「夢物語の行き着く先は」
~~~カーミラ視点~~~
そこから先の光景は、まるで夢のようにカーミラの目に映った。
豪華絢爛な馬車に乗せられて、ふたりの護衛に守られて。
たどり着いた先は、小さいけれども品のよい音楽堂。
会場に50席ほど並べられた椅子には身なりのよい紳士淑女が腰かけ、高い天井に和やかな声が反響している。
ステージ中央のグランドピアノは今まさに調律中で、調律師がチューニングハンマーを操っている。
カーミラの席は中央やや後ろの、最も音の聴こえやすい位置に用意されていて……。
「すごい、ホントに物語の中のお姫様になったみたい……」
常日頃から抱いていた夢が叶ったようだと、陶然としたため息をつきながら席に座った、その瞬間。
「……なんだ、出られるんじゃない」
隣の席に座っていたリリゼットがぼそりとつぶやき、そこで初めて、カーミラは我に返った。
かけられていた魔法が解けた気持ちになり、全身が粟立った。
「……っ!?」
熱に浮かされたようにしてここまで来てしまったが、考えてみればネグリジェにガウンにサンダルというだらしない格好のままだ。
引きこもり生活特有の不安と焦燥感も一度に蘇ってきて、背中を嫌な汗が伝って落ちた。
「わ、わた、わたし……っ、すぐに帰らないと……っ?」
カーミラは慌てて席を立ったが……。
「へえー、帰るんだ? ざ~んねんっ」
リリゼットは軽く言うと、ジロリと試すような視線を向けて来た。
「でもさあ、聞いていい? あなた、どうやって帰るつもり?」
「どうやってって……それはもちろん……」
「言っとくけど、うちの馬車なら貸さないわよ?」
「え」
「わたしが帰る時についでで乗せてってあげるのならいいけど、それまでは絶対貸さない、動かさない。今すぐ帰るんだったら歩いて帰れば? できるんならね」
「なっ……?」
カーミラは絶句した。
自宅からこの音楽堂まで、馬車で来る分には十分程度の距離だったが、歩いて帰るならその何倍もの時間が必要となるだろう。
その間には大通りもあるし繁華街もあるし下町もあるし、何より家の周りを歩けば近所の人の目に晒される。
──まあエメリッヒさんのところのお嬢ちゃんよ。
──音楽院へも行かず、あんなにだらしない格好をして出歩いて、エメリッヒさんも大変ねえ。
心無い噂話の幻聴まで聞こえて来て、カーミラは青い顔をしながら椅子に座り直した。
「そんな、そんなの……」
ハメられたのだ、と今さらながらに気づいた。
始めから、ここまで連れ出してしまえばもうひとりでは帰れないだろうとの狙いだったのだ。
「ずるい……っ」
唇を尖らせて不満を訴えるカーミラを、リリゼットは鼻で笑った。
「何がするいの? 大好きなピアノ弾きの初めてのコンサートに豪華な馬車の送迎付きで招待されて、何が不満?」
「で、でも……だって……っ」
自分の精神の不安定さを知っているくせに、何を勝手な。
そう言いかけて、しかしカーミラはやめた。
言ってもむなしいだけだし、そもそもが馬車に乗ったのは自分だ。
乗るも乗らないも選んだのは自分で、決して強制されたわけではない。
「うう……っ」
カーミラは呻いた。
今の騒ぎで周囲の注目を浴びてしまっているのが恥ずかしくて、ガウンを頭からかぶった。
それはそれで目立ってしまうだろうが、他に手がない。
「……わたしにはね、あなたの気持なんかわからない」
調律師の手先を眺めながら、リリゼットが静かにつぶやく。
「ちょっとやそっと挫折したぐらい諦めてしまうような、弱いあなたの気持ちなんて」
「……それは、あんたが強いからよ」
リリゼット・ペルノー。
海運商で財を築いたヨーゼフ・ペルノーの娘で、ピアノの天才。
テレーゼに敗れるまでは西地区25連勝。その華麗な演奏ぶりから『舞姫』と呼ばれていた女。
「財産に、才能に。あんたみたいに挫折を知らない人にはわからないわ」
「……わたしが? 挫折を知らないですって?」
リリゼットはふんと鼻を鳴らすと、射るような目でステージ上を見つめた。
「今から鳴る音を聴いた上で、それでもまだ言える?」
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