36話:殴打蟹
『神秘の溟渤』内部を彷徨い続けて二時間が経つ。
そして、ようやく俺たちは『神秘の溟渤』のボス部屋である巨岩、白く波打つ模様の扉の前まで辿り着いた。
「やっと着いたッス……。どんだけ歩かせるんッスか……」
「迷ってしまってごめんなサイ」
「……仕方がないよ。」
まだまだ余裕そうにしているミャオ・リヴィ・フェイの三人の隣でテアは両腕で膝を抱えて座っていた。
初めてのダンジョン。
初めての魔物戦。
初めての長歩き。
様々な初めてが重なり、疲労しきっているのだろう。
「テア、大丈夫か?」
「はい……。大丈夫……です……」
俺が疲労回復用に治癒のポーションを渡すと、テアは小瓶の栓を抜いてから豪快に傾けるとグイッと一気に飲み干す。
「残すはボスだけだから、ゆっくり休んでから挑もうか」
「はい! 頑張ります!」
「難易度二等級くらい、アタシたちなら余裕ッスよ!」
「……油断はダメ。」
「ワタシじゃ敵意を飛ばしちゃわないか心配デス」
そんな事を話しながらしっかりと休憩をとり、息を整えた四人は立ち上がると、ボス部屋の扉に手を掛ける。
扉の先は珊瑚で作られた壁に囲まれた部屋だった。
天井から差し込む光が乱反射し、ボス部屋を照らしだす。
部屋の中央には丸く太いハサミを掲げる蟹が立っていた。
こいつこそ『神秘の溟渤』のボス、『殴打蟹』だ。
殴打蟹は先頭にいたフェイに向かってカニ走りをする。
同時にリヴィは全種の『バフ』を三人に掛け、フェイは前に出ると『ナイトハウル』を発動させた。
敵意を吸われた殴打蟹は眼柄の先に付いた目玉でギョロリとフェイを見下ろし、カニ走りの勢いのままハサミを振り上げたかと思うと、薙ぎ払うように殴りつける。
殴打蟹というだけあって攻撃は基本はハサミでの殴打、それをフェイはバックラーで楽々と受け流した。
いいね、いいねえ。
ちゃんと教えたことが出来てる。
そこへミャオが『メルトエア』・『イーグルアイ』・『オートエイム』を発動させて、『パワーショット』を放つ。
テアもミャオと一緒になって<雷属性魔法>スキルを放つ。
アタッカー二人の攻撃もいいタイミングだ。
あれだけ突撃鮪と突撃旗魚と戦った甲斐があったな。
――約五分後。
俺は離れた後方から戦闘風景を眺めていたが、何の危なげもなく殴打蟹は水の大魔石を残して霧散していった。
テアは霧散していく殴打蟹を眺めてプルプルと震えだす。
すると、大きな声で――。
「やったーー!! 勝った!! 勝ちましたッ!!」
と叫んだ後、その場にパタリと倒れた。
倒れたテアを見た三人はギョッとして、急いでテアの元へと駆け寄っていき、囲むようにして座り込む。
俺が居た位置からは聞こえなかったが、テアが駆け寄った三人に何かを言うと、三人は一緒になって笑っていた。
なんか、懐かしいな……この光景。
ミャオとリヴィが初めて『ましらの穴倉』を踏破した時は、ミャオが跳ね回って、リヴィはポカンとしてたっけ。
フェイは初めての時どうだったんだろ? 『夜照の密林』での事をへススとゼムから聞いてみてもいいかもしれない。
「見てましたか? タスク様! 勝ちましたよ!」
勝てた事が余程嬉しかったのか、テアはキラキラと瞳を輝かせながら駆け寄ってきて俺に抱きついてくる。
「おう。見てたぞ。頑張ったな」
すまん、テア。
主に<雷属性魔法>を見てた。
個人的な感想から言わせてもらえば、普通に強い。
『妖精の瀧壺』のボス、妖精蠑螈くらいの威力が出てるんじゃないか? と思ったくらいだ。
「ありがとうございます! 王都に帰ったらお父様やお母様にたくさん自慢します!」
「そうか」
母親はどうかわからんが、あの父親なら喜ぶだろ。
すげえ、親バカだし。
「それじゃあ、もう一周行こうか?」
「えっ」
ポカンと呆けた表情をするテア。
誰が一周だけと言ったかね? ミャオとリヴィとフェイを見てみろ? まだまだ足りないという顔を……してないな。
それどころか、面倒くさそーな顔をしてやがる。
これは……夜まで周回決定だな。
それから日が沈むまで周回した後、屋敷に戻ってきた。
ダンジョンに行く前、テアにはうちの屋敷を一時的にホーム登録させておいたので、帰りも転移スクロールである。
帰って来るなりテアは椅子に腰掛け、舟を漕いでいた。
なので俺はテアを抱きかかえて二階に上がり、俺の部屋にある課金ベッドに寝かせ、俺は客間のソファで寝る。
――翌朝。
俺はアンとキラの二人と一緒に朝食を作り、ダイニングに運んで行くと、既にみんなは起きてきていた。
テアは俺の顔を見るなり、顔を真っ赤にして俯く。
「タスクさん。今日も神秘の溟渤ッスか?」
「違うぞ。今日は別のダンジョンに行こうと思ってる」
「なんじゃ? 数日間はひたすら同じ場所を周回するお前さんらしくないな。何か変なもんでも拾って食ったのか?」
「アホか。食ってねえわ」
失敬な。
まあ、間違っちゃいないから何も言えんが……しかし。
「テアは次期国王だ。王位に就いたら、ダンジョンに行く機会なんて無くなるだろ? だからこそ、自由にダンジョンに潜れる今、いろんなダンジョンに連れて行ってあげたいと思ってる。ただ、それだけの話だ」
俺がそう言うと、テアは先程より顔を真っ赤にしながら両手で自分の両頬を抑えながら俯く。
ミャオとリヴィは俄然やる気が出たようで「頑張るッスよ!」、「……おー!」とテンションを上げていた。
しかしタンク初心者であるフェイだけは少し不安そうにしていたが、俺が「大丈夫だ」と言うと笑顔を見せる。
アンとキラの二人と一緒に食べ終わった食器を片付け、早速、俺たちは次のダンジョンへと転移する。
玄関ホールから一瞬のうちに視界が切り替わり、周囲は一か所を除いて生い茂る森林が広がっていた。
その一箇所とは、目の前の地面に空いた大きな穴。
大きく口を開けるようにして地面に空いていた大きな穴の中には、今にも吸い込まれそうな暗闇が続いていた。
この穴こそが今回のダンジョン『怠惰と勤勉』の入口だ。
ここ『怠惰と勤勉』は難易度三等級の洞窟型ダンジョンで、出現する魔物は虫種の『子分蟻』のみ。
一匹一匹が弱い子分蟻は凄い数で群れる習性がある。
そのため体長が四十センチはあろうかという大きな蟻共が一箇所に群らがるその光景はまさに地獄絵図だ。
しかし、俺はこのダンジョンは結構好きだったりする。
理由は……行けばわかるだろう。
早速、俺たちは『怠惰と勤勉』内部に入り、ミャオ・リヴィ・フェイ・テアの四人に接敵した際の指示を出す。
その後、俺がランプの魔道具を持ち、最後尾を歩いていると、前方から子分蟻の大群が所狭しと洞窟の壁、床、天井を這って押し寄せてくる。
刹那、前に出たフェイの後ろでリヴィが本を開く。
<強化魔法・風>スキル『ウィンドブースト』:風属性魔法の威力上昇。
<風属性魔法>スキル『ウィンドショット』:小さな風の球を放つ。
――同時発動。
小さな風の球が子分蟻の群れに飛んでいく。
そして着弾した瞬間、子分蟻の群れが一気に弾け飛んだ。
「……え?」
「へっ?」
「エッ?」
「えっ?」
ポカンとした表情で立ち尽くす四人。
フハハハハ。
これがこのダンジョンが好きな理由である。
群がる蟻の中に魔法を放って一掃するのを見ていると気持ちがいいし、経験値も一気に入ってくるから楽なのだ。
全っ然、愉しくないのが欠点だが。
その後、フェイが『ナイトハウル』を放ち、次から次へと押し寄せてくる子分蟻の敵意を一身に引き受ける。
フェイの背後からはミャオが矢を放ち、リヴィが<風属性魔法>スキルを、テアが<雷属性魔法>スキルをぶっ放した。
――数分後。
地面には大量の土の魔石と素材が転がっていた。
「リヴィ様! とても凄かったです! そのうち、わたくしもリヴィ様のような凄い魔法を使ってみたいです!」
「……ありがと、テア。……でも、テアの魔法も凄いよ?」
「そうッスよね! 妖精の瀧壺の…………ッ!?」
魔石や素材をみんなで拾いながらワイワイと話している途中で、突然ミャオの表情が一変し、口を噤む。
そして睨みつけるように目を細め、耳をピクピクと動かしながら洞窟の奥をジーッと見つめていた。
「どうした?」
「わかんないッスけど、奥に誰か居るみたいッス」
は? 今、「誰か」と言ったか? てことは。
「人か?」
「多分、人ッスね……。それも二人? くらい居るッス」
へえ……珍しい。
この世界に来て、初めてダンジョン内で人に会うな。
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