花園に咲く麗人
今回から本編入ります。
1941年年7月20日
琴葉は女学生最後の夏休みを迎えようとしていた。例年なら同級の愛子の別荘がある軽井沢で過ごしており、帰宅後愛子のお屋敷でその相談をするのだった。でも今年は違った。1週間前に愛子が体調くずし入院してしまったのだ。
琴葉は女学校が終わると丸襟の白ブラウスに紺のジャンパースカートという制服姿でそのまま愛子の入院してる病院へと向かった。
愛子は華族の1人娘であり、病院には華族だけでなく政府の要人や金持ち上流階級の人々が出入りしていた。それだけあって病院内は広く、また初めて行く場所だから迷ってしまい琴葉は中庭へと出てしまった。
中庭には赤、白、黄色と色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。
(素敵な庭園。まるで学校のフランス語の教科書に載ってるヴェルサイユ宮殿のお庭のようね。)
琴葉が薔薇に見とれているとどこからともなくハーモニカの音色が聞こえてきた。その音色に導かれるように中庭の奥へと進んでいった。
するとそこにはベンチに腰掛けた人が1人。黒の和装に短髪が整った顔立ちも良い好青年であった。
「あの素敵な音色ですね。」
「ありがとう。君は見かけない顔だね。」
青年はハスキーな低い声で言葉を発した。
「私学友が1週間前からこちらに入院してるんです。それでお見舞いに。私横浜山手女学院の園寺琴葉と申します。」
「そう、僕は川島芳子宜しくね。」
川島芳子?琴葉の脳裏に何かが余儀った。新聞やラジオで見聞きした男装の麗人の名であった。
「もしかして貴方は満州でご活躍されてた?お噂は耳にしております。」
「そんなの昔の話だけどね。良かったら隣どうぞ」
琴葉は魔法の力に誘われるように芳子の元へ導かれ隣に座った。
「あの先ほどの曲は初めて聞く曲ですが何という曲ですか?」
「ああ、これは松花江のほとりと言って中国の曲だよ。」
「中国?」
「ああ、僕が生まれた国。僕の本当の名前は愛新覚羅顕シって言うんだ。」
「愛新覚羅って?」
琴葉が耳にしたのは長きに渡って中国で栄華を極めた王家の名前だった。
「王女様なのですか?」
「いや、僕が生まれたときには王朝はすでになかったから。それに僕は6才のときに日本人の養女になったからね。今は王族でも何でもないよ。ちなみに芳子は養父がつけてくれた名前。」
「琴葉さん?探したわよ。」
声のする方に顔を向けると学友の姿が立っていた。桃地に赤の朝顔の浴衣で髪はあげていた。
「愛子さん!!」
「琴葉さんがなかなかいらっしゃらないからわたくし待ちくたびれて病院中を探し回ったのよ。」
「ごめんなさい。」
「さあお部屋に参りましょう。」
琴葉は愛子に連れられるようにして病室に向かった。
「琴葉ちゃん?」
ふと芳子に呼び止められる
「僕はいつもここで1人で過ごしてるから久々に誰かと話せてたのしかった。良かったらまた会いに来てくれないか?」
「はい王女様」
「王女様なんて柄じゃないよ。僕のことは芳子って呼んで。」
「はい、芳子様」
2018年3月25日
「これが私と芳子様の出会い。花園に佇む芳子様の姿を見たときは一瞬少女歌劇の舞台に迷い込んだかと思いました。また会いに来てくれないか?その言葉は願ってもみない嬉しい誘いでした。芳子様。私には何よりもお慕わしいお方。軽井沢に行く以上夢のような時間が過ごせるそう思った女学生最後の夏休みの始まりでした。」
王族として生まれた男装の麗人。そんな少女漫画のヒロインのような人が現実にいたのか?私は日記を読みながらふと思った。お婆ちゃんはいつも芳子さんのこと笑顔で私に話してくれた。2人のことをもっと知りたい。そんな好奇心にかられて日記のページをめくった。
芳子様が入院してるのは病院というよりサナトリウムみたいな感じです。