190 Side.黑と黒の世界
その世界は…、歪だった…。
人がいた…、犬がいた…、猫がいた…、鳥がいた…、凡そあらゆる生物たちが存在していた…。
様々な生物が存在しているというのに…、その世界では「声」が無かった…。
人々は喋らず、犬は吠えず、猫は鳴かず、鳥は囀らない。
席に座って向かい合っても、顔を突き合わせても会話は無く…。
ナイフで心臓を刺されても、車に轢かれ弾け飛んでも、悲鳴も叫びも聞こえない…。
何かの意思で動けども、声は一切聞こえない…。
表情挙動は変われども、声は一切聞こえない…。
それはまるで人形劇…、語り部の無い人形劇…。
何者かの意思は介在すれども、個々の意思は何処にも無い…。
何者かに決められた通りに生き、定められた通りに死ぬ…。
歪な歪な人形劇…、奇妙な奇妙な人形劇…。
故にこそ其れは悍ましかった…。
異なる世界よりの闖入者…、それが現れたと同時に世界中の人や犬や猫や鳥が…、凡そあらゆる生物たちがそれを睨みつけた…。
一斉にそれを睨みつけた…。
そうして即座に走り出す…、闖入者に向け走り出す…。
人は武器を…、犬は牙を…、猫は爪を…、鳥は嘴を…。
それぞれが扱える凶器を携え、闖入者へ向け走り出す…。
しかし声は聞こえない…、怒声も罵声も咆哮も嘶きも…、何も何も聞こえない…。
声も無いまま、怒りの表情で、闖入者に向け走り続ける…。
見えぬ何かの意思のままに…。