プロローグ
涼やかな風が、青々とした丘の上を吹き抜けていく。雲一つない夜空を見上げれば、こぼれそうなほどに満天の星空と、煌々と輝く満月が浮かんでいる。そんな星降る空の下に、二つの影があった。一人はパンツスーツを着た黒髪の少女、そしてもう一人は赤く汚れた茶色のコートを纏った長身の男である。
夜空を見上げていた少女は、胸ポケットに入れた電話がブザーとともに振動するのを感じて、思わずしかめっ面をつくる。そして、表示された相手の名前を見て一つ、舌打ちをした後、応答した。
「……はい、こちらリュケイオン。はい、滞りなく……。はい、はい、了解しました。装備を補充後、直ちに向かいます」
幾度かの受け答えのあと、少女は電話を切って悪態をつく。そして、男へと振り返った。
「例のターゲット、ようやく尻尾を出したって。で、すぐに現場へ急行しろってさ」
少女の言葉に、男は露骨に顔をしかめる。だが、あきらめたかのように首を振ると、ゆっくりと丘を下り始める。少女もまた、男に追従する。
「……人使いの荒いもんだ」
男がぽつりと呟く。そこには確かな呆れの感情が入っている。
「しょうがないよ、日本は数のわりに人手不足だからね」
「ターゲット、確か特Aランクだったろ? まったく、面倒なのばかり押し付けてきやがる」
「このままいけば、記録更新だね。喜ぼうよ」
「茶化すな……」
男はこめかみを押さえてため息をつく。そして歩幅を大きくして、一気に丘を下っていった。
「ちょ、待ってよぉ!」
少女もそれに追いつこうと、走り始める。
彼らが仕事場を去った後、月の銀光に照らされた丘の上には、歪に引き裂かれた異形の死体が、ただただ風に吹かれていた。