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ペインギフト

作者: 恵善


【ペインアウト】




   民間事業部推奨動画


『あなたの痛み、前ならえ』

『全体!! 構え!! はい!! 始め!! はい!!』

『軍事開発。ペインアウト』

『輸血にワクチン。ペインアウト』

『兵士の未来。ペインアウト』

『民間事業部。募集中』


「ねえ、起きてよ。ねえ! 京平きょうへい! 痛いのは私よ! 目ー覚ませよ!」

 痛くない。頭がうまく動いてないんだろう。恵理香えりかの声が響く。きっと痛みを感じてたら相当痛いんだろうな。

「ねー! 私の声聴こえてるのわかってんだからね! 私の声! うるさっ!」

 正解だ。よく理解したな。お前の声はうるさい。眠れる獅子も起きることだろう。目を覚ましてやるか。

「あ、京平! 気がついた? 早く起きなよ」

 薄目を開けてみた。なんだ、結構心配してる顔だな。「はぁ、お前、もうちょっと加減しろよ。脳が揺れすぎて意識とんだよ」

「知ってる。私が蹴ったとこ、かなり痛いかも」

 俺の手を引いておこす梅林恵理香うめばやしえりか。この訓練所のシンパサイザー。つまり、俺の痛みを味わいながら格闘訓練を行う同調者。俺を攻撃するってことは、恵理香がどんなダメージがあるか、痛みを感じて身を持って知る事ができる。

 回りを振り返ってみれば、恵理香にノサれる直前とかわらず、迷彩パンツに薄汚れたノースリーブだけ着衣した身軽な着こなしで拳と足で相手を一蹴するを繰り返す。

「シンパ乱取り終了だ!! 間もなく『ペインアウト』は解除される!! そして、新情報だ!! 潜伏先が明らかになった!! 明朝決行!! 各自準備を怠るな!!」

「はい!!」

 テロリスト討伐部隊の最前線。テロリストの組織名、グリーバンス。名称通り『怒っている組織』ということになる。

 グリーバンスのグリーバンス(怒りや不満)は、グリーバンスが行ったテロ行為によって捕まったテロ組織員に対して、トランジスタの強制注入。

 グリーバンスの拷問によって重傷となった者の痛みを、ペインアウトによってテロ組織員に痛みを転送している事に関して、同朋の尊厳を奪ったという理屈。

 勿論、トランジスタを注入する前に、司法取引により、減刑を視野に入れた内容で元テロ組織受刑者は同意はしているが、グリーバンスからみれば、時間を掛けて懐柔させ、同意せざる終えない状態でトランジスタ注入を強要したという重罪が怒りや不満だという。それによって再び発生するテロ行為に拷問負傷者と組織員の逮捕、そしてペインアウト。このいたちごっこを終わらせるには、グリーバンスそのものを壊滅させるために我々はいる。

「しっかし、グリーバンスって頭弱いのかなぁ。だって、奴らの組織って、団結力を保つために、手のひらを切りつけて、その血を仲間と重ねる習慣でしょ? それって、衛星使って地区ごとにペインアウトしたら特定されちゃうわよね」

 恵理香の言う理由はよくわかる。今は特に若い人間には同意がなくてもペインアウトを実行することは可能だ。輸血をした者。ワクチンを摂取した子供。これからの人間には特に了解なく、いや、書類に書いてあっても読まない事を視野に入れて半強制的に注入している。

 針を刺した血中から脳に流れる時間、タイミングを計算して、ナノメートルレベルの赤血球並みの大きさしかないトランジスタ(半導体集積回路)を脳に定着させる。グリーバンスのメンバーは基本的にそれらを拒否、または含まれていない血液を輸血している。テロ原資も、それを利用して、ジャングルの奥地の近代的なものに非接触な部族や村から集め、貴重な血液として密輸することを収入源にしている。それだけに、ペインアウトに引っかからない者は多いが、トランジスタをすでに有している者がグリーバンスに入信している場合も少なくない。その可能性を仮説として、今回潜伏先を特定したわけだ。

「ああ、衛星で勝手に探られる事もカンに障って、組織幹部が集まっていればかなりテロを鎮静できるだろう。お、やっと自分の痛みが戻ってきた。なかなか正確な打撃だな」

「でしょ? 自分で痛みながら有効打確認してんだから」

 そんなじゃれ合いのような恵理香との会話。周りをみれば、それぞれシンパになったペアの者が第二の自分のようにお互いの体調を確かめ合う。

 大抵は汗を流すためにシャワー室へ全員が向かう。その途中、訓練長でもある指揮官が俺に近寄ってきた。

「上村。お前には明日の突入前に、今からジャーナリストとして地域に潜入しておいてほしい。その間、梅林にペインアウトをしてもらう」

「このタイミングで、大丈夫でしょうか。潜伏先ですでに身構えてないですかね」

「それはいつでも同じ事だ! まだ日が暮れるには時間がある! 潜伏先への人の出入り人数や予想人数、見張りの有無を知らせてくれ!」

 シャワーを浴びるのはお預けになった。小綺麗な状態でここまでの長距離を旅してきたと思われるよりは汗臭い方がいい。それも知って訓練長もシャワーを止めたに違いない。きっと通訳と運転手とかは手配済だろう。俺が元々政治系の記者をしていたのも簡単に決める理由だろう。そりゃあ、カメラをもつ佇まいを今初めてカメラを持つ者には荷が重い。断る理由のない俺はすぐにそれらしい格好に着替える。


ーTwo hour laterー 2時間後


 あと1時間程度だろうか。オフロード車に俺を含めた4名は、迷いなく潜伏先へ向かう。通信機とカメラ以外、ろくに装備のない車内では、俺を含めて無言のドライブが続く。

 岩や僅かな樹木が所々まばらに散らばった地平線のロードウェイ。見通しが良すぎる一本道はどのようなジャーナリズムな目的でこの道を選ぶだろう。保護対象の野鳥? 環境破壊の景色? 幸い目的地より先の村では貧困と医療不足で困窮している。もし途中で何者かに止められても、その取材が一番の通行許可になるだろう。せめて車中では、その村の知識を最低限頭に入れておく付け焼き刃。

 そんな学習中に、俺の頬は、痛すぎない程度の痛みが感じる。それはきっと訓練長より事情を聞いた恵理香が、なぜ先に話さなかったと言わんばかりに自分の頬をつねっているんだろう。続いてデコピンの小さな衝撃。数秒経過して、大きなデコピンの衝撃。相当頭にきているだろうが、その嫌がらせは30分程度で終わらせてほしい。

 覚悟はしていた。もしこの先にグリーバンスの潜伏先があるのなら、そいつらが警戒しない方がおかしい。恵理香に痛みの合図はいくつか用意してある。これから何者かに車を止められる時は、目の周りにあるツボを押す。それは眼球の真下にある小さく鋭い痛みがくる承泣しょうきゅうのツボ。これでここまでの距離、時間、警戒地点が梅林に伝わる。伝わった合図に、承泣のすぐ下の四白しはくというツボがジンジンする。これで嫌がらせも終わる事に胸をなで下ろすと共に、新しい緊張に覚悟する。

 道を挟むようにオフロード車が一台ずつ停車してある。左右から2人ずつ詰め寄ってくる。全ての者がアサルトライフルを握る様子にどれだけ無関心なフリができるだろう。こちらは即時停車が自然な圧力と、すぐさま運転手に話し掛けてくる者。通訳には伝えていたように村での取材を伝えているはずだ。疑いしか感じない目配り。何か違和感がないか言葉と表情と持ち物を全て調べる者たち。カメラも通信機も、どんな取材民間人が所有していてもおかしくないもの。調べる方も探し甲斐がないほどの装備。


 2分程度経過しただろうか、心地は10分くらいに感じる。幸い冷や汗をかいていても、これだけの暑さなら違和感にも感じない。それの違和感のなさから、質問をしてきた男は首を進行方向にひねり、行けという合図が伝わった。ひとまずの安堵に4人とも初めて穏やかな表情。まるで男4人で楽しいドライブをしているようにも見えるだろう一時の開放感。その無事を伝えるかのように目尻の外側にある太陽たいようのツボを押し、危機を脱した事を恵理香に伝える。またすぐに了解の意味にとれる四白のツボがジンジンしてきた。

 潜伏先と思われる集落が見えてきた。ここを通り過ぎると仮の目的地に向かってしまう。ここで俺1人下車して車とはさよならする。通訳やガイド運転手はひとまず村まで向かって本部と通信機でやり取りをするだろう。俺の通信機は恵理香に伝わるペインアウトで十分だ。

 ちょうどいい岩場で座り込み、望遠レンズを装着したカメラで様子を確認する。集落は、せいぜい20世帯の規模。世帯3人なら60人が最大だろう。その内、どれくらいの人間がグリーバンスのものか。ただ、俺の役目はグリーバンスを確認する事じゃない。この集落全体の人の出入り、予想最大人数、見張りの有無の確認だ。深入りはしないように言われた事だけを遂行しよう。

 出入りはほとんど見当たらない。たまに出てくるのは、牛を連れては、道なき道に見える地元民の道をゆったりと通る酪農家程度。見張りも特にいるようには見えない。それこそ庭で小さな自給自足をしている人しか見当たらない。普通に旅人が声を掛けて写真を撮っていてもきっと許してくれるのではないかと思わせてくれる安堵感すら感じる。少し悩んでしまう。このままあと10時間、この岩陰に隠れてレンズで覗くか、それともジャーナリストとして集落にとけ込むか。暗くなるまでに考えてみようと思う。あ、車が集落に、あの検問を行った2台のうち1台が戻ってきた。もう1台は……は! 影! 後ろ! ガ!!

「バカが、この先の村自体が俺たちの潜伏先だ。この集落は集会所として使うがな」

 このバカ。ライフルで殴ったりして、簡単に気絶するかと思っている勘違い野郎。しかも俺は今ペインアウト中だ。恵理香、相当痛かっただろう。ペインアウトは解除してくれてもかまわない。あと、あのガイドたち。危ないな。ガイドが危ない時は、左手の中指、付け根から基節骨、中節骨、末節骨(指先)の肉を右手の爪で押す。3ヶ所で3人の意味だ。伝わりやすくするため、爪はいつも尖らせている。伝わったかな。なるべく力を抜いて、気絶しているフリをして、ん、後ろ手に結束バンド。目隠しか。おそらく、助けが来るまで俺は逃げられないだろう。車に乗せられた。潜伏先か? 集会所か? ガイドたちに関しての了解の合図がないな。殴られた痛みでそれどころじゃないのか? もう一度左手の中指で合図しておこう。ん? 停車? いや、デコボコな道を進んで……これは、集落の集会所だな。

 合図は左手の親指。基節骨への爪の痛み。あと、本当の潜伏先は、この集落ではなく、この先の村。村の合図も作っておいて良かった。親指の基節骨と小指の基節骨を交互に何度か痛みを。これで伝わったか? あ、四白への鈍痛。伝わったようだな。あとは、俺にできることは何もない。運が良ければ、監禁中に救出。運が悪ければ……。どこかの小屋? 引きずる足元の感触は、石でも樹脂でもなく木質。集落は主に石で壁を作っていた。木で造っていた建物は、一番大きな中心の建物1ヶ所の記憶。これは、指パーツでは作っていない。ならモールス信号。右手の親指の爪で右手の人差し指の末節骨(指紋部分)で情報を。伝わった。四白の合図。これで俺に出来る事は、何もない。

 こいつらは、執拗に質問を繰り返す。だが、正直何を言っているのかはほとんどわからない。ただ、その質問にひとつひとつ答えられない度に、奥から怪しく光る、細く鋭く、器用なもの、堅く力強く、不器用なものが近づいてくる予感がする。

 普通はジャーナリストが簡単に何かされる事はない。普通は、大義を世間に公表し、交渉の人質とされるものだろう。普通なら。グリーバンスに捕まった者は、大抵は解放された事がない。それがテロリストの目的が金で人を集めたものでなく、行動を譲歩する気もないという固い大義を感じさせる。これによる俺の身の振り方は二通り。このまま話の通らないまま拷問を受けて大義の下に死ぬ。または、涙と鼻水を流し、命乞いをして、一門に下る。どちらもごめんこうむりたい。「うっ!」

 どうやら始まったらしい。驚いたが、痛みはペインアウトされているらしい。恵理香、ペインアウトを解除するんだ。今、俺は尖った爪をはがされている。耐えなくていい。俺に痛みを戻すんだ。すると、俺の額に強いデコピンの鈍痛。回数にして3回。それは『こちらは大丈夫』の意味。司法取引を済ませている受刑者が請け負ったか? それなら減刑のために張り切ってほしいところだ。

 2枚目の爪がはがされる。受刑者のやつは牢獄か拘置所で悶えてることだろう。俺も弄られているせいで吐き気が催す気分だ。痛みがないだけで、実際は俺の爪は無惨な状態になっていることだろう。見えない事が幸いといったところか。

「もう良い。時間の無駄だ」

 その男が扉から入室した瞬間、俺への処理は停止したようだ。

「ペインアウトを起動している奴に拷問するのは、こちらの精神の方が心を削られる気分だ。それに、ここに来ることになった理由の情報を聴こうが聴かまいが、こちらが与える言葉は同じだ」

 どんな事をされるだろう。俺は、結局は消されるのか? このグリーバンスの組織のわからない所は、行方不明者は多数あるが、グリーバンスによって明らかに殺害されたという話は聞いた事がない。主にテロ行為とすれば、情報スパイ、ハッキング、誘拐、主に個人情報を大量に入手しているような組織。残虐性は拷問以外には表面化してない。「何が目的だ……」

「言葉を与えよう。こっち側にこい」

 こっち側? つまり仲間になれと言うことか。言葉がわかる分、聴いていないフリが難しい。無理だろう。理由がない。「こ、ことわ……」

「断る前に、考えてみろ。お前の今の痛みは、誰が請け負っている」

 この痛み。都合のいいことに、司法取引によって誰かが……。

「お前の知らない誰かが、お前の事を知らずに、合法的な拷問を受刑者や仲間に行っている。都合のいい話だが、それが人間のする事か?」

 テロリストは、言葉が上手い。倫理観や罪悪感に訴えてるのか? だからと言ってテロ行為には違わない。許してはいけない。「なら、あんたらが堂々と政治に参入して世直しすればいいだろ」

「民主主義を利用すれば、上手い宣伝で、民衆は都合のいい方を優先するだろうけどな、。俺たちが、どれだけ旗を揚げて政治に参入したとしても、永すぎた歴史のある過去の支持者を新参者には隙も与えないだろう」

 理屈はわかる。それをひっくり返すには100年じゃ足りないだろう。痛みが自然ではない事は事実。だが、それで救われる老若男女は沢山いるだろう。駄目なのか? それが。沢山の善人がなんとか痛みを取ろうと考えた画期的な方法じゃないのか? 自分の痛みは人にもわかって欲しいだろ? わかってもらえなくて辛いこともあっただろう? きっと間違っていないはずだ! 優しい世の中になるはずだ! きっと!! 「じゃあ、理想的な人間ってどんな生き方た!」

「自分で考えろ。結果的に俺たちはお前を誘拐した。拷問をした。そしてお前は痛みがない事を強みにしているだけだ。それはお前の強さじゃない。まあ、お喋りはここまでだ。こちらが安全とわかった時点でお前を解放する。しばらく我慢してくれ」

 解放されるのか俺は。俺は生かされているのか。どうして生かす。そもそも殺さないテロ組織なのか。それで成り立つのか? なぜ捕まらない。俺は、誘拐された。拷問された。なぜ俺はこんなに余裕を保っていられる? 痛くないからか。痛みが無いという事は、純粋な人間じゃないからか。「待ってくれ。まだいるか?」

「ああ」

 俺はどうしようとしている。「お前たちは、テロリストという自覚はあるのか?」

「お前たちが、そう言っているだけだ。まあ、法律的には犯罪者だろう」

 そうだよ。こいつらは犯罪者なんだよ。「全て犯罪行為で成り立っているのか?」

「ほとんどの者は、普通に働いている。そこで個人情報を貰ってはいるがな」

 立派な犯罪なんだよ。個人情報を流すのは。「なぜ、そんなに個人情報が必要なんだ」

「あとで、人間に戻す必要があるからな。ペインアウトから」

 何のためだ? 何を怖がっている? 「人間に戻すだって? ペインアウトを強制的に解除するつもりか? そんなのをやって何になる!!」

「痛みを感じない若者がこれ以上増えたらどうなる? 核保有国、全国民がトランジスタを仕込んだらどうする? 痛みを感じない兵隊が造られたら、何が起こる? 兵士の痛みをだれが請け負う?」

 …………痛みを知らない戦争。……受刑者か家族が銃の痛みを請け負う生活。俺は真面目に想像してみた。前線を走り抜ける兵士たち。弾が当たらないように、油断しないように慎重に慎重を重ねて敵陣に進む。

 人を殺める恐怖に、自分が死ぬ恐怖。皆、自分が最初の犠牲者とは思わないだろう。けれど、必ず、最初はやってくる。

 自分の隣で昨日まで笑っていた友の喉に弾が貫通する。その瞬間、友は倒れ込むかと思ってしまう。泣く準備も出来ている。けれどその友は、喉に手をやり、血は確認するが、痛くない。その瞬間、敵陣へ走り出す友。その横顔は、とても笑っていた。

 この状況で、まず誰もが表現することのない表情。それは近くで被弾した味方にも伝染する。笑顔で走り出す数十人。敵側から見れば、どれだけおぞましい光景だろう。撃たれても、撃たれても、衝撃で躓いても、笑顔を絶やさない兵士が向かってくる。そして、少しずつだが、動けなくなる者も現れる。痛くないのに、動けない。痛くないのに、足がない。戦場で笑顔を出した者は、敵陣を抑えたあと、帰還できる者はいないだろう。

 そして、国で待つ家族は、全てを痛みで味わい、町中が痛みで乱心し、最後には、何も感じなくなった事に、還らぬ家族を理解する。人として死んだわけではない事を身を持って理解する。痛みをわかち合い、心と体も蝕む三重苦。「俺に……何か出来ることは……あるか?」何を言っている。俺は……。俺は……そうなりたいのか?

「ペインアウトは、何もしなくても広がる。誰も知らないうちに、予防接種などでな。だが、それでは管理出来ない。なら、お前が自分で会員を増やすといい。確実なペインアウト会員が管理できる。お前は最先端のペインアウトに詳しいだろう」

 きっと、俺は、こいつらより、考えてなかっただけなんだ。わかったよ。「ああ、任せてくれ。ちょうど民間でこれから公に発表する時期だ。今なら自国のペインアウト会社で幹部扱いで入れるだろう」

「わかった。では、この者と潜入するといいだろう」

 この者? 監視役か? なんだかんだ、信用されていないか。あ、目隠しが外された。う、窓からの西日が眩しい。イテッ! え? 頬をつねられた感覚。俺の目の前には、自分の頬をつねっている者が立っていた。

「助けにきたよ! やっと、本当の仲間になれたね。京平! この痛みは、私からのペインギフトよ!」

 その……ネーミング、いいかもな。



   民間事業部推奨動画


『あなたの痛み、前ならえ』

『全体!! 構え!! はい!! 始め!! はい!!』

『軍事開発。ペインアウト』

『輸血にワクチン。ペインアウト』

『兵士の未来。ペインアウト』

『民間事業部。募集中』



【デリケートオークション】


イベント予告CM


『あなたの痛み、いくらですか?』

『ズッチャン♪ ズッチャン♪ ズッチャン♪ ズッチャン♪』

『今日の憂鬱♪ ペインギフト♪』

『明日もあなたに♪ ペインギフト♪』

『チクッとさせて♪ ペインギフト♪』

『新規ペインギフト♪ 受付中♪』


   垂れ幕


あなたにはわからない

君にはわからない

共有したい

味わってほしい

だから

ぼくの

わたしの

タブーなジレンマを

あなたにプレゼント



 風にたゆたう垂れ幕が、イベントセールの気軽感を促進させる。くすんだ幕の使い回しは、文字を必要としないほどに、開催中の認識には困らない。ビルとビルに挟まれた歩行者天国の日曜イベント。ビルの垂れ幕に呼ばれて近づいた老若男女の耳に貫くハウリングがスピーカーから飛び終わった刹那、進行中のイベントの様子に、笑みがこぼれる。

『司会進行役オークショニアの上村かみむらです。私は値段を決めません。ギフトに見合った報酬を、痛みと一緒にお支払い頂くだけです。あなたを助ける方々に』

 エントリーNo.は三桁以上。疲れからなのか、日差しの強さなのか、言葉に張りが弱い司会のテンション。けれどもそれに訝しげるギャラリーは見当たらない。ギャラリーの注目は、次のエントリー者に対して向けられていた。そして比較的にこの会場では幼さを感じるエントリー者は、快活に挨拶を始める。

「ペインギフトオークションの常連です! いつも肘やつま先を角でぶつけたような理由で利用させて頂いてます! 今日はもう少し恥ずかしい理由で来ました!」

『やあ、こんにちは。お嬢さん。いつもありがとう。勇気ある彼女に皆さま拍手で迎えて下さい』

 大きく貼られた胸のゼッケンには『No.113 デリケート』の文字。勇気と期待感に周囲はスタンディングオベーション。それはお決まりのセリフを伝える合図。

『あなたの、痛み、いくらですか?』

「えと……ごせ、いえ! 8000円で!」

『皆さま、113番さま、8000円から始まりました。8000円です。8000円』

 エントリー者と司会をUの字に囲むギャラリー。集った人の凹凸の影全てに尋ねている。その影の中から光に顔を晒して、参加を希望する声が響く。

「5000円!」

 6番のプレートを持ち上げる素速さと声の大きさに再び湧くスタンディングオベーション。直前よりそれは大きく、『きっとこれで助かった』や『逆に増やすべきだろ』の野次も混じりながら、No.113の顔をうかがう。

『珍しく、提示金額より低い金額となりましたが、いかがでしょうか』

 マイクとは違う腕を広げてNo.113に答えを求める上村。野次の勢いに人酔いをもよおしそうなNo.113。丸めた手をひたいにあてながら、答えを零す。

「あ、あ、お! お願いします! 5000円! 痛みと一緒に差し上げます!」

『落札されました! あなたの痛み、6番さまが5000円で請け負いましょう!』

 間髪入れずに落札のハンマーが響き渡る。そして拍手は30秒ほどで落ち着いた。上村の誘導でステージに登る落札者No.6。No.113を頭からつま先までを何度も細い眼差しで撫でながら、言葉を漏らす。

「あぁ、知りたかったんだよなぁ~、生理中の痛みってやつ。杏奈あんなちゃんの痛みならお金払ってでも知りたかったから待ち遠しいよ!」

 眼差しに口を抑えてしかめるNo.113杏奈。目を合わせずに会釈するのが精一杯なのが上村の目に触れる。No.6にマイクを合わせずに形式上の流れを話し出す。

『では、さっそく我が社のアクセスポイント内でワイヤレス契約を行います』

 上村はスーツの左腕の袖をまくり上げると、電子的に光沢を魅せる端末が手首を巻いている。ピアノを奏でるような指使いで、形式上の通りとなる操作を進める。

「指定されたパスワードと個人認証は完了致しました。ペインギフトは約1時間後に開始されます。万が一に備えてギフトを請け負ったあなた様は、医療機関、またはご自宅で療養の準備をされる事をお薦め致します。契約は成立致しましたので、当社は責任を以後免除となります」

 ギフトを請け負った男No.6は、杏奈に尋ねる。

「ねえ、いくつ頭にトランジスタ仕込んでるんだい?」

「え、あ……な、7つです」

「7つ! 悪くないね! じゃあ、小脳、視床、前頭葉、体性感覚野、帯状回、は全部カバーしてるね! ちなみに僕は16だ! 体感度たかいよ!」

 興奮しているNo.6に対して杏奈は無言になる。まだ質問が足りなさそうなNo.6は更に口を開こうとするが、上村は言葉を割り込んだ。

「113番さまへのご質問は、アプリケーションを通してお願い致します。そして、113番さまは、それに対して答える義務はございません。質問に返信をされたい場合のみにお答え下さいませ」

「で、では、私はこれで!」

 杏奈は素早い会釈と同時に回首。再び目を合わせることなく、ゼッケンを着けたまま、街に溶け込んだ。

「これで、君と僕は秘密を共有できるんだね。もっと君を深く知ることが出来るよ。今日は君の後ろを付いていく事が出来なくてごめんねぇ。でも、何かあれば、僕の身体で感じるからねぇ。やっとひとつになれたねぇ」

 満悦な笑みで会場を後にするNo.6。腕に巻いた端末を操作する。その後ろ姿は曲のリズムに乗っていることが分かり易く、すれ違う面々は、肩が擦れ合わないように道を開かせる。


ーOne hour laterー 1時間後


【こんにちわ! No.113の杏奈です。先ほどは緊張で失礼しました! 良ければですが、明日が私、もっと辛くて、良かったら24時間追加更新されませんか?】

【きたぁ~! きたきたきたー! 杏奈ちゃん! 痛みを共有できてるよぉ~。勿論! 更新ボタン! 君の事がもっと詳しくなれたよぉ。君がどのイベント会場の常連なのか、やっと探しあてたんだからね! 今日は2カ所だったから、この会場のエントリーに賭けたんだ! これからは君の痛みは僕の痛みだよぉ~。】「あーもう! 外の工事のうるさい音なけりゃあ、もっと愉しめたのになあ」

 No.6は杏奈の痛みを堪能する。そして合計48時間のペインギフトを請け負ったNo.6。時間の経過で微妙に変化する痛みに対応するように体勢を変え、ストレッチを加え、寝ころんだり、起きたりを繰り返す。


ーThree hours laterー 3時間後


「あぁ、君はこんな 鋭く鋭利 な 鈍い鈍器 で叩かれて お腹の虫歯 に悩まされてたんだねぇ……だから今日は僕を見る目も素っ気なかったんだねぇ……しょうがないよねえー! しょうがないよねえー! 僕の事が気になってても! こんなに 感情が凸凹 なんだから! しょうがないよねえー! あは! あはあ! あああああああああああああああーー!!」

 ベッドでもがくNo.6。その見開いた角膜の回りは稲妻な充血。存在しない臓器周辺を掴み、腰を浮かし、つま先を尖らせながら痙攣した海老反りを繰り返す。その声は、窓の外に響くと共に、真向かいのアスファルトを砕くコンクリートハンマーの音でかき消される。その頃、イベント会場では、スタンディングオベーションが繰り返される。

『No.113番! いったいどれだけ痛みに強い子なのよ!』

 連続で落札する杏奈の勢いにテンションをあげるオークショニアの梅林。ここは2カ所同時開催中のイベントの女性専用会場。胸のゼッケンにはNo.と、そのほとんどがデリケートの文字。2カ所のイベントに同時参加している杏奈。No.113のプレートを振り上げ落札を続ける。その表情は、くすんだ感情を一片も感じさせない。

『ではワイヤレス契約を行います。契約終了後は、24時間、サービスエリア内、サービスエリア外の提携先は自動ローミング(自動電波接続)致します。ペインギフトを請け負った方が、24時間以上ローミングされる場合は、アプリケーションより更新手続きをお願い致します。あら、No.113番さまは、今回でペインギフトのメモリー領域は限界になりそうね。しっかしいったい、いくつのペインギフトを仕込んでいるのでしょうかねえ!』

 声を弾ませる梅林の耳元に口を近づける杏奈。その数に梅林も口角と角膜を広げる。

「38人のデリケートな痛み。私が24時間請け負ったわ」


イベント予告CM


『あなたの痛み、いくらですか?』

『ズッチャン♪ ズッチャン♪ ズッチャン♪ ズッチャン♪』

『今日の憂鬱♪ ペインギフト♪』

『明日もあなたに♪ ペインギフト♪』

『チクッとさせて♪ ペインギフト♪』

『新規ペインギフト♪ 受付中♪』



 【変身ロボット】


テレビCM


『あなたの痛み、誰の痛みですか?』

『チャン♪ チャン♪ チャン♪ チャン♪』

『お祝いするなら♪ ペインギフト♪』

『おもちゃの前に♪ ペインギフト♪』

『新しい家族に♪ ペインギフト♪』

『ファミリーペインギフト♪ 受付中♪』


「熱がまたあがりました! 先生!」

 看護師の神崎かんざきはベッドに備えてある呼び出しボタンを押し、容体を見守る。

「ハァ……ハァ……」

 幼年から少年を思わせる幼さ。両親の姿を確認できないベッドで苦しそうに横たわる。ベッドの脇に備えられたネームプレートは、ひらがなで丸みのある文字『いくお くん』。

 発見時も、いくおは独りだった。アパートの入口ドア。小さな生命力がドアの隙間から手を伸ばしていた。室内は足の踏み場もない空間。コンクリートの冷たい小さな玄関のたたきで、いくおは変身ロボットを抱きしめたまま、聴こえる息を漏らしながら横たわっていた。

「まだ両親は見つからないのか! ネグレクトかの判断もつかん!」

「でも! 先生、このままでは!」

「ひとまず、第三処置室に移動だ! もう発症してきっと20時間は経ってるぞ!」

 処置を進めたい救急医療現場。カルテを眺める間宮。カルテの内容には侵襲性髄膜炎しんしゅうせいずいまくえんの疑いと、壊疽えその危険性。

「初期症状が風邪に似ている事から一見軽視されやすいんだ! 生活状況からネグレクトと判断できれば、親権の停止も視野に入れて、処置できるんだかな!」

「ネグレクトかなんて、調べてる時間むつかしくないですか!? こんな緊急で保護者からの同意なんて……」

 両親から同意のない幼児への医療処置事態が違法になりかねない緊張のジレンマ。そのジレンマの中、神崎は壁面に備えられたブラケット電話の横に貼ってあるカード広告を目に止める。そして、ひとつの可能性を間宮に伝える。

「この子の年齢なら、もしかして加入しているかもしれません!」

「何のことだ!? あ! あれか!」

 神崎は間宮に言葉を投げると、すぐに駆け寄り処置室の壁面にあるブラケットの受話器を握りしめ連絡をする。

「子供の命が掛かってます! どうかお調べ下さい!」

『会員様かどうか、現時点では判断できかねますので、担当者から折り返します』

「本当に時間がないんです! 助けて下さい!」

 必死に掻い摘んだ状況を伝える神崎は、一旦受話器を戻し、けれど受話器を離さず祈るように担当者からの連絡を待つ。

「ハァ……ハァ……ぅぅ……ん、ああ!」

 回首して受話器から手を離す神崎。ベッドに駆け寄り、いくおに呼びかける。

「いくおくん! もう少しだからね! いくおくん! 頑張るのよ! 先生! 痙攣が始まりました! このままだと! 後遺症にアンプテーション(手足の切断)の可能性も!」

 発見時、すでに皮下出血が進み、全身にまだらな黒い斑点。蝕むショックにより心停止に近づくおそれ。間宮は両手を消毒し直し、新しい手袋をはめ、処置に動き始める。

「くそ! この子の最善の利益は俺の判断か……責任は俺がもつ、始めるぞ!」

「はい! 私もその責任に乗ります!」

 その瞬間、電話を切ってから5分も経たない程度、処置室に電話のベルが鳴り響く。

「はい! 第三処置室! 神崎です!」

『神崎様。お待たせ致しました。ペインギフトカンパニーの上村と申します。状況はお察し致しました。発見現場住所と少年の名前より調べ、両親が加入していること、加えて、いくおくんにも新生児を過ぎてから加入している事がわかりました。そして、両親がアプリケーションより、1年前から開始時間を24時間後に設定されていたので、こちらから一時的に即時設定へ変更。間もなく、ペインギフトが開始致します』

 神崎は、受話器を握りながら、いくおの表情を眺める。その神崎の様子につきあい、間宮もいくおの表情に目を落とす。


ーTwenty hours laterー 発症から20時間後


「ハァ……ハァ……ん……あれ? いたく……ない。どうして?」

「いくおくん!? あ、そのまま横になってて! ああ、本当に良かった!」

「まだ苦しみが鎮静しただけで状況は変わらんぞ。たく、両親は何してんだか」

「僕のロボットは?」

「いくおくんはね、今、変身ロボットになったんだよ?」

意識がハッキリし始めるいくお。神崎と間宮に一時の安堵の表情。そして、処置室には救急搬送の放送が流れる。

『緊急! 緊急! 楽悦町のカラオケ居酒屋で二十代後半と思われる男女、計2名が突然の嘔吐、発熱、頭痛を訴え、その後意識障害に痙攣を発症! 受入許可を求めます!』


テレビCM


『あなたの痛み、誰の痛みですか?』

『チャン♪ チャン♪ チャン♪ チャン♪』

『お祝いするなら♪ ペインギフト♪』

『おもちゃの前に♪ ペインギフト♪』

『新しい家族に♪ ペインギフト♪』

『ファミリーペインギフト♪ 受付中♪』



 【産殿科】


テレビCM


『あなたの痛み、健やかですか?』

『カラ~ン♪ コロ~ン♪ カラ~ン♪ コロ~ン♪』

『汝はこの者を♪ ペインギフト♪』

『病める時も♪ ペインギフト♪』

『死が2人をわかつまで♪ ペインギフト♪』

『ペギ婚♪ ペギ活♪ 応援中♪』


「誓いますか?」

「はい。誓います」

「では、誓いのペインギフトを……わたくし梅林が、お二人の門出を祝い、満70歳までの固定設定を、ただいま開始致します」

 満悦な笑みの静香しずか隼人はやと。レッドカーペットを悠々と歩き、笑顔に挟まれて光の下で輝く2人。不安も後悔も感じさせない美しさに包まれている。

「おめでとう! 先こされちゃったわ! ペギ婚!」

「ありがとう摩耶まや! ペギ活ファイトだよ」

 ペインギフト婚約。風潮名、ペギ婚。死が2人をわかつまで、痛みも2人がわかちあう。そんなキャッチコピーと共有力の高さに、ペインギフトの共有が条件の結婚活動が女性を狩人へと逞しくさせる。お腹を丸く撫でる静香は、幸せのブーケを親友の摩耶の胸に置く。

「ありがとう静香! 私もすぐに追いついちゃうんだからね! 隼人さんよりムキムキな人探すんだから!」

「うん! 待ってるわ! 急がないとムキムキな子供たちが先輩後輩になっちゃうわよ?」

 親友と家族に囲まれた教会の下。それは後に結婚式のイメージ写真の宣伝広告に使われるほど、自然な笑顔と祝福の刹那を飾った。静香のその笑顔は、細身の両手で持ち上げる宿った命の重さが印象的だった。広告の会話調キャッチコピーは『新婚旅行は?』『家族3人で』。


ーTwo months laterー 2ヶ月後


「ああ! 痛い! お腹!! ねえ! やめて! お願い!!」

 リビングから悲鳴に近い嘆願を吠える静香。その声は3LDKマンションの空間では十分に声が行き渡る。まるで何者かに襲われているかのような嘆願に、隼人は流す汗を冷や汗に変える。

「え……ごめん、痛かった?」

 出逢う前からスポーツに秀でていた隼人は、その体格を維持するために器具を利用した腹筋に励んでいた。それは、新居も落ち着き、自分の部屋の整理が終わり、見回した部屋の中で魅入った運動器具だった。

「あ、私もごめん……突然でビックリしちゃって……引っ越しのとき隼人が、荷物一生懸命運んでた時も、腕が自分じゃないみたいでビックリしたのまた思い出しちゃった」

「そうだよね。筋が沢山引っ張られて痛かったよね。ごめん、気をつけるね……え、あ、なんか、変だぞ! あ、あああああ!!」

 腰が抜けたように座りこむ隼人。それは何が起きたのか理解が追いつかず、まるで落雷か幽霊から逃げるように跪き、なにもない空間を何度も握る。

「え、大丈夫? 隼人!!」

 静香の心配する表情と隼人だけにしか感じない違和感。それは、次の瞬間、隼人の苦しみから遠のいた。そして次の発作が貫いてくる前に、静香へ言葉を強く投げる。

「あ、は、早く病院!! 陣痛だ! きっと陣痛だ! 早く病院に行くんだ!!」

「え!! 一緒に来てくれないの!?」

 温度差が大きく違う2人の会話。説得をする余裕がない隼人。その表情は、再び、じわじわと筋トレの苦しみでは見ることがない歪み。それに抵抗するように体の筋肉は膨らみ、浮き出る血管の太さは、痛みと筋肉の戦いが始まっていることを語っている。

「あ、う、動けない……破水……するかもだから、静香! 心構えと準備して病院に! があああああ!!」

「隼人! 大丈夫!? 救急車呼ぶ?」

 隼人の尋常ではない悲痛な感情が100%は伝わっていない空間。今にも意識を失いそうな初めて見る砕けた隼人の様子。伝えたい事を大きく伝えるために、隼人は細く、素早く、口を萎めて肺に酸素を膨らませて伝える。

「い、いや! 君が楽になれば僕も楽に!! ……あ、あああああ!! 早く!! 安静できる所に!!」

「わ、わかったわ!! 病院とタクシーに電話してすぐ向かうわ!! 隼人! 頑張って!!」

 小走りで部屋中を動き回る静香。病院には、自分が陣痛であり、タクシーで向かう事を伝えて、タクシー会社の連絡先を調べたり、どちらのマタニティウェアにしようか悩んだりする余裕がありつつも、今は隼人の願う行動を第一に考えている静香。ソファーでぐったりとする隼人のバイバイの手振りに合わせていってきますの一言。

 マンションのエントランスのから外に目をやると、すでにタクシーは到着しており、赤い蝶ネクタイに白い手袋をしたタキシード姿のドライバーは敬礼で静香を出迎える。後部席へエスコートされ頭に気をつけながら車内に潜ると、前席よりぶら下がっている旅行冊子広告のキャッチコピー。『新婚旅行は?』『家族3人で!』『託児所つき』。その写真をネタにタクシードライバーと会話を弾ませる静香は程なくして病院へ到着する。そこにはすでに連絡を受けていた助産師であり、親友の摩耶がストレッチャーと共に待機していた。

「一人できたの!?」

「あ、摩耶。今、家で旦那が、悶えてる」

「あ、そか! ペギ婚経由だった! オッケー! こっちから救急車を向かわせるように手配するね!」

 摩耶の慣れた思考と手配。どこに隼人を搬送するのかなど深く尋ねようとする静香の耳には、産婦人科とは思えない男性の叫喚にギョッとする。

「がああああああああああ!!」

「え? 今の雄叫びは!?」

「静香。ここの病院で運が良かったよ。ここはペギ婚受入の産婦人科と産殿科さんでんかも兼用してるから、同じ医院内で隼人さん見守る事が出来るよ。隼人さんに静香から連絡するか、家の鍵ちょうだい」


ーTwenty four hour laterー 隼人の陣痛発生から24時間後


「頑張ったわね。パパ」

 隼人の胸に抱かれる新生児。この丸一日で味わった痛みの果てに待っていた新しい命に涙が零れ落ちる。

「はあぁぁぁ……あぁぁぁぁぁ……ありがとう……ありがとう」

 隼人は、自分のお腹を痛めて産まれた事に感動し、産んでくれた事に何度も、何度も静香に感謝する。


ーSeven months laterー 7ヵ月後


 新婚旅行。フェリーの上甲板で風を浴びる隼人。胸に大事そうに抱かれている乳児。その後ろ姿に歩み寄る静香は、以前とは隼人の体格が変化している事に気付く。

「あなた、最近筋トレしないわね。少し丸みが出てきた?」

「いいんだ。必要以上に筋トレするのは、俺の自己満足って気づかせてくれたから。静香と静人しずとの痛みは、筋肉じゃ防げないからね」


テレビCM


『あなたの痛み、健やかですか?』

『カラ~ン♪ コロ~ン♪ カラ~ン♪ コロ~ン♪』

『汝はこの者を♪ ペインギフト♪』

『病める時も♪ ペインギフト♪』

『死が2人をわかつまで♪ ペインギフト♪』

『ペギ婚♪ ペギ活♪ 応援中♪』



【録痛】


公共広告CM


『あなたの痛み、待ち遠しいですか?』

『ピーポー。ウーウー。ピーポー。ウーウー』

『改正刑法 ペインギフト』

『我が子の痛み。ペインギフト』

『家族の苦しみ。ペインギフト』

『あなたの悲痛。公判中』


「以上の証拠により、被告人の行った犯罪の残忍性を並べますと、我々検察は、被告人に対し、死刑、並びに執行当日まで、ペインギフトによる痛みの転送を求刑します」

 厳粛に進められる裁判。聴こえてくるのは、すすり泣きと書記官の筆跡。検察官による求刑は妥当すぎる冒頭陳述と証拠の数々。裁判官の目の先には、被告人の板谷始飛いただにはじと。足を細かく揺らし、目線はどこへいくでもなく、注意深くもなく、さ迷っていた。

「被告人。何か申し上げたい事はありますか?」

「どうせ~死刑なんすから、質問に答えて意味あんすか? 今後のデータ? 遺族への謝罪? なに求めてんすか?」

 第一審の求刑に答えるかのように全ての人間を煽る被告人。検察官、国選弁護人、裁判官、写真を抱いた遺族。反省も今後の心境変化も感じさせない言葉に、感情的な罵声を返す者は現れない。その様子に口を鳴らしながら面白さを感じない板谷は、先程より声量を広げて、躊躇のない言葉を続ける。

「あれですよね。最近は、遺族や被害者の痛みを味あわせるために、犯行時の痛みや、遺族の胸の痛みみたいなのをペインギフトの刑で苦しませるんでしょ? 愉しみだなぁ。死刑までずっとあの時の快感をリプレイできんだから」

「被告人。静粛に」

「便利な時代ですよねぇ。加入者が希望すれば、自分の痛みを録音や録画のように録痛ろくつうできるんですからねぇ」

「被告人! 静粛に!」

 もしも木槌があれば叩いているかと思わせるほど被告人の止まらない口にすぐさま静粛を求める裁判官。板谷は、埒が明かない気分で静粛を気取る前に馴れ馴れしく求められていない返答を零す。

「わっかりましたぁ~」

「以上で、この裁判は、結審となります。判決は二週間後とする」

 閉廷の合図に立ち上がる傍聴者。数えられるほど握りこぶしをする者のひとりは一旦背を向けた矢先、振り向きなおし、言葉をぶつける。

「痛みを知れ!!」

「十分これから堪能しますよ~。あなた方より僕の方が杏奈ちゃんの事、深~く、詳しくなれるだろうねぇ」

 締まりない口元を隠す気もない板谷は、言葉を投げたのが被害者の父親とわかると、被害者の写真に目を移し、そこからゆっくりと母親に目を当てて口角を上げる。怒りに奮える母親を、父親は目を隠し、振り向かせるように誘導する。板谷は、姿が見えなくなる前に、矢のような言葉を刺す。

「早くあんたの痛み、ちょうだいねぇ」

 一瞬立ち止まり、けれど振り返らない両親。その日以降、板谷と目を合わすことはなかった。

 拘置所ですぐさま板谷に向かい合うは弁護士。そして今後の減刑への相談を持ちかける。その助言に耳をホジリ始める板谷は、可能性を潰す。

「控訴? しないしない。弁護士さん、お疲れ様ぁ~。腕なんて見せなくていいからねぇ。だって、僕がやったんだもん。しょうがないよねー! しょうがないよねー!」

 言葉が浮かばない弁護人は、ゆっくり立ち上がり、板谷に背中を向けて退室する。


ーTwo weeks laterー 2週間後


「判決理由は以上となる。主文、被告人を死刑と処する。執行日まではペインギフトカンパニーによる痛みの転送を拘置所内でのみ、操作を認めるものとする」

 判決を聴いても取り乱す事のない板谷。すぐに拘置所へ移され、刑が確定となる14日間を淡々と過ごした。そして、暇を利用して、自分が犯した罪のシチュエーションを思い出すかのように、被害者に対しての汚行をシャドーボクシングさながらにリプレイする。

「あぁ、早くあの時の録痛もらえないかなぁ。死ぬまで杏奈ちゃんは僕と一緒だぁ」


ーTwo weeks laterー 2週間後


「ペインギフトカンパニーの上村と申します」

「待ってたよぉ。退屈で死刑前に死ぬとこだったよぉ。ああ、あなた見たことあるよ。なんたって僕、イベントの常連だったからねぇ」

「それはどうもお世話になりました。そしてこれからのペインギフトの転送に関してですが……」

 上村の静かで冷たくも感じる鋭い目線に、少しずつ理想とは違う痛みのメニューやタイミングを勘ぐる板谷。

「やっぱ、拷問みたいに寝かせないタイミングで痛みきちゃったりするわけ? なんだったらずっと痛くてもいいんだけどねぇ。通風みたいに」

「我々も、内容をいつも変える程、暇ではございません。そして、どのようなペインギフトかは、すでに第一審から決まっております」

「へえ、聴いていいの? 聴かせてよ! 聴かせてよ!」

「はい。板谷さま。あなたは、杏奈さんの痛みをずっと味わっていたいんでしたね。残念ですが、杏奈さんの痛みや遺族の心の痛み、そして、ご自身の痛みも含めて、今後、板谷さまの死亡が確認されるまで、本日より板谷さまが、痛み自体を感じる事はございません」


公共広告CM


『あなたの痛み、待ち遠しいですか?』

『ピーポー。ウーウー。ピーポー。ウーウー』

『改正刑法 ペインギフト』

『我が子の痛み。ペインギフト』

『家族の苦しみ。ペインギフト』

『あなたの悲痛。公判中』



 【昏睡縁組】


   病院系営業動画


『あなたの痛み、美しいですか?』

『ドックン……ドックン……ドックン……』

『養子縁組。ペインギフト』

『心のお便り。ペインギフト』

『ゆっくり教えて。ペインギフト』

『心拍、血圧。計測中』


「もう、耐えられないんです!!」

 病室で声を張り上げる女性。いくおがどんな本を好きだったか看護師の神崎が尋ねた事がきっかけだった。

「いくおくんの方が耐えてましたよ!?」

 いつもは子供の母親に言い返す事など思いもしなかった神崎。いくおの状態を考えると、口が止まらなかった。

「だったら、あなたはいくおを育てられますか!? 結局ひとごとでしょ!? 私はいいわよ!? あなたが本気なら」

 その挑発にも似た母親の言動に、いくおに目を移し一呼吸おいて、母親に伝える。

「時間を頂けますか? 真剣に考えてみます。あと、いくおくんのペインギフト、私に転送の許可を頂けますか?」

「何のつもり? いくおは動けないのよ!? 脳動脈りゅうが破裂したのよ!? 何も感じるわけないじゃない!! まあ、好きにしたらいいわ」

 母親と神崎は2人でいくおを見下ろす。半年は経過したであろうか。髄膜炎が落ち着いたと思われた直後のくも膜下出血の発見。手術は成功したが、それからいくおが目を覚ますことはなかった。

 いくおの今後が気がかりな神崎。勢いで、いくおの人生を共に歩むと言いたかった。けれど、母親も冷静ではなかった。お互いが意思決定を勢いで決めるほど、いくおの人生を左右する事は簡単ではなかった。心では、覚悟を決めた神崎。ネグレクトから一時保護扱いとなり、間もなく親の下に帰るであろうというタイミングだった時に、脳動脈りゅうが破裂し、それまで落ち着いていた母親は、大声で悲鳴を上げた。

 神崎は、それがいくおに起きた事へのショックであれば、それもそうだと思った。しかし、普段の生活は以前と変わらず夜中にほとんど遊び歩いてると感じさせる言動が目に余った。今は、母親に託せる可能性も視野に入れて、いくおに少しでも刺激反応が現れないか希望を見出したかった。

「いくおくん、おはよう」

「いくおくん、本、読んであげようか?」

「いくおくん、音楽聴きたい?」

「いくおくん、注射、打つね」

 ペインギフトはすでに転送中であったが、注射のチクりは感じない。指先足先をさすっては、痛くなるギリギリに指を握り、伝わるものがないか確かめたかった。母親は3日に一度は現れる。その時は、神崎はしばらく退室するように配慮した。

「いくお……なんで私、あんた産んだんだろ」

 いくおと母親だけの空間。母親は本音の言葉を気兼ねなく我が子に堕とす。その瞬間、ナースステーションにいた神崎に触れる何かがあった。

「え!? 痛い……苦しい……」

 突然の違和感。それは神崎が人生で感じた事があるかどうか、明確には判断できない傷み。すぐにその答えを期待していくおと母親のいる病室へ駆け寄った。

「失礼します!! いくおくんのお母さん……いくおくんに触れました?」

「触れてなんかないわよ!! 何も感じないんだから!!」

 心がビックリした。神崎の心ではなく、もうひとつの感情から発生した。

「痛い……痛いわ……お母さんの言葉」

「ふん! 何言ってんだか!」

 再び胸が苦しくなる思い。その瞬間、神崎はいくおとの同調を確実に感じた。

「いくおくんのお母さん。私、いくおくんを養子にもらいます」

 いくおに肩まで毛布を上げながら、どのように母親が反応するかを待つ。その言葉の返事は思いのほか、早かった。

「ふん! 私に出来ないのに、あんたに……まあ、いいわ。話を進めましょう」

 心なしか、背中で聴くいくおの母親の声は笑顔に感じた。深い話は詰めず、すぐに母親は退室した。

「いくおくん、すぐじゃないけど、私、いくおくんの家族になったよ?」

 いくおの手を握りながら耳もとで伝える神崎。その時は、胸の奥は波打たず、静かだった。

「いくおくん、元気になったら、いっぱい遊ぼうね」

 いくおとの未来を楽しく彩る神崎。いくおの病室へ訪問するのが嬉しい日課になっていた。体温や血圧、心拍など、毎日計測する事は同じ。その機器よりも、いくおのペインギフトのお便りを待っていた。そして、そのお便りは、思いのほか、早かった。


ーThree weeks laterー 3週間後


「いくおくん? チクッて……先生!」

 その日から、ペインギフトは毎日続いた。

「いくおくん、この本好きだよね。うん、伝わってる」

 いくおの僅かな感情の変化に、鋭く対応できた。

「いくおくん、すっごくお話大好きだよね」

 好きな傾向。嫌いな傾向。それは心拍数でもなく、血圧でもなく。嘘か本当かも他人にはわからなかった。多少なりとも確認したい神崎。何度か対応してくれた担当に連絡をとる。

『どーも神崎さん! 梅林です! いやぁ、私たちも相当使いこなしましたが、感情の微妙な変化は……ん~~前例が無いです! けれど、その感情、信じて損はなさそーです! 根拠いらないかもです!』

 口元に笑みを浮かべながら、受話器を静かに掛ける神崎。そして、再びいくおの顔を覗くと、根拠が要らない感情への美意識は、少しずつ、甘えても許される優しい世界へ。

「いくおくん。おはよう」

「おは……よぅ」


   病院系営業動画


『あなたの痛み、美しいですか?』

『ドックン……ドックン……ドックン……』

『養子縁組。ペインギフト』

『心のお便り。ペインギフト』

『ゆっくり教えて。ペインギフト』

『心拍、血圧。計測中』


 

【虫の奴隷】


   コラボケータイCM


『あなたの痛み、まだ抱えているんですか?』

『痛いの♪ 痛いの♪ 飛んでいけー♪』

『今すぐあなたに♪ ペインギフト♪』

『老衰人生♪ ペインギフト♪』

『一年無料♪ ペインギフト♪』

『コラボケータイ♪ 受付中♪』




 痛みを感じない世の中。


「なんだよー! 今日の高さ、低くないか? もっと高いとこ行こーぜ」

「その前にさあ、あいつにペインギフトの承認してもらおうぜ」

「お、そうだ! 忘れてたよ! えっと、携帯電話の……Pボタン! 連絡帳から、あいつへ承認メール発信!」

「俺も発信! あいつがびっくりする高さにしよーぜ!」

 崖からの飛び込みを怖がらない子供たち。


「おい! オメー確かにあいつとペインギフトしてんだろうなあ!」

「は、はい。イベントの罰ゲームで……一日間、あああ!! ぐあっ!」

「痛くねえだろ? さあ、もう一発……」

 若者たちの間接的なリンチ。


「今日は駄目なの。夫が疑い始めてて、ペインギフトのアカウント、返してくれないの……だって、私の苦しそうな顔、あなた好きでしょ?」

 妻の痛みを管理する夫。


「わしは、老衰で死ねるのじゃ」

「あら、私も老衰で眠れるみたいですじゃ」

「便利な世の中じゃのう」

「便利ですわねぇ」

 痛みを恐れない老後。


「ねえ、京平。この五年間、どう感じた? 世間にペインギフトは必要かな」

 ビルの屋上。同じ質問を梅林が上村へ幾度となく投げてきた言葉。必要ない。必要だ。例外はある。おかしい。正しい。そのような返事を聴いてきた梅林。

「あろうが、無かろうが、変わらない」

「どうして?」

「みんな、適応しているだけだから……みんな、あるから利用する。なければ、別の解決を探す。携帯電話の普及と同じほど広がったペインギフト。これ以上はない。だからと言って、今の俺たちの計画を潰そうとする敵もいない。好きな時にペインギフトを解除できるが、いま解除する意味があるか?」

 晴天を見上げながら、言葉を探す梅林。首を傾げながら、上村の問いに合わせる。

「タイミング……なのかな」

「解除しても、すぐに俺たち以外の人間が普及させる。技術は俺たちだけのものじゃない。お前も迷ってるんじゃないのか? 俺は、人間をもっと信じたかった。痛みを分かち合い、優しく利用して欲しかった。もう少ししたら、みんな気付くものなのか知りたい!」

 解除の理由が見つからない上村。妨害する敵もなく、世界中に普及したペインアウト。ギフトとして与えあっていた痛みは、すでに痛みを投げ合って楽しむ世間。平和すぎて、残酷に利用する世間に憤り、あきれる。

「今日ね、解除コードを教えてくれと言われてるの」

「今日……実行するのか。ペインギフトの最後を……」

「いつが、今日になるのか、いつも気になってたんだよね」

「そうだな……いつ伝えるんだ?」

「もう、すぐにでも。あいつとペインアウトしてるから、指を爪でいくつか押すだけだよ」

「そうか……俺たちは、隠れるか?」

 上村の諦めも混じった溜息の言葉。その様子を見た梅林は、ビルの見渡しの良い風の強い隅に立ち、両手を広げながら未来を語る。

「隠れる必要はないよ! もう、世界中が、あいつの、グリーバンスの奴隷だから!」

「どういう意味だ?」

 鼻で笑う梅林。まるで上村の正義感を嘲笑うように。

「だって、私たちは、テロリストだよ?」

「目的は、痛みの解放じゃないのか?」

「解放だよ? 虫の痛み、知ってる? 馬の痛み、わかる? ゴキブリやネズミの痛みも分かち合わなきゃ! 虫の痛みを知りたくなきゃ! 奴隷になるしかないんだよ!!」

「自然体を求めてるんじゃなかったのか!?」

「これこそ、超自然との融合よ。お金や兵器や武力なんて目じゃない。そんな超自然な痛みを知りたい人間なんて、いねーよな! 奴隷だな! 私たちの組織の下の!!」

 理解した。目的を。テロリストという自分の立ち位置も。走馬灯のように流れてきた五年間。シンパサイザーとしての馴れ合いの笑顔。ビルの片隅で、不敵な笑み。すべてを飲み込んだ上村は、梅林に見せたこともないような笑顔で優しく近寄る。手のひらを広げると、上村は尖った爪で、手のひらを鋭く切りつけた。それを真似るように梅林も手のひらを切りつけ、そのまま互いの手のひら重ねて握りあった。

「わかった。さよならだ。恵理香」

 梅林と一緒にビルから落ちる上村。向かい合って見つめ合う二人。梅林は、自分の頬と上村の頬をつねった。衝撃で跳ねる二人。体が動かない上村。上村のすぐ隣で寝転ぶ梅林は、二度と動かなかった。

「解除コードを知っているのは俺と恵理香。恵理香、お前は痛みを感じずに死ねたな。あいつは衝撃でのたうちまわってるかもな。実は俺も、ペインアウトしてるんだ。あいつにな。二人分の死の痛みを知れ」


   コラボケータイCM


【只今、ご好評により、新規受付停止中です】


   ペインギフト 了


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