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「別の人生」

 ~~~アンナ視点~~~




 家に帰った後も、動悸は治まらなかった。

 食事も喉を通らず、夜になってもまったく眠気が襲って来ない。


 ベッドの上で布団をかぶって1時間……2時間……。

 ぎゅっと目を閉じてもダメ。何も考えないように頑張っても、自然とウィルのことを考えてしまう。

 けっきょく朝まで眠ることは出来ず、アンナは寝不足でふらふらのまま登校することになった。


「大丈夫? アンナ、顔色悪いよ?」


 隣に並んだウィルが心配そうに声をかけてくるのを、アンナは素っ気なく突き放した。


「平気よ。わたしのことはいいからちゃんと前を見て歩きなさい」


「でもアンナ……」


「いいから、ほら、前」


 顔をぐいと押しやると、ウィルは諦めたように前を向いた。

 アンナの態度をある種の拒絶と受け取ったのだろう、それ以上何も言って来なくなった。


 でも、距離を取ることだけはしなかった。

 アンナが倒れたらいつでも手を伸ばせるような位置にいるよう心がけているのだろう、いつもより近くを歩いている。

 

 それはクラスでも同じだった。

 常にアンナが目に入る位置にいて、移動授業の時には必ず隣を歩いていた。


(ホントに優しいのよね、こいつ。そりゃあ人気があるわけだわ) 


 目配りが利いていて、気配りが出来て、思いやりがある。

 同じ年頃の男子にはなかなかいないタイプなので、ウィルは女子の間で人気があった。

 恋人の座を狙っているのは、何もハーティアだけではないのだ。


(でも、こいつがそこらの女子になびくことはないけどね。なんせ好きな相手があのテレーゼだし) 

 音楽院随一のピアノ弾きにして、アベル王子の元婚約者にして元公爵令嬢というミステリアスなバックボーン付き。

 顔形の美しさはもちろん、なんと言ってもテレーゼの魅力を支えているのはあの距離感だろう。

 するりとこちらの懐に入り込んできて、最初から友達だったかのように一瞬で仲良くなってしまうあの能力は、人付き合いの下手なアンナにとっては魔法のように感じられる。

 

(しかも年上のお姉さんだしね、そりゃあウィルが夢中になるのもわかるというか…………あれ?)


 アンナはふと気づいた。


「ウィル。あなたなんでここにいるの? 三限の休み時間にテレーゼにプレゼント渡すんだって言ってなかったっけ?」


「言ったけど……」


 アンナの隣の席がウィルの席なのだが、ウィルはそこから動こうとしない。

 そわそわしながらこちらの様子を窺っている。


「……ああ、なるほどね」


 アンナの体調を気にしているのだ。

 倒れたらどうしようとか、アンナがそんな状態なのに自分がテレーゼに、とか。余計な気を回しているのだ。


「余計なこと考えるんじゃないわよ。ほら、有言実行。男の子なら、やると決めたことは最後まできっちりやりなさい」


 パシンと背中を叩いてやると、ウィルはのろのろと席を立った。

 テレーゼへのプレゼントを手にして悩み、悩み……やがて意を決したようにうなずくと、きっとばかりにアンナを見つめてきた。


「わかった。バッと行って、バッと帰って来るから。すぐだから」


「バッと渡してバッと帰るとか、そんな素っ気ないプレゼントの渡し方ある? いいからゆっくりじっくり、語らって来なさい」


「う、うん、わかったっ」


 ウィルは短く告げると、走ってクラスを出て行った。


「あいつ……本気でバッと帰って来る気ね……」


 ウィルの優しさにハアとため息をついていると……。


「あらあら、ウィルさんったらあんなに急いで、どうされたの?」


 こちらの様子を……というよりはウィルの様子を窺っていたのだろう、ハーティアが話しかけて来た。


「手に何か持っているようでしたけど……」


「ああ、あいつはね」


 アンナは目を細めると、自嘲気味に笑んだ。


「今から玉砕して来るの」


「え? え? 玉砕? どうゆーことですの?」


 思いも寄らなかっただろう単語に目を白黒させるハーティア。

 その様がおかしくて、アンナはくつくつと笑った。


(そうよ。勢いで告白して……ついでにフラれてしまえばいいのよ)


 そうだ、なんといってもテレーゼにはクロードがいるのだ。

 本人はまだ実感が湧いていないようだが、ふたりの間には明らかに強い引力が働いている。互いの好意が表に出て来ていないだけで、ちょっとのきっかけあればすぐにでもあふれ出し、くっつくだろう。


 そうでなかったとしても同じクラスにはハンネスがいるし、エメリッヒ先生だって魅力は十分。

 まだまだお子様のウィルが勝てる要素なんかひとつも無い。

 無い……はずなのだが……。  


(もし上手くいったら……どうしよっかな)


 アンナはふと、そんなことを考えた。

 

(万が一にも告白が成功して、ウィルとテレーゼがつき合ったとしたら……わたしは……わたしたちは……)


 きっともう、今まで通りの関係ではいられなくなるだろう。

 だって、イチャイチャするふたりを目の当たりにしながら平気な顔なんて出来るわけない。

 仮に出来たとしても、内心はボロボロだろう。胸が痛み、心が傷つき、とにかく大変なことになるはずだ。


 自分の心を守るためには、なるべく距離をとるしかない。

 金曜会からも抜けて、バルにも顔を出さないようにして、今までとは別の人生を歩んで行くしかない。


(別の人生……か)


 その人生にはウィルがいない。

 今までいつも傍にいた、ウィルがいない。


(そんなのやだなあ……キツいなあ……)


 最悪の展開を想像しているうちに、アンナの具合はどんどんと悪くなっていった。

 頭が熱を帯び、体に震えが走り、やがて……。


「ちょ、ちょっとアンナさん? 大丈夫?」


 ハーティアの慌てた声を聞きながら、アンナは意識を失った。

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