13話:曰くの正体
曰く付き――それは何か事情があるという事。
間取り図の書かれた紙には場所や金額の他に備考欄が存在し、そこに一言『曰く付き』とだけ書かれていた。
もちろん、曰く付きであるからという理由で選んだ訳でははない。
この物件しか俺の求めていた条件に合う場所はなかったから選んだのだ。
だから見てみたいと言っただけ。
ほんとだぞ? ワクワク。
まあ、曰く付きの内容にもよるが余程の事じゃない限りはこの家に決めようと思っている。
家の構造が変化するとか。
レベルが下がるとか。
死ぬとか。
それ以外ならなんでも良いわ。
「少々、お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「いいぞ」
職員はそそくさと紙をもって奥へと行く。
数分後に先程の職員が戻ってくると、隣には一人の老人職員が立っていた。
「お待たせ致しました。一点だけご確認させて頂きますが他の物件にする御積りは御座いませんか?」
「悪いが無い。そこ以外に俺の条件に当てはまる所はなかったからな。備考欄の事を言っているなら気にしなくていいから案内してくれ」
若い職員の問いに俺がそう答えると若い職員は老人職員を一瞥する。
すると老人職員は小さく頷いた。
「畏まりました。準備をして参りますので少し掛けてお待ちください」
数十分後、準備を終わらせた若い職員と一緒に商人ギルドを後にした俺は目的地である物件に到着する。
そこは冒険者ギルドやゼムの店がそこそこ近い場所。
外観は一軒家というよりは貴族の住んでそうなお屋敷で、青々とした生垣に囲まれたレンガ造りの二階建て。
オマケに広い庭までついている。
最高かよ。
しかし、まあ、この屋敷……。
どう見てもおかしい。
ハッキリ言って、異常だ。
さすが曰く付き物件だな。
……というのも。
「なあ。ここって昨日今日まで人が住んでいたのか?」
「いいえ。ここ十数年間は放置されていたと聞き及んでおります」
絶対嘘だろ。
何か知っている筈だ。
うーん。
まあ、行きゃ分かるか。
俺は鉄柵の門を開け、敷地内に入る。
屋敷を囲むように続く鉄柵の方をチラリと一瞥するが、とても綺麗に磨かれており錆一つ無い。
そう、この屋敷は綺麗すぎるのだ。
明らかにここ十数年間放置されたようには見えない程、生垣・屋敷の外観・庭が綺麗に整備されている。
さーて、鬼が出るか蛇が出るか。
……愉しみだなあ?
若い職員が玄関の鍵を開けた所で俺はふとあるものに気付く。
敵意だ。
屋敷の中に魔物がいる。
もしかして……ダンジョン化してんのか? ワクワク。
俺は心躍らせながら若い職員の肩を掴み後ろに下げさせ、インベントリから大盾を取り出す。
そして玄関の取手に手をかけ勢い良く開くと、そこには二階の天井まで吹き抜けになっている広い玄関ホールと二階へと続く階段が見えた。
俺が小さく一歩、屋敷の中に足を踏み入れると同時に正面から凄い勢いで短剣が飛んでくる。
それを俺は難なく大盾で弾き飛ばした。
「ほう……。今のを防ぎますか」
その刹那、少しハスキーな男声が俺の頭の中に直接聞こえてくる。
目の前にはいつの間にか燕尾服を着た、半透明の初老の男が立っていた。
「……へえ。思念体か」
「そうでございます。貴方様は博識なのでございますね」
「まあな。で? ご主人様はどうしたよ?」
「……いませんよ。十数年前、王都を離れた際に魔物に襲われてご逝去されておられますので」
「そうか……。知らなかったとはいえ聞いて悪かったな。でもよ、思念体になってるって事はご主人様がまだ生きてるとでも思ってんのか?」
俺の質問に初老の男は小さく首を横に振る。
「最初から望みがなかったと言えば嘘になります。しかし望むには年月が経ち過ぎた……」
「そうか。やりきれねえな。だがよ、ずっとこのままって訳にもいかねえだろ?」
「そうでございますね。ですが私含め三人の思念体は敷地内から出られない上、死ねないのでございます」
へえ。
まだ二人も居んのか。
俺ならすぐにでも殺してやる事は出来る……が、しかし、だ。
「一つ聞きたい事があるんだが……いいか?」
「何でございましょう?」
「屋敷の整備し続けてんのはお前たち思念体か?」
「そうでございます。主様より最期に任された私共の仕事でございますので。……何故笑っておられるので?」
おっと。
いかん、いかん。
無意識に笑ってしまっていたようだ。
感情が抑えられなかった。
「すまない。気を悪くしたなら謝る」
「構いません。ですが、どうしてそのようなご質問を?」
「もしそうなんだったらお前たちを雇いたいと思ってな」
初老の男は一瞬、驚きの表情を見せた。
だがすぐさま冷静な表情に戻り、小さな声で呟く。
「……お帰り下さい」
うん。
無理だな。
雇うのが、じゃない。
俺がお前たち思念体を諦めるのが無理だ。
日頃からダンジョンに潜り、フィールドを駆け、あまり帰宅しないであろう俺は使用人を雇う事を考えていた。
それで今、目の前には優秀な使用人が三人もいる。
体が透けてる? 関係ないね。
屋敷から出られない? 関係ないね。
なぜか? 俺が欲しいからだ。
これは嬉しい誤算だ。
屋敷の“曰く”とやらは完全にメリットじゃないか。
あー……テンション上がってきた。
「お帰り下さいって、俺とそこに居る職員をこのまま帰していいのか? 魔物であるお前たち思念体が住みついていると知られればこの屋敷は取り壊されるかもしれないぞ? 取り壊されなくとも冒険者が退治に来るかもなー?」
初老の男は黙ったまま若い職員を睨む。
思念体が住み着いていることを知らなかったであろう若い職員は俺の後ろで「ヒッ」と小さく悲鳴を漏らした。
なんか巻き込んだ形になった……すまん。
若い職員に心の中で謝りつつ、俺は続ける。
「しかし、だ。俺はこの屋敷とお前たちが欲しい。対してお前たちはこの屋敷を守りたい。利害は一致していると思うが? 違うか?」
屋敷を示すように両手を広げ手のひらを上に向け、真っ直ぐと初老の男を見る。
「突然、ご主人様が居なくなった事をいつまでもウジウジと引きずって、怖がってんじゃねえよ……馬鹿たれが」
「……ッ!」
初老の男の顔が一瞬、険しい表情なる。
よしよし。
未練はここか。
思念体は未練から生まれる魔物だ。
ならば、そこを突くべし、だ。
「それに、俺は前のご主人様みてえに突然居なくなったりはしねえよ」
「それはわかりませんよ。人とは突飛な事で死んでしまうものでございますから。以前のご主人様や私共のように……ね?」
「まあ、そうだな。ならこうしよう」
俺は大盾を初老の男の方へと向ける。
「何をしておられるのです?」
「見てわからねえか? どっからでもかかってこい。どんな卑怯な手を使ってもいいぞ。お前程度の魔物じゃ逆立ちしても俺を殺せないからな」
手のひらを上にして片手を前に出し、揃えた指先をクイクイッと二度上下させる。
初老の男は冷静な表情を張り付けているが内心が隠せてない。
眉が反応している。
案外わかりやすい性格してんな。
「どうした? 来ないのか? 遠慮しなくていいぞ? 俺はいずれ難易度十等級を踏破する冒険者だからな」
「お戯れを。ですが――」
初老の男は半透明な腕で俺が弾いた短剣を拾い上げ、構えると勢い良く駆け出す。
「貴方はお優しいのですね」
あらら。
わざと挑発してたのがバレてるな。
どうやらわかりやすい性格してるのは俺だったみたいだ。
せっかく死なない事を証明しようと慣れない事までしたのに。
まあ、結果オーライだ。
ここからは――ガチだ。
自然と口角が吊り上がる。
一気に初老の男性が俺との距離を詰め刺突一閃。
――おお、速い。
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