五話
新月の間、二階の一番奥にある部屋で、ここに件の絵師がいるそうだが、今までの情報を統合すると、相当やばいやつであるということが分かっている。私は意を決し扉をノックする。
「ん?店主さんかい?」
返ってきた声は少し高めの男性の声。
「いえ、この村で衛兵をさせていただいている者です。本日は、外部から来たという絵師さんから、少しお話を伺いたく参上仕った次第であります」
んー、敬語ってこんな感じでいいのか?使っているのを見たことはあるが、自分が使ったことないからよくわからんな
「衛兵さんね。うん、僕で良ければいくらでも話すよ。さ、鍵は開いているから、どうぞ」
「では、失礼します」
がちゃりとドアノブに手をかけ部屋に入った私は、それだけで呆気にとられた。
「やぁ、初めまして。この村には複数の衛兵さんがいるのかな?それとも最初に対応してくれた女性の方は臨時だったのかな?」
まずは部屋の中、私がこの村に来てすぐのころは宿に寝泊まりさせてもらっていたので、内装に関してはよく知っている。そして、どの部屋も同じ内装をしているということも知っている。そして私の知る限りでは、あんな大量の石像なんてなかったはずだし、壁や床を覆いつくす風景画もなかったはずだ。ってかここにきてまだ数日だよな?
「ん?入り口で立ち止まってどうしたんだい?ああ、散らかっていてすまないね。どうにも僕には片付けるセンスがないみたいでね。掃除をしたそばから散らかっていってしまうんだ。」
そして、木製の椅子に腰かけ、パネルに向き合い筆を振るう、異形。
「ああ、そっちじゃなくて、僕の方なのね。」
くすんだブロンドの髪をカチューシャでかき上げ、若草色のズボンに白いシャツを着た年若い男性。年齢はおそらく20代前後であろう。とても柔和な雰囲気を漂わせており、明るいその笑顔は、本来であれば多くの女性の目を集めただろう。そう、本来であればだ。彼の顔には幾つかのペイントがされており、左目の下には真っ赤な三日月、右目の下には黄色い雫、額には水色の太陽が描かれていた。ここまでだけなら少し変わった人で済むのだが、どうしても目が行ってしまい、変わった人というだけでは済まない部分があった。それは右腕だ。シャツの袖は二の腕辺りまでで、そこから先は肌色の腕が伸びでいるのだが、肌色部分は肘で途切れている。肘から先は、なんか黒い霧のようなものが吹き出ており、筆を持った歪な石造りの大きな手と繋がっているのだ。彼の魔法なのかもしれないが、あまりにも異質な見た目すぎて、つい凝視してしまっていたようだ。
「す、すいません。不躾な視線を送ってしまって。」
「なに、気にする必要はないよ。こんななりしていると、奇異な目で見られないことのほうが少ないからね」
「すいません。ありがとうございます」
見た目の奇抜さに反して、中身はとても良い人みたいだ。
「それで、僕に話を聞きに来たって言ってたけど、何を聞きに来たのかい?ああ、それと言葉使いは楽なやつでかまわないよ」
「む、すまないな。堅苦しいのはどうにも苦手で。」
「いいっていいって、僕も堅いのは苦手だしさ。」
「そうか、それじゃ色々と聞きたいんだが…まずあんた、人間か?」
「……はっはっは!最初にそれを聞くかい!いいねいいね、実に面白いよ、衛兵さん!」
「お、おう、そうか。あと私のことはアッシュでいいぞ」
「わかった、アッシュ君。僕はマルス。それで、色々と突っ込みどころがあるかもしれないが、しがないただの人間の絵描きさ。」
黒い霧を振り回すとその先にある石の手もそれに合わせて動く。
「…そうか、踏み入った質問をして悪かったな。」
「なに、気にしていないよ。むしろ変に気を遣われるよりずっと快いものさ」
「助かる、私も気を遣うのは得意ではなくてな。」
「はは、それはいい。アッシュ君と僕は相性が良さそうだね。」
「んじゃ、次に聞きたいことなんだが。この村にはここ数日で来たと聞いたけれど、森の中で何かに会わなかったか?怪しい人とか奇怪な魔獣の類とか」
「んー、そうだねぇ。特に変なものとは出会わなかったけれど…。って言っても、僕が森にいた時間はあまり長くないから、重要な情報とは言えないかもしれないけどね」
……ん?
「この村に着いてからは森にも入ってないし、力になれなくてすまないね」
「…いや、協力に感謝する。実は最近森の様子が少し変でね。それも自然的に起こるものではなく、外部から意図的に起こされているように思えてな。」
「なるほど、それで最近外部から森を抜けてこの村に来た僕を疑っていると?」
「たしかにここに来るまでは疑っていたことは認めよう。だが、今相対して分かったが、あんたじゃない(・・・・・・・)。」
「ん?それってどういうことだい?」
「あれだよ、あれ。猟師の勘ってやつだ。私は衛兵兼猟師もやっていてね。」
「なるほどなるほど、猟師になるとそんな特殊能力が発現するのか」
「まぁな。ひとつ予言をしてやろう、今日か明日の夕飯は少し豪華なものになるだろう。」
「それはとても楽しみだ。でも、絵師にだって特殊能力ぐらいあるんだよ?」
「ほう?」
「それはなんと…この黒霧ちゃん!」
「……絵師の人ってみんなそうなのか?」
「はっはっは、流石に冗談だよー。これは僕の魔法さ。」
「まぁそうだろうな。絵師の特殊能力だとしたらアムリタの街は黒霧だらけだろう。」
「、、、はは、それもそうだね。それで、聞きたいことはこれで全部かい?非常に申し訳ないんだが作品の途中でね」
とても申し訳なさそうにパネルを一瞥する。
「急におしかけてすまなかったな、では最後に二つほどいいかな。まず一つは、ここに来るまでに焚火とかしなかったか?」
「焚火?してないけど…どうかしたの?」
「いや、この前森に入ったとき、燻ってる焚火の残りを見つけてな。まだこの辺はかなり暖かいのに、壁にコートなんてかけてあるから随分と寒がりなのかと思って、もしかしたらと聞いてみたんだが、どうやら違ったみたいだな」
「なるほど、そうだったのかい。たしかに森で焚火をするなら処理をしっかりしないと危ないものね。」
「そういうことだ、ありがとう。そしてもう一つなんだが、マルスは一人でこの森に来たのか?」
「うん、村へは一人で来たよ。ここに入るときに対応してくれた女性の衛兵さんに確認をとってもらってもいいけど。」
「いいや、すまなかったな、時間を取らせて。聞きたいことは以上だ。忙しい時に押しかけて悪かったな。」
「ん、いいってことさ。今回は良い出会いに巡り合えたしね。それじゃあ、今度はゆっくりと酒でも飲みながらお話しよう」
「そうだな、また話をしにくるよ」
私はそう言い、部屋を後にした。いくつかの疑問は解消されたが、代わりにいくつかの疑問ができてしまった。まったく、ままならないものだ。