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緑の指を持つ私と  作者: 美輪
7/18

マナーブックはきちんと読もう

椅子から転がり落ちそうになった私を、ジョゼフは軽々と支えた。


私は一瞬意識を飛ばしてしまったが、冷めたお茶を一口飲むと、気持ちも落ち着き、ワナワナと震えた口元も治った。



「ジョゼフ……あの、今婚姻が結ばれたと聞こえたのだけれど、それは結婚ということかしら?

え?!だ、誰と誰が?!」



ジョゼフは頷き、寝室から厚み5センチほどの書類を持ってきた。


「俺とスイの婚姻のための記録文書だ。」





!?!?!?!?





「わ、私いつ結婚するって言ったかしら?」




ジョゼフは何故か怪訝な顔をし、不機嫌そうに 低い声を出した。


「俺の髪を切っただろう?あれは婚姻の意思のある者同士が行う儀式なのだ。スイの国では違うのか?」






し、知らなかったーーーーーーっっ!!







そんな習慣無いよっ!


てか、聞いてないしっ?!



と、焦っていると



「渡したマナーブックに書いていた筈だ。」

と、ズッシリした背表紙の本を渡された。




確かにこの本読みました。


でも、この本恐ろしく厚くて日本で言うところの六法全書の様な内容。

マナーブックと言うより法律っぽいし、楽しい内容なんてほぼゼロ。何ヶ所かページが折り曲がったところが有ったし、背表紙も少しボロかったので乱雑に扱っているのかと思って、斜め読みも良いところだった。

恐ろしいほどの大量項目、そのうち一つなんて覚えている筈はない!







思い返せば3週間程前、珍しく雨の降った日。

ジョゼフは仕事に行かず、 家で書き物をしていた。

俯く横顔に髪がパサリ、パサリと落ちてきて右手にペン、左手は額に手を当ててなんともセクシーだった。

だが、前髪が落ちてくるのはやはり仕事に差し支えるであろうと私も我に帰り、前髪カットを申し出たのだ。



「そんな…………スイは…………スイは良いのか?!」


ジョゼフは動揺しているかの様に赤くなった。


たかが髪切りでご恩が返せるとは思わないけれど。

「えぇ、良いですよ。私のこの長い髪も実はセルフカットなんです。ふふふ、割と上手なんですよ。」


すきバサミが無くても上手にシャギーを入れているサイドを摘んで、少し誇らしげに、見せてみる。



「30歳になって、こんな事になるなんて……


その、俺に抵抗は無いのか?」



「癖っ毛ですからね〜、でもその方が、仕上がりは上手くいったりするんです!私にドンと任せて下さい。悪い様には致しません!」




その後何故か、ジョゼフはシルクのブラウスに着替えて、豪華な刺繍の入ったケープを纏った。



なんだか、切った髪の毛が付いてしまいそう……と、思いながらもナイロンのケープは流石にこの世界に無いわよね〜と、独言た。そして椅子に座ってもらい、ベランダで髪を切った。


ジョゼフは私に信用が無いのか、鋏を持つ私の手を見て一瞬震えたが、切った後私の手を握りしめて

「ありがとう……」と、丁寧にお礼を言ってくれた。

良かった!この髪型気に入ったんだ!と、私もホッと胸を撫で下ろす。



するとお返しにと、私の前髪を少しチョキチョキされた。切られた量は本当1センチくらいだと思う。

ジョゼフの顔が近くて目を開けた時思わず赤面してしまった。













「あ、あれはその様な意味があったのですか……」



「勿論だ。この国の理髪師は男女共におり、女は女にしか切らせないし、男は勿論男にしか切らせない。婚姻の意思の疎通をする為髪をお互い切ることは認められているがな……」




知らんがな……




脱力感に見舞われつつ、書類に目を落とす。




この世界にはデートから始まり、お付き合いに発展し、両家顔合わせがあって、プロポーズがあって……とか、な、な、無かったのね…………




書類の日付は雨の日からの様だ。

ジョゼフは真面目だから直ぐに行動に移したのだろう。




私、知らない間に逆プロポーズしてたのか…………








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




雨がひどく降った日。


スイは流石に仕事に行けとは言わず、思わぬところで二人の時間が流れた。


昼にはオムレツなる卵料理を出してくれ、付け合わせにサラダを用意してくれた。


そろそろ俺の仕事の内容も話さないといけない。家に毎日の様に居たらどうなるのだろう?

だが、毎朝作ってくれるサンドイッチと、手を握ってくれるあの儀式が無くなるのは寂しすぎる……



午後、上がらない雨にうんざりしながら、村長からの書類を記入する事にした。


量は少ないとはいえ、目を通さなければならない項目は多い。

伸びた前髪が目元を遮って、本当に鬱陶しい。

村の理髪師に頼まなければならないなぁと、思いつつ、スイの元を離れるのが嫌でこの2ヶ月理髪師の所に足を運んでいなかった。





「私で良ければ、髪を切りますよ?」



鈴を転がす様な声でスイが私の前に立った。





!!!!!



スイは矢張り私の気持ちに気付いていたのだ!!!




髪を切るということは、契りを結ぶということ。

スイは遂に俺を選んでくれた!!!


マナーブックにコッソリ折り目を付けた甲斐があったというものだ。


私で良ければ……など、なんと謙虚な……



俺は思わず緊張で声が震えた。


「そんな…………スイは…………スイは良いのか?!」



スイはあくまでも謙虚な姿勢で、



えぇ、良いですよ。と、微笑んだ。






婚約破棄された30歳の男に嫁いでも良いのだ……と、覚悟を決めてくれたのだ。




「……は上手くいったりするんです!私にドンと任せて下さい。悪い様には致しません!」



可憐で華奢なスイが、体の大きな俺を逆に励ましてくれるとは……



人生とは不思議だ。


だが、俺はその言葉に確実に後押しをされている。




失礼があってはなるまい……



簡略的ではあるが、この家に置いている1番上質なものに着替え、儀式を迎える事にした。





雨がしとしとと降るベランダに椅子を出し、2人だけの厳かな儀式が始まる。



雨が降ったことを鬱陶しいと思った朝だったが、こんな展開が起こるとは……

雨に良い思い出が無かったはずの俺が、この瞬間から雨を好きになった。


緑の生い茂る小道を眺めながら、準備を懸命にしてくれるスイを想い、静かな時を愉しむ。



ナイロンのケープが無いのは残念……と、スイも何かしら儀式に足りなかったものを惜しがっている様ではあった。

だが、俺は鋏を握る、白い手を眺め、感動に震えた…………




「ありがとう…………」





スイが断髪してくれた事実を噛み締め、次はスイの髪を切る。





椅子に腰掛ける彼女は愛らしく、目を閉じた時のまつげの長さにため息が溢れた。


前髪を切り終わると、感情が昂り、スイのぷるんとした唇に釘付けになった。

スイはまだ、目を閉じて静かにしている。






あぁ……スイも口付けを待っている。




俺は顔を近づけていった。









バチッ!!!









スイが目をぱっちり開いた。


2人の双眸が打つかる。





「お顔が近くて恥ずかしいですねっ!」



真っ赤に頬を染めながら初々しいスイは俯いてしまった。






…………口付けをやんわり断られた…………やはりここから先は騎士たるものキチンとした手順を踏まえて行かなくてはなるまい。





愛を告げる儀式も、不覚にも女のスイからさせてしまったのだ!流石にスイも欲望に負けた俺を戒めたのだろう。




俺はスイよりも歳上。これ以上彼女にリードさせてはなるまい。


婚姻に向け、どの様な手順を踏まえれば良いのか俺は策を巡らせた。

ジョゼフの勘違いさらに炸裂。そして残念過ぎるイケメンdo Tの過去が次回明らかに……

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