七話
死合い開始直後、アドラーは爆発のような踏切りにより、十数メートルあった距離を一瞬で縮め、その勢いのまま横薙ぎに剣を振るう。
「っ!」
防御がギリギリ間に合い、ガキンッと鋭い金属音が鳴る。
「ふむ、その折れた剣で俺の初撃を止めるか。剣ごと叩き斬るつもりだったのだが、思いの外頑丈なのだな。」
「勘弁してほしい、ところだな。これ以上折られたら、問答無用で殺されちまう。」
「そうか、では俺が先に介錯してやろう。」
「願い下げ、だっ!」
受け止めたアドラーの剣を無理やり上方へ受け流し、私は体勢を低くして足払いをかける。
「む!」
体制の崩れたアドラーの胴を斬り上げるが、体を捻り直撃は回避されたようだ。しかし、体勢を崩してからの無理な回避。ここは攻め時だ。私はさらにもう一歩踏み込み、斬り上げた剣をそのまま振り下ろす。
「ぐぅっ!」
しかし、その一撃は引き戻した剣によって受け止められた。
「ちっ、剣ごと叩き斬るつもりだったのだが、思いの外頑丈なのだな。ってか?」
「くはは、やるではないか。狩人が折れた剣で剣士の真似事かと少々侮っていたが、存外楽しめそうだ。」
「はん、片田舎の狩人ごときに足元掬われるなよ、騎士様。」
そう軽口を叩くが、実のところアドラーの実力は完全に想定外だった。最初の一撃のキレはもちろん、反応の早さ。そして、力を込めても一向に押し込めないこの膂力。
ーちっ、片手落ちのくせして涼しい顔で受け止めやがって。どんな馬鹿力してやがる。
「そうだな。では少々本気でやるとするか。」
そういうと、アドラーの剣にさらに力が込められる。私はこのままだと弾かれると判断し、勢いを利用して後方へ飛ぶ。
「俺の魔法は付加。対象に炎を纏わせるだけの魔法だ。」
アドラーの剣が煌々と燃え盛る炎に包まれる。
「といっても汎用性はそこそこあってな。さっき君の矢筒を燃やしように、君の矢筒に炎を纏わせて燃やしたりすることもできる。」
「……なぜそんなことを教える?」
「深い意味はない。何となくだが、君は戦いながら考えるタイプであろう?俺の経験上そういう手合いには、ある程度考える材料を与えてやると面白いことになる。」
「……。」
炎の剣の切っ先をこちらに向け、にやりと笑う。その顔は、純粋に今のこの戦いを楽しんでいるようであり、遊びに興じる無邪気な子供のようだった。
ーくっそ、本当に何考えてやがる。私の思考を乱すための撹乱か?まぁいい、暫定やつの魔法を付加としよう。そうなると、十数メートル離れた位置から、矢筒を直接燃やせるほどの射程があるってことだ。
「さぁ考えるが良い、アッシュ・ローレント!」
そう言いながら、先ほどと同様に凄まじい勢いで距離を詰めてくる。
「熱っ!なんつー温度してんだよこの剣!」
「くはは、この温度に融解しないで振るい続けられる剣を探すのになかなか苦労してな。」
初撃のときよりも剣速が増し、重くなっているだけでも苦労するというのに、この炎のせいでまともに打ち合うことすらままならない。
「どうした。打ち合ってこないのか?」
「残念ながら打ち合う気分ではないのでな!」
嵐のような炎の剣の連撃を紙一重で躱し、去なし、弾く。
ー長射程の魔法であるのに、私を直接焼くことはしなかった。なぜだ?
「それは本当に残念だな。俺はもっと熱い戦いがしたいのだがな。」
「現状十分すぎるぐらい熱いっての!」
一撃一撃が致死級の剣舞が一旦止み、アドラーは距離を取る。手に持った剣の炎は消えているが、息の切れた様子はない。
「気を利かせてくれたのかな?」
「昔から気を遣うのが苦手でな。安心するが良い、ただの再点火だ。」
そういってアドラーは剣を軽く振るうと、先程よりも色が薄くなった炎が纏わりつく。
「それでは、第二ラウンドといこうか。」
ー生物には付加することができない?否、森にあった蛇の焼き跡は間接的に燃やした感じではなかった。では、しなかった?剣による打ち合いを望んでいる節があるこいつにとって、相手を直接燃やすことは好ましくないと
「くはは、そう言うな。もっとこの熱を堪能していくがいい!」
「遠慮させてもらうよ!ってかさっきより熱いぞ!」
ー本当にそうか?たしかに、しなかった理由はしっくりくる。それこそし過ぎなほどに……ん?し過ぎなほどに?
「にしても良く躱すな。その身のこなしと剣裁き、見事だ。」
「そりゃどうも!」
ーもしも仮に、私を直接燃やすことができないとしたら、燃やせないではなく燃やさないと誤認させたかったのだとしたら、やつのウィークポイントはどこだ?
「しかし、先程から防御一辺倒だな。攻勢に回らんのか?。」
「うるせぇ!だったら少しは攻撃の手を緩めやがれ!」
ー私が確認しているもので、やつが燃やすことができたのは森のアサシンスネーク、私の矢筒、やつの剣の三つ。そしてできないものは私自身。
「くはは、それは出来ん相談だ。こうも俺の剣がひょいひょい躱されているのだ、苛烈になれど緩める道理がない。」
「ちくしょうが!」
ー要素を照合しろ。可能性としては……体積の大きさ、付加前の熱量、構成成分の複雑さ、あとは新人類であるかどうか……ん、待てよ?もしかして、燃やせる可否は魔力を持っているかいないかじゃないのか?異なる性質の魔力が干渉してしまい、魔力を有している人間には纏わせることができないんじゃないか?
「そうなれば試してみるしかないよな。」
「ほう、何か思いついたか。いいぞいいぞ、どんどん来るが良い。」
アドラーの連撃はさらに苛烈さを増し、防御一辺倒な私に対して攻めきれないと判断したらしく、直線的な攻撃だけでなく、フェイントや体術を織り交ぜてくる。どんどん来るが良いとか言いつつ攻撃を苛烈にするのはどうなんだろうとか思いつつも、現状私にとっては格段にやりやすくなったと言える。
「ぐっ!?」
アドラーのフェイントを逆に利用し、カウンターで攻撃を放つ。剣が短いせいで致命傷とはならないが、アドラーの腹部に浅くない傷を負わせ、傷から赤い液体が流れ落ちる。
「悪いが、呼吸を読んでそれに合わせるのは得意でな。」
「…カウンターが君の狙いか?」
「はは、さてどうだろうね。」
話している最中にアドラーの剣に纏われていた炎が消える。そして再び炎を纏おうとしたところで、アドラーの顔が驚愕に変わる。
「ご自慢の炎はどうした?纏いたくても纏えないか?」
「……やってくれたな。」
私がしたことは単純。アドラーの炎が消えたタイミングで細い糸を伸ばし、数巻き程剣に纏わりつかせたのだ。夜の闇のせいで細く光る糸が見えてしまい、私の魔法がバレてしまった可能性が高いが、まぁ仕方のないことだろう。
「別の魔力があるところでは炎は纏えない。どうやら合ってたみたいだな。」
「君の前で魔法を使うのは、矢筒と剣だけだったと思うが、どこで気が付いた?」
「さてな。ただ、あんたは意外と考えて戦うタイプなんだな。」
おそらく、打ち合いの望む発言や最初の名乗りも、すべてがそうではないかもしれないが仕込みの一つだろう。自身の弱点が少しでも露見しないための。
「…仕方ない、仕込みは不十分だが、まぁいいだろう。」
「ん?」
アドラーは後方へ飛んで距離を取り、腰だめに剣を構える。
「アッシュ・ローレント。見事だ。君のその観察眼と実力に敬意を表して、俺の必殺を披露しよう。」
ぞくりと、背筋に悪寒が走った。アドラーの纏う雰囲気が明らかに変わった。肌がちりちりとひりつく様な張りつめた空気。もう既に魔法は纏っていないはずなのに、先程よりも威圧感と熱を放つ剣。そして、この一撃で必ず殺しきることができるという確かな殺意と自信をたくわえた目。
これは本気でやばっ―
「必殺剣弐の型、爪牙」
「っ!!」
その一撃は驚くほどに静かだった。腰だめに構えた状態だったアドラーが、気が付いた時には目の前で剣を振り切った状態でいた。それはまるでコマ落ちのようで、剣を振るうところが全く見えなかった。そして遅れてやってくる痛みと熱。
「ッ…。」
斬ら……れたのか。
「ほう!意識的か無意識か知らんが、俺の必殺剣を防いだか!」
アドラーが何か言っているがそれどころではない。左腕と腹部が斬られた。腹部の方はまだ浅いが、左腕はダメだ。どうやら無意識で剣と左腕を盾にしたらしく、上腕と前腕に獣の爪痕のような四本の深い傷が刻まれている。
「剣筋だけなら、まだしも、移動まで見えない、四連撃とか、バケモンかよ。」
「くはは、そういうな。それに、俺からしたら君のその身体の方がよっぽど化け物に見えるがね。」
左腕に刻まれた深い傷からは夥しい量の真っ赤な血液が、流れ出ていなかった(・・・・・・・・・)。
「血液にしては量が少ない。いや、そもそも人の血液は黒くないか(・・・・・)。」
私の腕からはどろりとした黒色の液体がしたたり落ち、傷口からは明らかに人工物であるコードや機械類が顔をのぞかせ、所々ショートしたような火花が散っていた。
「機械の腕、か。最初に匂った金属と油の匂いのもとはそれか。噂は聞いたことがあるぞ。北西にそういった技術が発達した機械の街があるそうだな。君はそこ出身だったのか」
「……馬鹿言うな。最初に言っただろう。私は守護者だ。この森を、あの村を、そしてここにいたあの人たちを守る者だ。」
「……。」
「例え身体が壊れ、悪魔と罵られようとも、私はここの人間だ。」
「……すまなかったな、アッシュ・ローレント。」
「気にすることはない。それに、私も見せてやろう。お前が言うところの必殺ってやつを。」
「何?」
「左腕が使えない現状、どこまでやれるか分からんが、ただ、覚悟するが良い。」
魔力回路増幅、脳信号加速、そして身体限界解除!
「っ!?」
アドラーから見たら、私が消えたように見えただろう。それほどの速度で回り込み、がら空きの背中に剣を叩きつける。
「くっ!」
アドラーはギリギリ反応が間に合ったようで、その剣戟は防がれる。
「重っ!?魔法は雷の糸だったんじゃないのか!?」
受け止めたアドラーは悪態をつき、本気で驚いているようだった。確かに今なら膂力でも勝っているかもしれないが、押し合いには応じずに剣を振り上げる。
「っ!?」
上段からの振り下ろしを受けようとしていたアドラーの腕が、突然横に伸びる。まるで握った剣が何かに引っ張られているかのように。私はそれに合わせて伸び切った腕を斬りつける。
「ちぃっ!」
剣を手放すことで何とか避けたアドラーだが、躱しきれず右腕には傷を負い、獲物を手放したことにより丸腰となった。私はその隙を逃さず、怒涛の勢いで攻め立てる。
袈裟、左薙、右足に突き、逆風、右薙ぎフェイントからの前蹴り
「アッシュ・ローレント!なんだよ、それ!片手落ちになった途端、速く重くなるなんて!」
「腹斬られた直後に、あの動きをしたお前が言うな!」
直撃は避けているアドラーだが、細かい傷がどんどん増えていき、徐々に私の動きについてこれなくなってきている。このままいけばアドラーは負けるだろう。しかし
気持ち悪い……脳がかき混ぜられているみたいで、視界内の色がめちゃくちゃだ…その上、左腕からの出血が激しい…
決着はそう遠くない。このとき二人はそう思っただろう。それは事実であり、また、二人の予想していたものとは異なる決着となった。
バンッ!!
「おい、そこの二人、僕の庭で何をしている。」
音は豚人種たちを放り投げた離れの方から聞こえた。そこには、腰に手を当て怒気を露わにしている銀髪の小さな少女がいた。