誘惑の甘き香~前編~
「昭和16年年7月21日
今日は午前中は宿題を終え、お昼過ぎに芳子様のいる病院へと向かった。以前お会いした薔薇の庭園へ行くとすでに私を待っていてくださった。」
琴葉は自室の鏡の前で身支度をしていた。白のレースのワンピース、髪はリセエンヌヘアに桃色のリボンでまとめた。
「失礼致します。」
「どうぞ。」
琴葉の家の使用人だった。
「お嬢様、洗濯した衣服をお持ち致しました。」
「ありがとう。そこに置いといて。」
「お嬢様お出かけですか?」
「ええ、愛子さんのところへ行くの。宿題で分からないところがあったので。」
とっさに嘘をついた
(芳子様のところに行くなんて言えやしない。お父様に知られたら何て言われるか分かりゃしないもの。)
琴葉の父は陸軍大佐。家では優しいが友好関係には常に目を光らせている。芳子とのことはなかなか言い出せずにいた。
「あまり遅くならないうちに帰って来て下さいね」
「ええわかってるわ。」
使用人に見送られ家を出るとそのまま病院への道筋を辿った。その道中
(そうだわ、お花屋さんに寄っていこう。芳子様の好きな薔薇の花を買っていきましょう)
そう思って立ち止まった。その時だった。
「琴葉?」
声をかけられた。
「はるこお姉様!!」
そこにいたのは姉のはるこだった。淡い青色に白い花が散りばめられた着物を着ている。髪は簪で一纏めにしていた。
「お姉様は日舞のお稽古の帰り?」
「ええ、琴葉は?」
「病院に?」
「また芳子さんのところでしょ?」
「どうして分かったの?」
仲のいい姉にはお見通しであった。
「行ってらっしゃい。お父様には内緒にしておくわ」
「ありがとう。お姉様。」
はること別れるとお花屋さんの前を通る。店頭には薔薇の花が咲いていた。
病院の中庭に着くと芳子はすでにいた。
「芳子様!!」
「琴葉ちゃんやっと来たね。」
「ごめんなさい。少し寄り道をしてたたので。こちら芳子様のお部屋に飾ったらと思いまして。」
薔薇の花束を手渡した。
「僕にプレゼントか?ありがとう」
芳子は薔薇を1輪手に取り琴葉の髪に翳す。
「赤い薔薇の花言葉ってロマンチックなものだよ。貴女を愛してます。僕への愛の告白って事でいい?」
琴葉の胸の鼓動は次第に高く速くなっていく。
「もう!!からかわないで下さい!!」
胸の鼓動に負けじと琴葉は叫んだ。
「ごめんごめん、琴葉ちゃんがまた会いに来てくれたから嬉しくてつい。それにしても琴葉ちゃん顔真っ赤だよ。大丈夫?」
「芳子様があんなこと言うからです!!」
「本当にごめん。この薔薇部屋に飾ってもいい?」
「勿論です。私手伝います。お部屋案内して下さい。」
2人は病室へと向かうが琴葉の胸はまだ鼓動が止まらずにいる。
思いの外長くなりそうなのでこちらのエピソードは1章と2章に分けます。
余談ですがヒロインの琴葉ちゃんは裕福な家庭の子です。なんてったって同級生に華族令嬢がいますからね。
そして舞台が戦中だけであって言葉のチョイスが難しいです。