大陸に消えた夢
目が覚めると芳子は病院のベッドにいた。発見が早かったから命に別状はなかったが2週間ほど眠ったままだった。
ベッドの脇には瞳花ともう1人軍服を着た男が座っていた。笹川良一。彼は日本軍の中では数少ない芳子の理解者である。
「笹川さん、瞳花ちゃん。」
「お兄ちゃん、目覚めた。良かった。」
そこに千鶴子がいないことに気づく。
「そうだ、千鶴ちゃんは?」
笹川と瞳花は顔を見合せる。
「これ、千鶴子さんから預かったんです。」
瞳花が一通の手紙を出す。そこにはこう書かれてあった。
「お兄様へ
こんな形で貴方の元を去っていく千鶴子をお許し下さい。千鶴子は日本に帰ることになりました。私たちが満州にいる間、父の経営する会社が傾き母や妹、弟達の生活がままならず今は叔父夫婦のところでお世話になっているようです。叔父の知り合いで華族の御曹司がいて、その人が会社の再建に協力してくれます。私は家族のためにその人と結婚します。お兄様のこと裏切ってしまってごめんなさい。例え夫や子供ができても私は一生お兄様の妻です。これからはお兄様の思い出と共に生きていきます。どうか身体にだけは気をつけて。 貴方の千鶴子」
「千鶴ちゃん。」
「芳子ちゃん、千鶴子ちゃんの気持ちも分かってやって。千鶴子ちゃんだって辛いんだよ。」
「笹川さん、千鶴ちゃんは僕にとって唯一の拠り所だったんだ。僕は孤独だ。1人でどこへ歩いていけばいい?」
芳子は笹川の前で号泣した。
「何言ってるんですか?お兄ちゃんには私がいます、それに笹川さんだって。」
「ありがとう瞳花ちゃん。」
「あっ」瞳花が突然切り出す。
「笹川さん、お兄ちゃんを撃った犯人ってやっぱり抗日の中国人だったんですか?」
「そうだった。それを伝えに来たんだ。」
笹川曰く関東軍の訓練場は警備が厳しく簡単に外部の人間が簡単に入れる場所ではない。だから外部からの犯行はほぼ不可能だ。
「それってもしかして?」
「瞳花ちゃんが察しの通りだ。芳子ちゃん、君は満州にいちゃいけない。君は日中両方から命を狙われてる。」
「待ってくれ。僕はこの清朝の王女だ。王族が国を離れるなんて聞いたことがない。」
「気持ちは分かるが一刻の猶予もないんだ。芳子ちゃんのことは僕が面倒見るから今は日本に帰るんだ。そして瞳花ちゃん、君ももうここへは来ない方がいい。日本軍と親しくしてると分かったら君の命も危ないよ。」
1941年9月2日
「日本軍からは邪魔者扱いされ、中国人からは裏切り者扱い。千鶴ちゃんも僕の前から姿を消した。満州、いや大陸に僕の居場所なんてなかったんだ。」
そこで芳子の話は終わった。
「ちょっと待って下さい!!」
琴葉は思わず立ち上がる。
「芳子様は何も悪いことしてないじゃないですか!!悪いのは中国人を蔑ろにしてる」
「琴葉ちゃん!!」
芳子に制止され周りを見ると入店時には誰もいなかった店内は満席になっていた。
「お客様、どうされました?」
女給が騒ぎを聞きつけテーブルにやってくる。
「大丈夫だ、すぐに店を出る。」
芳子はお金を払うと琴葉の手を握り早々と店を出た。雨はもう止んでいた。駅まで着くと立ち止まる。
「琴葉ちゃん、さっきはありがとう。嬉しかった。でも誰がいるか分からないところであんなこと言っちゃいけないよ。今度は琴葉ちゃんが僕と同じ目にあってしまう。琴葉ちゃんは僕のようになってはいけない。僕のようにだけは。」
その声はどこか寂しそうだった。
今回から琴葉ちゃん復帰!!
悲しい歴史劇も終わったことですし、次回からは琴葉ちゃん大暴れします。