていいですか?」


「いやいやいや、そういう意味じゃなくてさ」


 エマの突拍子もない切り返しに、ハンネスは慌てた。


「他のメイドはやっぱり僕に気を遣いすぎるきらいがあるというか、そりゃもちろんメイドだから気は遣うんだろうけどさ、僕としてはもっと気楽に普通に接して欲しいんだ。そういう意味ではエマとの間に壁は無いからさ。いい意味ですごく楽で……」


 相手が主人であったとしてもまったく忖度そんたくしないのがエマの美点だと、ハンネスは思う。

 だからこそ信頼できるし、大叔母様が最後に傍にいて欲しいと願ったのもうなずける。


「とにかくひさしぶり。これから、よろしくね?」


 握手を求め手を伸ばすハンネスを、しかしエマは冷たく見下ろした。

 握り返すどころか、パシンと素っ気なく叩いて来た。


「よろしくね、ではありません坊ちゃま」


「え、え? 何が? なんで僕いま手を叩かれたの?」


 自分のどこが悪かったのだろうと困惑していると……。


「先ほどつぶやいてらっしゃるのを聞きました。なんですか、懸想けそうされている女性がいるとか?」


「うっ……?」


 ノックもせずに部屋に入って来る者などこの屋敷にはいないはずなので油断していたハンネスだ。

 テレーゼへの想いについてもまったく気にすることなく口にしていたのだが、いったいどこまで聞かれていたのだろうか。


「えっと……エマ、いったいどこまで……?」


「全部です、余すところなくすべてです」


 食い気味に言うと、エマはハンネスの両肩を掴んだ。

 ギシギシと砕かんばかりに力を込めると、こう告げた。


「その上で、言わせていただきましょう。ブリュンベルグ家のご嫡男ちゃくなんが、市井しせいの女のひとりやふたり、オトせなくてどうしましょうか」


「痛い痛い痛いっ、痛いよエマっ!」


「このわたくしがお力添えいたします。その女の身も心もとろかすような手練手管てれんてくだを叩き込み、坊ちゃまの念願を叶えてお見せいたします」


「わかった、わかったからあーっ! この手を離してよおおおーっ!」

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