「アンナは先を急いだ」
~~~アンナ視点~~~
アンナは怒っていた。
たいそう怒っていた。
理由は単純だ。
ウィルが、幼なじみの少年があろうことか、彼女にこんな頼み事をして来たのだ。
──日頃お世話になってることへの感謝も込めて、テレーゼ先生にプレゼントを贈りたいと思うんだけど……アンナ、一緒に見てくれない? ボク、女の人が好みそうなものがよくわからなくて……。
頬を染め、照れくさそうに頼んで来るウィル。
その姿は実に可愛らしいものだったが、アンナにとっては実に腹が立つものだった。
感謝というなら自分にだってするべきではないのか?
小さな頃からいつも傍にいたのに、ウィルが一番辛い時だって辛抱強く慰めたのに、自分へは何も無いのか?
ウィルのそれがテレーゼへの淡い恋心から生じているらしいことにも腹が立った。
なぜかはわからないが、たいそう腹が立った。
一瞬断ろうとも思ったがやめた。
自分が断ればどうせウィルは他の女に頼むだろう。
間違ってハ―ティア辺りにでも頼めばそれこそ蜘蛛の巣にエサが飛び込むようなものだし、そうではない他の誰かだったとしても気分は良くない。
どっちに転んでも嫌な気分になるのなら、自分が行ったほうがまだマシだ。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
ということで某月某日、アンナはウィルと共に買い物に出かけた。
デア・マルクト文化通りの裏路地の、小洒落た衣料品店やカフェ、雑貨屋が軒を並べている一角だ。
恋人同士のデートスポットや女の子同士の買い物などで若者たちに人気の場所だが……。
「さ、行くわよウィル。ついて来なさいっ」
「う、うん……ずいぶんとやる気満々だねアンナ……。まあボクとしては助かるんだけど……」
アンナがずんずん先を進むのに、ウィルが慌ててついて来る。
ピンクとホワイトのフリルがついた婦人帽にシュミーズドレスで決めたアンナに対し、白シャツに長ズボン(秋なので)という代り映えのしない格好のウィル。
小さなふたりのアンバランスな組み合わせは実に微笑ましく、周りの大人や若者たちから好意的な目が向けられている。
──見て見てあれ、可愛いカップル。
──女の子気が強そうーっ。これは将来尻に敷かれるねえーっ。
──でもあの気合いの入れようを見てよ。案外女の子のほうがベタぼれだったりして。
ひそひそと噂されているのはもちろん当人たちの耳にも届いていて……。
「……なんかごめんね。まさかこんなことになるとは……」
思ってもみなかった角度から注目を浴びているのが気まずいのだろう。
申し訳なさそうに耳元で囁いて来るウィル。
「いいわよ、別に」
アンナは顔の横でひらひらと手を振った。
気にするなというジェスチャーだが、ウィルはなおも囁いて来る。
「アンナも嫌でしょ、ボクなんかと変な噂されて」
「別にいいって言ってるでしょ!」
とことん低姿勢かつ自己卑下までするウィルになぜか猛烈に腹が立ったアンナは、強い口調で言った。
「別にわたしは噂なんて気にしないし、言いたい人には言わせておけばいいの。それにどうせ、みんな他人だもの。何を言われたって平気よ、秋の虫がうるさいなと思ってればいいのよ」
「……さっすが、アンナは強いなあ~」
きっぱりとしたアンナの態度に感心したのだろ、ウィルはほうと息を吐いた。
「ボクなんか全然ダメ。気になっちゃって気になっちゃって……」
「それはあんたが弱いからでしょっ。男の子なんだからしっかりしなさいっ」
「……う、うん、わかった。がんばるよ」
拳を握ってアンナが迫ると、ウィルは慌てたようにうなずいた。
うなずいて、目だけで小さく笑った。
「あのさ……ありがとね、アンナ」
「……なによ、わたしは怒ったのに。なんで感謝なんかしてるのよ」
まさか礼を言われるとは思っておらず、アンナが面食らっていると……。
「アンナが色々言ってくれるから、ボクはこうしていられるんだなって思ったんだ。その……こうしていられるっていっても別に頼れる強い男の子になれてるとかでは全然ないんだけど、少なくとも日常生活は送れてるというか、少しはマシな感じになっていけてるというか……。ほら、ボクの場合色々あったからさ。学校に通えるようになったのもだし、ピアノを辞めずに続けられてるのもだけど、それもこれも全部、アンナのおかげだなあと思って……」
「………………ふうーん、あっそ。ま、よかったんじゃない?」
アンナはそう言い捨てると、再び先に立って歩き始めた。
たんぱくな風を装っていたが、内心ではひどく動揺していた。
(なんなのよなんなのよ、そんなこと急に言っちゃってさっ。感謝とかしちゃってさっ。普段は全然そんなこと言わないくせにっ)
嬉しくて、恥ずかしくて、もどかしい。
複雑な気持ちが頭の中を渦巻いた。
かあっと赤くなった顔を見られたくなくて、アンナはボンネットを深くかぶった。
小さなふたりのコンビ、けっこう好きです。
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