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離縁してほしい♪

作者: ゴロタ

誤字脱字は諦めてほしい。少しあなたの補完力が求められます。

 


「離縁~♪さあ~離縁~♪ ラララ~離縁~♪レッツゴ~離縁~♪」

「うるさいっ! 何度も言っているが俺は離縁なんて絶対にしないからな!」


 うわあっ!

 仕事から帰ってきたばかりのキダム様の周りを、グルグル回りながら離縁ソングを歌ったら怒鳴られちゃった。 オマケに離縁は絶対にしないと言い切られてしまった。


「ええ~? ケチー。キダム様の怒りんぼー」


 怒鳴られた腹いせに、舌を出しながら文句を言ってやる。


「ハァ………お前、22歳にもなってもまだそんな子供みたいな事をするんだな。 少しはオーギュストとギルベルトを見習え。 まだ6歳と3歳だと言うのにお前よりも遥かに理知的な子たちだぞ?」

「私の教育が良いからだねぇ!」

「お前自身は教育しておらんだろうがっ!」

「痛っ!」


 私の発言に呆れ返ったキダム様は軽く頭を叩いてきた。


 チェッ。

 確かに息子たちは私が産んだにしては出来すぎている。 6歳と3歳いう年齢にしては聞き分けがよく、幼いなりにこちらの気持ちや意図を汲むのがとても上手い。 本当に私の子供なのだろうか? と、たま~に疑ってしまうほど出来た息子たちである。


 私の幼いころなぞ兄達と一緒に野山を走り回り、剣技を習い、髪型もずっとベリーショートだったから、領民の皆にはずっと領主一家の三男坊だと認識されてしまっていたものだ。


 流石に私が準成人である12歳を迎えると、これでは嫁の貰い手が無くなると(ようや)く思い至った両親に、野山で駆け回るのを禁止され、釣り道具もショートソードも弓矢もスベスベ石コレクションも没収された。おまけに髪の毛を伸ばす事も強要され、貴族の娘としてのマナーレッスンが(漸く)施され始めた。


 しかし考えてもみてほしい。

 百歩譲って髪の毛を伸ばすのはまぁ良い。 邪魔だけど括れば良い。

 でも12歳までノビノビと、むしろ貴族令嬢としては些か破天荒に過ごしてきた私だ。 そんな私の令嬢としてのマナーレッスンは苛烈を極めた。

 来る日も来る日も貴族の令嬢としての所作、会話術、社交力、ダンスレッスンそして息抜きと称した裁縫や詩の朗読会などなど。


 気が狂っちゃうよ! 息抜きと称するならば、剣………は流石に無理でも釣竿くらいは渡して欲しものだ。 針は針でも釣り針なら扱いが上手なんだよ、私は! (裁縫は壊滅的に下手くそ)



 ストレスが溜まりまくった私の頭部に、10リーグハゲが出来てしまい、その事も相まって私は遂に家からの脱出(家出)を決意した。



 貴族と言っても貧乏子爵家だった我が家には特に金目の物など無い。 お小遣いも雀の涙程度のものである。 そして更には私は貰ったお小遣いは貯めておかない常時放出がたタイプだった。 なので私の財布には現在500リーグしか入って居なかった。


 しかし私には迷いがなかった。

 思い立ったら即、行動☆ な脳筋タイプだったから、たった500リーグぽっちでも特に迷わなかった。むしろイケるイケる☆楽勝モードですらあった。



 直ぐに動きやすい服装に着替え帽子を被ると、数年前に父におねだりして買ってもらった大人用の大きな背嚢(はいのう)の中に着替え数枚と寝袋、手袋、干し肉と堅パンと水筒などの必要最小限の食糧を詰め込み、なけなしの500リーグが入った財布をマントの隠しポケットにしまう。


 ショートソードも持って行きたかったけど、没収されてからその姿を見ていない。 多分邸のどこかに隠されているのだろう。探すには時間が掛かりそうだった。 以前から綿密に計画していれば別だけど、これは突発的に思い立った脱出である。

 時間を無駄には出来ないので、ショートソードは諦めて護身用の小ぶりなナイフと、台所から使い込まれた肉切り包丁(中々の重量)を装備した。


 これで我が身を自衛する。

 肉切り包丁は結構な値段がするので、持っていったら母が怒り狂う事も念頭に入ってはいた。 しかし背に腹は変えられないし、この時の私はもう今後一切家には帰らないつもりだったので、母が怒り狂っても別に構わないという考えであった。


 それが大変な間違いであった事に気付くのは、割りと直ぐだったが、この時の私は脳から変な物質が多量に出ていたのだろう気にもとまらなかった。




 そんなこんなで私は家を脱出した。


 我が家の領地は狭く、健脚の持ち主であった私は直ぐに隣のバウアー伯爵家の領地までたどり着いた。 道中に狩ったホーンラビットの肉や、シルバーフォックスの毛皮などを町の店に直接卸した。

 私が子供だから致し方ないとはいえ、かなり買い叩かれた。 後々考えてみたら私はもう準成人なのだから、ギルドカードを作ってギルドに卸した方が買い叩かれなかった事に気付くが、もう既に売ってしまった後だ。まさに後悔先に立たずである。


 今後のためにも先ずはギルドカードを作る事にする。


 成人が15歳の我が国では、ギルドカードは準成人である12歳になると作ることが可能だ。

 もちろんランクは最低のFランクよりも、更に下のGランクからのスタートだ。

 15歳以降に登録すると、Fランクからスタートだが12歳だと危険過ぎるからと、最低ランクよりも更に下のGランクに分けられる。 15歳になるか、それ相応の能力を示すかでランクは上がるシステムになっている。


 因みにGランクの主な依頼は町や村でのお使いや、近くの森などでの薬草採取程度だから気軽に始められる。 ならばもうそれはただのお使いで良いのでは? と、思うだろうが相手が12歳であると、侮る相手も残念ながら居る。

 でもギルドを通してあるので、依頼完了のお金を誤魔化されたり、出し渋られたりしないという利点があるのだ。




 チリンチリーン♪


 両開きのギルドの扉を開けると、綺麗な鈴の音が鳴った。


 ギルドの扉を潜ると、周りから厳つい容貌のオジサンたちが、私へと視線を向けてくる。 普通の12歳の女の子だったら、怖がって震えてしまいそうな視線だったが私には効果はない。 我が領地にやってくる兵士の人の方がもっとずっと怖いからだ。 顔じゃない、こちらに与えてくる威圧感が恐ろしいのだ。顔についてはこっちの方が厳ついけれども。


 私は何にも気にしてませーんという表情で、トテトテ受付まで歩くと座っている女性職員に向かってこう告げた。


「すいませーん。 ギルド登録をお願いしまーす」

「えっ? あ、はい………は? はい?」

「ですから、ギルドに登録しに来ましたー」

「………えっと………ギルドの規定では12歳以上の準成人にならないと登録は出来ませんが……」

「あ、大丈夫です。 私12歳ですから!」

「「「はっ!?」」」


 見事に職員の女性と、周りに居た厳ついオジサンたちがハモった。


「オイオイ嘘だろ嬢ちゃん! どう多く見積もってもまだ8、9歳ぐらいだろうがっ!?」

「そうだぞ。 嘘は駄目だぞ嘘は!」

「12歳って言って稼ぎたい気持ちも分からんでもないが、ギルド登録はまだ早すぎる。 お家に帰ってママのお手伝いでもしてな!」


 オジサンたちが口々に好き放題言ってくる。 その悪意は無いが、勝手な決め付け的な言葉に腹が立った。


 だから……………だから力ずくで黙らせてやることにした。


 ズッドォォォォオンッッッ!!


 ギルドの床に肉切り包丁を力一杯突き立て啖呵を切った。


「黙りなさい! 私は本当に12歳だし、ここに来るまでの道中、ホーンラビットやシルバーフォックスを狩って来ました! それぐらいの力はあるです!」


 私の啖呵が効いたのかギルド内はシーーーーンと、水を打ったように静かになった。 しかしそれは一瞬だけだった。

 直ぐに騒がしくなった。


「はっ! ガキの癖に口だけはいっちょまえだなぁ、オイッ!」

「そうだな! じゃあその狩ってきたっつう戦利品見せてみろよぉ!」

「ああっ…………ゆ、床が………床がぁぁ………」

「確かにな! ホーンラビットはともかくシルバーフォックスを倒せるんなら、Fランクスタートでも良いんじゃねーか?」

「おうよ! 本当だったら俺がギルドマスターに直談判してやっから、ほらシルバーフォックスの毛皮を寄越してみな!!」


 くっ………ま、不味い。

 獲物を見せてみろって言われても困る。 だってもう既に売ってしまった(しかも買い叩かれている)後だ。 証明のしようがない。 500リーグしかなかった財布の中は買い取り額で多少潤ったが、そんなのでは証拠にならない。


「……………え、えっと………獲物は今持ってない。 ギルドに来る前に売っちゃったから」


 悔しさに震えながらも、事実を口にする。


「はあ? ギルド以外で売るとかお前って馬鹿じゃね?」

「だよなぁ。 買い叩かれて終わんぞ?」

「って事は………やっぱ嘘だったってか?」

「けっ…………どーせガキの言うことだ。 ちょっとデケーこと言いたかっただけなんだろ? あやうく本気にするとこだったぜ!」


 ハァ~ヤレヤレ、ガキの戯言だったか……… みたいなオジサンたちの態度に、私の元々強くない我慢の糸がプツリと切れた。


「嘘じゃないもん! ほんとだもん!!」


 癇癪を起こした私は、泣きわめきながら肉切り包丁を何度も何度も床に突き刺した。その度にズコッバコッと大きな音を立てて、ギルドの床は穴だらけになっていった。

 しまいには床が抜け、私は自らが空けた穴から床下へと落下したのであった。



「ゆ、床がぁ~~~~~!!!」



 最後に聞こえた声は、落下した私の心配ではなく、私が空けた床の穴を悲観する女性職員の悲痛な叫びであった。っておい! 床じゃなくて私の心配をしなさいよ! プンプン!!





 その後私はギルドのオッサン連中に床下から助け出された。 そして身元を照会され速攻で隣の領主の娘だとバレた。 (成人するまで外せない呪いのアイテムの様な耳飾りに魔法で色々情報を付加してあったらしい)


 なので私の身柄は一先ず、この領地を治めているバウアー伯爵家へと移送された。 直ぐにでも我が家に強制送還されると思ったけど、このような扱いに相成った。



 で、そこのバウアー伯爵家で出会ったのが、現在の旦那様であるキダム・バウアーその人であった。


「ふんっ…………馬鹿そうな顔だな」


 キダム様の私に対する第一声がそれだった。


 その言葉のせいで、私の元々強くない我慢の糸が………以下略。


 殴り愛………ではなく、殴り合いが始まり、取っ組み合い、くんずほぐれつ………………最終的に私がキダム様を押し倒す事に成功し、腹の上に跨がってマウントをとると、一切の容赦もなしにボッコボコにしてやった。 情けは人の為に成らずである。


 令嬢教育? ナニソレ? おいしーの? 状態のバーサーカーモードであった。 昔(全然昔ではない)の血が騒いだのだ。うん、きっとそうに違いない。 間違ってもここ最近の色々な鬱憤が溜まっていてその発散にちょうど良かったとか、そんなんじゃないからね? 信じて☆




 その後バウアー伯爵家から連絡をもらいすっ飛んで来た両親は、私の所業(伯爵家子息ボッコボコ事件)に怒髪天を付く勢いで怒ると、私の顔面を伯爵家の絨毯が敷かれてフッカフカな床に思いっきり叩き付けて謝罪をした。


 フフフ………残念でしたね父よ。伯爵家の床は我が家と違い、絨毯でフッカフカだったからそれほどダメージはない。 凄いのは音だけだったけれど、父の娘への容赦の無い態度(我が家では至ってありふれた光景)に度肝を抜かれたのか、伯爵様とその奥方様は慌てて父を止めてくれた。 本当に良い人たちである。



 伯爵様と奥方様のおかげで緩んだ空気にボケっとしていた私に、今度は母が音もなく近寄って来てこう囁いた。


「ねぇ…………母さんの大切にしていた肉切り包丁が無いの。 ねぇ……………どこにやったか知ってるわよねぇ? 知らないなんて言う訳ないわよねぇ?」

「うひゃっっっ………」


 その母の微笑みは笑んでいるのに恐ろしく、私の無事よりも、肉切り包丁の方が大事なのだと明確に告げている。 そんな母に対して私が嘘を付いたり、誤魔化すことなんて不可能である。


「あ、ああ………あれ、ね。 うん、に、肉切り包丁ね、うんうんうん、あ~~っと………………す、す、すいっませんでしたーーーーー!!!」


 私はその場でジャンピング土下座をした。 ゴツッとまた鈍い音がしたけれど、フフフ……伯爵家の床は絨毯がフッカフカでそれほど痛くは…………以下略。


 実は(もくそもないが)あの肉切り包丁、ギルドの床に穴を空けるほど何度も突き刺し、おまけに私と共に床下へと落下した時の衝撃で、根元からポッキリと折れてしまっていた。

 しかもそのままギルドの床下に落下したまま置き去りにして来たのを、たった今思い出したのである。


「うふふ………必ずや、必ずや新しい肉切り包丁を買って返しなさいねぇ………分かった? ほらぁ返事は?」

「イ、イエーーーース! マム!!」


 怒ってる。間違いなく母は怒ってる。 肉切り包丁は決して安くない。 私のお小遣い約半年分に相当する品物だ。 私は肉切り包丁を持ち出した事を深く後悔したのであった。




 ***




 そんな最悪な出会いで、何故キダム様と私が結婚するまでに至ったのか? と、問われると申し訳ないが私は返答に窮する。むしろ私の方が教えてほしいぐらいである。

 それほどまでに私とキダム様の相性は良くなかったはずなのだから。



 この事が切っ掛けで領地は隣同士なのに、今までは爵位の関係で特に親しくしていなかったバウアー伯爵家と我がシスレー子爵家が見事に繋がった。 そして私とキダム様は会うたびに喧嘩をする仲となり、父親と母親同士は普通に友として仲良くなり、私の2人の兄たちとキダム様もさながら本当の兄弟の様に仲良くなった。



 キダム様との喧嘩はずっと私が全勝していた。 そして私が15歳の成人を迎えると、何故かキダム様が求婚してきた。

 ほらね意味不明でしょ? どこに結婚に至る要素があったの!?

 私はただキダム様と喧嘩をしていただけで、特に仲良くした覚えも無ければ、好きになられる要素も限り無く(ゼロ)だったはずだ。


 私がこの不可解な現象に頭を捻っている間に、主役であるはずの私を無視して、両家の間で話合いはトントン拍子に進んで行き直ぐに結婚する事と相成った。 何でだろ?


 父はバウアー伯爵に「本当に我が娘で良いのですか?」とか「キダム様にはもっと良いご縁がありましょうに………」などと何度も問い掛けていた。

 しかし伯爵の意思は何故か堅く「問題ないよ。キダム自身が乗り気だし、元気があるのは結構な事だよ」とか「孫をボーロボロ産んでくれそうだしね!」と豪快に笑いながらそんなことを言っていた。



 その後結婚式まで特筆した事は何も起こらず、結婚式の最中も父が大泣きしたり、兄たちが祝いの料理を食べ過ぎて動けなくなったぐらいだった。

 しかしその晩、私は最も辛い戦いに身を投じる事となった。 そう、初夜という名の戦いだ。



「ではお休みなさい…………」

「………ああ、お休み………って、おい! ちょっと待て!」

「何ですか? 今から寝るというのに大きな声を出したりして…………非常識な!」

「いや、お前こそ常識あったのか? 無いだろ?だって俺たち今日結婚したばかりだよな?」

「ハァ…………もうボケたのですか? それとも今日の結婚式の疲労で、脳をヤられて精神がおかしくなってしまったの?」

「アホか! 俺はボケてもいないし、ましてや疲労から精神を病んだりもしていない!」

「じゃあ何ですか?」

「だ、だから結婚したのだから こ、今夜は初夜だろうがっ!」

「初夜、とな?」

「っ~~~~」


 おお、キダム様の顔面が真っ赤だよ。 さすがにからかい過ぎちゃったかな? ハハハ。そりゃあ結婚したその夜なのだから、確かに今夜は初夜でしょうね。

 え? 他人事っぽいって? まぁ………全く実感が湧か無いからしょうがないよね。

 だって普通はさぁ………もっとこう、結婚する前に何か一言でもあるのが普通じゃない? 「貴女を愛しているから結婚してください!」とか「大好きだから君を幸せにしたい」とかさぁ。


 何にも無いんだよ。 結婚前も結婚式の最中も何だか他人事な気分だったし、何か花嫁である私よりも我が家族の方が式では目立ってたからさぁ……………。


 なのにキダム様は初夜がどーとか言ってくるだけだし。


 お前はヤりたいだけかっ!? って私が思っちゃってもこれは仕方がないよね?


 まぁ………(とぼ)けながらキダム様をからかったら、少し胸のモヤモヤがスッとしたし、「ええ~?初夜ってなに? 私分かんな~い☆」みたいな脳内お花畑演技で押し通すのは、どのみち私には高等テクニック過ぎて無理だろうから、そろそろ腹を(くく)りましょうか。



「…………ハァ…………しょうがないですね」


 夜着である防御力皆無なヒッラヒラのネグリジェを、私は特に恥じる気もなくポイッと脱ぎ捨てた


「ぎゃあーーーーーーー!!! お、お、お前っ! な、ななな何をしている!」


 のだが、脱いだ私ではなく何故かキダム様が生娘の様に狼狽え叫んだ。


 えっ?

 何その態度?

 初夜だから腹を括ったまでですが?


「何って………………今夜は初夜ですよね?」

「あ、ああ」

「だからその行為をするために衣服が邪魔だから脱いだんですけど?」

「バッ………バカかっ!? 自ら脱ぐなど、お前には恥じらいというものが無いのか?」

「恥じらってたら初夜は終わりませんよ。 さぁさぁ………キダム様も早く脱いで下さい」

「ぬ、脱ぐ……………ぬぬぬ………脱ぐ…………だと?」


 またもキダム様は真っ赤になってオロオロし始めるている。


 最初は惚けて寝ようとした私に、あれほど初夜だ初夜だと騒いでいたくせに、いざ始めようとするとモダ付くキダム様。 生娘かよ? と、若干飽きれながらもしばし待ってみる。


 しかしいくら待っても、キダム様は夜着を脱がないし、扉の前で真っ赤になって突っ立ったままだった。


「…………ハァ…………しょうがないですね。 こちらへどうぞ」


 ため息を吐くと、私はキダム様に近寄り彼の腕を引いてベッドへ近付くと、ドンッとぶつかるようにしてベッドの上に押し倒した。


「…………っ!? な、なな何をする!?」


 狼狽えるキダム様を無視しつつ、昔のようにマウントを取ると、キダム様の夜着を脱がせにかかる。


「ぎゃあーーーーーーー!!! や、止め………ちょっ………お、おいっ………」


 また叫んだ。

 うるさいな…………何か口を塞ぐもの………手は夜着を脱がすのに使っているし、足はキダム様を押さえるのに使ってるから無理。 ああ、これで良っか。


「…………ムグッ………ンン………ッンンーー?」


 キダム様が叫んでうるさいので、私は黙らせるため手っ取り早く己れの口で、キダム様の口を塞いだ。


 最初は抵抗していたキダム様も、口を塞ぐのが長くなるにつれて大人しくなって来たし、それにお互いの舌と舌を擦り合わせるのって、結構気持ち良い。


 キスに夢中になりつつも、キダム様の夜着を脱がせるのも忘れない。 キスでトロンとした恍惚の面差しになったキダム様は、最早抵抗もせずに素直に服を脱がされてくれる。 大変楽でよろしい。


 脱がしてみて初めて分かったが、キダム様は中々に身体を鍛えている様で、腹筋も兄たちには敵わないもののちゃんと割れていた。


 その割れた腹筋を指でなぞりつつ、ベッドの横に備え付けられていた灯りをそっと消しながらこう囁いてやった。



「では……………………頂きます、キダム様?」

「ひっ……………………ま、待て待て待てっっ! そ、そこは……ひっ………駄目だ……………って……………ぎ、ぎゃあーーーーーーー!!!」



 今夜は寝かせさないぜべいべー(棒読み)




 この初夜にて、私は見事に嫡男オーギュストを授かったのであった。




 ***



 初夜の翌朝は大変だった。


 うん? ああ、私がでは無い。

 キダム様が、だ。


 もちろん私だって初めてだったから、腰やあらぬ場所が痛んだのだが、それよりもキダム様の汚されちゃった感が酷かった。 「初めてだったのに」とか「俺がリードするはずだったのに」だとかブツブツ言いながら、ベッドの上でシーツにくるまって丸くなっている。


 あるぇ~?

 おかしいな。

 何か私、間違ったかな?

 これって慰めた方が良いのかな?


「キ、キダム様ドンマイ☆」


 微笑みながら肩付近を叩いてみたけど、どうやら失敗したみたい。 シーツを被ったままベッドから一切出てこなくなっちゃった。


 こちらが何を言っても、うんともすんとも言わなくなったキダム様に飽きた私は、お腹が空いていたので1人で食堂へ行く事にした。


  食堂へ行くと使用人たちが「あれ? 奥様?」「えっ? 何故ここに?」「お身体は大丈夫ですか?」「うん。普通にお元気そうみたいだな」などと、小声で会話していた。う~ん別にどーでも良いけど、全部聴こえてちゃってるよ君たち!


 使用人たちの不躾な視線や会話も特に気にせず、私は用意されていた朝食をペロリと平らげて、ベッドに引きこもったままのキダム様の朝食を盆に乗せると寝室に持って行ってあげた。


 後に使用人の間で「初夜の次の日に奥様の方が食事を取りに来たりと甲斐甲斐しいとは…………キダム様、情けなし!」と囁かれてキダム様が恥をかくという一幕があったそうだが、私は知るよしも無かった。




 ***




 そして事件(?)は私が第2子であるギルベルトを妊娠している時に起こった。


 それにより、私はキダム様との離縁を口にするようになる。



 理由は簡単だ。

 現れたのだ。

 女が。



「キダム様は貴女の様な身分の低い者との結婚には、絶対に満足しているはずがありませんわ!」


 身重の身体でもある程度動かないと、体調にも赤子にもよろしくないという医師のすすめで、邸の庭でメイドさんたちと散歩をしていると、突然背後から居丈高な声が聞こえて来た。


 振り返るとそこには女が居た。

 見たことが無い顔だが、それなりに容姿は整っている。

 黄金色のウェーブの掛かった髪に、翡翠の瞳を持つ豊満なバストの持ち主である女は、リズィート・ラバクロフと名乗った。


 どうやらリズィート様はラバクロフ侯爵家のご令嬢らしい。 出来るメイドさんがソッと教えてくれた。


「貴女………噂に違わず、とっても貧相でいらっしゃるのね? そんな身体でキダム様を満足させられているのかしら?」


 はあ? 余計なお世話だ。

 キダム様が満足しているか何て知らないよ。 だって未だに寝屋ではオタオタするのだから。 全然私をリード出来ていない。 むしろされている方だ。 本人に確かめては居ないけど、私のリードに不満があるのだろうか? 確かに初夜の次の日の朝は何やら相当落ち込んで居た様子だったけど、何回か私から仕掛ける内に真っ赤になりながらも、声をあげて「あんあん」悦ぶようになって……………げふん、ごふん失礼。


 まぁ私の身体に不満があると言われればそれは致し方がない。


 私に豊満なバストは無い。 スレンダーと言えば聞こえは良いが、ハッキリ言ってチッパイ(小さいオッパイ)だ。 キダム様が巨乳好きとは聞いていないが、大は小を兼ねるというし、無いよりもあった方がいいだろう事は一般常識に照らし合わせると理解はできる。


 キダム様が漆黒の黒髪に菫色の瞳、整った容姿に均整のとれた身体の持ち主なのに対して、私は茶色の髪に榛色の瞳、平凡な容姿にスレンダーな身体付き。 私の誇れる部分といったらパッと見スレンダーながらちゃんと筋肉が付いているって所だろうか? 後は剣技の技の冴えだとか釣りの釣果数ぐらいならば誇れる。


「あらウフフ………もしかして反論も出来ないほど、私の言葉は的を射ていたのかしらぁ?」


 リズィート様は声高にそう言いながら、ご自分の顔の前でバサバサと匂いのキツい扇子を振っている。


 これって何の匂いなの? うげぇ……めっちゃ臭い。 何か気持ち悪くなってきちゃった。


「ううっ…………」


 私は思わず口元に手をあて、顔を(しか)める。


「あら? 泣くのかしら? そんな弱気では伯爵家の妻の座など到底無理よ。 今すぐにでも私に譲りなさいな!」


 譲れって…………そんな物みたいに言われても無理だよ。そんなに簡単に譲れるものじゃない。 それに私の実家は貧乏子爵家ですが、私はすでに伯爵家の嫡男を産んでおり、地位的には盤石である。 妾なども必要では無い(まぁキダム様がどうしても欲しいと言うならば(やぶさ)かでは無いけども)


「ほら、何とか言ったらどうなの? 貴女………泣くだけしか出来ないのかしら?」


 リズィート様はニタニタと悪意しかない笑みをこちらに向けて、すでに私が尻尾を巻いておめおめと引き下がるのが、当たり前かの様な余裕の表情であった。


 しかし次の瞬間に彼女は悲鳴を上げて逃げ去って行く事となる。

 何故ならば私が気持ち悪さに耐えかねて、酸っぱいものが込み上げて来てしまったからだ。


「…………うぉえれれれれれ……………」

「き、きぃゃーーーーーーーーー!」


 リズィート様は驚き過ぎたのか、持っていた扇子をこちらへと投げ付け金切り声を上げ逃げて行く。


 おい! 待て! そのくっさい扇子を私に投げ付けていくなし! 回収してけっつーーーの!


 そこにあるだけで物凄い匂いを纏い存在感を主張しまくるくっさい扇子。


 吐き気が治まらない。


 おえーおえーとしばらく、えづいて居ると邸からオーギュストを抱いたキダム様が出てきた。 どうやら出来るメイドさんが呼んできてくれたらしい。 流石出来るメイドさん。今度の給金に僅かでも良いので色を付けるようキダム様に具申しておこう。


「お、おい、どうした!? 大丈夫か?」

「…………うっぷ。 だいじょーぶ………れす」


 悪阻はもう治まっていたのだが、この扇子の匂いを嗅いだらダメだった。 ぶり返す悪阻、あいるびーばっく悪阻。


「大丈夫って顔色じゃ無いな。 オーギュストを頼む」


 後ろに控えていた乳母であるラランにオーギュストを託すと、キダム様にしては珍しく即断で私を横抱きにして邸に急いで運んでくれた。


 ぐったりとベッドに横になった私は、物凄く顔色が悪かったらしい。 直ぐに医師が呼ばれて診察してもらった。

 特に身体に悪いところは見付からず、やはり原因はあのくっさい扇子っぽい。

 庭に置き去りにになっていた扇子を何重もの袋に入れて保管してもらった。



 次の日、体調が良くなった私は、持ち主が判明しているので、あのくっさい扇子をリズィート様に返すべきかを迷っていた。 もちろん返してあげる義理など無いのだけど、後々盗んだとか難癖を付けられたらたまらないからね。


 私からでは無くてバウアー伯爵家から、リズィート様に返すって(てい)にすれば、角が立たず面倒が無くて良いだろうと考えた。



 でもそれは間違いだった。



 何とリズィート様はキダム様が、拾った扇子をわざわざ届けてくれたのだと解釈した様で、そのお礼と称してキダム様のみ(・・)をラバクロフ侯爵邸へと招いたのである。


 もちろん私は身重だし、招待されてもいないので一緒には行けない。 だからキダム様も正直行きたくは無い様子だった。

 でも格上である侯爵家からのお招きだ。断るわけにもいかず、キダム様は1人で侯爵家へと向かったのである。





 そしてキダム様はその日、邸に帰ってこなかった。





 今まで特に何とも思っては居なかったキダム様だが、流石にオーギュストを産んでからは少し彼に対しても愛着が湧いたのか、侯爵家から帰ってこない事にヤキモキした。 (妊娠中は情緒が不安定になったりもするそうだから、それのせいかもしれないけど)


 その日の夜半ごろに降り始めた雨は、次の日の明け方近くまで激しく降り、その激しさに私の心にも暗い影を落とした。



 翌日の昼前にキダム様は馬車に揺られながらのんびり帰ってきた………それも何故か五体満足で(・・・・・・・・)

 私は昨日からキダム様が帰ってこれなかった理由をあれこれ推察し、漸く四肢が損壊でもしたためやむなく侯爵家から、帰ってこれなかったのだろうとの考えに至って、暗くなる気持ちを慰めていた。


 なのに元気で、その上若干清々しい表情で帰宅したキダム様に、溜まった不満が爆発しそうだった。


 溜まった不満が爆発しないように、簡単な嫌味のジャブをかましてやる。


「あら~? キダム様、大変お早い(・・・)お帰りですね?」

「ヒッ…………」


 私のジャブは正確にキダム様の心にクリーンヒットした模様。 先程までの清々しさは鳴りを潜め、青褪めて真っ青な顔色になった。


 それにちょっとだけ溜飲が下がる。


「それで? 昨日は何故帰って来なかったの?」

「そ、それはあれだ…………その、そう、雨だ!」

「………雨、ですか?」

「そうその雨だ! 激しく降っていただろう? あまりのどしゃ降りに、馬車で帰るのは危険だと判断して侯爵家に泊まらせて頂いただけで、決してお前に対して疚しい気持ちなど微塵もない!!」


 最初の吃りと、その後の饒舌さがキダム様の説明の胡散臭さを物語っている。 きっと例のリズィート様とナニ(・・)かあったのであろうと私の野生の感は告げている。


 そう感じてしまった私は直ぐ様行動に移した。


 臨月にも関わらず、伯爵低を後にした私はオーギュストを連れて実家に帰ったのであった。



 これぞ我が母から伝えられた伝家の秘技、【私実家に帰らせて頂きます!】だ。

 小さい頃、母が父に何度もそう言って数日程度居なくなっていたのを思い出した。 母に聞けば何でもそれは代々母の家に伝わる秘技なのだという。これをすれば帰って来て欲しい父が、素直に実家まで迎えに来てオマケに謝罪もしてくれるとの事だった。




 のだが、これは結局大惨事に繋がった。





 父と母の間では暗黙の了解であったこの秘技だが、残念なことに私とキダム様の間では暗黙の了解では無かった、という事がもっとも大きな敗因である。


 確かに私は誰にも言わずに、伯爵家を出ていきました。 でも流石にそれをキダム様が誘拐だと捉えてしまうとは、夢にも思いませんでした。


 領兵まで使って捜索に着手しているなど、誰が想像できるの? あ、そう? 私以外は想像出来るって? それは失礼致しました~!



 キダム様や領兵が必死に私の行方を捜している間、当の私はと言うと実家の子爵家で自堕落に過ごして居た。


 兄の子供で2歳になるロイドとアルフの双子と、3歳のオーギュストが出会ってすぐに仲良くなった。 だが哀しいかなオーギュストの方が双子よりも歳上だと言うのに身体が小さい。 残念なことに体格は私に似たのかもね。


「オーたん」

「なあに?」

「ボクたちとけっこんしゅて?」

「う? けっこんてなあに?」

「ボクたちとじゅっといっちょにいるってこと!」

「…………………」

「ダメ?」

「ううん、ダメじゃない。いいよ~?」


 のんびりソファに横たわりながら、オーギュストと双子たちの会話を聞いていたが、何かおかしくない? そもそもオーギュストは男の子だし、双子たちも両方男の子だ。

 それにロイドとアルフ………もし結婚出来たとして、どっちとするの? 両方? エグい3Pになりそうだな。

 などと脳内で3歳児と2歳児のお喋りに突っ込みを入れていると、我が子爵家のそんなに立派では無い家の扉が激しくドンドンと叩かれた。


「はいはいは~い………チッ!」


 母が返事をしながら舌打ちをした。


 多分少しイラついている。 立派では無い家の扉を激しく叩かれたからだろう。


「どちらさ…………」


 母が最後まで言う前に扉が勢いよく開いた。 田舎あるあるだ。いちいち鍵の施錠なんかしない。だから開く。


 そこには顔色を真っ青にし、何時も綺麗に整っている髪の毛もバサバサ、服も上着の前が開っぱなしのキダム様が立っていた。


「ひゃあっ!」

「うきゃあ!」

「うにゃっ!」


 その幽鬼の様な姿に、双子たちと実の息子であるオーギュストさえも悲鳴を上げ各々床にしゃがみ込む。


「ここに居たのかっっっ!!!」


 開口一番私に怒鳴るキダム様。 でも私が返事もせずに冷めた視線を送っていると、直ぐにその勢いは萎んだ。


「さ、捜したぞ…………本当に…………。 誘拐されたんじゃなくて本当に良かった…………」


 ホッとしたのか、若干涙ぐんでいるキダム様。


「そうですか。 見付かって良かったですね、ではお帰り下さい」


 少し………ほんの少しだけキダム様が、一生懸命になって私を捜してくれたのが嬉しくなかったと言えば嘘になる。

 しかしあの日の真相を語ってもらわねば、伯爵家に帰る気分には到底ならない。


「はあっ!? お帰りくださいじゃないだろ! 一緒に帰るんだよ!」

「お断りします! キダム様だけ1人で帰って下さい。 それが嫌だと言うならあの日の真相をきちんと語って頂きます」

「あの日の真相? 何の事だ?」


 は?

 キダム様の中では既に無かった事になっている、だと?

 ゆ、赦しがたし!


「惚ける気? あのラバクロフ侯爵家に泊まった日の事よ!」

「………はあっ!? あんなたった1日大雨で帰れなくなった日の事を未だに気にしているのか!?」

「当たり前よ! リズィート様は貴方にメロメロだったじゃない! この、スケベ!浮気者!変態!」

「う、浮気者!? とんだ誤解だ! 俺はお前以外とはそういう事をしていない!」


 スケベと変態は否定しないんだな、と思いながら一番否定して欲しいところは否定してくれたので、そこには突っ込まないでやろう。

 東の最果てのことわざで武士の情けって奴だ。


「良いから、帰るぞ! 領兵まで動かしてるんだ。早くお前が見付かったと伝えなければならん」

「は、はあっ!? 領兵? そんなの私を捜すためだけに使ったの?」

「アホか! 俺はお前が誘拐されたんだと思ったんだ。だから領兵を使っての捜索に出たんだ。 ハァ………それがただの家出だったんだぞ………どうこの結果を彼らに伝えれば良いんだ」


 恥ずっ!?

 私の家出がそんな大事になっていたとは………。

 私はキダム様と一緒に頭を抱えて床にうずくまった。



「領兵の皆様へはありのままを言うしかないですね」


 ポツリと母がそう呟いた。


 そう言うと問答無用で私の顔面を掴み、母の久々のアイアンクローの洗礼を受けた。 小さい頃からイタズラをしては良くヤられたものだ。


「痛い痛い痛いっっ! 母よ、私は妊婦で、今臨月ぅ~!」

「大丈夫ですよ。 貴女はそんなに柔じゃない」

「痛っ! 止めて! 私は秘技を使っただけなのにぃ~」

「秘技……………?」


 キリキリと万力の様な力で絞めていた母の手がピタリと止まる。


「そうよ! 小さい頃に教わった秘技【私実家に帰らせて頂きます!】だよ!!」


 それを叫んだ瞬間、母は流れるような華麗な動きで私を巻き込んで床に土下座した。


「キダム様申し訳御座いません。 今回娘がこの様な暴挙に及んだのは、幼い頃の私めの教育が悪かったせいに御座います! お許し頂けぬのならば娘と離縁して下さってかまいません!」

「義母上!? どうされたのですか? り、離縁など俺は全く考えておりませんが」

「しかし、此度は我が娘が勝手に伯爵家から出奔して来たのが原因で、領兵まで動かす大事になってしまい、このまま何の沙汰も無しに娘を伯爵家へと返せません」


 母は私をどれだけ罰して欲しいのか。

 確かに私は家出して来たのを黙ってました。 むしろオーギュストを伯爵家で産んだから、今度は実家で産みたいと嘘を付いてました。 母や父は大層喜び、兄たちと兄のお嫁さんもキャッキャッと喜んで居たのは記憶に新しい。


 うっ…………黙っていた罪悪感が凄い。


「…………いえ、彼女が帰って来てくれるだけで俺は、その、とても嬉しいので………。 それに彼女は妊娠中なのでそろそろ床から起こしてあげたいのですが?」

「この子はそんなに柔じゃないのですが、キダム様がそう仰るのならば致し方御座いませんね」


 キダム様のお優しい一言で、母は私の身体を床に押さえ付けるのは止めてくれた。 ただね、私がアイアンクローをされている時には黙っていた癖に、無理な体勢で土下座させられているのは止めるのな?と、また少しだけキダム様に対してイラッとした。



 そして立とうとしたその瞬間、私は唐突に始まった陣痛に襲われた。


「………あっ…………痛っ………………」

「どうした? 痛い? 足でも痺れたのか?」

「そんなわけ無いでしょ! 痛いのは陣痛だよ!」


 こんな時にまでキダム様のボケは要らん!!


「あらまぁ……また凄いタイミングで始まったわね? 狙ってるのかしらこの子は…………」


 現在この家には母と子供たちとキダム様しか居ない。 父と兄たちは仕事。 兄の嫁は彼女の実家の畑を手伝いに行ってしまっている。


「狙ってないってぇ~! 痛い痛い痛い痛い………くっう~~~~~」

「まぁいつ産まれても良いように支度はしていたから大丈夫よ。 キダム様、この子をベッドまで運んで下さいな」

「あ、はい。 分かりました」



 このお産という戦いは深夜にまで及んだ。



 比較的短時間で産まれてくれたオーギュストと違い、新しい子は難産だった。


 体力に自信がある私ですら、最後の方は朦朧としてしまったほどだった。


 しかもオーギュストの時は、王家が絡む仕事で付き添えなかったキダム様はお産がこんなに大変だと知らなかったらしく、私が「苦しい、死ぬ~」とか「もういっそひと思いに殺せ~」とか叫ぶとオロオロしていた。



 そして産まれたのは次男であるギルベルトであった。 オーギュストよりも一回り大きな身体で産まれてきた我が子を見て最初に思ったのは、産まれてきてくれて有り難う♪…………では無く、こりゃ難産なわけだという気持ちだった。



 疲れていた私はそのまま寝落ち。


 次に目を覚ましたら、数日経っておりしかも伯爵家の寝室のベッドの上だったという訳だ。

 その上領兵には私がキダム様に悋気を起こして家出した(間違いでは無いけど腑に落ちない理由)と勝手に説明されており、納得いかない気持ちで一杯になった。


 その日から私のキダム様に対しての離縁して攻撃が始まったのは言うまでもない。

 もちろん四六時中言っている訳じゃない。 私だって空気を読む時もある。 言うのは大抵キダム様と喧嘩した時である。 これをキダム様に告げると、本当に嫌そうな表情で「絶対に離縁などしないからな!!」と言うので面白く、溜飲が下がるのである。




 かくして話は冒頭に戻るのですが、ギルベルトが産まれてからこの3年、未だに侯爵家での真相を語らないキダム様に私は辟易としている。


 かと言ってリズィート様が、キダム様の本妻になる事も、ましてや妾になる事も無かった。

 むしろ社交界ではリズィート様が隣国アブクダハルの公爵に見初められたとか何とかが話題になっている。


 確かに彼女の性格は置いておいたとして、あの豊かなボインならば、ボイン好きに見初められるのも仕方が無いでしょうね。

 まぁ……その公爵がリズィート様よりも15歳も歳上だったとしても、ね。




「離縁~♪」

「却下だ!」


 今日も伯爵家からは私の離縁してくれソングが流れる位には平和(?)であった。





ちなみに主人公の名前は出てきません。書き忘れとかでは無いです。



投稿記念SSストーリー【長い求愛の行方は?】


「「オーギュスト!」」


背後から良く知った2人に声を掛けられる。


「あれ? ロイドとアルフじゃない。どうしたの?」


僕の従兄弟であるロイドとアルフの双子たちである。


「「今日こそ色好い返事を貰いに来た!」」


凄い……流石双子だ。 綺麗にハモってる。 でも返事を貰いに来たって何? 遊ぶ約束とかしてたっけ?


「えっと………?」


「「おいおい。忘れたのか? 昔俺たちと結婚するって約束したじゃんか!」」

「えっ? そんな約束したっけ? 覚えてないし、普通に考えて無理だよね、その約束」

「「嘘だろ? あり得ない! 覚えていないって嘘を付いて約束を反故にする気か!?」」

「ええっ? でも………僕は本当に覚えていないし。それに僕も君たちも男同士だから結婚は無理だよ」

「「無理なんかじゃない!! 俺たちの結婚は性別何かで駄目になるはずがない。だって(いにしえ)の呪法で結んだ正式な婚姻なのだからな!」」

「は、はえっ!?」


もう僕はロイドとアルフが何を言っているか分からない。


「「神々よ! ご来臨下さい! 幼き頃の契約ですが、俺たちとこのオーギュストの婚姻は可か不可か!?」」


双子が天に向かって声高に叫んだら、さっきまで晴天だったのに重苦しい雲がモクモク立ち込め、所々からピカッゴロゴロガシャーーーンって雷鳴まで聞こえてくる始末。


ひぃえええ~!!! 何事!?


『その約束は………有効である。 うぬらは神の承認のもと結婚の約束をしておった。 幼き頃のとはゆえ、それを破るのはあり得ぬ。 両者15歳を越えたら3年以内に結ばれるのだ。もし結ばれぬのならば契約違反と見なし、この地に多大な厄災が降りかかるであろう。 ゆめゆめ忘るるでないぞ』


天から聞こえてくるその声に、僕だけでなくその場にいた父上と母上と弟のギルベルトや、邸の使用人たちも驚いていた。


天の声はそれだけ言うと聞こえなくなり、雷鳴を纏った雲まで無くなった。



「………ああ、思い出した。 確かに貴方たちは結婚の約束をしてたわ」


我が母上からとんでもない言葉が発せられた。


「は、ははは、母上!? それは一体何時の話なのですか?」

「え~っと…………オーギュストと双子が初めて出会った時だから……………確か3歳とか2歳とかそこら辺の年齢だったはずよ」

「えっ? そんなに前なの? それこそ無効じゃないの?」

「ははは……聞いてたでしょ? まったくもって無効じゃないみたいよね? しかも最後に不穏な言葉を残して消えたわよね……………」


た、確かに。 約束を破ったら契約違反になってこの地に多大な厄災が降りかかるとか何とか。


母上がとても良い笑顔で僕の肩をポンと叩いた。


「厄災とか困るんで、双子たちとの結婚よろしくね☆」


「え、いえ、でも、その………伯爵家は?」


僕が嫡男でしょう? と、続けようとしたけど無理だった。


「大丈夫よ! 伯爵家はギルベルトが嫡男でも特に問題ないから! じゃあ早速オーギュストの嫁入りに必要な物を集めなきゃね☆ 15歳まで後1年しか無いから急がなきゃっ☆」


母上はすっかり僕を伯爵家から嫁に出す気満々だ。 こうなった母上を止めることは不可能である。


「ち、ちちち父上!?」


呼んだら目を逸らされた。


「ギ、ギルベルト!?」


最後の頼みのギルベルトには、親指を清々しくサムズアップされた。


「う、嘘だろ~~~???」


「「可愛い可愛いオーギュスト! これで俺たちは誰にも邪魔をされずに結婚できるな! 後1年か……………待ち遠しいけど我慢する。 その間俺たちのがふたついっぺんに入る用に広げないとな!!」」


ひ、広げる? どこを? いや、ダメだ!気になったが聞き返してはいけない。多分聞いたら終わりな案件だ。


「広げるってどこを?」


母上ぇぇぇ~! 止めてぇぇぇ~!!


「「後ろの孔さ」」

「後ろの孔? ああ…………アナ…………モガッ………モガガッ…………」


父上……………今一歩遅かった。 昔からそういうところが有りますよね、父上は。


「「じゃあ行こうかオーギュスト♡」」

「ひいっ!?」


両腕を双子に捕らわれた僕は、軽々と左右から持ち上げられて連れ去れたのであった。






オーギュストとロイドとアルフの3人は末永く幸せに暮らしましたとさ♡


めでたしめでたし。



オマケの設定に突っ込むのは禁止。ふぁんたんじーですお☆ てかオマケに設定とか皆無だから。





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