10話:ましらの穴倉
薄暗い洞窟内に入ってく。
入ってすぐは長い一本道の通路になっていた。
俺を先頭に、少し後ろからヘススとリヴィが並んでついてきている。
その後ろ、最後尾をゼムとミャオが後方を警戒しながら歩いていた。
というのも、ダンジョン内では挟み撃ちされることが少なからずある。
高度な知能があったり、誰かが統率しているという訳ではなく、ただ単純にダンジョン内のどこに魔物が潜んでいるかわからないからだ。
一本道を進み、少しすると広めの空間に出た。
奥には更に通路が続いており、左右に分かれているのが見える。
俺の記憶通りなら、左の通路の方がボス部屋に近かったはず。
しかし、今はどちらに進むかなどどうでもいい。
なにせ、このパーティでの初戦闘なのだ。
じっくり、見させてもらうとしよう。
通路を調べようと前に出てくるミャオを、俺は軽く手を挙げて制止する。
「待て」
「どうしたッスか?」
「戦闘だ」
ミャオは辺りを見渡しながら不思議そうに首を傾げる。
「魔物、居ないッスよ?」
「いいから待て」
「わかったッス」
「よし。最初に言っておくことがある。何があっても焦らずに行動すること。そして、少しでも危険だと思ったら自分の命を最優先すること。それだけは守ってくれ」
全員が頷くのを確認して俺は続ける。
「じゃあ、まずは俺が突っ込む。みんなは合図を出すまで待機な」
俺は広間の方へと体を向け、駆け出し、広間の中央を陣取った。
刹那、何かを感じ取ったのかミャオの耳がピクッと動く。
同時に真剣な表情になり、腰に付けていた短剣を抜いた。
徐々にだが足音がハッキリと聞こえ始める。
その数は一匹や二匹ではなく、大量。
しかし、俺以外の四人が奥の通路や背後などを確認するも、足音の主たちの姿は一向に見えてこない。
それもそのはず。
足音の主たちは“壁の中”から来ているからだ。
俺が居る広間の壁には小さな横穴が開いている。
IDO時代から『ましらの穴倉』内部は薄暗く、無数にある小さな横穴に気付きづらい。
そのため、何の知識もなく入ってきたら大量の洞窟猿に囲まれてリンチされる――という一種の初見殺しダンジョンなのだ。
少しすると、足音と共に色とりどりの洞窟猿が横穴からゾロゾロと顔を出す。
体長は四十センチ程と小さめではあるが数が尋常じゃないほど多い。
優に数百は居るだろう。
そこへ俺は『チャレンジハウル』と『ハウンドチェイン』を発動させた。
すると横穴から覗く洞窟猿たちの視線、及び敵意が俺に集中する。
その瞬間、顔を出していた洞窟猿は四方八方から一気に飛び掛ってきた。
俺は正面から襲い掛かってくる洞窟猿の波を大盾で押し返しながら叫ぶ。
「攻撃開始!」
合図を出すと待機していた四人は動きだし『ハウンドチェイン』の黒鎖に捕まっている洞窟猿に向かって攻撃を始める。
ゼムは大槌で洞窟猿の頭をカチ割り、ミャオは縦横無尽に駆け回り短剣で洞窟猿の急所を傷付け、リヴィとヘススは属性魔法を放っていた。
うん。
みんな良い動きをしてるな。
だけど、正面の洞窟猿も少しは削って欲しいかな。
正面から次々飛び掛かってくる洞窟猿を大盾で弾き飛ばしながら、少し離れた場所に目をやるとそこでは洞窟猿が体色と同じ属性魔法スキルを準備していた。
俺はその洞窟猿を視界に入れ『チャレンジハウル』を発動させる。
敵意が向き、魔法は俺を目がけて放たれた。
その間も、俺の目の前の洞窟猿は飛び掛かってきている。
近距離と遠距離からの攻撃。
難易度が上がるにつれて増えてくる光景。
難易度十等級ともなれば、その攻撃のどれもに当たる事すら許されない。
まあ、当たる=死だからな。
では、どうするのか。
答えは簡単。
全て防ぐのみ。
<魔法騎士>スキル『インパクト』:周囲全体に衝撃波を放つ+ノックバックを付与。
――発動。
飛び掛かって来た洞窟猿と魔法は俺から放たれた衝撃波で吹き飛ぶ。
このスキルの使い勝手は物凄く良いのだが、エフェクトが派手な割にダメージはゼロだ。
その後も戦い続けること数分。
次第にリヴィの顔色が悪くなる。
MP切れか。
まだレベルが低いのでMP総量が低いのだろう。
長引かせるのは悪手だな。
それじゃあ、そろそろ終わらせるか。
俺は大盾を真正面に構え、腰を落とす。
<暗黒騎士>スキル『チェインゲザー』:範囲内の敵を術者の前に集める。
――発動。
俺の足元から無数の鎖がジャラジャラと音を立てながら地面を這い伸びる。
そして、広間に居たほぼ全ての洞窟猿に絡みついた。
何匹かは範囲外まで逃げたようだが、半数以上の洞窟猿は地面を引き摺られながら俺の前まだ引き寄せられる。
<魔法騎士>スキル『スタンシャウト』:範囲内の敵スタンさせる。
――発動。
刹那、真正面に構えていた大盾から金属音が轟いた。
『チェインゲザー』の鎖に至近距離まで引き寄せられていた洞窟猿はグルンっと白目を剥き、口から白い泡をブクブクと出しながら倒れる。
これは効果範囲の狭い『スタンシャウト』の範囲内まで『チェインゲザー』で引き摺って連れ込むという、IDO時代に雑魚狩りでよく使っていた俺の好きなコンボの一つだ。
因みに<MEN>が高い魔物には効かない。
難易度が上がるにつれ、使えなくなってくるコンボという事だ。
「ミャオとゼムはこいつらよろしく。ヘススは俺と来てくれ。リヴィは休んでていいぞ」
俺はそう言って『スタンシャウト』で気絶している洞窟猿のトドメをミャオとゼムに任せ、俺とヘススは『チェインゲザー』の鎖から逃れた猿の相手をする。
リヴィは肩で息をしながらコクリと一度頷くと、壁にもたれ掛かり座りこんだ。
数分後、洞窟猿は全てドロップ品だけを残して霧散していった。
「あー! もう、疲れたッスー!」
「お疲れ」
「お疲れさん。ワシも、もうクタクタじゃわい」
「ハハハ。まだまだだな」
そうこう話している時、広間の隅の方で縮こまっていたリヴィの姿が目に入った。
そこへ俺が近付くと、リヴィはビクッとして肩を竦める。
「お疲れ」
「……お疲れ様です。」
俺はインベントリから魔力ポーションを取り出し、リヴィに手渡した。
リヴィはきょろきょろと辺りを見渡した後、俺を見てキョトンとした表情をする。
「キツい時は無理しなくて良い」
「……はい。」
「渡しといたポーションも遠慮なく飲んでいいからな」
「……わかりました。」
無理して倒れられた方が困る。
申し訳なさそうにポーションを受け取ると、リヴィはちびちびと飲み始めた。
俺は散らばった洞窟猿の魔石と素材を拾っているヘススに近付いて行き、小声で話しかける。
「まだ余裕あるだろ?」
「無論である」
「同じ後衛だし、リヴィが無理しないか見ててやってくれ」
「承知した」
ドロップ品を集め終わった後、俺たちは右の通路へと歩を進めた。
何度か通路の横穴から洞窟猿が飛び出してきたが難なく倒し、奥へ進んでいく。
そのまま十数分歩いた所で、ミャオが眉を顰めながら口を開いた。
「なんか暑いし臭くないッスか?」
確かにダンジョンに入ってきた時よりも気温は上がり、匂いも変わっている。
それには理由がある。
確かこの辺だったはずだ。
俺は通路の途中で足を止め、辺りを見渡す。
すると、岩陰に細い通路を見つけた。
その細い通路を進んだ先が今回の目的地になっている。
「着いたぞ」
「……温泉?」
そう。
最初の広間で通路を右に曲がった理由は温泉であり、夕方だというのにダンジョンに潜った理由も温泉だ。
写真などで温泉に猿が浸かっている物をよく見るが、それが元ネタとなっているのかこのダンジョン内には何故か温泉がある。
浸かっても特に効果はないんだが。
「えっ!? 入っていいんッスか!?」
「もちろん。そのために来たんだから」
「やったー! リヴィさんも入るッスよ!」
「……いいんですか?」
「いいぞ」
話し合いの結果。
最初に女性組、その後で男性組という順番になったので俺たちは細い通路を戻った。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「あー。極楽ッスー」
ミャオは温泉に浸かり首だけを出していた。
すると首だけを私の方に向け話しかけてくる。
「どうしたんッスか? 元気ないみたいッスけど」
私は両腕で両膝を抱える。
そして額を膝に当て俯いた。
今でも瞳を閉じれば瞼の裏にあの時の光景が浮かぶ。
敵に囲まれながらも笑うタスク。
走り回りながら短剣で敵を切り刻むミャオ。
大槌を振り回し頭蓋を砕くゼム。
闇属性魔法を涼しい顔で放つヘスス。
私は……。
心が折れそうになる。
「……役に立てなかったです。」
「アタシも同じッス。全然、敵を倒せなかったッス。あれだけボコスカ倒せるゼムさんやヘスさんが羨ましいッスよ」
私は頭を少し上げ、横目でミャオを見る。
私から見てもミャオは十分凄かった。
同じと言われてもピンとこない。
「それにタスクさんも凄かったッス。あんなに囲まれたら普通死んじゃうッスよ」
「……ですね。」
「でも、だからこそ、タスクさんを信じてみようと思ったッスよ」
「……?」
ミャオは私に顔を近付けながら熱く語る。
「正直言うとッスね……ギルドでは信じるって言ったッスけど、実際のトコ信じてなかったんッスよ。どうせ口だけだろーって! でも、今日のタスクさん見て思ったッスよ。もしかしたら、タスクさんがアタシを鍛えてくれたら強くなれるんじゃないか! って」
「…………。」
「だから! リヴィさんも大丈夫ッスよ! アタシから見たらリヴィさんも十分凄かったんッスから!」
ミャオの瞳は真っ直ぐ、私を見つめていた。
この言葉は嘘じゃない。
直感だが私はそう思えた。
「……ミャオさん。……ありがと。」
「ミャオでいいッスよ!」
「……私も……リヴィでいいです。」
私は生まれて初めて微笑んだ。
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