「緊急裁判が開かれました」
えー、こちら緊急裁判が開かれておりますクラウンベルガー音楽院の演奏棟、演奏室の三階です。
いつもは『金曜会』で使用し、楽しく賑やかな雰囲気が漂っている本会場ですが、今日は言い知れぬ殺気が漂っております。
殺気の主は裁判長たるリリゼット嬢、裁判官アンナ嬢。二人とも長テーブルに肘をつきながら、わたしに射抜くような目を向けております。
その両脇には筆記係のアイシャ嬢とミント嬢。普段は小動物じみた可愛さを誇るこの二人も、今日ばかりはゴゴゴと勢い凄まじい黒オーラを背負っております。
矢面に立たされているのはわたし、このわたしであります。
ひとりだけぽつんと椅子に座らされ、四人の女子により凄まじいプレッシャーを掛けられております。
演奏室を使うなら演奏をすべきではないでしょうか。なのになんで誰一人演奏をせず、わたしを裁こうとするのでありましょうか?
仮に裁判を行うのだとしても、弁護人が不在なのはおかしいのではありませんか?
理不尽、理不尽であります。法治国家とは思えぬ人権侵害であります。
どうかスタジオのみなさん、この状況を、真実を外の世界に伝えてください。
そして出来れば世論という光でもってわたしの窮状を照らし、救ってください。
……はいすいません、脳内で遊ぶのやめます。
やあもうホントにね、そんなことでもしないとやってられない状況だったのよ。
こちとら連日いろんな目に遭って大変だってのに、なんでこんな槍玉にあげられなければならないのか。ぶつぶつぶつ……。
「で、被告人。何か申し開きはある?」
「はい、リリゼット裁判長」
「却下します」
「速すぎない!? まだ全然申し開きのもの字も言ってないのに!?」
抵抗するわたしに、リリゼットはめんどくさそうな目を向けて来た。
「どうせくだらない意見でしょ。素直に罪を認めて楽になればいいのに……」
「だって罪なんか働いてないもんっ。わたしがクロードの言葉とか態度とかを拡大解釈しただけで、クロードとしてはそんな気なかったんだもんっ」
ホントは誰にも言うつもりなどなかったのだが、わたしとクロードの態度がぎこちないのを見て取ったアンナにツッコまれた結果、今このような状況になっているのだが……。
「被害者クロードにその気がないというのは、どうやって確認したんですか?」
どこから取り出したのだろう伊達メガネをかけたアンナが、鋭い質問を投げかけてくる。
いつもシニカルな彼女だけに、裁判官役は適任だろう……って感心してる場合じゃないわ。
「そ、それは本人が……」
「どのように述べたんですか?」
「えっと、『あくまで一般論で、お嬢様に危険性を知って欲しくて』的な?」
「その時被害者は、どんな表情をしていましたか?」
「顔を気持ち染めて……妙に早口で……あ」
しまった、これってわたしに不利になる証言じゃ……っ?
「裁判長、テレーゼ被告の今の発言を、貴重な証拠として提出します」
「認めます、被告人は有罪」
「あああやっぱりいぃぃぃ……ってかやっぱり有罪になるの速すぎじゃない!?」
超スピードで下される有罪判決に、わたしは必死で抵抗した。
「顔を赤く染めたりとかは状況的に色々あったからで、早口だったのもそのせいで……っ」
「状況、という部分について詳しく説明してくださいますか?」
「う……っ?」
わたしは一瞬詰まった。
それを説明するためにはあの状況とあの体勢のついて詳しく話さなければならないわけで……そのためには……。
「被告人、説明できないんですか?」
「うう……わかった、わかったよう……」
アンナの追及に耐えきれず、わたしは自白した。
「なるほどなるほど、泣き落としによって被害者の本音を聞き出し、その流れの中で自らの肩を掴ませ、これはもう告白するしかないような状況にまで追い込んだあげく、最後はヘタレて誤魔化した……と」
まとめ方に悪意があるが、悔しいことにすべて事実だ。
「被害者の心を弄ぶ、まさに悪魔のような所行ですね、本当に恐ろしい」
怖気を振るうようなしぐさをするアンナ。
「うううう……っ? そう言われてみればそんな気も……っ?」
急速に申し訳なくなってきたわたしが呻いていると……。
「裁判長、ご判決を。男心を弄ぶ大悪魔たる被告人に、可能な限り最大の罰を与えてください」
「認めます、被告人は有罪。そして今まで異性との間に起こったすべてのアクシデント、スキンシップ、恋愛疑惑について我々に洗いざらい話す罰を与えます」
「い、い、今までにあったことをすべてですって……っ!?」
「以上にて法廷は解散……そして集合っ!」
理不尽極まりない罰に動揺するわたしの周りに、四人がガタガタと椅子を持って集まって来た。
四対の目にあるのは、明らかな恋話への興味と好奇心だ。
「あ、あ、あんたたち、なんだかんだ言ってわたしで遊ぶつもりでしょ!? 話しのタネにして盛り上がりたいだけなんでしょおおおっ!?」
わたしの悲鳴はしかし演奏室の防音壁に吸い込まれ、外に漏れることはなかった。
数時間後、そこにいたのは恋話で顔をテカテカさせた四人と、魂の抜け殻になったわたしだけだったのだ……。
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