三話
「―それでは、この国の歴史について触れましょう。まず、私たちの歴史は大きく分けると三段階に分けることができます。亜人類や魔人類に虐げられていた初期、女神ナスターシャ様と勇者ハヤサカ様が大陸を切り開いていった中期、女神様と勇者様が作り上げた神の塔が倒れた以降の晩期の三つになります。まずは初期の話をしますが、これに関しては紙面上に残る歴史は少なく、殆どは口伝のもので、多くは明らかになっていません。」
「先生ー、なんで昔の人たちは紙に書かなかったの?」
「それに関しては二つのことが原因だと考えられています。一つは、そもそも紙の生産が今ほど潤沢ではなかったということ。もう一つは、歴史を綴るという考え自体が希薄だったということ。まず、紙の量産というものは勇者様の功績であったとされています。そのため、勇者様がいた時代以前の初期には、紙はそれほど流通していなかったと考えられます。そして二つ目ですが、当時の環境は今よりもずっと厳しい状況であったそうです。今日一日を生きていくことで精一杯な状況では、歴史を綴ろうなんて考えは馴染まなかったのかもしれません。」
「なるほどー、わかりました!」
「はい、皆さんもわからないことがあればその都度質問してくださいね。それでは授業を続けます。当時の状況に関しては、学術都市ダンドラームや王都メルキオルに残る、女神様や勇者様が書き残したものとされる書類から、私たち新人類は素の身体能力や魔法適性の高い亜人類や魔人類に虐げられていたそうです。具体的には、今私たちが住むこのエルム大陸の九割は、他の二つの人類が統治しており、新人類は絶滅の危機もあったほどだそうです。」
「絶滅って……亜人類や魔人類の人たちって、そんなに怖いんですか?」
「記録によれば、吸血鬼や暗黒騎士、大悪魔など、人を糧としていた魔人類もいたそうですが、そういった個体は勇者様に倒されてしまっているので、現存する種は限りなくゼロに近いと言えるでしょう。そして亜人類の方とは話したことがありますが、少なくとも今の時代の亜人類の方々は良い人ばかりですよ。魔人類の方はまだ会ったことがないので何とも言えませんが、人は言葉を交わせる生き物です。きっと話せば分かる方々でしょう」
「そっかぁ、よかった……」
「ミドは心配性だなぁ。ま!この俺がいれば亜人類だろうが魔人類だろうがやっつけてやるぜ!」
「うるさいですよ、エド。静かにしなさい」
「…はーい」
「よろしい。そしてそのような絶滅の危機に手を差し伸べたのが、女神ナスターシャ様です。女神様は神という立場でありながらも、私たちと同じように受肉しており、可憐な少女の姿で姿を現しました。これが今から247 年前のことで、明確な年代と日時が明らかになっている出来事の中で最古のものであり、歴史的には中期の始まりともされています。そして、247年前ということから、察しの良い子供たちは気づいているかもしれませんが、この年が、今も使われているナスターシャ暦1年ということになります。余談ですが、それ故に女神ナスターシャ様は、慈愛や平和の神であるとともに、歴史や勉学の神であると崇めるところもあります。次に起きる大きな出来事としてはその五年後のナスターシャ暦6年、勇者ハヤサカ様の召喚です」
「おおっ!勇者様!」
「うるさいですよ、エド。静かにしなさい。」
「……はーい」
「勇者召喚は現在の王都メルキオルにある大聖堂で行われ、女神様に加え8人の優秀な魔法士たちによって召喚が成されました。勇者様は黒髪黒目という特殊な出で立ちをしておられ、とても麗しい方だったそうです。また、勇者様はその類まれなる魔法適性と身体能力の高さ故に凄まじい戦闘力を有し、戦い以外でも賢者の如く様々な知恵を披露したそうです。先ほど出た製紙業もその一つですね。これによって大きな力を蓄えた新人類は攻勢に出ます。その結果、多くの犠牲を出しながらも勇者召喚から僅か10年で、エルム大陸全土の統治を成し遂げます。」
「そして、女神様と勇者様は勝利に浮かれることもなく、すぐさま次の行動をなされました。それが、御二方がなされた行為の中で最も尊い行いと言われている、灰化の撲滅です。皆さんも知っての通り、新人類は他の二つの人類よりも寿命が短いです。それも、他二つの人類に見られる老化による衰弱死ではなく、病のように突然倒れ、数日の後に肉体が灰となります。この灰化の原因は、私たちが扱う魔法の源となっている魔素によるものですが、今は歴史の授業ですので、詳しいことは魔法の授業でお話します。」
「えー!歴史なんかよりも魔法の話してよ!」
「興味を持つことは良いことです。では、エドには歴史の授業のあとで、居残りで魔法の授業をしてあげましょう。宿題もたっぷりと出してあげますので、頑張ってくださいね。」
「え゛」
「それでは授業を続けます。女神様と勇者様は灰化の原因である魔素の存在を明らかにし、それが死の病魔であると同時に新人類に多大な恩恵を与えていた魔法の源であることも発見しました。そこで御二方が取った選択は、すべての魔素を新人類に無害かつ魔法にも使用できるものに変換するというものでした。これも詳しい話は魔法の授業で話しますが、この変換は私たちの体の中でも同じようなことが起きていて、大気中に存在する魔素を呼吸で取り込み、魔核と呼ばれる機関で魔素を魔力というものに変換して魔法を使っています。しかし、私たち新人類は取り込んだ魔素のすべてを魔力へと変換ができないため、体の中に魔素が残り、それが灰化に繋がっているのです。」
「すいません、少し話が逸れましたね。そして御二方は大気中にあるすべての魔素を魔力へと変換するための大規模な装置として、エムル大陸の中心に神の塔と呼ばれる巨大な塔を建造します。これは新人類史上最大の建造物となるはずだったそうです。しかしナスターシャ暦28年、神の塔完成目前で大きな事件が起こります。それは、女神様と勇者様、そして神の塔で作業をしていた1000人以上の人の殺害、および神の塔が破壊されるという事件です。これは「最悪の悪夢の日」などと言われていますが、詳しいことは殆どが不明で、唯一明らかになっているのは「名もない悪魔」と呼ばれる人物が、たった一人で起こした事件であるということで、その後王都からの追跡も逃れ終ぞ捕まらなかったそうです。俄かに信じ難いことではありますが、歴史の上では事実であるらしいです。今でも一部の地域では、悪いことをした子供に「名もない悪魔」が連れ去ってしまうぞと言って叱るそうです。」
「この中だったらエドが一番連れ去られそうだな」
「なんだと!」
「「「あはははっ!」」」
「皆さんは良い子ですから大丈夫ですよ。それに新人類の寿命は長くても70歳、魔人類も亜人類も平均寿命は200歳と聞きました。「名もない悪魔」がいた時代は今から220年も前の話ですから、流石に本人は亡くなられているでしょう。」
「しかし、仮に「名もない悪魔」に子供がいたとしたら、もしかしたら悪魔はまだいるのかもしれませんね。」
「……。」
「さて、授業の続きをしましょう。その後の新人類は―――」