27話:神殿へ
奴隷商の帰り道。
俺はフェイと手を繋ぎ、並んで歩いていた。
どういう訳か『従属の輪』を外した時から、フェイはずっと俺の手を掴んだまま離そうとしない。
俺から離す理由もないのでそのままにはしているが……こう無言で歩かれるとなんか気まずいな。
ここで気の利いた言葉やパンチの効いた一言でも言えたら良いんだろうけど、残念ながら俺には無理だ。
それはそうと、この状況……道行く人から誘拐したんじゃとか思われてねえだろうな?
うん、チラチラ見られてはいるけど大丈夫そうだ。
今、見られてるのはフェイが魔人種だからだろう。
すれ違う人たちは避けるように歩いてるし。
失礼な奴らだな、と少しイラついていると、隣を歩くフェイが沈黙を破り、小さく呟くように話しかけてきた。
「あの……本当に良かったんデスか?」
「ん? 何が?」
「『従属の輪』を解除するのはダメだって言われてマシた」
うーん。
なんて説明しようか? 馬鹿正直に国王に頼んだ、なんて言えばこの歳でここまでしっかりしているフェイの事だ。
恩義を感じて云々なり兼ねん。
あれ、もう手遅れ?
「そだな。でも、良いんだよ。フェイは悪い事したのか?」
「してないデス」
「じゃあ、気にすることはない」
誤魔化すことにしよう。
そうしよう。
幸いな事に王家の蝋印付き手紙は半泣きで俯いていたフェイは見られてない。
「タスクサンが捕まったりしないデスか?」
「しないぞ」
「ならよかったデス」
「それにフェイが捕まることもない」
フェイは俺の手をギュッと強く握り、顔を見て笑う。
おお、可愛い。
フェイが初めて笑った。
これからもたくさん笑えるといいな。
その後もフェイと手を握ったまま、話しながら屋敷に戻ると玄関ホールでミャオとリヴィが座って待っていた。
心做しか怒っているようにも見える。
「お帰りなさいッス」
「……おかえりなさい。」
「おう、ただいま」
「ただいまデス」
それだけか? と思いつつダイニングへ行こうとするとミャオが右後ろから、リヴィが左後ろから服を掴んできた。
「待つッス」
「……待ってください。」
「あの、ワタシは部屋に行ってマスね」
そう言い残し、そそくさとダイニングに入るフェイ。
あ、待て、逃げるな。
さっきまで俺の手を握って離さなかっただろ。
「何かな?」
「自分の胸に手を当ててよーく考えてみると良いッス」
「……そうです。」
「なんだ? 置いてった事を怒ってんのか? すまーん」
二人は眉間に皺を寄せ、頬を膨らませる。
「それもッスけど! なんで、いきなり国王様からお礼貰う話になってんッスか!?」
「そんなもん、お前たちが頑張ったからだろ」
さも当然の事を俺が言い放つと、二人は呆れたかのようにため息を吐き、トボトボとダイニングに入っていく。
その点に関して攻められるのは納得できん。
実際に二人とも頑張ったのだ。
いくら国王とはいえ、お礼を出さないなんてのは失礼すぎるだろ? だからこそ俺も遠慮なく頼んだ訳だし、グロースも即快諾してくれたのだ。
俺は二人の後を追うようにダイニングに入る。
そこにはバトラ以外の全員がおり、それぞれ話していた。
ふと、アンとキラがフェイと話しているのが視界に入る。
嬉しそうな笑顔のアンとキラを見るに、俺たちの留守中、フェイと仲良くしていたのだろう。
ほんと解除できて良かった。
満面の笑みを浮かべるアンたちを横目に俺は何時もの席に腰掛けると、バトラがダイニングに入ってくる。
バトラは淹れたての紅茶が入ったティーカップを全員の前に置いた後、扉の方へと歩いていった。
それぞれが話に花を咲かせている中、俺は隣に座っていたゼムに話しかける。
「兵士の装備はどうだったよ?」
「まあまあじゃな。じゃが、鍛冶師はてんでダメじゃった。アレならワシの方がよっぽど良い物を作れるわい」
「それ、言ってねえだろうな?」
「言える訳ないじゃろ!」
「ですよねー」
でも、ゼムに自信があるのは良いことだ。
普通の装備で満足してもらっては、俺が困る。
適当な装備じゃ俺たちが死ぬからな。
俺はIDO時代の愛用装備があるから良いが、他の三人や新しく入るメンバーには傑作中の傑作を持たせてやりたい。
今からでも必要になってくる魔物の素材や魔核をリストアップしといても良さそうだな。
となると……。
「あー、ダンジョン行きてえなあ……」
俺がぼやくとダイニングの空気がピシッと凍りつく。
辺りを見渡すとへススとバトラ以外が「え、また?」と言わんばかりの表情で俺の事を見てきた。
俺ら、ダンジョン行くためにパーティ組んでるんだけど。
そうだよな? そう言ったよな? なあ?
「……なんだよ?」
「お前さん、鬼か? もうちょっと休まんか?」
「タスク様は出かけすぎですよっ」
「そうですぅ。私たちにも、もう少し構ってくださいぃ」
「行くにしても蜥蜴はもう嫌ッスからね? 蟒蛇の塔といい、妖精の瀧壺といい、ずっと蜥蜴続きだったッスから」
「……蟒蛇の塔は蛇だよ?」
凍りついたダイニングの空気が一気に騒がしくなる。
その時、フェイと目が合い、ふと気になる事が。
「フェイ。そういや、お前の誕生日はいつなんだ?」
「あ、えっと……一昨日デス」
は? 今、なんて? 一昨日? てことは、ちょうど俺たちがルング湖に居たときか? 先に聞いときゃ良かったな。
「おめでとう」
「ありがとうございマス」
「てことは、十歳になったんだよな?」
「ハイ」
「じゃあ、神殿に行くか?」
「良いんデスか?」
「ベルアナ魔帝都じゃなくていいならな」
「ハイ。行きたいデス」
「うし。じゃあ、行くかー」
椅子から立ち上がると、アンとキラの二人が頬を膨らませながら不満げに俺をジッと見つめてくる。
俺はすかさず『ライトフォース』を発動させて、二人の頭を撫でた――が、そこまで機嫌は良くならなかった。
なッ!? ……効かなくなってきてやがる……だと!?
冗談はさておき、俺がフェイを連れてダイニングから出ると、後ろからゾロゾロと数人ついてくる。
振り返るとそこには、ミャオ・リヴィ・へスス・ゼムの四人が何食わぬ顔で立っていた。
「……何してんの? 俺たちだけで良いんだけど?」
「さすがに水臭いじゃろ!? ワシも気になるんじゃ」
「そうッスよ! アタシもついて行くッス!」
「……あの、私も……行きたいです。」
「わかったよ。フェイはそれでいいか?」
「ハイ。大丈夫デスよ」
フェイがいいならいいか、と玄関ホールまで歩いて来たところでヘススが足を止める。
「拙僧は留守番である」
「ん。わかった。頼むな」
「承知した」
へススに見送られながら俺が鉄柵の門を開けていると、後ろからミャオが不思議そうに話しかけてくる。
「ヘスさんはよかったんッスか?」
「いんだよ」
「なんじゃい? なんかあるのか?」
「まあな。ヘススが言いたくなったら、みんなにも言うだろうから、その時に聞いてやってくれ」
下から覗き込むようにして俺の顔を見てくるフェイは俺の手を掴み、ギュッと握ってくる。
その時のフェイは俺をとても心配してくれているような表情をしていた。
いかん、いかん。
感情的になるとすぐ顔に出てしまう。
俺は少し怒っていた。
もちろん、ヘススにではない。
怒っている理由、それは……。
屋敷を出た俺たちが十数分ほど歩いていると、前方に真っ白い大理石で出来た大きな神殿が見えてくる。
神殿に入ると一番奥の壁に綺麗なステンドグラスが填めてあり、その前には大きな男神像が聳え立っていた。
地面には真っ赤なカーペットが男神像に向かって一直線に敷かれ、両側には祈祷者用の長椅子がずらりと並んでいる。
そんな光景を入ってすぐの場所から眺めていると、祭服を着た一人の男性から話しかけられた。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
「天啓を受け取りに来ただけだ」
祭服の男のその目は俺の目を見て話しているように見える――が、常にフェイを視界内に捉えている。
何故か。
教会にとって他人種は、異端らしい。
だからこそ、侮蔑する。
へススにそうしたように。
そう、俺が怒っていたのは教会に対してだ。
種族が違うから。
教義が違うから。
文化が違うから。
それがなんだ? と。
それで侮蔑して良いと、誰が決めた? あの男神か?
否! 断じて否だ!!
あの男神はそういう人間じゃない。
この世界の創造者はそんな人間じゃない。
あの男神が創った世界は平和だった。
あの男神が理不尽な殺生を行うのは俺たちプレイヤーに対してだけで、無駄にNPCたちを殺したりはしなかった。
あそこに祭られている男神は少なくとも、そういう心の優しい人間だった。
じゃあ、誰が壊した?
そんなもん、どんな世界でも相場は決まっている。
その世界に住む、人間だ。
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