28話:弟子【イラスト有】
夕日がステンドグラス越しに差し込む神殿内。
フェイは男神増の前に膝をつき、両手を組む。
そんなフェイの様子を後ろから俺たちが眺めていると、祈祷者用の長椅子に座る信者共がヒソヒソと何か話していた。
神殿に入ってすぐの場所で話しかけてきた、祭服を着た男もフェイを睨み、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
そんな中でも、ゼムはこうなる事が分かっていたかのように真剣な面持ちでフェイの後ろ姿だけを見つめていた。
なるほど。
ゼムの「気になる」とはこういうの意味だったか。
天啓を受け取った後の話をしていると思っていた。
なんか、すまん。
ゼムの隣に居るミャオはこうなる事が予想外だったようで、どこか居心地悪そうにソワソワとしている。
まだ文句を言いに行かないだけいいというものだ。
俺の隣に居るリヴィは意外な事に全く動じておらず、ゼム同様、フェイだけをジッと見つめたまま待っている。
何というか、わからない子だ。
引っ込み思案かと思えば、こういう強い面もある。
――刹那、フェイの体がポワッと一瞬だけ光った。
どうやら無事に天啓を受け取れたようだ。
「さ、帰ろうか。ステータスは屋敷に帰ってからな?」
「ハイ。すぐに帰りたいデス」
俺は頷き、踵を返す。
すると入口には祭服を着た五人の男が立っていた。
その中には先ほど話しかけてきた男の姿もある。
「通りたいんだが?」
「異端者をそう易々と帰す訳にはいかん。それが魔人種ともなれば特にな。ひっ捕らえて兵に突き出してやる」
「あ? 異端者っつーならなんで天啓を受け取れたんだ?」
「それは――」
「とにかく、俺たちは帰るから退け。なんか文句があんならかかってこい。相手になってやるからよ」
俺はそれだけ言って隣に居たフェイの手を握ると、歩き出し堂々と出ていこうとする。
それを阻止しようと祭服を着た男たちが懐から杖を取り出したのを確認して――『スタンシャウト』を発動させた。
その時、俺の背中から金属音が轟く。
俺たちに向かってきた者たちは一斉にグルンッと白目を剥き、口から白い泡をブクブクと吐きながら沈黙した。
「レベルを上げて、出直してこい」
俺は振り返りもせず、気絶したであろう男たちそう告げると、フェイの手を握ったまま神殿を後にする。
後ろがザワついてたが知らん。
立派な正当防衛というやつだ。
武器を抜いたんだから、文句はないよな?
などと俺は心の中で自分を正当化していると、不思議そうな顔をしたゼムが話しかけてくる。
「さっきのはお前さんがやったんじゃよな? ましらの穴倉で洞窟猿が気絶した時の反応に似ておったが……」
「おお、ご名答」
「しかし、武器も持たずにどうやって発動させたんじゃ?」
「武器は持ってるよ。ほら」
俺は服を捲り上げ、背中から一つの盾を取り出す。
その名も『鍋の蓋』。
IDO時代の最弱盾だ。
「それって……お鍋の蓋ッスか? もしかして、あの人たちってお鍋の蓋にやられちゃったッスか?」
「そうなるな」
「……ぷっ……」
吹き出した後、大口を開けて「アハハハハッ」と爆笑しだしたミャオにつられて、フェイも楽しそうに笑う。
その隣ではリヴィも一緒になって笑い、三人の笑顔は屋敷に戻るまでの間、途絶えることは無かった。
屋敷に帰り着くと、玄関ホールにヘススが立っていた。
「大事なかったのであるか?」
「ああ。へススが心配してるような事は無かったよ」
「良かったのである」
へススと最低限のやり取りをした後、全員でダイニングに入ると、既に晩御飯の準備が終わっていた。
アンとキラが用意しておいてくれたのだろう。
せめて、屋敷に居る時くらいは手伝ってやりたかった。
晩御飯を食べ終わると、フェイがソワソワとしだす。
そんなフェイの周りには、みんなが集まっていた。
「で、では、開きマス!」
そう言いつつも少し躊躇っていたのか、数秒ほど経ってからフェイの目の前にステータスウィンドウが現れる。
――――――――――――――――――――――――
【ステータス】
<名前>フェイ
<レベル>1/50
<種族>粘体
<性別>女
<職業>騎士
<STR>D-:0
<VIT>D+:0
<INT>D:0
<RES>D:0
<MEN>D:0
<AGI>D-:0
<DEX>D-:0
<CRI>D-:0
<TEC>D-:0
<LUK>D-:0
残りポイント:0
【スキル】
下位:<騎士><棒術><魔法適正>
――――――――――――――――――――――――
お? 俺と同じ<騎士>ツリーじゃん。
でもタンクって結構、辛いし、しんどいんだよな。
俺は何て声を掛けようかと悩んでいたのだが、チラッと見えたフェイの表情はどこか嬉しそうに微笑んでいた。
「この魔法適正とはなんじゃい?」
「そのまんまの意味だぞ。騎士職でも魔法の習得が可能になるっていうパッシブスキルだ」
「なるほどな。じゃが、それはそれでどうなんじゃ? INTに割り振るポイントが足りなくなるんじゃないのか?」
確かにゼムの言う通りではある。
だが、しかし、だ。
<騎士>ツリーの最上位職、<魔法騎士>ならば話は別だ。
というのも、上位職や最上位職へと昇格した先によってステータス値の伸びというのは変わるのだ。
だからこそ俺は断言できる。
「その点は大丈夫だ。俺は魔法を自在に扱う騎士を知っている。使いこなすことが出来ればめちゃくちゃ強くなるぞ」
「そうなんじゃな」
ゼムと話しながら俺はIDO時代のフレンドさんの事を思い出していると、背後から服の裾をクイッと引かれる。
振り向くと心配そうな表情をしたフェイが立っていた。
「あの……ワタシはその人みたいに強くなれマスか?」
「それはフェイの努力次第だな」
そう言いながら頭を撫でてやると、フェイは心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
隣では「努力次第」と聞いてミャオ・リヴィ・ゼムの三人が顔を引き攣らせていた。
心外だな。
俺がこんな幼気な少女に何かするとでも思ってんのか?
あの三人にはもっとスパルタでいこう、と心に決めた――その時、フェイは真面目な面持ちで口を開く。
「ワタシ、強くなりたいデス!」
「レベル上げ、キツいぞー? それでも強くなりたいか?」
「ハイッ!」
「そうか。なら、同じ騎士職の俺が色々教えてやるよ」
「ほんとデスかッ!?」
俺が頷くと、フェイは目をキラキラと輝かせる。
口ぶりからするにフェイも冒険者になりたいのだろうか?
もしそうなら、フェイにはこの世界の楽しいことをたくさん経験をして貰いたいものだ。
しかし……。
「本当だ。でも、ベルアナ魔帝都に帰らなくていいのか?」
「ハイ。弱いままでは帰りたくないんデス。だから、お願いしマス! ワタシにタンクを教えてくだサイ!」
「わかった。それじゃあ、これからもよろしくな」
「ハイッ! よろしくお願いしマス!」
こうしてフェイは俺の弟子になった。
これからフェイには俺がIDO時代に学んできたタンクのイロハをみっちり叩き込んでやろう。
基礎さえしっかりと固めてあげれば、後はレベルを上げるだけで良くなるからな。
――翌日。
朝っぱらからフェイに起こされた俺は庭で<騎士>スキルの使い方や立ち回りを教えていた。
ミャオとゼムのアタッカー二人に頼んで攻撃を打ち込んできてもらい、その攻撃をフェイが腕につけた小盾、バックラーで受け止める。
その繰り返しをして、防御する角度やスキルの発動タイミングなどを注意していた。
すると――屋敷の前に一台の馬車が停まる。
見覚えのある豪華な装飾の付いた立派な馬車からは、騎士風の男二人が降りてくるのが見えた。
騎士風の男は以前来た王族近衛騎士団が着ていた鎧と一緒の鎧を着ていたので、一目で王家絡みだとわかる。
「また厄介事か? 面倒くさ……」
俺が小さくぼやきながら馬車の方を見ていると、降りてきた近衛たちが馬車の扉の横に立ち姿勢を正すと、中から小柄な少女が出てくるのが見えた。
パッと見た感じでは十五歳前後。
髪色は金髪で少し癖のある長い髪。
頭頂部には大きな青いリボン。
真っ白な肌に真っ白なドレス姿の少女は、近衛の開けたうちの屋敷の鉄柵を潜り、庭に居た俺たちに近付いてくる。
うーん……どう見てもあれって……。
俺の目の前まできた少女は両手でスカートの裾を摘み、少し上げながら片足を引き、少しだけ頭を下げる。
「初めまして、タスク様! わたくしテア・フォン・シュロスと申します! シャンドラ王国の第二王女です!」
ですよね。