144話:渡航前日
俺はソルの背に乗り、シャンドラ王都へと戻ってきた。
帰る途中、余計な騒ぎを引き起こさないよう、ソルには出来るだけ街などの人里付近を避けて飛んで貰っていたため、六日も掛かってしまった。
え? 転移スクロール? 試してみたけど無理でした。
因みに“ソル”というのは、溶岩炎竜の名前だ。
ずっと「お前」のままでは可哀想だし、かといって「溶岩炎竜」と呼ぶのは長すぎると思って、俺が名付けた。
とは言っても、俺が出した候補の中からソル自身に選んでもらったので、実質ソル自身が名付けたとも言える。
「ソル。あそこに下りてくれ」
「グルゥ」
ソルは肯定するように鳴くと、翼を大きく広げてスピードを落とし、俺が指さした屋敷の庭へと降り立つ。
すると屋敷の扉が勢い良く開き、中からミャオ・リヴィ・フェイ・カトル・ポルの五人が飛び出してきた。
「ただいま」
「おかえりッスー!」
「……おかえり。」
「おかえりなサイ」
「タスク兄、おかえり!」
「おかえりー」
と、言いつつも五人の視線は俺の方を向いていない。
事前に『侵犯の塔』のメンバー全員と王族二人には「デカい竜を連れてくるかもしれない」と伝えていたため、五人はソルに興味深々といった様子で目を輝かせている。
全員集まり次第、俺はソルの紹介をしようと思っていたのだが、うずうずとした様子の五人を待たせるのも気が引けたので、二度手間にはなるが先に紹介することにした。
「こいつが一週間前に話した溶岩炎竜で、名前はソルだ。危険を承知で、俺たちを北の大陸まで乗せて行ってくれることになった。仲良くしてやってくれ」
俺がそう言うと、ソルは「よろしく」と言わんばかりに鳴き、それに応えるように五人は飛びついた。
ミャオはどこから取り出したのか、肉塊をソルの口の中に放り込んでおり、その隣でリヴィはソルの頭を撫でている。
フェイ・カトル・ポルの三人はというと、ソルの側面に回りこみ足元の鱗伝いに背中へとよじ登って遊んでいた。
そんな五人の喧騒が聞こえたのか、屋敷の中からは残る七人が、そして別宅からはぺオニアが出てくる。
俺は出てきた八人にソルを紹介し終わると、庭に設置していた椅子に深く腰掛け、紅茶を啜りながらフェイ・カトル・ポル・災害蜂の三人+一匹と遊ぶソルを眺めていた。
しばらくすると、屋敷の前に見覚えのある豪華な馬車が停まり、中からグロースとテアの二人が降りてくる。
テアは目を輝かせながら、一目散にフェイたちと遊ぶソルの方へと駆け出して行き、グロースは疲れ果てたような表情を浮かべ、俺たちの座っている方へと近付いてきた。
「本当に連れてきたのだな……」
「連れてくるかもって言っといたじゃないですか」
「そう、だな」
「そんなことより、グロース王。なんか窶れてません?」
「誰のせいだと思っておるのだッ!?」
「俺ー……ですかね?」
一週間前、ソルを連れてくるかもしれないということをグロースに伝えた際、俺は一つの頼み事をしていた。
それは「近日中に大きな竜が王都内に入ってくるかもしれないが心配はいらない」と王都民に知らせておく事だ。
職権乱用? 否! 適材適所である。
「苦労したのだ……」
「ありがとうございます」
お陰様で、道行くご近所さんも普段通り……ではないな。
完全に野次馬の一部と化してやがる。
溶岩炎竜を見る機会なんて無いだろうし、仕方ないか。
「礼など良いのだ。テアも喜んでおるようだしな」
そう言うグロースは、笑顔でフェイたちと遊んでいるテアの姿を見て疲れも吹っ飛んだのか、顔色が良くなっていた。
「ところで、いつ発つのだ?」
「明日には行きますよ」
「皆、行くのか?」
「いえ、今回は生産職の三人は連れていきません」
「何故なのだ?」
「三人には別の事を頼んでいますので」
「そうなのだな」
嘘だ。
本当の理由は――守っている余裕が無くなるからだ。
元より、IDO時代の生産職というのはサブキャラ要素でしか無かったため、北の大陸・次元の間・天界・地界の四箇所は生産職で簡単に挑めるようには造られていない。
中には、それでもゴリ押する変態プレイヤーも居たには居たのだが……それはまた別のお話だ。
だからといって、一生連れて行かない訳ではない。
今は守ってやる余裕が無いだけで、全員が最上位職に上がった状態かつ、以前『銀狼』のエドラルドに持ちかけられた“クラン同盟”を用いれば、フィールドである北の大陸・次元の間・天界・地界の四箇所は楽に攻略できるはずだ。
この事は生産職の三人に伝えてるし、承諾も得ている。
ロマーナは渋っていたのだが、今は我慢して貰う他ない。
その為にも、早く同盟先を探さないとなあ……。
どうせなら面白いやつらと組みたいもんだ。
そんな事を考えていると、フェイたちと遊んでいるテアを見ていたグロースは、顔に影を落とす。
「それでなのだが、タスク……お主にお願いがあるのだ」
「何ですか?」
「北の大陸には、どんな病でも治すとされる幻の薬草が生えている、と聞いたのだ。それを摘んできて欲しいのだ」
……そんなところだろうと思った。
以前、俺たちがルング湖の底で採ってきたルング草じゃ、一時的な治効に過ぎなかったのだろう。
というのもロマーナが加入した後、俺はルング草の入った九本の小瓶を始めとする様々なポーション素材を渡した。
そしてロマーナの研究の末、ルング草が“どんな病でも治す”というのは誤りであることがわかった。
正確には、病進行の遅延効果と苦痛の軽減効果。
……そう、楽になっただけで治っていないのだ。
「最近、夜になると以前の時のようにテアの顔色が悪くなるのだ。また病が再発したのかと思い、我はルング草を使った薬を飲ませている。しかし、一向に良くならないのだ」
グロースはまだルング草の効果を知らないのだろう。
俺ですらロマーナが昇格した後に知った事実だからな。
しかし――本当の効果を教える訳にはいかない。
ルング湖の一件以来、元気そうなテアを見て治ったものだとばかり思っていた俺でも、ロマーナからルング草の効果を聞いて全身の血の気が引いた。
親バカであるグロースが本当の効果を知ったらどうなるかなど、想像に難くない。
「だから、頼むのだ! タスク! その薬草を……」
「もちろん。引き受けます」
まあ、最初からそのつもりだったしな。
だからこそ俺は、ここ最近急いでいたんだ。
ぺオニアを急いで昇格させた事。
転移スクロールの複製環境を整えた事。
フェイを昇格させた事。
東国とかいう面白そうな場所を後回しにした事。
無謀にも近いアダマスドラゴンの討伐に乗り出した事。
テンプレートコレクションを行った事。
アダマント製の武器だけでも揃えた事。
全て、北の大陸のためと言っても過言ではない。
俺たちにとってテアは、もう他人ではないのだから。
それに……その幻の薬草で治るか分からんが、イシュトゥラルト精霊国の精霊王、ラシュムとも約束したからな。
「感謝するのだ」
「北の大陸から戻ったら、“お願い”しますね」
「もちろんなのだ」
“お願い”とは言ったものの、幻の薬草とやらを摘んできた対価に何かを貰うつもりなど毛頭無いんだけどね。
「ところで、摘んでくる薬草って“虹サワン草”で間違いないですか?」
「知っておるのかッ!?」
「はい。ですが先に言ってきますけど、実在しているのかはまだ分かりません。たまたま文献を見つけただけですから」
ロマーナが。
「そうか……」
「でも俺は実在してると思いますよ」
「何故なのだ?」
俺はインベントリ内から虹サワン草について書き綴られた古書を取り出し、首を傾げているグロースに手渡す。
そして、著者の記された部分を指さして、こう言った。
「知り合いなので」
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