「そんな風に心に決めた」
~~~アンナ視点~~~
目を覚ますと、ベッドの上にいた。
感触からして、家のベッドではないようだ。
白いシーツに薄茶色の毛布、白い布団……ほのかなアルコール臭と間仕切りカーテン……おそらくは保健室のベッドの上だろう。
「あれ、わたし……? そうか、教室で意識を失ったのを、誰かが運んで来てくれたんだ?」
ようやく状況が飲み込めたアンナは、自己嫌悪で死にそうになった。
「ああ~……わたしいったい、何やってるんだろう~……」
ひとり勝手に思い悩んで寝不足になって、食事もろくにとってないから空腹で、体のバランスが崩れて熱を発して倒れた。
家で休んでいればよかったのに強がって登校して、みんなに迷惑をかけた。
「呆れられたかな~……たぶん呆れられたよね~……何やってんだと思うわよね~……」
自分が倒れたと聞いたウィルがどんな反応を示すかを考えて、アンナはまた死にそうになった。
頼れる姉的な立ち位置にいたいと思っていたのに、これでは面倒な妹だ。
「ハア~……いったいどんな顔でウィルに会ったらいいのかしら……」
大きなため息をついた──瞬間、当のウィルとバッチリ目が合った。
「え」
「や、やあ」
気まずそうな顔で手を挙げるウィル。
「え、え、え?」
ベッドの脇の椅子に座り、アンナの様子を見守っていたのだろうが……。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! ちょっと待ってね!?」
アンナは慌てた。
慌てて布団をかぶり、真っ赤になった顔を隠した。
(寝顔を見られた? いびきとかかいてなかった? っていうか色々言ってたの全部聞かれてた? え、え? わたし今なに言ってた? 変なこと言ってないよね? 聞かれちゃまずいようなことは何も言ってないわよね?)
必死に自分の発言を思い出そうするが、頭はパニック状態。
考えはまとまらず、いたずらに時間だけが過ぎていく。
「ねえアンナ。保健の先生呼ぼうか?」
症状が悪化したと思ったのだろう、ウィルが気づかわしげな声を出す。
「大丈夫! 大丈夫だからちょっと待ってて!」
体のだるさや悪寒はすでに無い。
熱自体はあるのだが、それが精神的動揺からくるものなのか病理的なものなのかがわからない。
「少し待ったら落ち着くから、待っててね!」
「う、うん……」
ウィルを待たせて30秒……1分……2分……。
ようやく落ち着いたアンナは布団を下げ、顔の上半分だけを覗かせた。
「よし、大丈夫。それで? 今って何限目?」
「もう放課後だよ。アンナのとこの病院に連れて行こうかって話もあったんだけど、保健の先生がたぶん大丈夫だろうって」
「うん、そうね。それで正解」
完全なる自業自得で、しかもこの程度の症状でお医者にかかるのは、さすがに気まずい。
しかもそのお医者は自分の父だし。
そしてそうか、ウィルは自分を連れて帰ろうと思って待ってくれていたのか。
やっぱり優しいなあと、アンナがほっこりしていると……。
「ね、けっきょくなんだったの? 風邪とか?」
「……寝不足」
ぼそり、つぶやくようにしてアンナは言った。
「え?」
「寝不足から来る発熱よ、悪い?」
「い、いや、悪くはないけど……」
「い、いいでしょたまには! それよりあんたのほうはどうだったのよ! 上手く渡せたの!?」
あまりにも理由がアホすぎるので、アンナは声を荒げて誤魔化した。
「うんまあ……」
「テレーゼはなんて言ってた? 喜んでた?」
「うん、それがね、もうものすごくて……」
ウィルの話によると、プレゼントを手渡した瞬間テレーゼは泣き出したのだという。
愛弟子から贈り物をされるという経験の尊さに感極まって、号泣したのだという。
「『36年生きて来た中で最高のプレゼントよ!』とか言って、ちょっと意味はわかんなかったんだけど……」
「まだ16歳なのにね。3と1を言い間違えることとかある? まあその辺のわけわかんなさがテレーゼのテレーゼたるゆえんというか……」
「うん。でも、喜んでくれた。顔を真っ赤にして、ボロボロ泣いて……ありがとう、ありがとうって。ホントに贈って良かったよ。ありがとね、アンナ」
「……ま、まあよかったんじゃない?」
素直な感謝を口にされたことで照れくさくなり、アンナは布団を目元まで引き上げた。
「それで、それ以外のことは?」
「……それ以外?」
はて、とばかりに小首を傾げるウィル。
(あ、そうか。こいつってお子様だから、プレゼントを渡すついでに告白ってところまでは考えてないんだ。テレーゼの歓心を買うためにプレゼントをするっていう発想で止まってるんだ)
ウィルがまだその段階に至っていないのだと気づいたことで、アンナはほっとした。
同時になんだか、バカらしくなった。
(ウィルとテレーゼがつき合ったらどうしようとか、別の人生を過ごさないと、とか。先走りすぎだったわ。ホント、わたしってばバカみたい……)
精神的な落ち着きを取り戻したアンナは、いつものシニカルさをもまた取り戻した。
「ねえ、それ以外ってどうゆーこと? ボク、何か忘れてた?」
「なんでもない。どうせあんたみたいなお子様にはわからないから教えてあげない」
「え、え、どうゆーこと?」
「いずれわかる時が来るわ。それが何年後か、あるいは何十年後かはわからないけど」
「ちょっと、なんでそんな言い方するのさ。もったいぶらないで教えてよ」
「さあーて、どうしよっかなー」
なんとか聞き出そうとするウィルだが、アンナは言を左右にして教えない。
ウィルが聞く、アンナは答えない。
ウィルが聞く、アンナは答えない。
そんなやり取りを繰り返しながら、アンナは内心で思っていた。
(ああ、やっぱりウィルとこうしているのは楽しいな。この時間がもっと長く続けばいいのに……ってあれ? そういえばなんでわたし、最初から負ける気でいるのかしら?)
アンナは気づいた。
テレーゼはたしかに魅力的な女の子だ。
しかしその周りには、これまた魅力的な男の子たちがいる。
その男の子たちはテレーゼとつき合うのにふさわしい年齢だが、ウィルはまだ10歳だ。
当然恋愛対象としてはつり合わないし、ウィルもまた『歓心を買う』以降のことを考えられない程度のお子様だ。
(そうよ、周りの状況や年齢のことまで考えるなら五分五分じゃない。わたしにだって全然勝ち目はあるじゃない)
アンナはウィルをジロリと見つめた。
ふわふわと柔らかな髪、くりくりと愛らしい目、まだあどけないながらも整った顔立ち。
優しくて、男の子はもちろん女の子への気配りも欠かさない。
リアクションも面白くて、いつまでもからかっていたくなる。
(そうよ、ウィルをここまで育てたのはこのわたしなのよ。いつも傍にいてあれこれと世話を焼いて、ここまでいい感じの男の子に育てたんだもん。それをいきなり横からかっさらわれてたまるもんですか)
敵愾心にメラメラと火のついたアンナは、ぐぐうっと拳を握った。
(決めた。わたし、勝つわ。テレーゼを倒して、ウィルを自分のものにして見せる)
そんな風に、心に決めた。
アンナは諦めない。
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