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緑の指を持つ私と  作者: 美輪
3/18

静かな湖畔は本当は

毎朝、私はジョゼフのためにサンドイッチを作る。

たいした内容では無いのに、ジョゼフはとても喜んで、お礼の言葉を述べてくれる。

口数は少ないが、顔立ちの美しい、ワイルドな男に、二次元ばかり愛していた私もすっかり舞い上がってしまう。

この世界にいつまでいるかわからないけれど、この習慣は続けたい。と、密かに誓った。



きこりのジョセフはきっと体力もたくさん使うのであろう。サンドイッチくらいでお腹は満足するのだろうか?と、思いながらも、大きなハムを挟んで、ボリュームをつけたお弁当持たせる。

鳥が騒めく時間になると、馬に跨り森に向かい、日が傾いて周りをオレンジに染める時間になればジョゼフは、魚か肉を抱えて戻ってきた。

きっと、木を切ったりする間に罠を仕掛けたりして得た獣なのだと推測する。



一度大きなイノシシ程の獣を担いで帰ってきたが、私は勿論捌ききれず、ジョゼフが1人で黙々と片付けていった。


最後にはベーコンまで作っていた。



何でもできる、ワイルドジョゼフに、私はすっかり感心しまう。







ジョゼフは、私のためにいろんなものを用意してくれた。




まず、私を見つけた翌日。女物の洋服を、どこからか調達してきてくれた。


エレベーターから落下した時、日本は秋口だったが、異世界は初夏。


洋服も長袖では軽く汗を掻くような気温だ。


ジョゼフがプレゼントしてくれた洋服は生地のしっかりした木綿のノースリーブのワンピースで、襟にはレースとビーズがあしらわれていた。

家で洗濯のできるその素材のものが気に入ったと告げると、翌日にはまたデザイン違いの物が届けられた。

次に届けられたドレスが、ラベンダー色の素敵なものであったので、可愛い!と喜ぶと、2、3日で、また違うドレスが届けられた。

ひと月程でドレスが7枚に増えた時、流石に申し訳なくなり、季節が変わった時にまたお願いしたいと丁重に断った。


そして、言いにくいなぁ……と、思いつつ、パンツのおねだりに悩んだ2日目に、下着を一式渡してくれた。

それも凝ったレースの意匠で、何故かサイズもあっている。

もしかして自分で買ったのかしら?



と、いろんな意味で赤面したが、必要なものなので黙って受け取った。



買い物をするのはどこでしているのだろうか?と、不思議に思い訊ねると、馬で2時間走れば村に着く……と、説明された。


乗馬をしたことの無い私は、すぐに買い物は諦めてしまった。





馬は北海道で昔見た、道産子の様な立派な体格で、美しかった。ジョゼフは二頭の白馬を厩で飼っている。

だが、自分で馬に乗れるとは到底思えないほど馬の体は大きい。

所詮、文系オタク女子の私には乗馬はハードルが高い。


190センチもありそうなジョゼフは大した苦労もせずに背に跨るが、160センチの身長の、私には踏み台を作ってもらうところから始めなくてはならないだろう。




異世界の動物はまだあまり遭遇していないが、殆ど前の世界と変わらないと思われる。

話を聞いたり、本で読む限り、名称が同じものもあれば、全く違う生き物もいた。



例えば牛。



この世界には牛は居ない。



居るのはマクモスという、羊を大きくした様な家畜だ。角も大きく真っ白で硬い。

死ぬまでその角は外れないが、硬い材質のそれは熱を加えると加工がしやすくなり、日本でいうところの象牙の様な使い方をしているらしい。



2日目に牛乳を飲ませてもらったと思ったが、これはマクモスの乳だと教えられた。




マクモスは森を抜けた村の中で沢山飼われているらしく、村の主な収入源だったのだ。


たまに湖畔にマクモスの群れが来ているが、羊飼いならぬ、マクモス飼いは居ない。

集団で動いて、湖の周りの草を食み、夕方にはキチンと村に戻るそうだ。



マクモス偉すぎる。




従来の動物好きな性分が顔を出して、餌付けの衝動に駆られたが、下手なものを食べさせて、乳が出なくなると、村人たちが困ると、やんわり諭された。



マクモスは乳と角は勿論、豊かな毛も利用できる。

この世界は寒暖差が激しく、乾燥気味。

マクモスの毛を寒くなる前に刈り取り、ダウンの様なコートをみんな作るのだそうだ。



余すところなく利用できる素晴らしい動物は、この国に無くてはならない。


ジョゼフもマクモス放牧すれば、毎日仕事に行かなくても良いのに……と、ふと思ったが、木こりも立派な仕事。



体格の良いジョゼフにはとてもあっている様に思った。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










湖畔の森を1時間馬で走るとすぐに村がある。





スイが来るまで俺は毎日、夕食は村の食堂で食べていた。

騎士団に所属していた俺は、料理も簡単なものなら出来るし、身の回りのことも最低限行えるが、食事を1人で取り続けるのはやはり寂しかった。



狭い領地の管理は簡単で月のうち3度打ち合わせをすれば問題は無く、家で書類を書き込めば用は足りてしまった。



マクモス畜産で潤っている村は、他の村に比べてかなり豊かだ。すでに町と認識される大きさになってきているようにも思う。


また、この地には温泉が湧き出ているため温泉客も多い。

私が連合国からこの領地を、与えられた時は温泉はなかったが、愛馬の治療に使いたいと、ボーリングを、行った。

地脈を見誤ることなく掘り下げ、温泉の脈を見つけた時は素直に喜んだ。


予想以上の産湯量で驚いたが、愛馬の治療後は村人たちに出資して、小さな温泉宿を作らせた。


何の気なしに始めたことではあるが、温泉による雇用も侮れず、村人たちに信頼も得られた。



この5年で、徐々に噂は広まり、今では貴族の様なものたちも訪れる様になったと言う。




5年前までは素朴な商店だった村の店先も、今ではかなり華やかな商品を扱う店構えに変化していた。


静かな畜産の村が華美になることを何とも言えない気持ちで傍観していたが、スイの洋服を見繕う日には、これらの店も役に立った!と、喜んだ。


スイは身ひとつで、倒れていた為、服も下着も身の回りのものも、換えは持っていない。

湖に浸かっていた、異国風のワンピースと下着は夜のうちに洗っておいたが、俺のシャツ一枚でウロウロさせていては可哀想だ。

翌日、すぐに用意してやろうと、俺は村へ向かった。




村の民たちに簡単な挨拶をしながら、馬を繋ぎ、仕立て屋に向かう。

どうしても赴かなくてはならない社交の場に行く際はいつもここで注文を頼む。

店主は、首都の優秀なテーラーだったが、地元に戻り、こちらに店を構え、もう7年らしい。

縫製は丁寧で、小物も上品に纏めているので、全て任せている。

流行に疎く、丁寧な仕事を好む俺には心地の良い店だ。

口の重たい俺に対して、思慮深く対応してくれるので非常にありがたい。


奥方は俺と年も近い様だが、店主に比べ、膨よかで朗らかだ。


女物の服を頼むと、嬉しそうにサイズはどれくらいかと聞いてきた。


スイは妖精の様な体型ではあるものの、胸はまぁまぁある様だった。


仕立て屋の12歳の娘が近い体型をしていた為、店主にそれを告げた。

「だが、胸は奥方と同じくらいだと思われる……」と、告げると、仕立て屋の奥方は大きな体を揺らして笑い、12の娘は不機嫌になった。



初日は奥方が自分の娘のために誂えていたものをサイズを直し、先ずはコレを試してくれ……と言ってくれた。

俺はそのまま持ち帰って、スイに渡した。




スイは非常に喜び、すぐに着替えて見せてくれた。

村人が普段着る服を少し上等にしたワンピースは、スイの黒髪によく似合い、レースは上品なスイを美しく飾った。



女に物を贈るとはこんな喜びがあるのか……と、夜中に1人悶えた。




俺は朝、スイが眼を覚ます前にまた馬に跨り、仕立て屋に向かった。






店主は驚いた顔をしたが、奥方は分かっていたかの様にカラカラと笑い、まだ、開けていない店の奥に通してくれた。

そして、サイズをほぼ直しているというラベンダーと空色のワンピースを見せてきた。

俺は肌の美しさを思い出しながら、ラベンダーの物を選ぶ。

すると、奥方は店主を下がらせ下着のコーナーに俺を連れていった。



「お若いお嬢さまが下着が無いのはお困りでしょう?ジョゼフ様に言うのも恥ずかしいでしょうから、先に贈って差し上げたら宜しいと思いますよ。」



本当に出来た奥方だ。

痒いところに手の届く配慮に礼を述べ、洋服のサイズから割り出したサイズを彼女は見せてきた。




その意匠の物は村の娘たちが使うものではなく、明らかに貴族達が使用する上質なものばかり。




俺は清純そうなスイを思いながら、純白の物を数点手に取った。

奥方は、良い趣味だと褒め称え、マネキン人形にそれらを着せて見せてくれる。




危うく鼻血が出るところであった。



肌の白いスイがそれらを身に付けているのを想像しただけで免疫の無い俺は小童のように狼狽えた。




滾る何かを奥方に悟られぬ様、選んだものを全て包んで貰うよう頼むと、金貨の袋を店主に渡した。



「これからも、すまないが頼むことが増えるかもしれぬ。」


穏やかな店主は、心得たとばかりに微笑んだ。










スイは奥ゆかしい。


ドレス数着と下着を贈った後で、もう十分だと微笑んだ。

まだ、必要なのでは?と聞くと

「こちらは冬になると寒いとお聞きしたので、冬を過ごす服をお願い致します。図々しくてすみません。」と赤くなった。




スイは冬も一緒に俺と過ごしたい………………




と、遠回しに伝えてきたのだと胸が熱くなった。




ひと月しか共に過ごしていないが、スイもこの生活を気に入ってくれていると受け取っても良いだろう。

いや、生活では無く、俺を?!





勘違いではいけないので、俺は慎重に事を進める決意をした。




スイはニホンから遠く離れ、心細さから俺に頼っているだけかもしれない。


でも、スイに好かれたい。


いや、愛されたい…………







こんな感情は初めてだ。





幼馴染と婚約を決めた時だって、こんなに胸は熱くならなかった。




私は森を抜けた側の役所に顔を出し、村民たちに森には今後なるべく近づかないよう御触れを出してもらった。

湖畔の森は俺の私有地でもあるが元々自由な行き来を許していたのだ。

村長は理由を深くは追求しなかったが、マクモスが草を食べる許可さえ貰えれば問題は無いと頷いた。


俺は自分の周囲の危険を今は防ぎたい……と暗殺者の気配を感じた作り話()()()をした。自ら調査を行いたいと告げれば、サルバドの大斧を守りたいと村人たちは御触れを浸透させることを約束してくれた。





因みにスイに他の男を見せたくなかった……というのが本音だ。



この村の男たちは、貴族と違い、スイの美しさに惚れて仕舞えばすぐに結婚を、申し込むかもしれない。

身軽で枷の無い若い男が相手では、30過ぎの結婚しそびれた俺など、霞んでしまうだろう。




もっと、揺るぎない気持ちの確認が行えれば、俺も安心して村に連れて来れる日が来るだろう……











湖畔でスイを運んで程なく、スイには俺のことを書いた本を最初に渡している。

スイは騎士団の活躍するあの話は面白いと、未だに読み返してくれているようだ。



金鶏騎士団を、率いていたのは勿論俺で、多くのエピソードが、事実より盛られた内容で描かれている。

本を書いたと作家に持ち込まれた時は、恥ずかしい!と、驚いたが、スイから褒められるとこそばゆく、自然と笑みが溢れる。




スイが

「キンチョーの夏、ニホンの夏!ってあるんです!異世界でこんな言葉に触れると懐かしいし、笑える!」と、声を立てて笑っていた。




スイの笑顔は本当に癒される。

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