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「気づかない女」

 ある日の休み時間のことだった。

 わたしのクラスのわたしの席に、わたしはウキウキ気分で座ってた。

 

「どうしたのよ、ご機嫌じゃない」


 ふんふんと鼻歌でも歌い出さんばかりのわたしの態度を不思議に思ったのだろう、リリゼットが話しかけてきた。


「お、わかるう~? わかっちゃう~? んもうしょうがないなあ~、そんなに理由が知りたいなら教えちゃうぅ~」


「……いや全然聞きたいなんて言ってないんだけどね、まあ言いたいなら言いなさいよ」


 ひょいと肩を竦めてさあどうぞと先を促すリリゼット。  


「んもう、内心では知りたくてしょうがないくせに、このツンデレさんめえ~。まあいいや、そうゆ~ことなら教えてあげるう~。じゃ~んっ。これよこれ、ウィルからのプレゼントっ」


 あくびする黒猫のイラストがデザインされたレターセットを見せびらかすと、リリゼットの顔がビシッと強張るのがわかった。

 後ろにいたアイシャとミント、ハンネスたちの動きがピタリと止まるのも。


「ねえ~、可愛いでしょ~? 日頃からお世話になってることのお礼だって。あとあと、サロンでの四手連弾よんしゅれんだんでもお世話になってありがたかったからだって。これからもよろしくお願いしますだって。うんもうね、嬉しすぎてわたしはその場で号泣しそうになっちゃいましたよ。だってさだってさ、手塩に掛けて育てた弟子からの気持ちのこもったプレゼントよ? しかもこうゆーの売ってる店ってけっこう男の子だけじゃ入りづらいものじゃない? にもかかわらずわざわざ買って来てくれたんだって考えるとその苦労分もあわせて嬉しくない? しかもさしかもさ、なんでレターセットかってゆーと理由があってさ。最近女子たちの間で流行ってる友達同士でお手紙出し合うっていうあれ。あれがわたしにも出来るようにだって。ホント気が利いてるよねえ~。……あれ? わたしってばもしかしてクラスで孤立してると思われてる? みんなと仲良く出来るようにって弟子に気を使われちゃってる?」


 ウィルのプレゼントの深い意味に気づいたわたしは、複雑な気持ちになった。


「たしかにじゃっかん浮きがちなのは否めないけど、別にコミュ障とかじゃないつもりなんだけどなあ~……」


「……ちょっと聞いていい?」


 うむむと唸るわたしの肩を、リリゼットがガシリと掴んだ。


「お、どうしたのリリゼットうらやましくなった? 自分も弟子が欲しくてしょうがなくなった? でもウィルはわたしのだからあげないからねって痛い痛い痛い痛いっ!? 手の力強くない!?」


 悲鳴を上げるわたしに、リリゼットはずずいとばかりに顔を寄せて来た。


「……あなた、このこと、誰かに言った?」


「ふうー……痛かった。もう、何よ急に……」


「だ・れ・か・に・言った?」


「うおう、何その真剣な目……まあ言ったけど……」 


「誰に?」


「えっとー、クロードでしょー? 長屋のおばちゃんたちでしょー? あと、直接わたしが言ったわけじゃないけど、知ってるだろうなってのがアンナ」


「「「「アンナ(・ ・ ・)?」」」」

 

 アンナの名前を出した瞬間、空気がギシリと凍り付いた。


「最初から最後まで詳しく」


「ええー? なによもうー」


 どうしてそこまで気にするのかはわからないが、リリゼット含めみんなはガチで深刻な表情をしている。

 とても逃がしてくれそうな感じじゃないので、わたしは素直に答えた。


 ピアノ弾きの休憩中にバルの裏に呼び出されてプレゼントされたこと。

 その時のウィルは顔を真っ赤にして照れながら、でもとても真剣な表情をしていたこと。

 喜んだわたしが「でもわたしだけだと悪いなー」とアンナのことを気にしていたら、アンナにはアンナですでに別のものを渡してあるのだと教えてくれたこと。


「日頃の感謝だったらもちろんアンナに対してもあげなきゃいけないからね。その辺もわきまえてる感じはさすがウィルよね。うんうん、さすウィルさすウィル」


 頭が良くて気が利いて、素直で可愛い我が弟子を、心の底から誇りに思っていると……。


「わたし、思ったんだけど……。これってデア・マルクト文化通りの裏のお店よね」


 リリゼットがぼそり、つぶやくように言った。


「普通の男子は知らないお店よね。いくらウィルが気が利いてるとはいえ、あそこのことを知っていたとは思えない。ということは……」


「「リリゼットさんまさか!?」」 


 アイシャとミントが悲鳴じみた声を出す。


「ええ、そのまさかよ。……ウィル、アンナと一緒に買いに行ったんだわ、これ」


「「きゃあああーっ!?」」


 顔を青ざめさせながらのリリゼットの言葉に、今度こそ本物の悲鳴を上げるアイシャとミント。

 

「ウィルってアンナの気持ち知らないのっ?」


「ウソでしょ? あんなにわかりやすいのに……っ」


 口々に言うふたりにリリゼットは。


「だって、テレーゼの弟子だもの」とひと言。


「ああー……」 


「すごく納得……」 


 不憫ふびんなものを見るような目をわたしに向ける3人。


「なんだかすごく嫌な納得のされ方なんだけど……。ていうかさ、ねえ、どういうこと? アンナへのプレゼント自体はすでに渡してあるんだから問題無くない?」


「大アリよ。アンナにとってはびっしりと敷き詰められた針の上を歩くようなものだったに違いないわ」

  

 リリゼットはハアとため息をつきながら大げさな例えを持ち出してくる。


「ウッソー、なんでー? アンナとしてはウィルと一緒に買い物に行けて、しかもプレゼントももらえるなら超ウキウキなんじゃないのー? ね、ハンネスならわかるでしょ? わかるよね? ね?」


「やめなさいよ。あなたホント、いつか後ろから刺されるわよ?」


「なんで!?」


 ハンネスに同意を求めたわたしを真顔で止めてくるリリゼット。

  

 ハンネスはハンネスで硬直してるし、アイシャとミントは怖気おぞけを振るうようなしぐさをしてるし。

 リリゼットはやっぱり真剣な顔で「あんまりはしゃぐんじゃないわよ? 周りの人がどう思うのかを考えるの、いい?」とか言って変に大人ぶってわたしをさとそうとしてくるし、もうなにがなんだかわからない。


「もおーっ、いったいなんなのよーっ!? 弟子からプレゼントをもらいました、やったぜハッピーラッキーって素直に喜んでちゃダメなのおーっ!?」


 頭を抱えて叫ぶわたしに、しかしみんなは一斉にかぶりを振った。

テレーゼが「気づいた時」こそが、物語の最高の瞬間ですね。


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