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悪党の末路

 床に転がる俺の傍らにかがみこんだ伯爵が、俺の耳朶を摘まんで、小首を傾げる。


「おや? 私の贈り物、あのピアスを何処へやった? こら、可愛い顔で惚けても、誤魔化されないぞ。お前の瞳の色と同じエメラルドのピアス、肌身はなさず、身に付けるように言っただろう。なに、なくした? なんと……。ルカ、私は悲しい。あれは私の愛情の証なのだ。君と私を繋ぐ絆の容。それを、なくしてしまうなんて」

「はい、はい。どうも、すみません。もう我慢ならなくて、外したんです。俺を悩ませる慢性的な頭痛の原因は、発信器の電波的な何かだと思いましてね」


 俺は軽口を叩く。声は上擦って、掠れている。


 俺は最後の審判を受けるような思いで伯爵を見上げた。恐怖心は伯爵の小柄を、ばかでかい怪物のように、膨張させる。ふてぶてしい態度を装いながら、俺は震え上がっていた。


 怖い。伯爵は俺をどうにでも出来る。そして、そうすることを躊躇わない。寧ろ嬉々として色々とする。何しろ、伯爵は人殺しが趣味の悪魔なのだ。


 伯爵は俺を見下ろしている。俺は伯爵より背が高いから、俺が見下ろす側になる筈だが、伯爵は俺を見上げながら、常に俺を見下している。


「面白いねぇ」


 伯爵は髪をつかんで、俺の頭を引っ張りあげた。俺の耳に唇を寄せると、一音ずつ区切って言った。


「う、ら、ぎ、り、も、の」


 俺は伯爵の横顔をまじまじと見つめた。出会った頃から変わらない、綺麗に整った面構え。見れば見るほど、胸が悪くなる。骨相が歪むまで、ボコボコにしてやりたい衝動が、腹の底から突き上がってくる。ついさっき、伯爵の指図で、元同僚達が俺をそうしたように。

 チクショウ。ニヤニヤしやがって。気色悪いんだよ。


 ああ、嫌だ嫌だ。第一印象(ファーストインプレッション)からして最悪だったんだ。気に入らない点はいくつかあるが、特に嫌なのが薄い唇だ。

 こういう奴の、唇の端がめくれるのを見るだけで、ゾッとする。隠れていた悪意が飛び出してきて、残酷なことを始める。その合図に思えてならない。


 俺は真っ当な道から大きく外れている。そうじゃなきゃ、伯爵の下についたりしない。俺はこの伯爵が、ドラキュラみたいな怪物だと知っていて、彼の手をとった。ところが、実像は想像よりずっと悪かった。とどのつまり、俺は甘いのだ。何もかも、甘く見すぎる。


 うんざりと目を閉じると、床に転がる俺の姿が見えた。横向きで床に倒れた肉体は、傷だらけて、血を流していて、痛々しい。それは、すでに死んでいる。


 俺は自嘲した。そんなバカな。俺の末路はこんなものじゃない。一目で俺だとわかるような、綺麗な死体は俺じゃない。


 痛めつけられた肉体の苦痛は、火の玉みたいに燃え盛っている。辛いな。この程度は挨拶がわりなのに。


 じわじわと苦しめて殺すやり方、凌遅刑って言ったか? 伯爵は、ああいうのがお好きなの。おわかり? 五体満足で死ねるなんてことは、まず、ない。


 怖い想像ばかり膨らむ。欲望にはきりがない。さらなる快楽を求めて、どんどん残酷になる。 


 伯爵は朗らかに言った。


「人魚って、いるだろう」


 俺は伯爵をまじまじと見つめた。神経がはりつめて、切れちまいそうだ。切れちまえば良いのに。

 こたえたくなかったが、無視するなんて怖くて無理。俺は仕方なくこたえた。


「いませんよ。マナティーだったか、ジュゴンだったか……どっちでも良い……とにかく、どこぞのロマンティストが見間違えたんだ」


 伯爵が笑った。俺の嗄れ声をかきけして、伯爵は言った。


「人魚はいる。私がつくるから。お前は可愛い人魚になるんだよ。ピアスは、新しいのを贈ろうね。うんと可愛くしてあげよう。だから、可愛い可愛い、私のルカ。楽しませてくれ」


 俺は絶句した。最悪の未来が見えた。


 脚を切られる。断面に海獣の下半身を縫いつけられて、塩酸のプールに放り込まれる。


 伯爵は新しいの遊びを思い付くと、聞いてもいないし、聞きたくもない俺に話して聞かせる。『人魚姫』はその中でも、とびきりぶっ飛んだもののひとつだ。


 生け贄は、苦痛のあまりバシャバシャやっているうちに、ドロドロにとかされて死ぬ。『人魚姫は泡になって消える』のだ。


 それが俺の末路。なんてこった。ヒーローごっこの代償は高くついた。


 いや、違う、そうじゃない。伯爵の言うことをよくきいて、良い子にしていたところで、いずれはこうなった。 


 俺は伯爵に可愛がられていた。伯爵はお気に入りを見つけると、そいつを殺して、死体を剥製にしてしまう、という噂がある。眉唾物だが、俺の前のお気に入りが、拷問され、処刑されたのは本当だ。伯爵の金をくすねて逃げようとしたらしいが、本当のところは分からない。所謂、死人に口なしってやつね。


 俺が殺される本当の理由だって、俺が口をつぐんでいれば、誰にも分からない。この、何もかも見透かすような目をした、おっかない伯爵も、人の心を読むことは出来ない……筈。


 俺は目を閉じた。


 いっそ、このまま死んでしまいたいと願いながら、俺は、こうなった経緯を思い返していた。


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