四話
ゴーンっと遠くで鐘の音が三つ鳴る。三つの鐘は暮れ時前に鳴らす鐘、つまり授業の終わりを知らせるものだ。
「それでは今日の授業はここまでにします。授業内で分からないことがあった子は、質問を受け付けてますから、早めに聞きに来てくださいね。質問のない子は暗くなる前に早く帰るように。それでは皆さん、また明日会いましょう。」
さようならーという子供たちの元気な声が飛び交い、教室内ががやがやと騒がしくなる。そんな元気な子供たちを、教卓の前に座る少し緑かかった長い白髪の女性は嬉しそうな目で見守っている。
「あ!アッシュじゃんか!いつの間に来てたんだ?」
そんなミリアを観察していると、横合いから喧しい小僧の声が飛んでくる。
「うるさいですよ、エド。静かにしなさいってな。これで三回目か?」
私はボリュームの調節機能に異常があるとしか思えない小僧に含み笑いをする。エドはえ?なんで知ってるんだ?とでも言いたげな表情を浮かべる。
「いいえ、語学で二回、算術で三回言っているので、それで八回目ですよ。」
「ほう、二桁いかなくてよかったな。」
「うるせぇ!それよりも、今日は稽古つけてくれるのか!?」
そう言いながら眼をキラキラと輝かせるエド。なんかここまで期待されると申し訳なくなってくるな。
「いいや、今日ミドが言ってただろう?ミリア女史に頼まれごとをしていてな。それの報告だ。」
「なんだよ!稽古つけてくれるんじゃねぇのかよ!」
ブーブー文句をいう隣でミリアが首をかしげる。
「稽古?アッシュさんに何か教わっているのですか?」
「こいつが森に入りたいと騒いでいてね。下手に放置するよりも私が監督したほうが安心だと思い、稽古をつけてやると言ったんだ。」
腰ぐらいの高さにある頭をワシワシと雑に撫でてやる。不満げな目線を感じるが特に何も言ってこないから無視してそのまま続ける。
「なるほど、確かにそちらのが安心ですね。エドとシドは目を離すとすぐに何処かへ行ってしまいますからね。」
口元に手を当てくすくすと笑われたエドは、不満げに口をとがらせている。その後、何かを思い出したように目を見開く。
「あ!そうだ先生!魔法の授業してくれるんだろ!だったら実演付きでしよう!先生の魔法は地味だけど、アッシュの魔法は見たことないから見たい!」
「地味……」
「お前、ミリア女史の魔法は結構優秀なんだぞ?それに私の魔法だってそんな派手なものでもないしな。」
事実、ミリアの魔法はとても優秀だと思う。
「なぁいいでしょ先生!授業してくれるって言ったのは先生なんだし!」
「授業をするのはいいですが、アッシュさんにまで迷惑をかけるのは…」
「構わないよ。どうせ魔法の使い方もいつかは教えるつもりだったことだし。」
「……わかりました。ではお願いします。」
「やった!ちょっと待ってて!シド連れてくる!」
非常に嬉しそうな声色でエドは学校を飛び出していく。補修のエドをほっといてシドとミドは既に帰宅していると思われるので、戻ってくるまで5分ほどかかるだろう。
「ミリア女史、今日の頼まれごとに関しての報告を簡単にしたいのだがいいか?」
「迅速に対応していただきありがとうございます。はい、一言一句違わずに記録させていただきます。」
そういってミリアは彼女の魔法を発動させる。魔法というものは魔核を通して魔素を魔力に変換し、それを消費して魔法を行使する。しかし、魔法は何でもできる万能の力というわけではない。魔核から生み出される魔力は人によって違い、基本一種類の魔力しか生成できない。そして一種類の魔力からは一種類の魔法しか行使できない。つまり、人は生まれた時点で自分の魔法が決定し、それ以外の魔法を自力で使うことはできないのだ。
「はい、御願いします。」
「わかりました。では――」
ミリアの魔法は脳の操作。正確には電気信号等を操り活性化させているのだそうだが、外から見ただけじゃあまりピンとこないし、エドぐらいの子供が地味というのもまぁ仕方ないだろう。しかし、その汎用性は多岐にわたり、今行っているのもその効果の一部である完全記憶というものだ。
「――――とまぁこんな感じだな。森に入った人に関しては引き続き調査を行うので、しばらくは森に人を入れないように通達してくれ。」
「はい、村長に私から伝えておきますね。しかし、この短時間でフォレストボアを二体も仕留めるなんて、流石ですね。」
「そうか?あ、そういやその件のフォレストボアはどう処理すればいい?今は私の家の脇に置きっぱなしにしてあるんだが」
「そうですね…毛皮は被服屋のマチェッタさんが、牙は鍛冶屋のエイアスさんが欲しがると思いますので、アッシュさんが必要ないと言うのであれば、私の方から連絡しておきます。」
「そうか、毛皮も牙も私には必要ないから、全部持って行ってくれて構わないぞ。肉の方も私が必要な分だけ取ったら、後はすべて村で自由にしてくれて構わない」
「本当にありがとうございます。この村に安全にフォレストボアを狩れる人は、アッシュさんとキアスさんしかいませんからね。本当に助かります。」
「なに、気にしなくていいさ。出自も分からないようなこの私を、この村に置いてくれた恩に少しでも報えたのなら何よりだ。」
そんな話をしていると、曲がり角から木刀を手に持ったエドとシドが走ってきた。
「アッシュ!先生!準備完了だぜ!」
隣のシドもこくこくと頷いている。
「よし、では早速実演を。と行く前に、まずはミリア女史の講義の時間だ。」
「ええー!!」
「はい。と言っても今度授業でちゃんとやりますので簡単なお話をさせてもらいますね。まず、エドとシドは魔法がどんなものか知っていますか?」
「どんなものか?んー、なんか火とか水とかバーッて出すやつだろ?」
「魔法の一例としては間違っていません。しかし、もう少し根本的なお話です。魔法は魔力を使います。そして魔力は魔素によって生成されます。そして魔素というものは人にとって毒であり、大量の魔素を体に取り込むことは灰化を促進させることに繋がります。ここまではいいですね?」
授業で出たばかりなので二人は無言で頷く。
「では、魔法を使いすぎて魔力が体から無くなってしまったら、どうなってしまうでしょうか?」
「倒れるとか?」
「いいえ、魔力切れを起こしても人の活動に関しては問題はありません。」
「ヒントだ。暑い日や運動した後、大量に汗をかいたらお前らはどうしたくなる?」
「?汗を拭いたり、涼しいところに行きたくなったり、あとは水が飲みたくなったりするかな?」
「あ」
シドは気が付いたみたいだな。
「……なくなった魔力を補充しようとする?」
「はい、正解です。そして補充するための魔力は魔素から生成されますので、体は普段よりも多くの魔素を吸収します。あとはもうわかりますよね?」
「「……。」」
「怯えさせるようなことを言いましたが、知っていてもらいたいのは、魔法は万能で無制限な力ではないということです。しっかりと理解をして正しく使えば、寿命を縮めるようなこともありませんが、一度無茶をすれば、必ず自分に返ってくることだけは覚えておいてください。」
「「…はい。」」
ただの凄い力という認識だったものが、命を削るようなものだったということを知った二人は、すっかりしゅんとしてしまった。
「さて、先ほどミリア女史が言ったように、限界まで使い続けなければ特に問題はないんだ。ここからは私の実演といこうか。」
そう言って私は軽く右手をあげる。
「魔法は基本的に一人一つだが、一つのことしかできないわけではないし、そもそも一つと言っても何をもって一つと判断するかって話だ。」
それに合わせるようにして、地面に転がっていた小石が浮き、私の手に収まる。
「その個人の固有魔法として定義する際、魔法の三要素っていうのがある。」
握った小石を手から離すとそのまま地面に向かって落下していく。しかし、落下の途中で小石は空中で軽くはねた後、そのまま空中で静止した。まるで小石を紐で括り付けたかのように。
「「おお!」」
「その三要素ってのが、属性、性質、傾向というもので、その三つが魔法を形成している。」
少し三人から離れ、腕を振り小石を自在に振り回す。
「属性は今のところ確認ができているのが、火、水、風、雷、地、光、闇の七つ。ちなみに私とミリア女史は雷だ。」
手品のように見せるため限界まで細くしていた雷の糸を、見やすくするために指くらいの太さにする。バチバチと音がうるさいので直ぐにまた細くするが、今度はちゃんと肉眼で見えるぐらいの細さだ。
「次に性質だが、これに関しては無数に存在していて、正直分類できるものじゃない。一人一つの魔法と言われるのもこの多様性が故だろう。そして私の性質は「糸」だ。どう魔法を行使しようとしても絶対に細長い糸のような形状にしかならん。」
「そして最後の傾向に関してだが、これは内在型と体外型という分類がされる。これは少しわかりにくいが、魔法をどこで何に行使するかという部分で分類されていて、体の中でしか魔法を行使できない者もいれば、逆に体外でしか魔法にならない者もいる。ちなみにミリア女史は内在型だ。」
その場でジャンプをし、横に伸ばしておいた薄い糸を左手で掴み、反動を利用して身体を持ち上げてその糸の上に座る。傍から見たら私が空中に腰かけているように見えているだろう。
「「おお!!」」
「とまぁ魔法に関しての実演と講義はお終いだ。続きは次回してやるから、今日はもう遅いし帰りな。」
駄々をこねる小僧共を無理やり家に帰した後、ミリアは村長のところに報告に行くそうだ。私も一緒に行きますかと聞かれたが、あそこの倅にやたらと嫌われている私では無駄な苦労が増えるだろうからと遠慮しておいた。そのために報告をミリアに代わってもらったのだから、彼女には今度何かお礼をすべきなのではないだろう。
「あ、そうだ。一個聞くの忘れていたけど、最近私がいなかったとき――えっと、五日前から三日間の間に誰か外の人とか来なかったか?」
私は一月に一回、三日間だけこの村を離れている。その間の衛兵としての仕事はミリアともう一人の猟師キアスに代わってもらっている。
……やっぱり何かお礼をするべきだろう。
「外の人ですか?ええっと…はい、一人いますね。」
ミリア女史は顎に手を当てながらそう答える。何となく、その思案する姿がやけに嵌っているな……じゃなくて!
「いつ来たのか、どんな人だったとかって分かるか?」
「はい。二日ほど前に外からやってきた人で、絵師の方であると言っていました。そして、あまりはっきり言うのもどうかと思うのですが、とても異質な方でした」
「異質?雰囲気がってこと?それとも見た目?」
「どちらもです。村に来た時には私が対応したのですが、村に入れるべきか否かで迷いまして、村長に相談をしたところ受け入れることとなりました。」
「んー……とりあえず会ってみることにするよ。場所は宿屋?」
「はい、そのはずです。」
「そっか、ありがとう。いろいろ助かったよ。それじゃ、今度こそ本当にお暇させてもらうよ」
「ん、どうしたアッシュ?何か用か?」
場所は村の中央付近にある、村唯一の宿屋兼酒場兼食堂の揺月亭。そして、そのカウンターの向こうにいる、やたらとガタイの良い壮年の爺がこの宿屋の店主、カーサス・ハーケンスだ。そう、現在進行形でニタニタ腹立たしい笑いを浮かべ、今日私にやっかいごとを持ってきてくれたカーサス爺だ。
「爺さん、私に謝らなきゃならないことがあるんじゃないか?」
「謝る?はて、何のことかさっぱりわからんな」
「なるほど、随分と痴呆が来ていると見える。」
「お前さんは随分と被害妄想が激しいようだな。」
「あ?私は面倒を見るのなら最後までしっかりと見ろって言ってるんだ」
「俺だって途中で投げ出す気なんてさらさらないさ。ただ、ガキどもはお前さんを英雄様か何かだと思っているみたいでな。」
「爺さん、もう少しまともな嘘をつけよ。ただのサボり癖のある衛兵兼猟師を英雄視だなんて、あるわけないだろう」
私は悪意しか感じられない嘘に、やれやれといったように息を吐く。
「……三か月前」
「む」
「氾濫」
「むむ」
「キングホーン」
「……爺さん、今日来た要件なんだが――」
「おい!露骨に話逸らすなよ!」
「あ!?知らん知らん!英雄だなんて背中の痒いこと知るわけねぇ!」
「ま、そういうわけだから、ガキどもは頼んだぜ」
「クッソ…まぁいい、それで爺さん、聞きたいことがあるんだ」
「ん?なんだ、文句を言いに来ただけじゃないのか?」
「そんな暇じゃねぇよ。爺さんのところに泊まっている絵師について聞きに来たんだ」
それを伝えるとカーサス爺は渋い顔をした。なんだ、何か変なこと言ったか?
「……何を聞きに来たか知らねぇが、二階の一番奥の部屋だ。」
それだけ告げると、爺さんは奥に引っ込んでしまう。ホントなんなんだ?