12 Side.帝国の教会の大司教
光が収まった祭壇の前で、祈りを捧げていた両の手を解いて立ち上がる。
どうやら無事に、神への祈りは届いたようだ。
聖女を生贄として捧げて行った神託は、確かな成果と予言を齎した。
「無事に勇者様を、この世界に呼び寄せることができたようだ……」
「…おぉ!」
「これで来るべき魔王軍との決戦に勝利する事は、間違いなしですな!」
祭壇を囲むようにしている、周囲の者達が、口々に喜びを露わにする。
(だが喜んでばかりもいられぬか……)
齎された神託の内容を反芻しつつ、今後について思案する。
「勇者様は、聖印を右手の甲に刻まれ、この世界の何処かに降り立ったそうだ……」
「なんと!」
「それから…、魔王軍の襲来時期は、2年後だそうだ……」
「ならばそれまでに勇者様を見つけ出し、導かねばなるまい……」
神託によって齎された内容を、一部を伏せて皆に告げる。
皆もやる気を見せているようだ…。
しかし問題は…、告げられたもう一つの神託の方…。
(堕落の悪魔共の介入が活発化、か…。悪魔祓いの結界の増強を、各地に伝えねばなるまい……)
堕落の悪魔共は古来より、我ら人類の影で蠢く堕落の使徒だ。
凡そ裕福な者を堕落させ、その者に数多の罪を犯させる許されざる存在。
魔王軍と等しくするほどに、人類にとっての、教会にとっての脅威なのだ…。
彼奴らの活動が活発化するならば、教会全体で団結しなくてはならない…!
意を決し、早速行動に移そうと、身を翻して祭壇の間の外へ向かう。
そうすると、司祭の者が声をかけてくる。
「大司教様、どちらへ?」
「世界各地のハーディス教会に連絡を入れる…。 勇者様の捜索と、2年後の戦争への準備を怠らぬように、とな……」
皆に告げながら退室し、足早に執務室へと向かう。
(嘘は言っておらぬとはいえ、隠し事はあまり気分は良くないな……)
だが、告げられた内容が内容だ。
過去の記録の詳細を知る者以外には、極力知られぬようにしなければならぬ…。
(奴らが何処から来るのか、未だ確かな情報はない……)
(下手に広めて、疑心暗鬼からの魔女狩りという、嘗ての過ちを繰り返すのだけは避けねば……)
嘗ての教会の歴史を知る、大司教は思案する。
前回の人魔大戦の最中、民衆に漏れた堕落の悪魔が潜伏しているという情報によって、民衆は疑心暗鬼によって互いが互いを疑い、遂には暴動にまで発展した。
人類連合軍が瓦解するのは防げたが足を止めざるを得なくなり、結果魔王軍を北部へ追いやることしかできなんだ…。
あの時の過ちを繰り返さぬよう、教会の歴史を知っている上層部のみで情報を留めなければ…。
だが、連絡魔話機では他の者に漏れる可能性もある…、ここは皇帝陛下にも協力してもらおう…。
皇帝陛下直属の密偵ならば、余計な者に漏れることもない…。
世界各地の教会に密書を届けてもらい、知る者を可能な限り減らさねば…。
(もう二度と…、教会最大の汚点は二度と起こさせん…!)
決意を新たに、私は執務室へと歩みを進める…。
※用語解説:生贄
神託を受ける際に神に一人の魂を捧げること。
捧げる魂が高純度であればあるほど、より詳細な神託を受けられる。
本来であれば捧げる必要は皆無だが、ダルークルードの神が求めているために神託を求める際に欠かさず捧げている。