長い一日 10
「今日はもうここまでね、楽しかったわ」
「……え?ごめんよく意味が分からないんだけどいきなりどうしたんだ?」
これから今日の目玉であるパレードに向かおうとしていた俺に思いもかけない言葉が聞こえてきた、なんなら俺の聞き間違いかもしれないと思っているぐらい理解に苦しむ言葉だった
しかしそんな俺の思いを分かっているのか否か、特に変わらない淡々とした口調で絵里は告げてくる
「そのままの意味よ、今日はここまでにして後は別々に行動しようってことよ」
「いやいや、だからその意味が分からないんだよ、絵里もさっきまでパレードに行く気満々だっただろ?」
「さっきまではね、でも気が変わったの、だからここでお別れしようってだけのことだよ」
「だからどうしてだよ……」
俺にはわからない絵里がなぜこんなことを急に言い出したのか、わからないがとりあえず今分かる情報から推測するしかない
初めはふざけてそんなことを言っているのかと思ったがすぐにそれはあり得ないと判断する、雰囲気からして冗談を言うとは思えないからだ
なので他の事を考えてみる、まず絵里は先ほどから淡々とした無感情とも言える声で話しているので俺に興味を無くしたのかとも思ったがこちらの目をしっかりと見ながら話しているので興味が無くなったようには思えにくい、何か他に理由があってこんなことを言ってると考えるのが妥当だ
……しかし気になるのは彼女の口調と表情だ、自然とそんな口調や表情になっているというよりかは、何かの感情を必死に抑えるために無理やり無感情でいるような気がする、これは俺の憶測に過ぎないがそこにヒントがあるのではないかと思う
けど俺が今の絵里の状態から読み取れるのはここまでだ、だから後は今までに何か絵里の気持ちが変わる原因となった出来事があったのかを考えてみるしかない
と言ったものの目星はある程度ついてる、場所で言うと今さっきまで居たこのお店に入るまでは特に変わった様子が無かった、だからこのお店の中で起こったことが原因なのだろう
しかしさっきあった事と言えば万里紗へのプレゼントを選んだぐらいだしなぁ、他に何があったのか思い出せん
駄目だ考えられるところは考えつくしてしまった、それでもわからないのだから素直に聞くしかないか
「ごめん、考えてみたけどなんで絵里がそんなことを言うのか俺にはわからない、何か俺に落ち度があったなら謝るからせめて教えてくれないか?」
せめて理由だけでも教えてくれればと思う俺だが、しかし絵里は僅かに顔が俯いただけだった
「……嫌だ教えない、というか別に水上は悪くないよ単に私の気持ちの問題なだけ」
呼び方が千里から水上に代わったことには気が付いていたが、今はそんなところに構っている暇はない
「いやさそれだともっと訳が分からなくなったぞ、俺が悪くないって言うのならなんで俺と別れたいって思うんだ?」
「……」
「それこそ訳が分からないだろ……なぁお前は今日一日俺といて楽しくなかったのか?俺は勿論楽しかったぞ、そりゃ最初はあんな始まり方だったし滅茶苦茶乗り気だったかと言われればそうじゃなかったけど、今ははっきりと自分の意志で絵里と居たいと思ってるぞ」
これははっきりとした本心だ、絵里と過ごした今日は悪くなかった、今日が終わっても明日から友達としていい関係が築けるのだと思っていたのだ
俺の話を聞きながら絵里は徐々にに顔が俯いていき、そして完全に下を向いて更に髪が顔にかかっているので全くその表情を見ることはできない、しかし肩が少し震えていた
「……じゃあさ今私がどんな気持ちか教えてあげようか?」
「ああ、教えてくれ」
先ほどとは違い、絵里の口調には僅かな震えと言葉には強い意志が込められているように感じた、恐らくその感情が彼女が先ほどから抑えようとしていたもので間違いないのだろう
だから俺は臆することなく踏み込んで彼女の思いを聞くことにする
「……水上は惨めだと思わない?こんな私、宝野にそそのかされてこんな彼氏彼女の真似事のようなことしてさ、そりゃ水上はいいよね私が水上のこと好きだったって知ったからと言って特に関係ないもんね……いやこれはちょっと違うかただの八つ当たりだねごめん……私も今日はほんとに楽しかったよ変な状況ではあるけどさ水上と長い時間過ごせるなんて思ってなかったからね、だからそれに関しては宝野には感謝しないといけないかな」
絵里の発言は纏まってこそいなかったが彼女の言いたいことは伝わってくる
しかし彼女のほんとに言いたいことはここからなのだろう、声に怒気が混じる
「けどさけどさ!!、どれだけ私があんたのことを思ってもどれだけ距離が近づいたと思ったとしても、あんたの心は何があっても宝野から離れないっていうのが分かってしまうんだよ!!あんたに分かるかこの気持ちがさ!?いや分からないだろうよあなたは絶対私のような立場を経験することは無いんだからさ……ねぁ水上今のを聞いても私の事惨めじゃないって思えるか?私のことを今までと同じように接してくれるのか?」
「……」
絵里は怒りの感情をむき出しにして俺に捲し立ててくる、質問を最後に投げかけられたが体から力が抜けていく感じがして、俺は何も言い返すことが直ぐには出来なかった
そんな俺の様子を見た絵里が諦めが混じったような渇いた笑いをした
「はは、そうだよね、まぁそりゃそうでしょう、そもそもこの状況が可笑しいんだなんで宝野の奴はこんな酷いこと出来るんだ……「なぁ絵里?」な、なによ」
ここまで黙って聞いてはいたが俺は絵里の言葉を遮った、何故なら流石にその発言は聞き逃せなかったからだ
「お前さ……そんなことで怒っていたのか?」
「……は?そんなことって何よ、私の悩みなんてあんたにはどうでもいいってこと!?」
自分の気持ちを無碍にされたと思ったのかすぐさま反論してくる絵里だがそんなことはどうでもいい
「いやまさかさ、俺のことを脅してまで付き合わせようとした奴がそんな単純なことで悩んでいるなんて思わなかったよ」
「脅しって……もしかして最初に話した時の事思い出したの?」
「ついさっきな……いやそれは今はどうでもいいんだよ」
初めて会った時のことも今はどうでもいい、それよりほんとにまさかこんな馬鹿みたいな理由だったなんて拍子抜けもいいところだ
「だって単純なことじゃん俺と万里紗の関係性を知って自分じゃ勝てないってやる気を無くすなんてさ、そんなこととっくに織り込み済みだと思っていたよ」
「そ、そんなこと言われてもさ私に分かるわけないじゃない、私が悪いっていうの?」
「はぁ」
……んーこの様子だと理解が追いついていないのかな、じゃあはっきり教えてあげようか
「……仕方ないなまだ理解してないみたいだからさ教えてやるよ、万里紗がなんでわざわざ俺と笹生を今日一緒に過ごさせたのかを」
「……なんだっていうの?」
少し不安になったのか先ほどよりかなり小さめの声で尋ねてくる笹生
そんな状況で俺は2年前のことをまた思い出していた、あの時とは状況は少し違うがまぁでも大筋は同じだから少し懐かしい気持ちになった
数秒の間過去に想いを巡らせた俺は、笹生の方を向いてこう言った
「お前がどれだけ強い思いを持っているのかを確認するためだよ」
どうもロースです。
お読みいただいてありがとうございます。
千里無双です、笹生さんどんまいですがもう少し続くので頑張ってください。