私は知らないうちに妹の婚約者を奪ったらしいです。 ~妹の婚約者の隣にいたのは私の名前を騙る知らない人でした~
公爵令嬢で女性騎士のシャルロッテは、妹と弟の卒業パーティーに警備として参加することになった。噂によると、このパーティーで妹が婚約者に断罪される可能性が高いとか。しかも妹の婚約者のお相手は自分らしい――!?
思い付きでかいたので、ゆるふわ設定です。
2021/06/01追記:日間異世界恋愛ランキング6位&誤字報告ありがとうございます! たくさんの方に読んで頂けて感謝、感謝です!!
「シャリステラ・フォン・ミューゼルッ! お前は姉であるシャーリーを虐めていたな! よって婚約破棄し、シャルロッテ・フォン・ミューゼルと婚約する!!」
無駄に透き通る声が貴族学園の卒業パーティーの最中に響き渡った。
――――
「「お願い、姉様! 卒業パーティーに一緒に出て!!」」
つい先日、卒業を控えた双子――シャリステラとシャルルは私が王宮から戻って来るなりそう詰め寄った。
「三人一緒に行けるパーティーは最後だから」「姉様と少しでも長く一緒に居たい」と理由はいろいろあったが、肝心なことは何一つ言わなかった。
ねえ、ステラ。シャルル。私はちっとも女らしくない女性騎士だけど、それ以前に公爵令嬢なのよ?
二人が言わなかった、本当に私に付いてきて欲しい理由を、私は知っている。
そして冒頭に戻る。
名前を呼んだ馬鹿はこの国の第三王子であるアーサーだ。アーサーに隠れるように立っている令嬢が、自称シャルロッテ・フォン・ミューゼルだろう。ステラよりも暗い金色の髪が似ているような気もしなくもないが、それ以外は姉妹だと言われても到底信じられない。
「アーサー殿下。何度も言いますが、そのどこの馬の骨とも知れない人は姉様ではございません!」
「そうですよ、アーサー殿下。ロッテ姉様がそんな気持ち悪い恰好をするはずがありません!」
ついさっきまで私の隣にいたステラとシャルルは、素早くアーサーの前に立ちはだかっていた。
……そしてこの言いようである。まぁ、気持ちは分からなくもないが。
「「だって姉様は――」」
「お前たち、実の姉に対してなんてことをっ!」
「殿下。良いのです。妹たちに嫌われているのは分かっていたことですから……」
「ああ、なんて優しいんだシャーリー」
自称シャルロッテはそう言いアーサーを止めようとするが、アーサーは頼られていると張り切っているようだ。ステラだけでなくシャルルまで断罪するつもりで近衛兵を呼ぼうとする。
近衛兵は私をちらっと見てきたので、軽く首を振って止める。今日の責任者は私だからね。近衛兵の代わりに、私がアーサーとステラたちの間に立つ。
「おい、近衛兵!」
「はい、お呼びでしょうか?」
殿下は近衛兵が動かないことに苛立っていたようだが、騎士服を着た私を見るや安心したように微笑んだ。
「その無礼な二人を牢屋に入れてくれ」
「畏まりました」
「「姉様!?」」
ステラとシャルルに向くと、二人とも驚いたような声を上げた。ふふっ。久しぶりに驚かせられたわ。
「アーサー殿下」
「なんだ!」
双子を捕まえると思っていた騎士が突然止まったことにでも驚いたのかしら。殿下は早くしろと言わんばかりに双子を指さした。
「その令嬢は本当にシャルロッテ・フォン・ミューゼルですか?」
「そうだとも!!」
あまりにも堂々としていて、驚きというか、呆れというか、……いや感心かな。まぁ、少し思考を放棄しそうになったわ。どうしてそう思ったのだろうという疑問さえ浮かんでくる。
踵を返してアーサーと自称シャルロッテを拘束する。縄は懐に入れてあったものだ。
「何をするっ!?」
「無礼者を捕まえましたよ」
「無礼者ッ! 私ではないっ! シャルルとシャリステラだっ!」
自身もそうとはいえ、無関係の人もいる中でパーティーを中断させておいて、「何が無礼者ではない」だ。とはいえ、陛下からの許可がなければこうして殿下を捕らえることもできなかったんだけど。
「陛下から卒業パーティーでの出来事は一任されております。特にアーサー殿下が騒ぐようであれば武力行使に出てもよい、と」
事前に渡されていた書簡を殿下にも見えるように置く。「嘘だ……」と力なく呟くのは、「必要とあらば牢屋に入れろ」という言葉でも読んだからだろうか。
「それと、アーサー殿下。婚約の申し込みについてですが、丁重にお断りさせていただきます」
「は? 何を言って――」
「私がシャルロッテ・フォン・ミューゼルです。そこにいるのは元男爵令嬢のシャルロットです」
自称シャルロッテは、シャルロットといい、一代限りの男爵令嬢だった。昨年、爵位をもらったシャルロットの祖父が死に、それに合わせて男爵の位も返上された。本来学園は貴族地位を失った時に退学する場合が多いのだが、彼女の成績が大変優秀だったことから、卒業するまでは学園に通えるよう取り計らってもらっていた。しかし、どうしたことか、彼女はミューゼル家の捨てられた長女・シャルロッテだと自称し、殿下に取り入ったのだという。
……私は一体いつ捨てられたというのだろう。確かに昨年はマーガレット王女の護衛で隣国にいたけど、家族と仲が悪いわけではないから、捨てられることなんてありえない。仮に捨てられたとしても、絶対にドレスなんて着ない。シャルルが言うように、壊滅的に似合わないから。
私の説明の間、ずっとシャルロットは「嘘です!」「殿下、私を信じて」と泣き落としを試みていた。シャルロットの言葉に合わせてステラとシャルルが「姉様を嘘つき呼ばわりするのか!」「嘘つきではなく姉様を信じなさい!」と張り合っている。……ちょっとうるさい。
「ステラ、シャルル」
「「はい、姉様」」
「バカの相手はいちいちしなくていいって言ったわよね?」
「「だって姉様を騙っているのが気持ち悪くて」」
この双子、しょんぼりした顔だけでなく言い訳までそっくりだ。
「私を思ってくれているのは嬉しいけど、それであなたたちの評判が落ちるのは悲しいの。分かるでしょう?」
「「ごめんなさい、姉様」」
「それと、ステラ。あなたはまず殿下の婚約者であったことを訂正しなさい」
「忘れていました」
「シャルルも。これは一応ステラと殿下の話です。首を突っ込んではいけません」
「はい……」
卒業だというのに、いつまで経っても子供じみた行動の二人に、心配になる。ステラは、新しい婚約者に嫁いで伯爵夫人に、シャルルは次期当主になる。私も来月にはマーガレット王女と一緒に隣国へ行く予定だ。このやり取りも、もしかしたら最後になるかもしれないと思うと、少しだけ寂しい。
「お、お前がシャルロッテだなんて、信じない!!」
不意に、殿下が私に向かって叫んだ。
「騎士服を着ているし、髪も短いし、ちっともやわ……くないし、どう見たって男じゃないか!!」
胸がなくて悪かったわね。視線でバレバレよ、このゲスが。
どうやらこの馬鹿の頭では、女性は“髪が長くて胸は柔らかくて絶対に騎士ではない”らしい。残念ですけど、女性騎士って結構いるんですよ。そして女性騎士の多くは長い髪はいざというとき不利になるから短い人が多いんです。まぁ、私ほど短い人は珍しいでしょうけど。
「「姉様のどこをどう見たら男に見えるんだこのゲス/クソ殿下!」」
「二人とも、口が悪い」
「「だって姉様――」」
「静かにして。ね?」
「「……」」
二人はムッとしながらも口を閉じた。ステラに至っては頬まで膨らんでいる。……淑女教育、失敗したかしら。
「確かに私は髪が短く、男性と同じ身なりをしておりますから、女性であると証明できるのは服を脱がなければできませんね」
「ふ、ふん。どうせ脱げないのだろう。やっぱり男じゃないか」
「あら、公衆の面前で嫁入り前の素肌を曝せとおっしゃるのですか?」
ざわっ、と観衆がどよめく。すっかり双子の言葉の後ろで流していたけど、ちょいちょいどよめきはあったのよね。双子が黙ってくれたからしっかり耳に聞こえるようになったわ。
それにしても、シャルロッテ公爵令嬢は男装の麗人で王女の護衛騎士であるという事は、社交界でも有名だと思っていたんだけどな。この馬鹿は何も知らないらしい。……もしかしたら私が思っているよりも有名な話ではないのかもしれないわね。まぁ、どっちでもいいけど。
「そ、そうは言ってない!」
あらあら。顔を真っ赤にしているわ。まぁ、どうせ怒りで、でしょうけど。
「では、殿下の信頼のおける令嬢を数名指名していただけませんか。彼女たちにだけ素肌を曝せば証明できるでしょう?」
「口裏を合わせるためだろう。その手には乗らん!」
「そうね、その必要はないわ」
馬鹿とやり取りするのが面倒になってきた頃、入口から聞きなれた声がした。
マーガレット王女だ。
「姉上……どうして」
「あら。貴方の最後のパーティーだから顔を見せに来たのよ。今日を逃せばもう会えなくなるでしょうからね。少し遅れてしまったけど……これはどういう事かしら?」
マーガレット王女はにっこりと微笑んだまま、アーサーをじっと見つめる。軽蔑じみた瞳に、さすがのアーサーも困惑している。
「ねぇ、ロッテ。私の目には愚弟が拘束されているように見えるのだけれど……」
「マーガレット王女殿下。残念ながら現実でございます」
そう、とマーガレット王女は息を吐いた。
「お父様がパーティーが終わるまではと温情をかけて差し上げたにもかかわらず、このような愚行を犯すなんて」
「す、少しでも多くの人の賛同が必要だったのです! シャルロッテを虐めたのがシャリステラであるという証言が――」
「前提が間違っています。その女性はシャルロッテ公爵令嬢ではありません。あなた、彼女の身辺を調べたのよね? まさか、その女性の言葉を鵜吞みにしたのではありませんよね?」
マーガレット王女の言葉に、アーサーは目線を泳がせた。まぁ、そうでなくちゃこんな勘違いは起こらなかったはずよね。
「シャリステラ公爵令嬢との婚約解消を覚えていないことといい、あなたには失望しかありませんね」
「婚約解消?」
「知らないとは言わせませんわ。きちんと自分でサインなさったではありませんか! ……まぁさぁかぁ、読まずにサインしたとかぁ、言いませんよねぇ?」
ステラがマーガレット王女の言葉を補足する。婚約解消の話し合いすら来なかったアーサーに、学園で必要な書類をつきつけてサインさせたのだという。出来事自体は覚えがあるのか、アーサーは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「ロッテ。この愚弟を王宮に連れ帰るよう手配して。あとはお父様が終わらせるでしょう」
「御意」
近衛兵に、元々待機させておいた馬車に乗せて王宮へ運ぶよう指示する。マーガレット王女から“縄を外して”とは言われなかったのでそのままだ。運ぶ際にひどく暴れていたから、縄を外さなくて正解だった。もしやこのことまで見通していたのでは? さすがはマーガレット様だ。
さて、残ったのはシャルロット元男爵令嬢だ。彼女はわなわなと震えながら私を見上げる。
「わ、わたしは、殿下に間違って名前を憶えられただけで、シャルロッテ様のお名前を騙るつもりはなかったんです……信じてください……!」
そんなことを言われてもね、「妹たちに嫌われているのは分かっていましたから」だっけ? あれだけ頑張って虐められている姉を演じていたのに、その言い訳は苦しすぎるでしょう?
「心配しないでも、あなたの処分は変わりませんから安心してくださいね?」
「本当なんですっ! 殿下に誤解されててっ!!」
「連れていけ」
私の一言で彼女は外へと連れ出された。意識したつもりはないけど、彼女が最後震えていたから、低い声でも出ていたのだろうか。私としては名前を騙ったことが許せないだけで、ステラが馬鹿のもとに嫁がなくてよくなったから感謝しているくらいなんだけどなぁ。
さて、茶番が終わったとはいえ、このままパーティーを続けるのは難しい。特に理由がなければこのまま解散となるのだが……。
「皆様に伝えたいことがありますの!」
マーガレット王女の声が、静まり返った会場に響く。
「隣国のステルケンブルク第二王子との婚姻が正式に決まりました!」
わぁ、と会場が盛り上がる。マーガレット王女とステルケンブルク第二王子は婚約されているが、婚姻は未発表だった。
まぁ、アーサーのせいで発表するタイミングを見計らい続けた結果ギリギリになってしまったのだが。
「本当なら明日陛下が公表して下さるのだけど、明日以降は準備で時間が取れないの。せっかくだから皆様とゆっくりお話ししたいわ」
マーガレット王女の言葉で、パーティーは再開された。
私はマーガレット王女の側にいようとしたのだが。
「双子と一緒に参加できる最後のパーティーよ? 今日だけはお姉ちゃんになっていなさい」
そう、ほほ笑まれてしまった。
「「姉様! 今日も人一倍格好良かったです!!」」
「ありがとう」
素直に返すと、シャルルもステラも、嬉しそうにさらにどこが良かったかを口々に言い合った。いつもはさらっと流すだけだけど、今日くらいは、ちゃんと聞こうかな。
「「やっぱり姉様は、ドレスよりも騎士服がとってもお似合いです!」」
……さらっとドレスは着るなと言われた気がしたけど、気のせいだと思おう。うん。