86話:アドルナート【イラスト有】
走ってきた人物はヴィクトリアの目の前で立ち止まる。
それは身長が四メートルはあろうかという巨人族の女の子だった。
「会いたかったです!」
「あら、ぺオニア様。ごきげんよう」
「こんにちは。見てください! どうですか? このドレス! ヴィクトリアさんに憧れて作ってみたんですよ!」
頭頂部はクリーム色だが毛先に行くにつれ桃色の髪をした彼女は、綺麗なドレスを身に纏っている。
「大変、似合っておりますわ」
ぺオニアと呼ばれた少女は満面の笑みで喜ぶ。
憧れて作ってみただと? ヴィクトリアがここに訪れたのは数日前のはずだが? それに手作りのドレスには見えないぞ? この子、めちゃくちゃ器用だな。
「ところで……ヴィクトリアさん。そちらの御方はもしかして……?」
「ええ。先日のパーティーでお話し致しました、私の所属する『侵犯の塔』のクランマスターであるタスク様ですわ」
「ッ!!」
ぺオニアと呼ばれた少女は目をキラッキラと輝かせながら、グイっと俺に近付いてくる。
「は、初めまして! 私はぺオニア・アドルナートと申します! ヴィクトリアさんからお話は聞いてます! お会いできて嬉しいです!!」
アドルナート? どこかで聞いた事のある家名だな。
まあ、ガンディ獣王の息子が参加するパーティーに呼ばれてるって事は貴族か何かか。
「『侵犯の塔』のタスクだ。よろしくな」
「タスク様? 一つ、お聞きしたいことがあるのですが」
「俺に様なんてつけなくていいぞ」
「では、タスクさんと呼ばせていただきますね!」
「ああ。で? 聞きたい事ってなんだ?」
「『侵犯の塔』は誰でも加入できるのでしょうか……? ヴィクトリアさんにお聞きしたのですが、現在メンバーを募集されているとか……」
「悪いな。確かに募集はしているが職次第だ。誰でもって訳じゃない」
「職……。遊び人なんですけど、ダメですよね……?」
聞こえはしたが“遊び人”という部分だけを小さく言うぺオニア。
IDOとは違い、この世界での遊び人は使えるスキルが非常に少なく、不遇な職業だと思われている。
その事をぺオニア自身、自覚している事なのだろう。
だが、俺が今求めているのはその“遊び人”だ。
「逆だ」
「え?」
「『侵犯の塔』が今、募集しているのは遊び人だけだ」
「ッ!?」
一瞬、驚いたような表情をしたぺオニアだが、すぐに真面目な表情に戻すと俺の前に座りこむ。
ありがてえ。
見上げながら話すのは首が辛かったんだ。
「タスクさん! 何でもします! ですから、私を『侵犯の塔』に加入させてください! 私は裁縫が得意です! 計算も得意です! 魔道具も少しですが作れますし、直せます! なので……どうか、お願いします……」
街中で人目もあるというのに、恥じらいなく深々と頭を下げるぺオニア。
は? なんて言った? 魔道具を作れる、だと? 前々から気にはなっていたが、魔道具を作ってんのは巨人族だったのか? それとも、作れる人が限られているとかか? そんな事はどうでもいい。
どちらが正しいのかはわからんが、こんな人材が『塔』に加入したいと言っているのだ。
断る理由はない。
是非とも欲しいくらいだ。
よし、決めた。
加入させて魔道具の作り方を教えて貰おう。
俺が口を開こうとした時、ぺオニアの背後から声が掛かる。
「ここに居たのか、ぺオニア」
「父さま……」
「帰るぞ。勉強の続きだ」
「い、嫌です……」
「何だと?」
「嫌だと言いました! 私は国を出て、自由に生きるんです! 『侵犯の塔』に入ると決めたのです! 商会を継ぐ気は全くありません!」
商会? あー。
通りで聞き覚えのある家名だと思った訳だ。
という事は、この男はゴルド・アドルナート。
アドルナート商会の会頭か。
アドルナート商会とは、衣類や魔道具などの生活必需品を扱っている商会で、その分野において右に出る商会は他に無い。
「シンパンノトウ? なんだそれは? 訳の分からない事を言っていないで早く帰るぞ」
「痛ッ」
俺の前に座っているぺオニアの腕を強く掴み、無理やり連れて行こうとするゴルド。
イラッ。
「お待ち下さいまし」
「なんだ? 誰だ? 貴様は」
「私、『侵犯の塔』のヴィクトリアと申します」
「またシンパンノトウか。一体、何だというんだ?」
「クラン名ですわ」
「クラン? という事は冒険者か。ならばなおの事、遊び人であるぺオニアには務まらんだろう。冒険者風情がウチの娘を誑かさないでもらえるか?」
イラッ。
「誑かしてなどおりませんわ。ぺオニア様は御自分の意思で加入したいと申しておりますの。親とはいえ、無理やり商会を継がせるなど、どうかと思いますわ」
「他人が口を挟むなッ!」
その怒号に黙ってしまうヴィクトリア。
ゴルドに掴まれたままのぺオニアは下を向き、頬には一筋の涙が流れていた。
ブチン。
「……なあ? ゴルド」
「!? 私を知っているのか? 名乗った覚えはないが」
「そんなことはどうでもいい。さっきから聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるもんだな? 冒険者風情だと? 冒険者が居るからお前たち魔道具商人が儲かってんだろうが」
「それは……」
「それに、誑かすだと? ヴィクトリアが言った言葉が聞こえなかったか? ぺオニア本人がウチに加入するって言ったのが聞こえなかったのか? あ?」
「ウチだと?」
「言ってなかったな。俺はクラン『侵犯の塔』のクランマスター。タスクだ」
「ハッ! クランマスターがこのような態度とは高が知れておる! さぞ、弱小クラン――」
『ドンッ』
俺はインベントリから一つの魔石を取り出し、ゴルドの足元に投げた。
魔石はゴロゴロと地面を転がり、ゴルドの足元で動きを止める。
訝しげに俺を見た後、<鑑定>スキルを使ったのだろう魔石に視線を移したゴルドの瞳の色が変わった。
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・風の大魔石(六等級)
備考:幻惑の花畑ボス、花霊王ティタニアの魔石
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「ッ!?」
「視たか? 先に言っておくが、鑑定スキルの結果に間違いはあり得ない。難易度六等級ダンジョン『幻惑の花畑』のボス、花霊王ティタニアの魔石だ」
「…………」
「俺を悪く言うのは構わねえよ。態度が悪いのは事実だしな。だが『侵犯の塔』を、俺の仲間を貶す奴は何人たりとも許しはしない。わかったか?」
顔面蒼白で頷くゴルド。
「ならいい。話は変わるが、俺と取引をしないか?」
「取引?」
「そうだ。俺たちはいずれ難易度十等級を踏破する。それまでのレベル上げで手に入れた高難易度ダンジョンの魔石や素材は優先的にアドルナート商会に卸す事を約束する」
「なッ!?」
「それだけで足りないというのなら北の大陸、未開拓地で採れる植物や素材も付けるぞ」
「……」
ゴルドは眉間に皺を寄せ、顎に手を置く。
少しの間、考え込み、口を開いた。
「万が一、貴様の言う事が真実だと仮定しよう。その場合、私は何を差し出せばいい? そんな物に見合う対価のものなどないと思うが」
「ある」
「それは?」
「娘の願いを聞いてやる事。それが対価でどうだ?」
「は?」
「え?」
俯いていたぺオニアとゴルドは、同時にポカンとした表情を俺に向ける。
「ぺオニアを『侵犯の塔』に加入させてやれって事だ」
「人の話を聞いていたのか? 私の娘は遊び人だぞ?」
「聞いてたさ。だから言ってんだ。先に教えといてやる。遊び人ってのはいずれ“スクロールを複製できる”ようになんだよ」
「「「!?」」」
俺の言葉にぺオニアとゴルドだけではなく、ヴィクトリアまでもが驚いたような表情を見せる。
「そんな話――」
「俺は嘘は吐かない」
そう言って俺のステータスウインドウを二人に見せる。
「職業、守護者? レベル上限100? なんだ? このステータスは……」
「嘘……。タスクさんって一体……? もしかして、ヴィクトリアさんも……?」
ゴルドとぺオニアがヴィクトリアに視線を向けると、クスクスと笑う。
それを見た二人はさらに驚いたような表情を見せた。
ナイスだ、ヴィクトリア。
「どうだ? 娘を『侵犯の塔』に預けてみないか?」




