150話:秘策
「ポル、魔手田鼈の動きをよく見とけよ」
そう言いながらバックステップで距離をとった俺を、魔手田鼈は大きな二つの黒い瞳で睨みつけてくる。
刹那、魔手田鼈は発達した両前脚をバッと大きく広げたかと思うと、一瞬にして俺との距離を詰めてきた。
これは初手で俺とミャオに突っ込んできた時の移動法で、魔手田鼈は地上だろうが、水中だろうが、お構い無しに一定範囲内の相手との距離を一瞬にして詰める事ができる。
というのも、魔手田鼈のモチーフとなっているタガメの臀部には空気を体内に取り込むための呼吸管と呼ばれる細い管があり、例に漏れず魔手田鼈にもその呼吸管があるのだが、魔手田鼈の場合は呼吸をするために呼吸管を使っているのではなく、呼吸管から体内にある空気を勢い良く噴出して一気に加速するという独特の使い方をしているからだ。
因みに、これはあくまでも移動法であって、スキルではないためリキャストタイムがなく、連発が可能である。
故に移動系スキルの上位互換と言っても過言ではない。
そう、この移動法こそ魔手田鼈のもう一つの強みだ。
呼吸管から空気を噴出して一気に距離を詰めてきた魔手田鼈は、俺の構えた大盾を右前脚で思い切り殴打してくる。
初手同様、加速してからの殴打は足を止めて殴打していた時よりも重く、俺は衝撃と共に地面を滑った。
地面を滑った事で空いた距離を、再び呼吸管から空気を噴出する事で詰める魔手田鼈の姿を見たポルが声を上げる。
「おおー! びゅーんって移動してて、かっこいー!」
「どうだ? 魔手田鼈は近接戦闘型だから、遠距離戦闘型の災害蜂とも相性はいいぞ」
「うん! やっぱり、この子にするー!」
そうと決まれば早速契約……といきたいところだが、破壊蜂の時に数十匹と契約チャレンジを失敗している。
そのため、前々から俺とポルは『契約』スキルを使う前に主として認めさせるための秘策をいくつか用意しておいた。
以前、ポルに危ないことはさせられないと検証する事を諦めていた俺だったが、破壊蜂との契約後にポルの方から“この世界での契約”について詳しく聞いてきた事があった。
その時の話し合いの末、ポルが次に契約したい虫を見つけた際に条件付きで検証してみるという事になっている。
その条件とは、“俺が居る事”と“余裕がある事”だ。
今はそのどちらにも当てはまる。
それなら秘策を使わない手はない。
何より水辺以外で、珍しく魔手田鼈と会えたのだ。
この好機を逃したくない。
「ポル! 秘策その1を試してくれ!」
「ッ!! りょーかい!」
前に俺と話した秘策の事を思い出したのか、ポルは元気よく返事をしながら魔法鞄をゴソゴソと漁りだし、中から両手で抱えるほどのドス黒い何かの塊を取り出した。
「くさーい……」
「ポル、何だそれ? いつからそれを入れてた?」
「タスク兄と話した後からずっと入れてたお肉だよー」
そりゃ、腐るわ。
秘策その1、それは餌付け作戦だ。
だが肝心の餌が腐っていたので失敗に終わった。
その時、破壊蜂との契約時に一緒に居たミャオ・ヴィクトリア・フェイ・カトルが若干、眉を顰めつつも「成功しなくて良かった」と言いたげな安堵の表情を浮かべていた。
もしこれで成功してしまえば、破壊蜂の時に夕方まで森を駆け回った苦労が全て無駄骨だったと思えるからだろう。
「次だ! 秘策その2!」
「ほーい!」
再びポルは魔法鞄を漁りだし、中から透明な液体……ロマーナの作った香水が入った小さな瓶を取り出した。
秘策その2、それはフェロモン作戦だ。
この香水はロマーナ曰く、集合フェロモン? といって集団生活をする虫が仲間を集合させるために出す匂いらしい。
その匂いを嗅がせて仲間認識して貰おうという作戦だったのだが、小瓶の栓を抜いても魔手田鼈は反応せず失敗。
……しただけなら、まだ良かったのだが――。
「うわあああ! なんかいっぱい来るッス!」
匂いに釣られ軍隊蟻の群れと銃弾蜚蠊の群れが現れた。
軍隊蟻とは、三十センチほどの巨大な蟻の姿をしており、単体としてのステータスは高くないものの常に群れで生活しているため連携力が高く、“群れで強い魔物”の代表例だ。
「フェイ! 銃弾蜚蠊の敵意を頼む」
「ハイッ!」
「カトル! 後の指示出しはよろしく!」
「了解! みんな! 軍隊蟻単体は強くないって聞いてるから、フェイが銃弾蜚蠊を対応し終わるまで出来る限り敵意を分散させながら数を減らすよ!」
カトルの掛け声と共に、魔手田鼈を抑えている俺と飛んでくる銃弾蜚蠊をひたすら弾いているフェイ以外の七人とソルが、雪崩のように迫りくる軍隊蟻を迎えうつ。
ヴィクトリアは指輪を、ポルは糸を、虎鐵は大太刀をそれぞれ構えながら軍隊蟻の群れの中へと突撃して行き、その後方からは突撃した三人を攻撃しようとする軍隊蟻をミャオの矢が、災害蜂の針が、ソルのブレスが撃ち抜き、その隣ではリヴィとカトルが『バフ』を掛け続け、怪我を負った者にはヘススが『ハイヒール』を掛けていた。
――数十分後。
軍隊蟻の群れと銃弾蜚蠊の群れが全滅した。
ヴィクトリアに殴られ、ポルに刻まれ、虎鐵に斬られ、ミャオと災害蜂に撃ち抜かれ、ソルに焼かれ、と次々に絶命していく軍隊蟻の姿を、攻撃の手を止めてジッと見ていた魔手田鼈は恐怖したのか逃走を図ろうとする。
「逃がさんよ」
俺は背を向けた魔手田鼈に向けて『チェインゲザー』発動させると、地面から伸びた鎖が魔手田鼈の体に巻き付いた。
殺されるとでも思っているのであろう魔手田鼈は必死に呼吸管から空気を噴出し続け、鎖を引き千切ろうとしている。
うーん……これは、秘策3〜5は無理だな。
「ポル、最終手段の秘策6だ」
「えー! あれやるのー? かわいそーだよ?」
「完全に怯えてる今、3から5を試しても仕方ないだろ?」
「むー……。わかったー」
渋々といった様子でポルは鎖に捕まっている魔手田鼈の方へと歩いて近付いていき、目の前まで行くと腰を下ろした。
「ねー、デロちゃん? 言葉はわかる?」
ポルが優しく話し掛けるも、魔手田鼈はうんともすんとも言わず、それどころか未だに逃げようと藻掻いている。
「……少し痛いかもしれないけど、ごめんね?」
そう言ってポルは指先から垂らしていた糸に『斬』を発動させ、魔手田鼈の左後ろ脚だけを切り落とす。
そう、最終手段の秘策6、それは拷問だ。
最終手段というだけあって余り使いたい手ではない。
しかし恐怖による服従もまた有効かもしれない。
丁度、恐怖からか逃げようとしていたところだったし、この機会に試しておくべきだろうと思っての指示だ。
有効でないのなら、これ以降この手を使う気は無い。
左後ろ脚を切り落とされた魔手田鼈は痛みからか、恐怖からかバタバタと暴れだし、鎖がジャラジャラと音を鳴らす。
「大人しくして? ね? お願い」
再びポルが優しく話し掛けるも、魔手田鼈からは求めている応えが返ってくることはなかった。
その後も根気強くポルは話しかけながら脚を切り落とす。
次に三本目を切り落とそうとした――その時。
俺たちが居る場所から少し離れた位置に生えていた巨木の影から一本の蔦が勢い良く伸びて来たかと思うと、魔手田鼈を捕らえていた鎖をいとも容易く破壊した。
……は? 俺の鎖が砕かれただと?
鎖が音を立てて砕け散り、解放された魔手田鼈が呼吸管から空気を噴出して逃げる中、俺たちの視線は自然と蔦が伸びてきた方向に集まると、そのまま釘付けにされた。
……嘘だろ? 俺は……いや、俺たちは魔物に幻覚でも見せらてるのか? うん、それは絶対に有り得ない。
まず俺の<MEN>を貫ける奴なんて北の大陸に居ない。
百歩譲って居たとしてもこんな幻覚は見せる必要がない。
“小さな女の子”がこちらを覗いている幻覚なんて。
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