89話:二国の代表
~Side:ミャオ&ヘスス~
「シュルルルル」
アタシの目の前で、真っ赤な細い舌がチロチロと見え隠れしている。
蛇の顔を持つその人物の体は人間の形をしているが、腕や足に鱗があり尻尾が生えている。
前にタスクさんたちと行った『蟒蛇の塔』で見た蛇人間によく似ているが、色や大きさが全然違う。
それに――。
「アザレア様からのお手紙だそうでございます」
人の言葉を話しているのだ。
「オホホ。ご苦労さま」
蛇人間に似た人物から手紙を受け取ったのは、顔や体は人種と全く同じ見た目をしている一人の女性。
だけど、一か所だけが人種とは明らかに違う。
髪だ。
一本一本が小さな蛇になっていて、絶えず蠢いている。
彼女はアッサール魔帝国の皇帝、コリント・ツー・メデゥーサだ。
「そこの粘体のお嬢ちゃんは、わらわと同じ魔人だけれど、隣の子猫ちゃんとエルフ? のお嬢ちゃんは違うようね。何で、アザレアの駒使いなんてしているのかしら?」
「アタシたち『侵犯の塔』の仕事ッス」
「『侵犯の塔』? それは、何かしら?」
「アタシたち三人が所属してるクランの名前ッス」
「オホホ。使者に冒険者を使うなんて余程、人手が足りないのかしら? 最近まで、呪いに侵されていたと聞いていますし」
コリントは笑いながらビリビリと手紙の封を破ると、中を確認する。
そしてワナワナと震えだしたかと思うと、手紙を持つ手に力を籠めクシャリと握り潰した。
「オホホホホ。まったくあの小娘は、わらわを何だと思っているのかしら? 明後日、ベルアナに来いですって? 円卓会議か何か知らないけれど、わらわも暇じゃないの」
膝を付いているアタシたちに向かって手紙をポイと放ると、コリントは縦長の瞳孔を向ける。
「あなたたちに聞きたいのだけれど、どうすれば明後日までにベルアナ魔帝都へ辿り着けるというのかしら? アッサールからだと少なくとも、一週間はかかりましてよ?」
「二人分の転移スクロールを預かって来てるッス」
「転移スクロールですって!? アザレアはいつそんな高価なものを手に入れたというのかしら? たくさん持っているようなら、アッサールにも分けて欲しいものね」
なんか、勘違いしてるみたいッスね。
転移スクロールはタスクさんの持ち物なんッスけど。
「オホホ。アザレアに用事も出来た事だし、明日にはベルアナに向かうわ。イリアス、わらわについてきなさい」
「御意にございます」
コリントに手紙を渡した蛇人間に似た人物は頭を下げ、膝を付く。
「じゃあ、これも渡しとくッスね」
「感謝致します」
アタシは魔法鞄から二巻の転移スクロールを取り出し、イリアスと呼ばれた人物に渡す。
これで用事は済んだので、アッサールの城を後にする事にした。
「……任せちゃってごめんね。」
「ごめんなサイ」
お城から出てすぐにずっと黙っていたリヴィとフェイに謝られた。
「気にしなくていいッスよ! アタシが適任ッスから。マグニゲイル魔帝国でも任せて欲しいッス」
「……ありがと。」
「大丈夫デスかね? 小さい頃にマグニゲイル魔帝国は凄く怖い所だって聞いた事がありマス」
「……え。」
フェイの言葉を聞いたリヴィは青い顔をする。
タスクさんはこんなにか弱い女の子に何て思いをさせてるんッスか。
ホント、許せないッスね。
今度、頭を射貫くッス。
「大丈夫ッスよ! リヴィとフェイはアタシが守るッス」
フェイの言葉を聞いてなお、アタシに恐怖心はなかった。
というのも数日前からほぼ毎日、タスクさんと戦っているのだ。
戦っている時のタスクさん以上に恐ろしいものなんて浮かばない。
「……私も二人を守るよ。」
「ワタシもデス!」
微笑み合いながら、三人はアッサール魔帝都を後にした。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
拙僧らは今、王都グランツメアに訪れていた。
「待った。畏まらなくていいよ」
膝を付こうとした拙僧らに向け、そんな言葉を放った人物はランパート。
グランツメア王国の王である。
「わざわざ、シャンドラ王国から手紙を届けてくれてありがとう。ヘススさん、カトル君、ポルちゃん」
「俺たちを知ってるんですか!?」
「知ってるのー?」
カトルとポルが同時に、驚きの声を上げる。
無理もない。
拙僧らは、まだ名乗っていないのだから。
城門でもシャンドラ王国の使者としか伝えていない。
「もちろん知っているよ。『侵犯の塔』の僧侶ヘスス、指揮官カトル、虫遣いポル。だろう? 普段は、破壊蜂を連れ歩いていないんだね。見てみたかったのにな」
「見るー?」
「おや、いいのかい?」
「いーよ。おいで、デス――ん? ヘス兄?」
呼び出そうとしたポルを止め、ランパートを睨む。
拙僧らの職や破壊蜂の事まで知られていた。
この男、危険であるな。
拙僧が魔法鞄に手を入れた瞬間、焦ったようにランパートは制止する。
「待った! 待った! 害意はないよ!」
「……では何故、拙僧らの事を調べているのであるか?」
「知らないのかい? 東の大陸で『侵犯の塔』は有名なクランになりつつあるんだよ?」
「それだけの理由では納得できないのである」
「だよねー。確かにそれだけじゃ、職や破壊蜂の事を知る事は出来ないもんね」
ニコニコと笑ってはいるが、どこか不敵な笑みにも見えてしまう。
同時に、“調べられている”という事の重大さを理解したのかカトルとポルは警戒態勢をとった。
「だから! 害意はないって! 僕の家名に聞き覚えはないかな?」
「ランパート・フォン・ハプスブルク。ヴィクトリアの兄であるな」
「「ヴィク姉のお兄ちゃん!?」」
「あ、ヘススさんは知ってたんだね」
「無論である」
事前にタスクから聞かされていたからな。
それに……酷似している所がある。
宝石のような深紫の瞳、綺麗な顔立ち、魅力的な目元の黒子、ヴィクトリアにそっくりなのである。
だからと言って、気は抜かない。
拙僧の考えが間違っていなければ、ヴィクトリアを国から追い出したのはこの男である。
そして、ヴィクトリアが殺したいほど恨んでいる相手というのも……。
「そんなに睨まないでくれるかな? 傷つくよ」
「拙僧らを知っていて、何故迎え入れたのであるか?」
「ヴィクトリアがお世話になっている人たちなんだから当然じゃないか!」
ニコニコと笑いながら答えるランパート。
真意がわからない。
それは、ランパートだけの話ではない。
ランパートの隣に居る男も拙僧らが入って来てから、一度も言葉を発することなく無表情のまま立っているだけ。
そんな二人を不気味に思っていると、ランパートが口を開く。
「そう言えば、手紙に書いてあった転移スクロールをまだ受け取っていなかったね」
「そうであるな」
魔法鞄の中から転移スクロールを二巻取りだそうとして手を入れた瞬間、カトルとポルが一歩前に出る。
それと同時に、拙僧も錫杖を取り出した。
「何のつもりであるか?」
「やめといた方がいいですよ」
「動くと首、飛ばしちゃうからね」
ランパートの隣に立っていた男の首には既に、ポルの指から伸びた糸が巻き付いている。
首を飛ばされそうになっているにも拘わらず、男は無表情のまま初めて言葉を発した。
「すごいですね、彼ら。私の動きに気付きましたよ」
「だろ? これならヴィクトリアも任せられると思わないか?」
「はい。ランパート兄様の仰る通りです」
男は初めて表情を崩すと、拙僧らに向けて深々と頭を下げた。
「ヘスス様、カトル様、ポル様、試すような真似をしてしまい、大変申し訳ございません。私はランパート兄様の側近でクラリス・フォン・ハプスブルクと申します。ヴィクトリアの兄でもあります」
「僕からも謝らせてもらうよ。本当に申し訳なかった」
ランパートも深々と頭を下げる。
そして頭を上げた時、先ほどまでとは打って変わる真剣な雰囲気を醸し出していた。
「少し話を聞いてくれないかな?」
その後の話は信じられないようなものだった。
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