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変わり者たちに告げる  作者: 咲花木
偽善の魔導機人と享楽の吸骨鬼
2/9

一話

私は1日の中に至福と呼べる時間がなければならないと思っている。

それは食事の時間であったり、意中の異性との逢瀬であったり、息を潜め一射で獲物を仕留める狩りの時間であったりと、様々であろう。それは人を人たらしめる不可侵の領域であり、何よりも大事にしなければならないことだと、私は思う。そんな私にとっての至福の時というのは間違いなく今この時であろう。


「ふぁぁー」


柔らかな深緑の香りが混じった風と、暖かいこの日差しが誘う微睡み。そして少し遠くから聞こえる喧騒。この、周りは仕事中にも関わらず自分だけサボっていられるというなんとも言えない優越感。うん、素晴らしいな。


「…五分だけ」


私はごろりと横になり、仕事の最中ということを棚に上げて目を閉じる。

光を少し遮るだけで急活性しだす眠気。それに比例して失活していく私のやる気。


まぁ少しくらいならいいだろう。どうせ今日も平和な1日で終わるんだろうし。


「こらぁー!サボり魔アッシュ!」


しかし、そう思い通りにいかないのが世の常。


「……はぁ、また来たのか。」


まだ幼さを残す高めの怒声がキンキンと頭に響く。それにより先ほどまでの私の眠気は鳴りを潜め、至福のひと時はどうやら終了したらしいことを告げていた。


「また仕事サボって寝てんだろ!顔出せ!」


私は若干重くなった瞼を上げる。そこには普段より少しだけ近く、そして広い青空が私を見下ろしている。


うむ、いい天気だ。こんな日は静かに昼寝して過ごしたかったんだがなぁ。


私はのっそりと体を起こし、不安定な足場で一つ伸びをしてから、下にいる三人の子供たちを見下ろす。


「まったく、うるさいぞ小僧どもー」


眼下には予想通りの三人の子供たちがおり、私は一つ欠伸をしながら、仕事場兼自宅の屋根の上から飛び降りる。


「やっぱ寝てたじゃんか!サボってないでしっかりと仕事しろよ!」


先ほどの怒声の主である、茶髪の癖っ毛に気の強そうな目をしたこの子供。被服屋のマシェッタ婆さんのところの長男であるエド。最近よく来る子供のうちの一人だ。


「そうだそうだ!」


エドに同調するように喚いているこいつが、その次男であるシド。


「ちょ、ちょっと二人とも、そんな言い方アッシュさんに失礼だよ」


そしてオロオロしながら二人を何とか宥めようとしている女の子が、長女のミド。


「残念だったなガキども。私はちゃんと起きていたし、仕事もしていたぞ。その証拠として声をかけられたときも直ぐに反応しただろう?」


意識を手放していなかっただけで、仕事をしていたかどうかは微妙なところではあるが、そんなこと些細なことである。


「嘘つくな!さっきものすごく眠そうに欠伸してたじゃんか!」


「まぁ欠伸はしたが、それが仕事をサボっていた証拠にはならんだろう?」


「ま、まぁそうだけど‥‥」


「人を疑うことから始めず、人を信じることから始めなさい。という昔の偉い人の言葉があってだな?これは数百年前に起こったとある事件を教訓にした言葉であってーー」


「ああ!もうわかったわかった!わかったからお説教はいいって!」


「なんだ、折角私が昔話に基づく話をしてやろうというのに。まぁいらないと言うのなら早く帰れ、私は衛兵としての仕事中なんだ。」


「ぅぅうっ……」


はっはっは、私が子供相手に口で負けるわけなかろうて!


「あ、あの、アッシュさん…」


「ん、どうしたミド?」


「えっと、今日は先生から伝言を、預かってて……」


ミドはおずおずとそう言う。彼女の言う先生とは、この村の学校の先生であるミリア女史のことである。知識人で人格者であるが、怒るととても怖い女性だ。昔、彼女に婚期の話をした勇者がいたが、その後の彼を見た誰もがその話題を決して出さないようにと心に誓ったほどだ。


「ほう、ミリア女史はなんて?」


「は、はい、先日ターニャちゃんのお父さんが木を切りに東の森へ入ったとき、とても殺気立っているフォレストボアの群れを見たそうです。」


「ああ、その件か。それならダニエルさん本人から直接聞いているが、対応の方針が決まったのか?」


「は、はい。アッシュさんに、調査をお願いしたいと先生が」


一応私はこの村の衛兵という立場にいる。村の住人が森に入るときと帰ってきたときをチェックするのが衛兵たる私の仕事であるが、それに加えて村の猟師としての仕事も片手間でこなしているため、困ったことに森の生き物の異変に関しても私の領分なのである。まぁこの村にもう一人熟練の猟師がいるので、彼の意見を尊重すると昨日丸投げしたのだが、この分だと方針だけ決めて対応は私に丸投げされ返されたようだ。


ちなみにフォレストボアとは、この村の東にある森に生息する猪で、大きいものは成人男性ほどの体躯を誇る野生動物だ。気性は決して荒くなく、むしろ非常に臆病な性格をしているため、人の前には表れないどころか番や子以外の同じフォレストボアにさえも近付こうとしないというほどである。しかし、非常に大きな危険を察知したときに限って群れを成すのだ。この習性に関しては諸説あるが、詳しいことはわかっていない。だが、ここで問題なのは、フォレストボアが危険と認識する何かが、この村の近くにあるということである。


「ん、わかった、その依頼引き受けよう。」


一応この街の衛兵だし、皆に危険がありそうなことをそのままにしておくわけにはいかないしな。


「アッシュ!俺らも付いて行きたい!」


「あ?ダメに決まってるだろ?」


「いいじゃんか!俺、カーサスじいちゃんから剣術教わってるし、最近筋が良いって褒められたしさ!」


エドが腰に差した木刀を掲げる。


やけに造りが良い木刀だな。はてさて、どいつまでがグルなんだろうなー。


「はぁ、あの爺さん。子供に何教えてるんだよ。ミリア女史に怒られるの私なんだぞ。」


自称元騎士団筆頭を名乗る爺さんがニタニタ笑っている姿を想像して、私は全力で殴りたい衝動に駆られる。いや、後で会ったら全力で殴ろう。


「な、いいだろ?自分の身は自分で守れるからさ!」


「お前なぁ。身近にありすぎて理解していないかもしれないが、あの森には危ない魔獣の類だってたくさんいるんだぞ?」


それこそ件のフォレストボアを始めとして、徒党を組んで連携を駆使してくるワイルドウルフ、木々の陰からこっそり近づいてくる毒持ちのアサシンスネーク、大きな二本の角でしゃくりあげてくるオールドホーンなど、数多くの獣の類が生息している。基本的に森に入らなければ危害を加えてくることはないが、やつらは縄張りに入ってくる異物に容赦しない。


「そんなのわかっているよ!でも俺だって村を守れるくらい強くなりたいんだ!」


エドは真っすぐで真剣な眼差しを私に向けてくる。子供はこういうときとてもずるいと思う。こうも純粋に真っ直ぐに気持ちをぶつけられたら断りにくいことこの上ない。


「はぁ、どうにも子供の真剣な目には弱いなぁ」


「っ!じゃあ連れて行ってくれるのか!?」


「いいや、それはダメだ。」


「なんだよそれ!連れててってくれるんじゃねぇのかよ!」


私の言葉に一瞬目を輝かせたが、その後すぐに続いた否定の言葉に木刀を振り上げて非難の声を上げる。兄のエドの真似をするように木刀を振り上げてシドも無言で抗議の意を表している。


ってかエドだけじゃなくてシドもなのか。まぁ昔からエドの後ろにくっ付いて色々と一緒にやってたから、当然と言えば当然か。だがまぁ


「爺さんに教わった剣術がどんなもんか知らないが、平地で振るのと森で振るのでは色々と勝手が違う。それに、剣と剣の打ち合いならまだしも、森の中っていう悪条件に加えて、獣相手じゃ役に立つか怪しい。」


「うぅ、で、でも!」


「まぁまぁ話は最後まで聞けって。要するに、人からだけじゃなく、獣の類からも村を守れるくらい強くなりたいってことでいいんだよな?」


エドは訝し気に私を見ながら頷く。シドも同じようにこくりと頷く。


「なら、私が稽古をつけてやろう」


「本当か!?」


「ああ、一応私は衛兵兼猟師だからな。爺さんみたいな正当な剣術は無理だが、森での狩りなら教えてやれる。それでいいか?」


「ああ!ホントのホントにアッシュが稽古つけてくれるんだよな!」


「ん、あまり頻繁に時間は取ってやれないかもしれないがな。そして、私が大丈夫と判断したら森に入っていいぞ」


私がそう言うと二人はとても嬉しそうな顔をする。下手に放置するよりは私がしっかりと見ていたほうが安心だろう。


「さてと、調査なら早めのほうがいいだろうし、行くとするか。」


私はのんびりと家に入り、入口付近に立てかけてある弓と矢筒を持つ。そしてそれを手早く装着する。


「んじゃ、おとなしく待っているんだぞー。」


私はそう言って子供たちに手を振りながら、森へ入る。


さて、面倒なことにならなければいいけどな。



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