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「惜しかったかな」

 椅子に座ったわたしと、わたしの上に覆いかぶさるような体勢のクロード。

 その距離は息がかかりそうなほどに近く、長いまつげが揺れるのすらよく見える。

 近くで見れば見るほどにクロードがイケメンだなというのがよくわかる。


 ああ^~イケメンは目の保養なんじゃあ~。

 なんて言ってられる余裕は、しかしまったくなかった。

 だってその瞳は、紛れもなくわたしに向けられていたから。


 クロードの瞳に映っているわたしは、とにかくひどい状態だった。

 顔が火照って真っ赤で、汗がダラダラ止まらなくて、ドレスの裾を握ったままひたすら硬直してて。

 緊張のあまりいつ心停止して死んでもおかしくない、そんな状況だった。


 でもしょうがないだろう。

 ついさっき、クロードはとんてもないことを言ったのだ。


 わたしに告白めいた言葉を言われたことで、クロードは狂ってしまいそうだったのだと。

 執事としてではなく一個の人間として、思春期の男の子として、どうにかなってしまいそうだったのだと。


 それはつまり、あれってことだ。

 わたしの身に、わたしとクロードの関係に急激な変化が起こりかけたということなのだ。


「うううううっ……?」


 恥ずかしくて言葉にできない何かが頭上でモヤモヤと立ちこめ、わたしは思わず声を上ずらせた。


「クククククロードがわたしを……っ?」


「違うんですお嬢様っ」


 テンパったわたしに、同じくテンパったクロードが声をかけてくる。


「わわわわわたしとクロードがそうゆー関係に……っ?」


「お願いです、話を聞いてくださいっ」


 テンパった同士の会話の応酬。

 先に主導権をとったのはわたしだった。

 

「あのね、あのね、聞いていい? クロードってさ、もしかしてさ……」


「はい、はい、はいっ?」


 わたしが何を質問するか想像がついたのだろう、クロードはごくりと唾を飲んだ。

 全身をガチガチに強ばらせながら、わたしの質問を待つ体勢に入った。


「もしかして、もしかしてなんだけど……」


 わたしが聞きたいのは……。

 わたしが聞きたいのはね? その…………あれ? あれれ?


 そこでわたしは、ハタと気づいた。

 

 え、今わたし、何を聞こうとしてた?

 クロードはわたしのことが好きなの? とか?

 異性として気になってるの? とか?

 あるいは単純に、肉体関係的なものを結びたかったりするの? とか?

 

 いやいやいや、そんな直球な質問ないでしょう?

 え、それともあるの? 世間のこう……イケてる男女間なら許されるムーブなの?

 あーでもそっか、イケてる男女のことは知らないが、少女漫画やゲームの中でならそのムーブはあるわ、見たことある。

 

 だがしかし、ここにいるのはわたしじゃないか。 

 見た目はともかく中身は世の中のどこへ出しても恥ずかしいわたしじゃないか。

 恋愛偏差値5程度のゴミ虫が、イケメン執事クロード相手にそんな口を利くのが許されるのか?

 答えはノーだ。考えることすらギルティだ。おまえとクロードは対等じゃない。

 なんなら死ぬべきだ、そうだ速やかに死のう。

 

「変なこと聞こうとしてすいませんでした……正直調子こいてました……舌噛んで死ぬので許してください……」


「質問すらしてないのになんでそうなるんですか!?」


 ぽろぽろと泣きながら慈悲を乞うわたしの肩を、クロードは慌てて掴み、揺さぶった。

  

「どうして急にそんな卑下ひげを……っ、いや、卑下なされるのはいつものことなんですがっ」


「ううううう……だってだって、クロードとわたしじゃ生命としての格の差がさああああー……。月と路傍の石ころどころの騒ぎじゃないんだようううー……」


「いいかげん差別意識が遠大すぎませんか!?」

 

 わたしの醜態を見たおかげ……と言っていいのだろうか、クロードは急速に冷静さを取り戻した。

 わたしの肩から手を離すと、ゴホンと咳払いひとつ。


「ともかく落ち着いてください。わたしが述べたのはあくまで一般論であり、ことさらお嬢様をどうこう、といったわけではありません」


「そ、そうだよね? わたしが変だっただけだよね? 変に意識しすぎておかしくなっちゃっただけだよね?」


「………………」


「そうだよねっ?」


「は、はい。その通りです」  


 再びゴホンと咳払いすると、クロードはエプロンを正した(花柄なのが可愛い)。


「それではわたしは料理に戻りますので、出来るまでの間、お嬢様はご自由にお過ごしください」


「う、うん。ありがとう……」


 ニンジンの皮を剥き始めたクロードの横顔を眺めながら、わずかに残った頬の赤らみをぼうっとした目で眺めながら、わたしは……。


 ──あ~あ、ちょっと惜しかったかなあ~……。

 

 なんてことを、頭のどこかで考えていた。

 何に対して、どう惜しかったのかはわからない。

 だけどわたしは心の底からそう思い、チリリとわずかに胸を痛めていた。

 ふたりの同棲生活を始めて以来の感傷に、も言われぬ感慨を抱いていた。


 この日起こった出来事をリリゼットたちに話したところ、緊急裁判という名の女子会が開かれることになるのだが、この時のわたしはまだ知らない。

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