105 Side.転移者ダイチ
何だ…、これ…。
「……っ!……っ!!……。」
リクが目の前で燃えている…。
リクが目の前でのた打ち回っている…。
リクが燃えているのに…、何で俺は燃えていないんだ…?
リクが苦しんでいるのに…、何で俺は何ともないんだ…?
「………ぁ……っ………ご……め………」
その言葉を最期に…、リクが跡形もなく燃え尽きた…。
リクが消えたのに…、何で俺は何にも感じないんだ…?
唯一心許せる相手だと思っていたリクが…、死んだのに…。
悲しみも…、怒りも…、絶望すら湧いてこない…。
思考も混濁していない…、至って正常だ…。
何なんだ俺は…。
何で……。
『漸く辿り着いた…』
重く…圧し掛かるような……声が聞こえた……。
声がした方向に振り返る…。
そこには…、大男が…浮いていた…。
黒い瞳で此方を見下ろし…、長い黒髪を後ろに流し…、エルフのような長い耳が黒髪から僅かに見え隠れする…。
そしてその肉体は…、日本にいた頃に本やネットなどで見知ったエルフのそれとは程遠い…、筋骨隆々とした身体だった…。
身長2mはあるだろうか……、クロークを纏い…、その隙間から巌のような筋肉が見え隠れする…。
「何か用なのか…?」
一応言葉を投げかけてみる…。
さっき聞こえた言葉も日本語だったから…、多分通じると思うが…。
『俺達は永い間…、待っていた…』
……言葉が通じているかは判らないが…、話が通じていないのはよく解った…。
「何の話を…」
『この世界にお前が現れるのは知っていた…。
だが…ここまで辿り着くのに…、随分と永くかかった…』
「…聞こえてないですか、そうですか…」
何かに包囲されたままなのに…、話の通じない奴と二人ボッチとか…。
こういう時は…、リクが居てくれるとありがたいんだけど…。
『何れ彼奴に到る為には…、彼奴の欠片が現れるのを待つしかなかった…。
だがそれも終わる…。 今日この日から…、漸く一歩を踏み出すことができる…!』
「欠片…?」
何の話だ……何を言っている…?
『お前の事だ…、虚無の欠片よ』
「!?」
声の雰囲気が変わった…?
見た目に変化はないが…、さっきまでと比べて声に感情が籠っていない…。
しかし…。
「悪いんだけど…、欠片だの何だのは知らないし…、俺に付き合う義理は無いよ…」
『義理も意思も必要無い…』
「!?」
男から潰されそうな圧力が発せられる…。
『欠片を回収させてもらおう…』
そう言って…、男は構える…。
「了承すると思ってる…?」
此方も何時でも動けるように身構える…。
『義理も意思も必要無いと言ったはずだ…』
「!」
男が素早く、右腕を天に掲げる…。
『───────』
「なんだ……!?」
男が何かを喋っているかのように口を動かす…。
だが、言語を喋っているのか…、ただ口を動かしているのか判らない…。
口は動いているのに、男の声は一切聞こえてこない……。
そして何やら周囲に…、異質な雰囲気が漂い始める…。
これは……!
『────』
「ぐっ!?」
続けて何かを喋ったと思ったら…、俺の身体に変化が起きた…。
身体から力が抜ける…。
これは…、身体から引き摺りだされている…!?
幽体離脱か…!?
足元に俺が見える……!
『────』
(……!?)
再び何かを喋った…。
そしたら幽霊となった俺から、何やら黒い球体が染み出てきた…。
何だ…、これは…。
これが…、欠片…?
『────────』
(!?)
三度何かを喋ったと思ったら…、男の掌に向かって黒い球体が飛んでいく…。
そしてその黒い球体が…、男の掌に吸い込まれ……消えた…。
(何が…、どうなって…)
『漸く一つ目の階段だ…』
黒い球体を吸い込んだ右手を見遣り…、決意したかのように握り込む男…。
俺自身の意思を置き去りにして…、勝手に始まって勝手に終わった…。
(俺は一体…、どうなるんだ…?)
何も解らないまま幽霊になっちまった上に…、自力じゃ戻れないときている…。
何なんだよ…、一体…。
『安心するといい…、キチンと元の世界に返そう…』
男が唐突に告げる…。
(何…!?)
どういう…つもりだ…?
(俺を消すのが目的じゃないのか…!?)
『必要なのはお前から取り出した虚無の欠片だ…。
お前自身を消す理由は無い…』
(だがリクは…!)
俺だけが目的ならリクを殺す必要は無かったはず…!
『先に死んだ方なら、元の世界の転移前まで戻しておいたぞ…』
(えっ?)
戻した…?
アレ…?跡形も無く燃え尽きてたような…?
『こちらの世界に渡った時…、彼の方は肉体そのものもこの世界の物に換装されていたからな…。 一度肉体と魂を分離させなければ、流石の私でも手の打ちようがない…』
そうか…、リクは日本に戻れたのか…。
だが…そうしたら…。
(じゃあ俺は…?)
『君の場合は元の世界の肉体のままだったようだ…。
恐らくリクとやらが本来転移させられる対象で、君は巻き込まれただけだろう…。 魂を知覚する神では欠片と融合した君は知覚できなかっただろうからな…』
俺達がこの世界に連れてこられたのは、神とやらの仕業だったわけか…。
一発殴ってやりたいが居場所が解らない…。
まぁとりあえず置いておこう…。
(だがそうなると……帰ることになるのか…、あの世界に…)
煩わしい他人が存在する場所に…。
『欠片が無くなった以上…、以前ほど苦痛に満ちた日々を送ることも無くなるだろう…。
まぁここでの会話も記憶から無くなるから、覚えてはいないだろうがな…』
…!
じゃあ…、他人が近くに来るだけでストレスを感じることも無くなるのか…?
理由も解らないまま苛立つことも無くなるのか…?
以前よりは…、暮らし易くなるのか…?
だが…そうだとすると…。
(じゃあ…今迄の俺は…、欠片のせいで…)
『これ以上話しても意味は無いだろうし、そろそろ送り返すとしよう…』
男が唐突に会話を打ち切り…、何やら力を籠め始める…。
いや…、そこまでバッサリ切られると困惑するんだが…。
『さらばだ、欠片の適合者よ…。
久々に眷属以外と声帯で会話できて楽しかったぞ…。
もう私に会うことが無いことを、せめて祈ろう…』
(あっ───)
結局…、一方的な都合に流されてただけだったな……。
そんなことを思いながら…、俺の意識はプツリと消えた…。
※用語解説:虚無の欠片
とある存在から滴り落ちた【概念の欠片】の一種。
虚無の概念を内包しており、欠片の周囲は全ての存在が消失する。
極稀に【概念の欠片】に適合する存在がいる。
【概念の欠片】に適合した存在は、肉体や精神等にその影響が現れる。