178 Side.連合国首都の酒場の店主
多数の小国が集まり形成された連合国…。
その中央に位置する首都において…、国家情報局に匹敵すると噂される程の情報が集う酒場が存在する…。
最も人が行き交い、最も商売が盛んで、最も治安が良いとされるその大通りの中心に、件の酒場は存在する…。
その酒場は商人や旅人が束の間の休息を取る場所であり…、労働者が一日の疲れを落とす場であり…、何らかの情報を求めて訪れる人達の拠り所でもあった…。
確実に情報があるわけではないが…、それでもここ以上に情報がある場所となると、それこそ国が管理運営している情報局以外に無くなってしまう…。
余程の立場でない限り情報局には関われない…、故にこそこの酒場で得られるかもしれない情報は…、市井の者達にとって無くてはならない場所であると言えた…。
「まぁ実際には国家情報局の支部で、国営の酒場なんだけどな…」
「ん? なんか言ったか店主?」
「いや、何も…」
俺は店主。
本名は勿論存在するが、仕事上本名を名乗ることは殆ど無い…。
ここでも店主と呼ばれてはいるが、ただ単に本名を誰も知らないからそう呼ばれている…。
ここは市井の情報を収集する場でもあり、情報を求めてやってくるお客さんに情報を提供する場でもある…。
俺自身は情報の収集と客の愚痴を聞くだけの仕事…、情報を提供する奴は他にいる…。
例えば酒場の隅に座って酒をチビチビ飲んでる薄汚れた格好をした奴だったり…、目の前の席で酒をがぶ飲みして酔い潰れて俯せてるように見せてる奴だったり…、とにかくこの酒場のいたるところに仕事仲間が常駐している…。
この仕事を始めて結構経つが…、思いの外この仕事が向いていたらしく当初の予定よりもこの酒場が早く国中に知れ渡った結果…、目的の一つであった情報の把握と制御は早期に達成された…。
その功績もあり、引き続きこの酒場の店主として働いている…。
「そういや店主…、最近妙な噂を聞いたんだよ…」
「どんな噂だい…?」
「いやね…帝国が王国に再び戦争を仕掛けようとしてるって話を聞いたんだよ…」
「それはそれは…」
本部が手にした情報と合致するな…。
こうして市井にも噂が流れているってことは…、帝国の連中は準備を殆ど完了しているとみてよさそうだな…。
「王国の方もなんか今更徴兵しているとかいう噂も聞いたし…、まーた荒れるのかねぇ…」
「此方に被害が来なければ有難いんですけどねぇ…」
「そりゃ無理ってもんだろうよ店主…。
前回の戦争後も暫くは盗賊被害が絶えなかったんだ…、今回も何らかの被害が出るだろうよ…」
「また国中が騒がしくなりそうですねぇ…」
にしても今更徴兵を始めるとは王国の連中は何を考えているのやら…。
せめてもの抵抗にしては遅すぎるし雑すぎる…。
前回の戦争時に帝国軍が撤退を選んだだけで、講和したわけでも降伏したわけでもない…。
今までなんともなかったのも帝国側が王国側に対して何もしなかったからだ…。
王国との国境に軍隊を駐屯させるだけで、侵攻する様子は欠片も無かったからこそ5年間平和だった…。
何か嫌な予感を感じずにはいられないねぇ…。