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「恋は戦い」

 ~~~ウィル視点~~~




 秋晴れの一日、家族連れが思い思いに憩う『酔いどれドラゴン亭』最寄りの公園。

 遊歩道から少し離れた木立の中にクロードとウィルはいた。

 週二回の間隔で行っている戦闘訓練の準備中だが……。


「クロード先生、どうしたんですか? 固まっちゃって……」


 分厚い布を膝に巻く途中で、クロードが動きを止めている。

 ピタリ静止し、瞬きすら止めている。

 動かないことを見世物とする銅像芸スタチューの芸人のような有り様だ。


「あの……クロード先生?」


「あ……ああ、すいません、わたしとしたことがつい……」


 クロードは魔法が解けたかのようにハッとすると、巻いている途中だった布を慌てて巻き始めた。

 しかし動揺のせいだろう、上手く巻けない。

 ぐるぐる、ぐるぐる……はらりっ。

 ようやく巻けたと思ったら、力なくほどけてしまった。


「……調子、悪いみたいですね。今日は練習、中止にしましょうか?」


「申し訳ございません、そうしていただけると……。このまま強行すると、ウィル様にお怪我をさせる可能性もありますし……」


 ウィルの申し出に、クロードは素直に従った。

 申し訳なさそうに頭を下げると、ハアとため息をついた。

 

「いえいえ、この間はボクの事情で中止にしましたし、これでおあいこということで」


 にっこり笑ってフォローしながら、ウィルはクロードの様子を観察した。


 表情に張りが無い、立ち居振る舞いがぎこちない。

 ダリアの咲き誇る花壇の縁石に座りながら、心ここにあらずというように何度もため息をついている。


 理由についてはだいたいわかっていた。

 発端は、学院内に広まっているあの噂だ。


 ──テレーゼは男をたぶらかす魔女であり、エメリッヒ先生をはじめ多くの男性を愛人として囲っているらしい。

 ──クロードという用務員件執事に愛の告白めいたことをしておきながらその気はなかったのだと言い張り、弄んでいるらしい。

 

 おそらくはバーバラが流したのだろうその噂は、タチの悪いことにほぼ事実を伝えている。

 テレーゼの周りにはエメリッヒ先生がいて、ハンネスやウィルがいる。バルでは最近、ザムドという知り合いも増えた。みんな多かれ少なかれテレーゼに好意を抱いているようだし、囲ってこそいないものの、まるっきりのウソではない。

 クロードとは仲が良いどころか同棲すらしている関係であり、愛の告白めいたことを伝えたのも事実だ。ただ弄ぶ気はなかったというだけの話だ。 

  

「しかもクロード先生にいたっては、一度はデートまでした仲だし……」

 

「……ウィル様、今なにかおっしゃいましたか?」


「いいえ、なんにも」


 ウィルはにっこり笑って誤魔化すと、クロードの隣にちょこんと腰を下ろした。


「ところで、ひとつ聞いていいですか?」


「はい。わたしに答えられることであれば、なんでも」


「テレーゼ先生って、最近おうちではどうされてるんですか?」


「て……テレーゼ様ですか?」


 テレーゼの名を口にした瞬間、クロードの表情がサッと変わった。

 動揺したのだろう、手にしていた布を取り落とした。


「と、特にお変わりはないようですが……それが何か?」


「いえ……テレーゼ先生、最近おかしいから。何もないとこを見つめてたり、やたらとため息をついてたり、ピアノでもらしくないミスをして……まるで何か、他に気になることでもあるみたいで……」


 ちらり見やると、慌てたようにそっぽを向くクロード。


「そ、そうですかお嬢様も……いえ、()ではなく……っ。いやしかし、あれに関しては全面的にわたしが悪いわけで……っ、お嬢様の質問にきちんと答えられなくてっ、返って疑いを招いてしまったわけで……っ」


 だらだらと冷や汗を流しながら、聞かれてもいないことまで語り出すクロード。 


(……うん、これは間違いない)


 ウィルは確信した。


(クロード先生も、テレーゼ先生への想いに気づきかけてるんだ)


 振り返ってみれば、ウィルとクロードは同じ時期にテレーゼに恋をした。

 不自然な胸の動悸や痛みという症状として表れていたそれに、先に気づいたのはウィル。

 今度はクロードの番というわけだ。


(しかもボクのと違って長年のつき合いだからなあ……きっとそれだけ反動も強いというか、重みがあるというか……)


 ウィルとテレーゼのつき合いは、テレーゼがグラーツに来てからのせいぜい半年。

 クロードはわずか5歳の時にテレーゼの執事となったらしいから、18歳の今から数えるなら、なんと13年だ。

 主人と執事だった時間の積み重ねがついに恋心へ転化したのだとするならば、その破壊力はどれほどのものになるのだろう。


(見た目、強さ、一緒に暮らしてること、テレーゼ先生からの信頼、年月の重み。……知ってるさ、ボクがこの人に勝てる要素はほとんどない。だけど……)


 自らの敗勢を心の中で指折り数えながら、しかしウィルは諦めていなかった。

 想うだけで胸の詰まるような、張り裂けそうなこの気持ちを、捨てる気は毛頭なかった。


 たとえ相手がクロードだろうと、ハンネスやエメリッヒ先生であろうと。

 テレーゼとの間にいくつの年齢差があろうとも。


(……そうだ。ボクはもう知っている)


 挑むこと、逃げないこと、その先にこそ存在する『光』。

 その価値を。

 

 音楽が戦いなら、恋だって戦いだ。

 きっとそうに違いない。


「……ボク、絶対諦めませんから」


 クロードに聞こえぬよう、ウィルはぼそりとつぶやいた。

 小さくしかし、力強く。

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