美しき旋律の真実
「昭和16年8月31日
楽しかった夏休みも今日で終わり、明日からまた学校が始まると思うと憂鬱な気持ちになってしまいます。ですがそんな気持ちをかき消すほどの嬉しい出来事がありました。芳子様が最近体調がいいから外で会いたいと言ってくださいました。私達は明後日学校帰りに駅で待ち合わせすることになりました。早く明後日が来ないかしら。」
1941年9月2日
琴葉は女学校が終わると待ち合わせの横浜駅へ向かった。午後4時、この時間は琴葉と同じ学生達が下校する時間でもあり、またその日は雨が降っていたため駅構内は雨宿りする人達でいつも以上に賑わっていた。琴葉は人混みを掻き分けて芳子の姿を探した。
「琴葉ちゃん」
振り返ると芳子が待っていた。いつもの和装とは違い灰色のスーツにパンプスというパリ紳士のような姿だった。
琴葉は恋慕う人の元に駆け寄った。
「芳子様、お待たせしました。」
「いや、僕も今来たばかりだよ。行こう」
芳子は持ってきた傘を広げようとした。
「琴葉ちゃん傘は?」
「今日朝降ってなかったので持って来なかったんです。学校から最寄り駅までは濡れながら走って来ました。」
「ほら、入って。風邪ひいちゃうよ。」
芳子の傘に入り二人は駅を出た。
「どちらに行かれますか?」
「この天気じゃせっかくの景色も綺麗じゃないならね。どこか休めるとこ探そう」
駅から少し離れた場所にある喫茶店に2人は入った。まだ開店から時間が立ってないのか、他にお客はいなかった。
適当に席に着くが琴葉の様子がいつもと違う。
「琴葉ちゃん大丈夫?顔色悪いよ。雨の中走ってきたから体が冷えたんじゃないのか?」
「いえ、大丈夫です。」
「こんな天気のなか誘い出した僕のこと怒ってる?」
「いえ、芳子様は何も悪くないです。」
「それとも学校で何かあったのか?」
琴葉はゆっくりと首を縦にふる。
「僕で良ければ話してごらん。ゆっくりでいいから。」
琴葉は固く閉ざしてた口を開く
「今日学校の音楽の授業でハーモニカの試験があったんです。」
「上手くいかなかったのか?」
「いえ、試験自体はできたんです。先生も上達したねって誉めてくれました。」
「だったら良かったじゃないか。」
「そうじゃないんです。」
授業が終わった後級友の前で芳子が以前教えてくださった曲吹いてた。そしたらなぜか先生から二度とそんな曲吹いたらいけない、不謹慎だとひどく叱られたのだ。
「あんなに綺麗な旋律なのにどうしてあんなこと言われたか分からないんです。」
芳子は店内を見渡し誰もいないことを確認してから口を開いた。
芳子が病院の庭で奏でていた「松花江のほとり」という曲は日本軍に土地を奪われ居場所をなくした中国人達が故郷を想って歌った悲しい歌であった。琴葉を不快にさせたくないと思い芳子は黙っていた。
「琴葉ちゃん、満州国って聞いたことある?」
「はい、日本軍が中国大陸内に作ったアジア民族が手を取り合って暮らしている理想国家と。」
「僕も本当はそう思ってた。だから関東軍から清王朝の復活を条件に協力を依頼されたときは喜んで承諾した。」
だが建国後に芳子が見たのは日本軍の横暴と居場所をなくして苦しんでる中国人の姿だった。
少女漫画みたいなきゃっきゃした話からいっきにシリアスになりました。
次回から芳子様の過去に触れていくつもりです。