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緑の指を持つ私と  作者: 美輪
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異世界に来てから、未だ村人1人としか遭遇してません


私がこの世界に来てからもう、3ヶ月は過ぎただろうか。

何しろ、この家にはカレンダーらしきものも無ければ、時計もない。ひと月などの単位があるかもわからないまま今日を迎えている。


湖畔のそばの、簡素な土壁の家での生活にもすっかり馴染んできた。

レンガと粘土状の土を、幾重に重ねた赤い外壁のその丈夫な家は、口数の少ないジョゼフのもの。


湖に半身を浸けたまま倒れていた私を運び、身元も分からない不審な女を文句も言わず世話してくれた。



木こりのジョゼフは、本当に、口が重い上に大人しい。

茶色の髪は、実家のトイプードルのようにクセがありクルクル巻いている。

焼けた肌は健康そうで、濃紺の瞳。

木を切って過ごしているだけあって、本当に逞しい背中に、私の太ももはあろうかという二の腕。



目が覚めて、初めて私の顔を覗き込んでいるジョゼフを見た時は思わず喉の奥が、ヒュッと鳴った。






ジョゼフの家は簡素で、ログハウスを少し上等にしたような感じだった。

体を起こし、ゆっくり見渡せば、土壁に見たこともない獣の頭が、掛けてある。

祖父宅の応接間に置いてあるような鹿の壁掛けのようにそれは掛けてあった。



その壁にいる獣は不気味で私が持っていた図鑑でも、見たことのない姿をしていた。

毛の色は血のように赤く、目の部分には真っ黒のガラスが誂えてあり、こちらを覗き込んでいる。


ウサギのような顔をしているが、耳の長さは半分くらい。水牛のような角が二本ニョキリと生えている。



私は二の腕を抱きしめ身震いした。



ベッドの側の窓からは、見たこともない木が枝を這わせている。花は咲いていないが、緑、黄色、赤……と色取り取りの葉が白い幹からまばらに生えて小道に続いていた。

美しい景色ではあるが日本のどこかとは思えない。

しかし、そんな遠くに来る訳は無いか?と、一生懸命話しかけたが、ジョゼフは困った顔を、するばかり。

そして分かったのは、やはりここは異世界。

日本地図は勿論なく、世界地図も、私の知ってる地図からは程遠かった。


ジョゼフという名前も、やっと聞き出せたのは、2日経過した夕方。

元の世界に帰りたいと泣く私に、思うような言葉も、慰めも、返事も貰えなかった。

しかしながら、無骨なジョゼフは本当に優しく、ガスコンロしか知らない私に、火の起こし方から、お風呂の入り方。

この世界のルールなど、ゆっくり。

本当に、穏やかに教えてくれた。




近隣の村から離れていたことも幸いして、私はこの世界にコッソリと、少しずつ馴染みつつある。


帰る何かの手立てを夜になると思い悩んではしまうけれど、ジョゼフとの穏やかな日々は私を優しく癒してくれた。


暖炉と竃は、同じ扱いで部屋の中に小さな台所があるような感じ。

煙突から伸びた金具に引っ掛けた鍋は、竃の上でグツグツと音を立てている。昨日手に入れた野菜とベーコンのスープはもう、食べごろになったようだ。



薄暗くなった裏庭にジョゼフを呼びに行きながら、夕焼けを眺めていると、もう何年も自分が夕方に空を見上げていなかったことを思い出した。





――――――――――――――――――――



九州が拠点の貿易会社はフレックスタイム制度で、私にはとてもいい職場だった。

中国人の母を持ち、高校から大学にかけて在籍中三回の留学で、英語、中国語をマスターした私は社内のアジア圏の友達も多く、イギリス人の美人の先輩からは可愛がられていた。



その日の粗方の仕事を終えて私はふぅっ、と、誰にも聞こえない一息をついた。

混雑する時間を避けて帰るには、京坂線の急行が1番だ!と、システム手帳とポーチを抱えトートバッグに詰め込む。


係長に、急いでいることを悟られないよう、雑談を交えた挨拶を済ませて、エレベーターへと急ぐ。

ホールには同期のマナが先にエレベーターを待っていた。

パソコンを片手に軽く左手をあげ、微笑んだ。そして、まだ帰れそうに無いとボヤきながら、私の姿を 上から下まで舐めるように視線を這わせる。

『オシャレしてる?!どこ行くの???』と、ニヤニヤしているマナにオタクイベントのオフ会とは言えず、『昔の友達とご飯に行くのよ。』と言えば、怪しいなぁ〜と、揶揄われた。


広いエレベーターには2人だけで、気兼ねなく喋る。それぞれの階を押し、金曜のエリア統括の飲み会には隣同士で座りたいね、と小さな打ち合わせをした。

12階で降りたマナを見送り、小さく手を振って別れた。


じゃあね!と、手を振った瞬間、閉じたドアの外からゴォッと音がした。




エレベーターは有り得ない速度で降下し……



それは、例えるなら遊園地の直下型遊具のように真下に向かって、凄い勢いで……


恐らく



下に



下に




下に…………








私は叫ぶことも出来ず、胃の持ち上がるような嘔吐感に耐えた。




しかし、終わらない落下の感覚と、背中に走る寒気に耐えられず、サイドのバーにしがみついてそのまま意識を飛ばした。









―――――――――――――――――







俺は今から5年前のリスケ王国との大戦で、「サルバドの大斧」という二つ名を残して、騎士団を辞した。



大戦で名を馳せるたび、階級は一つ飛ばしに上がりその地位は揺るがないものとなった。

その状況はサルバド連合国伯爵家の父たちを十分満足させた。


剣、槍、弓など武具は、どれも他の騎士に比べ上手く扱えたが、連合国のひとつ、モリスバッグの鍛冶屋で献上された大斧は、俺の右手にあっという間に馴染んだ。

剣よりも遠くへと振り下ろすことが出来、槍よりも操作性が良い。そしてどの武器よりも破壊力を得ることが出来た。



「ジョゼフ様の大斧はカルナトの鉄で出来ているようですな。」

サルバドに戻って鍛冶屋で大斧の手入れを頼むと、年配の鍛治職人は感慨深い様子で、無償でそれを扱った。


一生かかっても目にできなかったかもしれないという、北の小人達が練成するその鉄を扱うことは職人冥利に尽きると、何度も礼を言われた。



しかしながら、この大斧の所為で俺は戦火の中心から逃れることは不可能となり、やがてリスケ王国の暗殺者達から永遠に追われることとなった。


戦況は、建国300年以上のリスケ王国が有利に始まった。

しかし半年経つ頃には、実力主義のサルバド連合国がリスケ王国を凌ぐようになり、リスケ王国の王子達は15人も居たにもかかわらず、1人、また1人……と、葬られていった。

殺された王子達の実母達は、恨みを込めて金を惜まず暗殺者を送り込む。

俺は間者の気配に疲弊しながらも、家族を守るために領地から距離を保ち続けた。



この戦争が終われば穏やかな暮らしが待っている。

幼馴染の婚約者リゼルを待たせてはいけない。

この国を穏やかにし、速やかにこの戦いを終わらせる。そして、ゆっくりと家庭を築いていくのだ。



野営のテントの中で、毎日のように想像を膨らませ、国から派遣された娼館の女達を丁重に断る日々。



そして、灼熱の太陽が多くの遺体の腐敗を進ませた、ある日。リスケ王国の賢明なる王子三名が降伏宣言を行い、この大戦は幕を閉じた。








よく考えれば伯爵家の次男坊など政治に疎く、立ち回りも6歳上の兄にがやれば良いのだ……と、何処かでタカをくくっていた。跡を継ぐことのない次男坊の俺は騎士団に、所属するまで呑気なものだった。


戦況を読む力に長けていても、人の裏側までを推し量る力は皆無に等しい。




勝利をもたらした英雄として、凱旋パレードを領地で行った夜。

俺は、阿呆のように笑顔を称え、呑気に両親達からの歓迎を喜んでいた。


実家の敷居を跨ぐ俺を最初に迎えたのは()()()の婚約者だった。

傍らには伯爵家の跡取りの長兄が腰に手を回し

緊張した面持ちで立っている。



2人の仲睦まじい姿に俺は全てを悟った。


戦争で家を1年以上空けていた間に、兄はリゼルへ気持ちを向けたのだ。



欲しいものを、欲しいと素直に口にする俺と違い、

地味に、

密かに

水面下で

リゼルを囲い込んだのだった。



戦争での活躍を朗々と謳いながら、自分たちは両思いなのだと関係に正当性を持たせるような話を食卓で延々と聞かされた。

結婚式は未だ挙げていない2人は、穏やかに微笑み合い、お腹の中の新しい命を祝って欲しいと俺の前に跪いた。



並ぶ両親をちらりと見上げると、伯爵家の安泰を一緒に祝わずして何とするか?と、俺に対して何も思わない様子であった。

特に長兄を第一にしていた父としては、俺の婚約者の不義理は、不義理に値しないと思っているのは明白。

我が家に嫁ぐ娘の男子が、上であろうと、下であろうと、変わらない……


そう、俺の気持ちなど全く敬うことは無かった。




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