ジョゼフとミーティング
紺色の瞳が私を捉えていた…………
通風孔は掌位のサイズで、普段は全く気にもとめていなかったその場所。
本当に偶然だと思う。
アキレス腱は長く煮込まないと、柔らかくならないから、長い時間煮込むには午前中……
そのくらいの軽い気持ちだった。
振り返った瞬間、トイプードルのような、茶色の髪が見えたことでそれがジョゼフだと分かった。
悲鳴をあげてしまったが、ジョゼフだとわかれば、気持ちは徐々に落ち着いた。私は裏口から回り込み、そこに佇むジョゼフに声をかけた。
「あ、あの…………、何故こちらに?お仕事はどうなさったんですか?」
ジョゼフはうつむいたまま静かに私に答えた。
「俺は木こりじゃないんだ………………。」
私は頭の整理がつかず、かなり複雑な表情していたと思う。
彼の手を握り締めると、家の中へと連れて入った。
よく考えたら、私の家じゃないけど……
2人でテーブルを挟みお茶を入れる。
「よければ、どうしてあそこにいたのか、お話ししてもらえませんか?」
ジョゼフは思い詰めた表情をしていたが、重い口を開いた。
私はその話の内容に驚き、ジョゼフの喋りの遅さにカリカリしながら夜まで過ごした。
ジョゼフは騎士だった…………
そして、伯爵家のお坊ちゃまだったのだ。
木こりだと思った大斧は、大変素晴らしい武具で、私が気楽に触れるようなものでは無かった。
ジョゼフはその辺は頓着がなく、気安くペタペタしていた私に怒る事はなかった。
よく考えたら、不自然な点はたくさんあった。
異世界だからと、思っていたけれど、木こりの給料じゃ、この暮らしは無理に決まってる。
食材としてベーコンやハムは高級なものだし、たまに出てくるワインやお茶はどれも美味しかった。生肉を入れておく、氷の蔵は普通は家が一軒立つほどの高価なものなのだそう。
初めに見た時、『こちらにもレーゾーコあるんですね!』とヘラヘラしていた自分の頭を殴りたい。
はっ!でも家が普通にログハウスっぽいから、勘違いしても仕方ないんじゃ???
与えてもらった洋服は、素材の良い品物ばかりだし、下着もレースがふんだんに使われていた。いつも値段が気になっていたけれど、ジョゼフが、大したことはない……と言ってくれる言葉を、鵜呑みにしていた。
後で聞いたのだが、金貨小袋ごと仕立て屋に渡していたそうだ。
そして、1番の問題は、私が勝手に彼を仕事に出発させていたことだ。
今までジョゼフは毎日家で過ごしており、湖畔周りを散歩するのが日課で、後は書類業務だったと言う。
家で過ごしていた彼を、無理やり外へ誘導していたのだ。
しかも毎朝……。
やること無いジョゼフは私に危険が無いか、心配で、外から時折観察していたらしい。
早く言ってよ…………
…………勘違いしすぎてる自分が恥ずかしい…………
そして、何もかも見られていたと言う、この羞恥…………
どこに当り散らせば良いのやら……
そして、驚いたことが、森と、家と、村の距離だ。
森はざっくりだけど楕円の形らしく、湖畔の家はその真ん中。
真っ直ぐ突き抜ければ、馬に乗り早足で1時間かからないところに村があるらしい。
普段森を2人で散歩する時は、楕円の距離がある方向へ向かっていたので、私は勝手に深い森に住んでいるのだと勘違いしていた。
馬で2時間掛かるのでは???と、問い詰めると、
「貴女の様な美しい娘を、荒くれた村人の目に晒すのは危ないと思ったのだ…………。スイは活動的だから、歩いて村まで行けると分かれば出て行ってしまうかもしれないと…………」
と、私を心配してのことだった。
過保護過ぎる。
活動的っていうのは、マクモスを触ろうとしたから?
それとも森を6時間散歩したから?
それとも、箒で、ジャイ○ンリサイタルしてたの見てたから?
天井にネズミが出たと思い込んで、登ってたから?
馬で走って2時間かけてまでは買い物に行きたいとは思わないけれど、歩いて2時間で村につくなら、行動範囲広げたかったよ……と、ガクリと、肩を落とした。マクモスでさえ、往復してるんだから、私が出来ないはずは無かったのだ……よく考えてみれば分かりそうなものだけど。
この3ヶ月で何故思い至らなかったのだろう……
ジョゼフは誰かとデートではなかった。
お弁当を持って毎日私の観察をしていたのだ……
どおりで斧を家に置いていくはずである。
木なんか切らないんだから。
話はゆっくりゆっくり進み、私も初めて沢山の質問をした。
途中でサンドイッチを食べたが、話は尽きず、お腹は空くので、夕飯は非常食の豆の煮付けを氷室から出し、目玉焼きだけ焼いて食べた。
ジョゼフに騙された様な苛立ちもあったけれど、私は彼から好かれているのだろう……と、気持ちを確認することが出来た。
気持ちに折り合わない時
『ストーカーかっ?!』と、ツイツイ口から言葉が溢れてしまったが、それは許してほしい。
明るい紺色の瞳から、ポロリと涙が溢れて、通った鼻筋を濡らした時、私はそっと、手で拭った。
ジョゼフは優しい人なのだ。
そして、私のことをこんなに思ってくれている人は他には居ない…………
異世界で1人としか会ってないけれど、彼の純粋さは久々と伝わっている。
「もう…………怒っていませんよ。」
そう言うと、ジョゼフは真っ直ぐ私を見つめた。
「こんな、不審な女を手元に置いて、世話を焼いてくれるなんて、貴方は優しすぎます。」
ジョゼフは頬の上に置かれている私の手をそっと包み込み、
「スイ…………貴女が好きだ」
と、告白してくれた。
私も話を聞いていると色々気持ちは昂ぶることはあったけれど、やはり彼のことは好き。
私だって部屋中ストーキング的に荒らし回っていたけれどバレていないみたいだし。
「私もジョゼフが好き。ひと月前くらいから自分の気持ちに気付いたの。」と、微笑んだ。
ジョゼフはホッとした顔をして、私の両手を握りしめた。
そして、私の椅子の前に跪く。
「私と結婚してくれないか……
と言うか、既に婚姻の手続きは済ませてしまったのだけど……」
は???何ですって???
私は、生まれて初めて貴族のようにフワリと気絶して見せた。
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不覚にも、ついに私の姿を見られてしまった。
慌てて、逃げてしまおうかとも思ったが、私の計画も最後の段階に入っている。
スイと話し合うべきだろう、そう覚悟を決めた。
いつものように、懸垂する形で通風口に顔を突っ込んだままでは、さすがに恥ずかしいので、頭の埃を払い、洋服を正した。
スイは裏側から俺に近づくと、驚いたような顔をしていたが、優しく手を引いて家の中へと導いた。
覚悟は決めていたが、彼女の顔見ることができず、うつむいたままだった。
初めに一言だけ告げて、木こりではないと言う誤解を、やっと解くことができた。
彼女は、異世界から来ているため、先の大戦を知らない。
口下手な俺ではあるが、話はそこから始めた。
彼女に渡していた金鶏騎士団の話を元に、自分が団長であったと話すと、かなり驚かれた。
『大変なご活躍をされたんですね。』と感心したように頷くスイを愛おしくて、抱きしめそうになったが、
『で、それで??』と、
何度も話の催促をされるので、中々距離を縮めることは叶わなかった。
実はあの本のラストは
団長は幼馴染と結婚し、領地を平和に治る……と、なっているのだが、実は違う。
『そうですね。そのラストだと、ジョゼフはここに居るはず無いですよね?』
作家には首都で、帰ったら結婚するのだと伝えた為にこの様な本に仕上がったのだが、戦地から戻れば、俺の居場所はなかったのだと説明した。
幼馴染のリゼルは、兄と両思いであり、俺が首都から戻ると、お腹には既に子供がいた。
婚姻はまだだったのだが、既に認めざるを得ない状態で……
と、言うとスイはカップをひっくり返し
『酷いっ!?そんな裏切りを許したのですか?!』と、俺の為に涙を零した。
スイの住んでいる世界と違い、伯爵の次男なぞ、軽視されるんだよ。と、苦笑いをすれば、
『自分のことなのに、優しすぎるでしょ!』と怒っていた。
怒り狂うスイに不謹慎にも喜びを感じる。
俺の事なのに、涙を零し、怒りに震えるスイが俺は益々愛おしく感じた。
サルバド連合国は戦争での評価が高い者たちを評議にかけ、褒章をとらせた。
爵位であったり、空きのある領地であったりと色々選ばせて貰えた。
俺は、兄からリゼルを取り戻す気力も無かった為、爵位は断り、国庫預かりの金貨となるべく実家の領地から遠い、この湖畔の森周辺と村を貰った。
もし、リゼルが身籠っていなければ、爵位を貰い、再度求婚するという道もあったかもしれない。
しかし、実家も認めた仲なのだ。どう見ても、俺が横槍を入れている様にしかならないだろう?
と、肩を竦めた。
スイはやはり悔しそうに、顔を歪めた。
領地の仕事は、敷地も広くは無い為すぐに終わる。3日ほど村に顔を出して、村長たちと書類を交わせば俺の仕事は終わりだ。
元々、引き継ぎをしただけの領地だったので下地はあったのだ。
しかし、やはり夜は寂しくて食堂で飯を食っていた……と話すと、
『1人ご飯て1番美味しく無いんですよね……』としみじみ言う。
スイも親が遠方であった為、高校から「ヒトリグラシ」を強いられていたらしい。
近くにコンビニという豪商が店を構えていたらしく、何でも揃えることは可能だったそうだ。
この国では、肉は肉屋。魚は魚屋。野菜は農家と、相場が決まっているのに、コンビニなる店は全て取り揃えていたらしい。
スイはよくここを利用し、食事も買っていたという。
しかも驚いたことに、侍女も付けず一人で全て切り盛りしていたそうだ。
親や、教師が生活を取り仕切る士官学校よりも過酷だと驚いた。
因みに木こりだとスイに言われた大斧は、カルナトの物なのだと、説明すると、とても恐縮されてしまった。
竃の薪を手で折るのが難しい時、どうもゴチゴチぶつけて折っていたそうだ。
見えない角度だったのだが、あの不可解な音はそれだったのかと、納得した。
スイが作ってくれるサンドイッチが嬉しくて、誤解を解くことが遅れた……と詫びれば、家にいたらもっと暖かい食事を出せたのに……と、ため息もつかれた。
そして、通風孔はスイが来て2週間目に、窓からの角度に限界を感じ、夜中に自ら掘ったと言うと
『ストーカー?!』
と、誰かの名前を呼んだ。
ストーカー氏とは誰だ?と、聞けば
『ジョゼフのことですよ……』と気まずい視線を向ける。
スイの歌に聞き惚れていた……と言えば、林檎の様に赤く染まり
「あんあんあん、とっても大好き、ど○○○○。」と覚えた歌詞を教えると、
『羞恥で死ねる!!!』と、叫び出したので非常に驚いた。
もしかして、ど○○○○という男を好いていて、歌の内容は事実なのか?と、訝しんだが、真っ向から否定された。
それにしても、あんあんあん、などと喘ぎ声……の様な歌……俺は心地よく聞いていたが自分以外が聞くことはならんなぁ……と、改めて思った。
積もり積もった話もやがて終わり、俺は恥ずかしくもスイに許されたことに涙した。
そして、求婚を行った。
冷静に考えると、リゼルには俺は求婚はしていなかった。
母たちから、縁を結んだと聞かされ、黙って受け入れた。
幼馴染だから情はあるが、スイに向けるような愛はなかったのだな……と、改めて気持ちに気づく。
スイの口から『好きです』
と、言われれば、どんな国からの褒めの言葉も敵わぬほどの歓喜に震えた。
俺の人生は捨てたものでは無かった!と、喜びながら、スイに伝える。
「既に婚姻の手続きは済ませてしまったのだけど……
そう!煩わしい色々は事前に終わっているんだ!」
何故かスイの体が椅子から転げ落ちた。
だんだんジョゼフの変態ぶりが、露呈して来て怖いです。