77話:才能の片鱗【イラスト有】
~Side:ポル~
「カトルッ!? フェイッ!?」
二人に駆け寄ろうとするが一歩も動けない。
私が睨みながら後ろを振り返ると、背中を必死に掴んでいるデスビィくんの姿があった。
「離して……?」
必死に首を横に振るデスビィくん。
同時に、私の正面から轟音が響いた。
破裂蛙が破裂した音であることは想像に難くない。
「離して!!」
私が更に睨みつけながら怒鳴っても、決して離そうとしないデスビィくんの口からは青い血が流れだしていた。
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『契約した魔物』というのは、契約者の命令に従わなかった場合、ダメージを負う。
それでも、ポルの命令を聞かずに止めようとしているのは、契約者であるポルが死んでしまえば、自分自身も死んでしまうからに他ならない。
だからこそ、魔物は“早死にしそうな者”とは決して契約を結ばない……契約者を自ら選ぶのだ。
生きている魔物の感情。
IDO時代では『運』の一言で片付けられていたモノ。
魔物に感情など存在していないゲーム内では、命令に従わない事などバグでもない限り、無かった。
故に、この命令違反という“デメリット”の事はポルどころか、タスクですら知らない。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
――目の前でボタボタと落ちる青い血液。
……訳が分からない。
デスビィくんは攻撃を受けたりしていない。
なら、なんで?
デスビィくんは次第に翅の振動が弱弱しくなり、動きを止めるとポトリと地面に落ちた。
急いでその場に膝を付き、デスビィくんの首元を撫でながら視線を正面に戻す。
しかし、毒々しい紫色の煙が充満しているだけで二人の姿は見えなかった。
……どーすればいいんだろ?
難易度四等級のダンジョンに一人きり。
徐々に不安と恐怖が押し寄せてくる。
そんな中、とある事に気付いた。
私の立っている場所まで煙が届いていないのだ。
デスビィくんが私を止めていなければ今頃、あの煙の中に居たのは確実だった。
助けられたんだ。
そう思うと少しずつだが冷静に頭が働き始め、一つの仮説が浮かんだ。
命令を聞かなかったら、この子は傷つくんじゃ? それ以外にこの子が傷つく原因は無かったはず。
当たっているなら、私がこの子を傷付けたという事。
それなのに……。
「ごめんね……。怒鳴っちゃって」
デスビィくんの首部にある真っ白な毛を撫でながら謝る事しか今の私にはできない。
毎日、呼び出しては遊んでいた。
毎晩、呼び出しては添い寝をしていた。
今やデスビィくんは家族の一員だ。
そんな子を私は……。
『ズズズッ、ズズズッ、ズズズッ、……』
あのお腹を引き摺る音が通路の奥から聞こえた。
一気に私の背筋が凍る。
デスビィくんは倒れたまま動かない。
フェイとカトルは煙の中。
デスビィくんを送還し、震える足に力を籠めて立ち上がると音のする通路の奥へと体を向けた。
私が一人でやるしかない。
『ズズズッ、ズズズッ、ズズズッ、……』
徐々にその音は近づいてくる。
戦う覚悟を決め糸を垂らした――その時。
「ゴポポッ……」
私の背後から水の中で息を吐くような音が聞こえた。
咄嗟に振り返った私の視界に映ったのは、カトルの上に覆いかぶさったフェイの姿だった。
先ほどまで充満していたはずの霧は跡形もなく消えており、それに気付いたフェイは辺りを見渡す。
だが、その顔はいつものフェイではない。
口と鼻が無かったのだ。
よく見てみると手に嵌めていたはずの皮手袋を投げ捨てており、粘液状の手? がカトルの顔面を覆っている。
「フェイ……なの?」
呼びかけた私と目が合うと、フェイの顔に口と鼻が形成される。
「ハイ。そうデスよ?」
そう言うとフェイの下でカトルが顔を真っ赤にしてベシベシとフェイの足を叩く。
フェイはハッとした表情で手? を顔面から退けると、カトルは数度咽せた後に口を開いた。
「あ゛ー! 死ぬかと思った!!」
「ごめんなサイ」
「いや、助かった! ありがとな! フェイ!」
二人を見ていた私の視界が歪む。
安堵したからか、全身の力が抜け、目からは涙がポロポロと溢れ出てきた。
『シュッ』
刹那、風切り音が聞こえ後ろを振り向くと、細長い舌が伸びてきていた。
咄嗟に目を瞑りながら両腕を前に出し防ごうとする。
視界が暗い中、いつまで経っても衝撃が来ない。
目を開けると、フェイが私の前に立ち塞がっていた。
先程、皮手袋と一緒にバックラーを外していたので、伸びてきた舌を生身で受け止めている。
フェイはバックラーを拾いあげ腕に付けると『ナイトハウル』を発動させた。
「ワタシが……相手デス!」
凄いなあ……フェイは。
タスク兄からフェイとパーティを組んでほしいって言われた時は心の底から嬉しかった。
それと同時に自信がなかった。
私じゃ足を引っ張っちゃうんじゃないかって。
でも、タンクはフェイが良かった。
だから、タスク兄に聞いてデスビィくんを捕まえた。
それなのに私はデスビィくんを……。
……いつかは。
いつかは、絶対、私も追いつくから。
それまで、待っててね。
フェイが駆け出すと同時にカトルが指示を飛ばす。
「フェイ、ヘイト固定! ポル、戦闘準備!」
「ハイ!」
「……みんな、ごめん。デスビィくん、呼べない」
それだけカトルに伝えると、私は破裂蛙の後方に向かって駆け出す。
一瞬驚いたような表情をしたカトルだが、すぐさま私に指示を飛ばしてくれた。
「ポル、安全第一だ。距離をとって動、斬!」
「りょーかい」
言われた通り、安全第一で立ち回りながら戦い続けると、数分後にまた蛙は破裂した。
先程と同様に紫色の煙を撒き散らしたが、今回は誰も巻き込まれることは無く戦闘を終えることが出来た。
「デスビィが呼び出せないってどういう事だ? 蛙の破裂に巻き込まれたのか?」
「ううん。私が離してーって言って、離さなかったら血を吐いて倒れたの。二人の所に行こーとした私を止めてくれたのに。だから私のせい……」
「そっか。でもさ? それってポルを助けてくれたって事だろ?」
「うん……」
「ならさ! 治ってからまた遊んであげないとな? タスク兄が言ってたじゃんか! デスビィは送還してたらどんな怪我でも治るんだって! だから大丈夫だっ!」
「そうデスね! それにワタシもまたデスビィクンと一緒に遊びたいデス」
フェイとカトルがニコッと笑う。
二人の言葉で少し気が軽くなった気がした。
二人の言う通り。
元気になったらたくさん謝ろう。
そして、たくさん遊んであげよう。
私の大事な家族なんだから。
「それはそうと、フェイ! アレはなんだよ?」
「アレって何デスか?」
「手の形が変わってたやつだよ!」
「口と鼻も無くなってたよ?」
「えっと。自分でもわからないんデス。ただ、守らないと! って思ったら出来マシた」
「本当かよ! すげえじゃん! なあ、フェイ。アレを使いこなしてタスク兄たちを驚かせようぜ?」
そう言いながら笑うカトル。
フェイも本気で練習してみよう、という気になっていたようだった。
そんな和気藹々とした空気は崩れ去ることとなる。
その後も戦い続け、破裂蛙を何匹破裂させたかわからなくなってきた頃、カトルが言った。
「なあ? 花が寄生してるやつ見たか?」
私とフェイは首横に振る。
そう、花が寄生している状態の蛙をただの一度も見ていないのだ。
そして、ただの蛙ですら一度も破裂させずに倒せていない。
ロマーナ曰く寄生花弁は、花が寄生している状態の蛙を破裂する前に倒さなければならない。
ただでさえ一日しか時間ないというのになかなか上手くいかない。
ダンジョン内は薄暗く、時間はわからないが既に昼時は過ぎた。
焦りの感情が徐々に私たちを蝕んでいた。




