ジョゼフとミーティング2
少し血生臭いお話も出ます。苦手な方はおやめください。
書類は厚さ5センチ。
いつの間にこんな書類仕上げたのだろう……?
「いつ結婚したんでしょうか……?」
私は呆れ半分で力無く呟いた。
知らない間に結婚していたという事実に正直ドン引きだ。
ジョゼフが好きだけれど、それとこれとは違う……
元々流されやすいところはある私の性格だけれど、これで良いのかは、疑問だ……
相談したいけれど、ジョゼフには出来ないし、日本の友達達にも勿論連絡は取れない……
顔を上げれば、ジョゼフが不安そうな顔をしている。
「俺のこと嫌いか?
婚姻を結んだことを後悔しているのか?」
いえいえ、そもそも寝耳に水で……と言おうと口を開きかけたが、ジョゼフがあまりに悲しい顔をしているのでウッと、詰まる。
「私のジョゼフへの気持ちは変わらないのですが……
そう……私こちらの習慣に分からない事があって……
行き違いがあったのが悲しいというか……既に知らぬところで結婚という形を成した事に驚きが…………すみません。上手く言葉が出てこないです。」
ジョゼフは少し黙り込むと、私の手を取り静かに目を合わせた。
「俺は貴女以外の女性はもう考えていない。強引だった事も認める。
髪を切る儀式で、舞い上がってしまったのだ。
俺は騎士団に身を置いていただろう。
明日をも知れない仕事に身を置いていると、どうしても、ことをゆっくりと構えることが出来ないのだよ。
だが、どうか私の妻として、そばにいて欲しい……」
もう妻だけど……。
と、小さく呟いた声、聞こえてます……ジョゼフ……
「あの……こちら書類があるという事は、私は戸籍があるという事ですよね……じゃないと、書類は作れないでしょうし。ですが、そんな申請した事もないし……。
話を聞いた限り、ジョゼフのご実家の反対などあったのでは?私は平民ですし、身元も不確かな女ですよ。
そもそもご実家にご連絡されているのですか?」
すると、ジョゼフは良くぞ聞いてくれた!とばかりに1枚の書状を出した。
この世界にスイが住み始めた後、洋服を買うついでに、村でスイの移民申請をしておいた。と、書を見せる。村の籍は既に作っておいたんだよ…
何故か褒めてくれ!とばかりにドヤ顔で話す。
ワンピ買うついでの戸籍って……と、目を白黒させる私にジョゼフは畳み掛ける。
「俺も実は国から多少は干渉される身分でな。なのでスイにはそれなりの地位が必要だと考えたのだ。
それで2週間前に養子縁組を組んだ。
俺のよく知る人物で、間違いもない男なんだ。
話をしたら喜んで引き受けてくれたぞ!」
え?
私結婚も知らないうちにしてたけど、知らないうちに家族も出来たのですか?!
ガバッと指をめいいっぱい広げ、ジョゼフにストップの姿勢で頭を抱える。
えーーーっと、それは一体……
つまり私の為に、領主のジョゼフがこの世界用の戸籍を作ってくれて、普通の村人には数ヶ月前になっていた。
そして、結婚するには身分が必要なので、何処かの貴族のお方の養子になった……。
「と、いう事でしょうか?」
「な?問題ないだろう?
前後したが、来月神殿で挙式するつもりだ。」
めっちゃあるよ!!!
私はいっぱいいっぱいになってしまい、言葉が出ない。心の中で叫びながら、ジョゼフを涙目で睨みつけた
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何故かスイは怒っている。
やはり婚姻の日にちに女性が拘るという噂話は本当だったのかも知れない……
俺の配慮の無さが露呈してしまった。
やはり、ロマンチックで、情熱の感じられる日にちを婚姻記念日にする……というのが、正解だったに違いない。
勝手に婚姻記念日が、わからなくなると困る…………と、無骨な俺が、《終戦記念日》にしてしまった事に不満があるのかもしれない。
正直、面倒な法律的書類や実家への手続きやアレコレを片付けたので、いつものスイなら褒めてくれるかと思っていた。
『もうお皿洗ってくれたんですか?ありがとうございます!』
『お風呂のマット変えてくださったのですか?ジョゼフって気が利くですね』
『このワイン美味しいって言ってたの覚えていて下さったんですね!嬉しい!』
と、感謝の気持ちを欠かさないスイに、俺は人生最大の気を回しまくったつもりだった。
予想外の反応に気が焦る。
まさか…………
籍を入れたのに、急に俺のことが嫌いになったとか???
と、不安に駆られる。
泣きそうな顔を悟られたのだろう。
優しいスイは
『ジョゼフへの気持ちは変わらない……』
と、伝えてくれた。
無骨な気の利かない騎士上がりの俺だったが、この一言で、眦に溜まりつつあった涙がすぅっと引いた。
先の大戦で俺は銀狼騎士団の元団長とは深い縁を結ぶ事になった。
ゼルダクエスト侯爵は、55歳を越えながら尚頑強で、サルバド連合国でも、非常に発言権の強い人物であった。
特に、策に溺れず、前線に立ち、鼓舞する姿は多くの騎士たちの伝説であり目標となった。
大戦はリスケ王国が有利に始まりサルバド連合国も苦戦を強いられた。しかし、銀狼騎士団の勇猛な動きに徐々に押され、辺境一帯を陥落。
サルバド連合国は勢いを増した。この動きに金鶏騎士団も共に勝鬨をあげる。
中立国であった三国を取り込み、力を増した時、リスケ王国は非情な策を立てる。
ゼルダクエスト侯爵の一人息子を狙い、子息の所属する団員を全て捕虜としたのだ。
息子は非常に屈強な男であったが故に、拷問にも屈せず、リスケ王国の者たちを苛立たせたのであろう。
俺が捕虜塔を陥落させた時は既に時遅く、息子は四肢を切断された後であった。
今でも思い出すのは、俺よりも大きな体だった男の、四肢の無い軽さ。
遅すぎた…………と、奥歯を噛み締めると、濃い鉄の味がした。
衛生状態の良くない捕虜牢で、気丈にも彼は私にこんな姿を晒してすまないと、詫びた。
それは掠れた、喉の奥が切れたような小さな声だった。
血の滲む四肢の包帯が少しでも隠れるように、自分のマントで彼を包んで塔から運び出す。
大丈夫だ。これくらいの傷で死ぬ貴方では無い……と、声をかけ続け野営テントに付き添った。
ゼルダクエスト侯爵にはすぐに取り継ぎを頼み、早馬を待ったが、朝の日が昇ると同時に子息は息を引き取った。
戸口で日を背中に浴びながら、ゼルダクエスト侯爵は気丈に涙ひとつ見せなかった。
ご子息は立派であったと、告げると、未だ温かい彼を抱き上げ
『こんなに軽くなってしまった……』とだけ呟き、テントを去った。
それから終戦した暫くのち、ゼルダクエスト侯爵から取り継ぎが来た。
ゼルダクエスト侯爵家は息子1人であった為、後継が居ない。
伯爵家の次男坊の俺に侯爵の家に養子にならないか?と、申し込んでくれたのだ。
ありがたい申し出に驚きながら、勿論良い方向で!と、返事をし、妻となる女性と家族と一度話し合いたいと、告げる。
ゼルダクエスト侯爵は可笑しそうに、『既に尻に敷かれておるな』と、笑った。
首都の評議室で、来月には返事をすると別れた。
リゼルも俺に爵位が与えられることを喜んでくれるであろうと、意気揚々と実家に帰る。
しかしそんな俺には婚約破棄が待っていた。
失意の中、俺はゼルダクエスト侯爵の話を断り田舎に引き込むつもりだ……と話した。
銀狼騎士団の団長としてではなく、1人の好好ジジイの戯れだ。気にするな。と、侯爵は穏やかに言い、貰い受ける領地を自分の隣にしろと手配した。
俺は孤独ではあったが、良い友人を得たと思い時に、ゼルダクエストの領地を訪れた。
彼は何度か俺に縁談を持ってきた。
誰も見目麗しい令嬢ではあったと思うのだが
『そんなに姿絵ばかり見せるのならもう遊びに来れないぞ』と、拗ねると、それからは無理を強いなくなった。
そんなある日、俺はスイと出会った。
スイと共に生きたいと願ったその日、ゼルダクエスト侯爵の顔が浮かんだ。
俺はペンを走らせ、事情を包み隠さず書に託す。
彼女以外と婚姻を結ぶつもりはないと、締めくくり、早馬便はゼルダクエスト領地へと向かった。
程なくして返事が来る。
彼は、妻共にこの慶事を喜んでいる。
頼まれた件は引き受けるので、心配はなさるな。と、記していた。
最後に是非、挙式前に我が領地を訪ねよ。思わず笑みがこぼれる一筆も忘れずに添えてあった。
頼んだ書状は漏れなく揃えてあり、婚姻が無事運ぶよう彼なりの配慮が至る所にあった。
俺は胸が熱くなりながら、決意も新たに深夜に礼状を認めた。
必ず近々、スイを連れてゼルダクエスト邸を訪れる、と。
思ったよりも早くにその日は訪れた。
俺の覚悟があやふやなうちにコトは運んでしまったが、結果は良好と言えよう。
無事、2人の気持ちを確かめ合い、婚姻も結んだ…………
いや、結び終わっていた?
なのに………………
なんで俺はスイに強い視線を送られているのだろう?
あまり見ないスイのこの睨んだような表情も、団栗を頬張る子リスのようで可愛い…………
ジョゼフ睨まれてるよ…………