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緑の指を持つ私と  作者: 美輪
2/18

静かな湖畔の森の陰から

湖畔の家の朝は遅い。

ジョゼフは早くに起きているが、フレックスタイム制度の抜けない私は、朝ごはんが出来上がった頃を見計らって起きている。





別名、腹時計とも言う。




前の晩に私が仕込んだロールパンを、竃で焼き上げ、氷室から取り出した薄いハムを添える。

白い皿に、果物を2種類盛ると、ジョゼフが私を起こしに来る。



「おはようスイ。もう起きれる?」


カーテンを開けて、陽射しを部屋に取り込んだあと、優しく肩をゆすり、ジョゼフは体躯に似合わない柔らかな声を出す。




私は目を閉じたまま、優しく答える。



「おはようジョゼフ。もぅ起きていたわ。」







大概嘘である。



私は昔から夜型人間で、何をするにも夜。

深夜テレビに、目を爛々と光らせてるいるタイプだ。

大好きな漫画やアニメも、夜中スタートの朝までコースが大好物。


朝日と共に起きて、日暮れと共に眠る……



健康的な生活をこれから送るのね……



異世界に着地した事を理解した3日目にふとそう思ったが、高校生から続けた腐女子生活は全く抜けず、結果ジョゼフに朝は頼りきりで過ごしている。






LED電球が無いこの世界じゃ夜は退屈で、寝るしか無い……と諦めていたが、ジョゼフは立派なランタンを所持しており、私の寝室へ置いてくれた。



「本は読めるか?」



3日経った夕食の後、ジョゼフは初めて立派な背表紙の本を二冊持って来た。


1日目は不思議な形の世界地図。


2日目はやっと自己紹介。


3日目に、初めてこの地の文字に触れることとなった。


異世界で、口語での言葉の壁は無いと分かったものの、文字に関してはまだ分からない時だった。


「見ても良い?」


本を開くと、そこには見慣れた文字が目に飛び込んだ。







あぁ……




言葉も文字も理解出来るのだ。




神さまありがとう……




いや、







神さまがいたら、そもそも私をこんな苦行に合わせないのでは?




と、考えは横路に逸れながら本を読み進める。





斜め読みした、数ページで本の内容はどうやら騎士の話のようだと分かった。



「ジョゼフ、私この言葉理解出来るわ。騎士団のお話ね。」




ジョゼフはくしゃりと笑顔を見せ、頷いた。




「5年前の戦争の実話を元に書かれたものだ。

女の人が好きそうな、恋愛ものとか有れば良いんだが、生憎持っていないんだ。」


申し訳なさそうに、私と目を合わせずジョゼフは話す。


「嬉しい。この本読ませてもらっても良い?」




ジョゼフは黙って頷き、ランタンを私の部屋へ置いてくれた。

私は、この世界の色々を理解するべく、その日から夜は読書に勤しむようになった。


ジョゼフは木こりなのに、納屋に大量の本を持っていた。


内容は、この大陸のいろんなジャンルに富んでおり、戦争はもちろん、医療、農業、税金、自国、隣国の話。王族、皇族の系譜を表したものから、マナーブックまで所持していた。





残念ながら、未だエロ本は未発掘。

ジョゼフも未婚の健康的な30歳。(勝手な年齢予想)きっと若い女の私が、目につくところには置いていないに違いない。

最近、大人しく、優しいジョゼフを見守る実姉のような気分、いや母親の私は、何気に構いたくなってきて、良からぬ妄想に走っている。




口数は少ないけれど、少しずつ笑顔も見られるようになったし、かなり心を許してもらっている気がするし。



この調子なら、いずれ見つける日が来るかも……と中学生の成長を見守る母親のように1人にやけた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






俺の朝は早い。



日が昇ると自然に目がさめるのだ。




騎士団に所属していた時から、部下たちよりも早くに剣を振るいウォーミングアップを行ったものだ。




この辺境の森に身を置くようになって5年経つが、この日の朝も、俺は大剣を握り、一汗掻くつもりで湖畔に降りた。








女が死んでいる?!








湖に異国の衣装を纏った、漆黒の髪の女が倒れていた。



こんなところにどうして?

そう思い近づくと、女の体が小さく震え、肩で大きく息をした。




溺れた?



一人で?



異国の貴族の娘か?



色々思い悩みながら、体温の下がった女を担ぎ自宅の寝室へと運んだ。



濡れた服をそのままに出来ない……








思い悩んだ末、俺は手拭いを己の目の上に巻きつけ、女の服を全て脱がした。


下着も幸い……いや、残念ながらびしょ濡れで……



手探りで脱がす。



自分の



ハァハァという息遣いが女の目を覚まさせるのでは?と、緊張しながら、自分の木綿のシャツを女に被せた。





程なくして女は目を覚ました。


俺の顔を見て、一瞬怯えた表情を浮かべたが、自分の名前を「スイと、申します」と名乗り、丁寧に助けた礼を伝えてくれた。


ここが、ニホンという村ではないと告げると落胆し大粒の涙を流した。



どうやらスイの住んでいたニホンはここから1人で戻るのは不可能なほど遠い村?国???らしい。









スイは黒髪を腰まで伸ばした、美しい女だった。

サルバド連合国は複数の民族が融合したものではあるが、黒髪の女は未だ見たことがない。


どの女も男たちも、髪や目は淡い色が多く、薄茶や金髪。

銀髪に、碧や緑の目のものが普通だ。


血が濃くなる貴族達の中には俺のように濃茶の髪のものも生まれるが、目の色まで深い色合いのものには未だに会ったことは無い。


厳しい気候の変化に耐えうるべく、肌は皆硬く、体毛も濃い。

女たちは化粧する為に刃物で肌を剃るが、触れるとやはり硬い。そしてザラついていた。





スイの年は24歳。


平民の様だが、学位取得をしている。

瞳は深い茶色で、黒く映るほどだ。

肌はマクモスの角より滑らか。そしてマクモスの乳よりも白かった。

貴族の白粉で化粧を施しているわけでもないのに、全てがきめ細やかに見えた。


体にもシミひとつなく、初めて着替えをした日、柔らかな感触が指に伝わり、何度目隠しを外そうとしたことか。




勿論、騎士たる者そんな無粋なことはしなかったが。







驚くことに、スイは召使い達が行うような料理も掃除も行え、尚且つ、本を読むことも出来た。

スイの国では、婦女子の嗜みで当たり前だと聞く。

識字率が未だ平民は一割のサルバド連合国としては、かなり珍しい。

豪商の娘なのか?



ひと月も経つと、スイは自分の話を色々としてくれる。


ショウシャ勤めの父親は、チューゴク人の母親を連れて、外国に居る。

何も聞いたことのない国名ではあった。



自分の趣味は、アニメという春画らしく、女子としてそれは如何なものか……と?俺が戸惑うのも憚らず、多くの物語の粗筋を話してくれた。



あにめ……とは、活字の本とはまた、全く違うモノらしい。




婚姻はしていないのか?と、訊ねると、顔を赤くして、

「エヴァンゲリオ○の○○○様と、鋼の○禁術○に、気持ちは全て捧げてましたから……」と、

遠くを見つめた。




どうやら思い人は居たらしいが、年齢もかなり上で、身分に差があったのか、上手く縁談は結べなかった様子である。




この様な美しい女であっても、思いを遂げられないとは、ニホンとは一体どのような国なのか……と、驚きが隠せなかった。






2週間も過ぎると、スイは俺の身の回りの細々としたことを行うようになった。


俺に教えを請うと、竃に自ら火を入れ、鍋に具材を入れて、料理を行う。

マイという粉を見せると、

「あー!小麦じゃない!」と、嬉しそうに笑い、パンなるものを焼くようになった。


クッ○パッドなる講師にいつも享受されていた内容らしく、どれも料理は美味であった。

他国の料理にも精通する、クッ○パッド師は、かなりの地位に居た者では無いかと、俺は密かに推測した。

そして、それに教えて貰えた立場のスイは一体何者なのだろうか……と、また、思い悩んだ。






俺は騎士団での功績により、かなりの額を国から与えられている。

湖畔の森に住まう理由も、暗殺者から身を守るためと、伯爵家に迷惑をかけないためだった。



しかしながら1番の理由は、兄と婚約者の姿を見たくなかった…………


これに尽きる。






スイに家の周りを案内する時、寝室の角に置いてあるカルナトの大斧を見られた。




多くの血を含んでしまったその大斧は、人生を狂わせてはいるものの俺の大切な相棒である。




「まあ!大きな斧ですね。ジョセフさんがいつも使うのですか?」

と、優しい手つきでそれを撫でた。

その所作は本当に優しく、何とも言えない、穏やかな気持ちになった。


「俺の20歳からの相棒だ」




と、だけ答えると、スイは深く頷き、




「ジョセフさんは林業に従事なさっているのね!」と1人納得していた。




林業…………





その時は生き死にに関わっていたとハッキリ伝えられる気持ちにはなれず、口下手な俺は何と言って良いかわからないまま、無言で頷いた。





スイは毎朝、大きなサンドウォッチを俺に持たせて見送ってくれる。




気をつけてくださいね。と、優しく手を包みながらお弁当を持たせてくれる。

ドアの前から手を振り、笑顔で見送るのだ。





しかし、行く当てのない俺は、湖畔の方に足を進めた後は、素早く裏側から家に戻っていく。

土壁の家をあらゆる角度から覗き込み、スイが何をしているのか眺めていた。

毎日。



毎日。



毎日。




それは飽きることなく続けられた。




俺の湖畔の森でのグレーな日常は、色鮮やかになった。






スイが掃除の時に口ずさんでくれる異国の歌を聴くと、心が驚くほど癒され、首都でも食したことが無いような、美味な食事。




5年前、伯爵家を静かに後にした俺は、人と関わることを辞めていたが、スイのお陰で充実した毎日に変化した。






スイが、夜になると時折泣いているのは知っていた。

親や友人たちとのことを思い出すのであろう。




だが、俺はスイをもう手放せないほど執着し始めていた。





あの笑顔、癒しの歌。


美味な料理。






戦さでささくれ、婚約者と兄からの裏切りで、傷を深めた心に、スイは余りにも甘美。

存在そのものが、甘やかで今までどうやって生きていたのかも不思議に思えた。

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