1話 『情熱の国シザ』
場所は大まかにしか分からないが、ビンセント達はクロイス国から旅立ったのだった。
【西の地】
東の空は群青に染まり、西が夕に暮れる荒野を三人は情熱の国『シザ』を目指してひたすら歩いていた。
「……何にもないな。旅っぽくて、歩くのは好きだがな。というよりこの地図、やはり国外の物だけあって街の情報も何も書いてないしな……」
「おおまかな地図だけど、おかげで西の地までこれたわね」
「あぁ。思い返して心配になっていたが、やっぱりここが西の地であってるんだな。良かった」
クロイス国から出る際に手に入れた地図を確認するも、その地図はどうやら各国のおおまかな地理情報しか載っていない。
今回でいう西の地へ行ける程度の情報しか載っていなかった。
最初はそんな地図を片手に持ち、皆で交代して持って見ながらその状況も楽しんでいたビンセントとミルだが、段々と虚しくなってくる。
歩き続けど変わらぬ風景が繰り返されているからだ。
ビンセント達は境界を使ってこの地まで来たが、ビンセント自身、西の国には行ったことが無いので、
地の情報が地図上に載っている大まかな事しか分からず、境界を開いても出る場所は変わらぬ荒野だった。
街などは見えず、人一人として確認できない。
ビンセントはもう少し歩けば何かの建物ぐらい見えるだろうと思い続けていた。
そんなビンセントに、カミラは声をかけた。
「……あのビンセント」
「ん? 」
何故なら、カミラはビンセントがこの状況を好きで歩き続けていると思っていたからだ。
しかしどれだけ歩いても何も変わらないと思い、ビンセントに尋ねる。
「境界使わないの? 」
「……地理が分からないから、使っても場所が分からないんだよ」
「えっ、いや、地理の確認方法あるじゃない。自分でやってたじゃない」
今朝役所から一度も行った事の無いオスヴァーグ邸を、境界で発見してたどり着いた事をビンセントは忘れていた。
「……なんだっけ」
ビンセントの返答に戸惑いながらも、その地理が分かる方法を彼に思い出させる。
「なんで忘れるのよ、あんな便利な使い方しといて……。ほら、今日の朝オスヴァーグ邸を見つけた方法があるじゃない」
ビンセントは思い出した。素で忘れていた自分を恥ずかしんで頭を抱える。
「あぁ――――ッ! そうだった、その方法があった! 見渡せばよかった……」
頭を抱えるのも無理はない。
デリツィエを出た後境界を使ってクロイス国の西国境に出たが、西の地がそもそも何処にあるのか分からず、国境近くの宿屋にまで聞きに行くことになる。
宿の主人がたまたまいい人で、地理の大変おおまかな世界地図を持ち出して、おおよその距離を伝えると共に西の国の土地について説明してくれた。
主人が地図を譲ると言うので三人はお礼を言って宿を後にした。
ビンセントは宿の主人に教えてもらった大まかな地理と距離を元に、境界を西に向けて何度も開く。
何度も開く中に草が生い茂っていた大地から変わり、荒野が続くようになった。
荒野に入れば西の地に入ったと宿の主人からは教えられていたので、そこから街までは徒歩で行き、旅を楽しむことにした。
ソレから歩くこと小一時間後が今である。
今では土地確認のやり方を思い出したので、気を取り戻し始めたビンセントは境界を小さく開いた。
その境界を三人が覗き込む。見えるのは上空から真下に覗く景色だ。
巨大な湖のような海と、それに寄り添うように明かりが発せられている街が見えた。
「えぇ、全然先じゃないかビンセントぉ」
上空から見れば目に見えていた。
この距離を歩いていくとなると五日はかかるような距離だ。
体力的には全く問題ではないが、精神的に落ち込むミル。
それ以上にダメージが大きいのは、もうすぐ街に着くと心で唱え続けていたビンセントなのだが、
その現実に今気が付けたのが幸いなのだと、カミラとビンセントは思っていた。
「……思ったより全然先だったが、コレで場所はわかったよ。イメージできた」
「お、じゃあ早速」
「行っちゃおー! 」
街の場所を確認できたビンセントはそのまま境界を街の前に開いた。
何気なく開いた境界だが、三人は絶句する。
「――!! 」
無言で歩を進めて、三人は境界を渡る。
出た先は低い岩丘の上で、街は三人の目高より少し遠く下に見える。
三人が目にするのは、群青が空を埋め、地に沈む燃えるようなオレンジの太陽。
遠くまで街に囲まれた巨大な海と繋がる地中海は、その天の色を優しく受け止めて、清く輝いている。
街の地形が海に向かうにつれて段々に下がっており、建物は白を基調とした石造りの建築物が多く並ぶ。
白の壁は光を反射して、街全体を包む。
「凄い、綺麗」
カミラは静かに言葉をこぼす。
ミルはその美しさに呆気に取られており、ビンセントもミル同様に言葉も出ず、目が丸く見開かれている。
しかし天の残された輝きは長く続かない。コレは終わり、この街の日が終わる。
しかし始まりでもある。
太陽が地に沈むにつれて細く鋭い光は街を刺すが、完全に沈むと今度は街その物が輝きだす。
暗さに映える暖かな光が建物からあふれ、街を賑わす。
建物から人が出て、陽気な声が響く。
コレは終わりであり始まり。
この街の夜が始まったのだ。
呆気に取られている二人を見て、我に返ったビンセントは微笑む。
「いいもん見れたな、滅茶苦茶綺麗だった」
「私あんなの初めて見たよ! 」
満足な様子のミルの頭をビンセントは撫でてやり、カミラの手を取って歩き出す。
「あっ」
「さぁ、じゃあ最高の景色の後は、賑やかな街を歩こうか」
ビンセントに手を取られたカミラは暗がりの中頬を染めていた。
「だけどすぐ行きたいから街の入口まで境界開くか」
見える景色は最高だが、ここからでは街まで距離がある為、ビンセントは境界を開いて三人は渡った。
賑やかな声に近づき、ミルのテンションは跳ね上がった。
ビンセントとカミラも久しく賑やかな街を味わっていないので、ミルと同じく気分が上がって紅潮する。
「わ――!! 」
堪らず走り出すミル。
そんな彼女を追って走り出す二人、三人のパーティーはシザの国に向かって進行した。
街の入口、そんな三人を見た目撃者が二人いた。
「おー!! 旅の方かい? 楽しそうだな、どうしたんだ? 」
こんなに賑やかな街、いつぶりだろうか。
寂れる前のクロイスでもここまで賑わってはいなかった。
そんな楽しそうな街があるのだ、それはミルでなくとも気分は跳ね上がる。
先頭で叫び駆けるミルを追うビンセント達も、笑って駆けている。
本人達はそれはそれは楽しい事なのだが、他の者から見れば恐怖を感じるだろう。
三人は正気を失っていた。
「本当にどうしたんだ!? 」
目撃者の二人は恐れながらも入口で迎えようと三人を待った。
「お、落ち着いてくれそこの御三方!! 何があったんだ!? バルカスか!? 」
街の入口に着く間近、走る最中にビンセントとカミラは正気に戻った。
恥じることはさて置きミルを止めねばならない。
それがドラゴンを愛する者の義務だろう。
「あ、っと人だ、ミル! 止まって! 」
「はい!! 」
カミラの声に急ブレーキをかけて止まるミル。
その足元を見ると、地がえぐれて足が少し埋まっていた。
二人はミルに追い付くと、心配そうに街からこちらを見ている二人に目を向ける。
「あー、すみません。はしゃぎすぎていたみたいですね。私は旅の者です」
ビンセントが二人を連れて挨拶をする。
「俺はビンセント・ウォー、旅の魔法使いです。で、この二人がカミラとミルといいます」
「ビンセントさんか。俺はダボ・ラスで、こっちの細いのがケニー・ロッチだ。よ、よろしく」
大柄な体格の男ダボが挨拶の握手を求めて、ビンセントがそれを受けた。
「宜しくお願いします。それにしても、賑やかな街ですね、ここ」
「あぁ、ビンセントさん達ここ初めてかい? そうさ、ここは情熱の国『シザ』! 賑やかな街だよ! 楽しんでいきな! 」
【シザ】
三人はダボとケニーに街の案内をしてもらっていた。
「いきなり叫びながら走ってくるから、俺びっくりしちまったよ。なぁケニー」
「うん。びっくりした」
「すみません、つい」
陽気な音楽と声が心地よく響く道を歩きながら、ダボとケニーが三人に対してシザについて説明してくれた。
二人が言うにはこの『シザ』という国は、元々は別の『サンス』と『ケル』という二つの国だったらしい。
魔物との戦争で崩壊しかけた両国が結びついてできたのが『シザ』という国で、
国の建国は比較的新しく、今年で建国から二十三年という事だ。
また元の二国共に王国であり、統制法は今と変わらないが、現在の二名の王は民と同じ地位で民と共に商業で国を成り立てている。
この国はその起源ともいえる、広大な海により益をもたらされており、海を信仰している者達も少なくはない。
またこの海は地中海とも呼ばれており、漁業や貿易船が盛んに行われている。
戦争後、魔物無き世になると賢者達と共に力を合わせて街の復興をして、国の機能を戻した。
国が復活した後は、その賢者と共に元々あった造船技術を更に発達させていた。
地中海の港を見ると、美しい装飾がなされた大きな帆船が幾つも停泊してある。
また伝説として、国が一つになる前のサンス国が建造したブリッグ船『メアリー・リース号』に勇者一行が乗り込み、シザの地中海港湾外で海の悪魔『リヴァイアサン』を葬ったことが残っている。
メアリー・リース号は勇者一行を下ろした後、役目を終えたかのように港で朽ちて沈んでおり、今も水中に船の残骸が残っているんだという。
勇者信仰者やマニアの間では、沈没したメアリー・リース号の残骸は観光名所として人気である。
ダボは勇者一行のファンらしく、船の残骸の話を嬉しそうに三人に聞かせていた。
「シザにも勇者一行来たんですね」
ビンセントがそう言うとダボが嬉しそうに語る。
話を聞いて言葉を交わす中、陽気なダボは三人へのおかしな恐れも忘れて仲良くなり、この街では珍しく見えるような物静かなケニーからの警戒も無い。
「そうなんだよ! さっき話した船の残骸見るかい? ロマンだぜ? 」
「そうですね、でもできればあの大きな船が見たいです」
「そう遠慮しなさんなって、大きな船も隣に停まってる。それにここから近いし、今じゃ名所になって酒場が浜の近くに建ってるよ! 勇者を下ろした後に崩れて沈む船……。クゥーッかっこいいじゃねぇか! 」
一人で興奮して紅潮するダボはビンセントの手を引っ張って行った。
それに付いていくカミラとミルだが、ミルは大きな船が近くで見れるのでワクワクしながらついて行く。
そしてもう一人のケニーは物静かに後を追う。
進めば進む程海の匂いが濃くなり、潮風がそれを街まで漂わせていた。
ミルは初めて嗅ぐ海の匂いに驚きながらも、別に嫌な匂いではないようであり、この街空気と雰囲気を楽しんでいる。
カミラは、どこか懐かしそうに離れた海を見ていた。
何処を見ても聞いても賑やかな街を暫く進むと浜が目に入り、横の港横に巨大な帆船が停泊してある。
「うぉ――っ!! でっかい船!! 」
「ミルちゃんは船初めて見るのかい? 」
「うん! 初めて見るよ! 」
「でっかい船もいいけど、こっちのはもっといいぜ! 」
ミルはその大きな帆船に大興奮の様子だが、ダボの目は別のところを指している。
広い石階段を下りていくと、砂浜に脚をつけた。
「あれ! あれだよ! 」
ダボが指さす暗い水面の中には、微かに船の残骸が見えた。
「あ、あれ、ですか」
「そう! あれ! 」
『あれ』と言われるが、夜に水中を見ても真っ黒にしか見えず、ほんの少しだけ残骸が見える程度である。日中ならともかく、夜には見えにくいことこの上ない。
「なるほど、なんとなく、雰囲気を感じますね。流石です」
ビンセントが沈没船を褒めるとダボの勢いが増す。
「ダボ駄目だよ。そんなに無理やり見せようとしたら」
勢いの乗ってしまった時の静止役がケニーらしく、ダボを言葉で止める。
「うーん、すまねぇ。あ、そうだ。丁度いいし、あそこで飲まねぇか? 」
ダボが手を向けたのは階段の上にある二階建ての大きな建物で、見た感じ酒の他に料理も出しているようだ。
バルコニーでは屋外席が用意されており、海を眺めてディナーも楽しめるという事らしい。
「おー! それはいいですね、行きましょう! 」
「夜ごはん! 」
「ご飯の間が浅いけどね。でもいいわね」
三人は勇者の船以上に食べ物に興味を持って酒場へ向かう。
【シザ酒場 ペッシ】
店内では客が楽し気に楽器を演奏したり、笑いながら酒を飲んでいた。
一階は外よりも賑やかだったが、逆に二階は少し落ち着いており、二階バルコニーとなると外の賑やかさも波の音で少し薄れ、海と船を見ながらの落ち着いた雰囲気となっている。
一行は二階の席へ行き、椅子に座った。
席へ座ると、ダボが店員を呼び出して何やら次々にオーダーをしていく。
「――う~ん、とりあえず、以上で」
「――はっはい! ダボさ、いえ客様。すぐにお持ち致します! 」
ダボがオーダーを終えると、店員は急ぎ去って行った。
「あぁ、気にしないでくれ。今日会ったのも何かの縁だろうな、今日は俺が奢るよ」
「ダボ、必要経費外だよ。豪遊よくない」
「まぁいいじゃないかケニー」
「うーん」
ダボは笑っているが、ケニーは悩んでいる。
「ダボさん、そこまで気を使わなくてもいいですよ」
ビンセントがそう言うも、ダボは首を横に振ってそれを受けない。
「本当に、いいんですか? 」
「もちろんだよ、俺等はもう友達だし。それより、そんな堅苦しく話さなくていいよビンセント」
「そうですか」
そうは言われても、そうできないビンセントは初対面という理由で躊躇していた。
ダボはビンセントと気楽にしゃべることを望んでいた。
しかし変わらず堅く遠慮がちなビンセントの為に、ダボはポケットからシザの通貨を取り出した。
「それに、ビンセント達はここの通貨持ってるかい? KでもGでもないよ。西一帯はFっていう通貨だからな」
「も、持ってないです」
「そうだろう。あ、その『です』っていうのはもう止めような」
「わ、わかり、わかった。ありがとう」
ダボは念を押しに押すことで、ようやくビンセントが遠慮を少し開いた。
ビンセントの返答を聞いて満足したダボは、大きな筋肉質な体の全体重を椅子に預け、極限まで力を抜いてリラックスしている。
ダボとしては、皆がそうしてほしかった。
暫くすると酒と料理が運ばれてきた。
「地中海で獲れた魚や貝の料理だよ。食べたことあるかな? 」
運ばれてきた料理は穀物と貝やエビを炒めた物や、貝のスパゲティにスープというように多種多様であった。
五人にそれぞれ飲み物と皿と食器が渡ると、ダボが食事の挨拶をした。
「地中海の恵みが、我らを飢えから守り、また飢える者には地中海の恵みを贈り給わん……。さて、じゃあ頂こうか。今日のこの出会いに感謝し、乾杯」
各々グラスを掲げて口に入れる。
食事をしながらダボは、歩く中では語り切れなかったシザの事を三人に対して語り、ケニーは足りない説明の補足をしたりしていた。
話を受けてビンセント達も、自分等のことを聞かせてやった。
そして一人我慢できずに出る、
「美味しぃ――! これが魚と貝の料理なんだね!! 」
ミルの料理に対しての感動の咆哮だ。
無論ビンセントとカミラも食事を大いに味わって感動している。
普段なかなか口にしない、魚と貝をしっかりと調理された料理は、二人にも新鮮な食べ物だ。
食べ物に感動をしていても、ダボ達の話はしっかりと聞いている。
ダボ達の話はビンセントにとって、殆ど新しい話なのだ。聞くうちに気になる部分も多く出てくる。
「あ、そういえば」
「ん? 」
「さっきの話、元々この国はサンス国とケル国に分かれてたって言っていたが、今王は一体何をしているんだ? 民と同じく商業で国を統制して循環させていると言うが、どうにもやり方が気になる……」
いつか自分がそうなりそうなので先に覚えておきたいビンセントだが、その質問に対してダボの表情は少し曇った。
「う~ん。もういいか、コレも縁だし。隠し事は嫌いだしな。というより、ビンセント達がそうに決まってるしな」
ダボが何かを確認するようにビンセント達を見つめながらそう言うと、ケニーがダボを制止しようと口を開きかける、だが今度はダボの手でケニーが止められた。
「一人の王、元サンス王国の王。というか王女は、バルカス・バルバロッサ。今はこの国の裏役だ。
実はこの王女に今少し困っている。正確に言えば、女王が困っている事に困っている」
ダボが言うには元サンス国王女『バルカス・バルバロッサ』は、国が一つになった後、国に近寄る魔物を中隊引き連れて自ら戦いに出る程の好戦家らしく、魔物が遠地で大量に発生した時には遠征してでも魔物を狩に行ったそうだ。
戦争が終わった後は魔物の脅威は去ったが、他国間での戦争を起こさない為の抑止力として彼女はシザ国に在り、またシザ国の裏を支配しているらしい。
「な、なるほど、魔物が消えた後も他国から国を守ってるんだな」
「まぁそういうことになるが、さっきも言ったようにバルカスはこの国の裏側、この際言ってしまうがマフィアと繋がって密輸や盗賊行為の許可をしている。その事は複雑だからもう少し後で詳しく話すが、他事でもう一つ。バルカスは酒癖が悪くてな」
「え? 」
ダボは一つの事件を例に出して三人に伝える。
一年前、バルカスは夜の酒場に一人現れた。
店主に酒を頼むと、バルカスは店を歩き回った。
一通り店の中を確認した後自分の席に座り、それを見計らってか店主が酒を持ってきた。
コレは後で分かったことだが、店主はバルカスの許可を得ずに自らマフィアと関わり合いを持ち、違法な行為を犯し続けていたらしい。
バルカスは当初話し合いの後に店主を連れ出して、法による死刑で裁くつもりだったらしいが、酒が入った途端にその考えが崩れ、店を壊して店主をその場で殺してしまった。
それだけでは済まず、その騒ぎを見たバルカスの部下がどこからともなく現れてその建物を全壊させ、
店主の船を焼き沈め、勢いそのまま国圏外の他勢のマフィア小国に喧嘩を売って半壊させたそうだ。
「うはー、凄いなそのバルカスっていうやつ」
「どんな人なのか、少し会ってみたいわね」
「まぁ、今の話しだと誤解を生むかもしれんがな……。バルカスは間違ってはいないんだ、ただ酒がな、酒だけが駄目なんだよなあいつ」
「……誤解? ――それにしてもずいぶんそのバルカスについて詳しいなダボ」
ビンセントに言葉を突かれてダボは少し間を置いたが、何でもない様に答えた。
「まぁ、それはあれだな。俺が元ケル国王で、今のシザ国王の一人だからな」
酒を吹くビンセントとその隣でフォークを止めるカミラ。だがミルが料理を食べるのは止まらない。
「え、そうだったんですか」
「話し方を戻すなよビンセント、俺はそのままの方がいい」
少しためらいながらもビンセントはダボに合わせることにした。
「そう、なのか」
「あぁ、それにこの国は基本的に無礼講の国だからな。とはいっても、立場上そうもいかんが。因みにこのケニーは俺の補佐だ。甘い俺を正してくれる、言わば俺の相棒だな」
そう言われてケニーは目のやりどころに困っている。
「なるほどな」
「俺達の事情はだいたいこんな感じだ。ようはバルカス・バルバロッサをどうにか丸くさせたいんだ。
バルカスはいい奴だぞ、度が過ぎるだけでな。シザの裏を支配していると言ったかもしれんが、あくまで表である俺の仕事ではない暗部の統制だからな。バルカスがいなきゃ酷いことになってる」
ダボから聞く話を大体理解したビンセントは頷きながら料理に手を伸ばす。
しかし手は、ダボの問いで止まった。
「ところでビンセント。いや三人共、さっきの話じゃクロイス国から旅してきたんだよな? 」
「あぁそうだよ」
「クロイス国にはセシリオっていうマフィアがあるが、知ってるか? ……いや知ってると思うな。ギルドを伝わって俺の耳にも入ってるよ。セシリオ壊滅って」
ダボがビンセント達に言うには、ギルドと部下からセシリオ壊滅とそれを成した者達の名前の報告を受けてからというもの、国の入口に案内役として自ら出て、旅の者達を確認していたらしい。
シザの入口の数は百ヵ所を超えるが、部下を使って表向き案内役として置いて、通る者達を確認していたというのだ。
「ボス討伐者の二名の名前も分かってる」
ビンセントは察して、息を吐いてフォークを置いた。
カミラは変わらず酒を飲んでいる。
「ビンセントにカミラ、二人がセシリオを潰したんだろ? 」
このダボの問いに対しては、ケニーも二人と報告外のミルに目をやる。
「潰したって言うか、向こうからやってきたから、なぁカミラ? 」
「うん。もともと私はビンセントの手伝いをするついでに、賞金首であるボスを倒して捕獲しただけよ」
ビンセント達の返答にダボとケニーは共に顔を青くする。
怯えるのを必死に我慢しているケニーと違い、ダボは苦笑していた。
ビンセントの外見であれば百歩譲って大規模組織であるマフィア壊滅を成しえたと言えるかもしれないが、横のカミラは少し気品が漂う何でもない少女だ。
雰囲気もまるで感じられない。だがダボはおそらく察する、二人の正体を知ることが何よりも恐ろしいことだと。
「やはり、そうだったか。いや、勝手ながら待ってたよ。よく来てくれた」
「いや、待ってたって……、俺達がシザに行くことを決定したのは今日なんだぞ? どうして待っていられるんだ」
「……え、今日? 」
ダボはそれを聞かされて理解できなかったが、考えるのを止めて笑って返す。
「俺の情報網なめるなよ? デリツィエは俺もお気に入りの店だ。クロイス国にもできただろ、あそこの店主トルスト・バラキルのバラキル家とは仲が良いんでな、それに三人もクロイス国のデリツィエが気に入っているという情報も入ってくるのさ。まぁそういう事だ」
「……さすが王様」
「ハッハッハッハッ」
笑うダボは酒を飲み干して料理にがっつく。
ビンセントも食事を再開し、大きな二枚貝に挟まった身をほじって食べ始める。
「旅立ちの日、ずいぶんと賑やかになったわねビンセント」
「かなり、な。なんでだろうな……、魚美味しい? ミル」
「うん! 凄い美味しい!! 」
無邪気に料理意を食べるミルの頭を撫でて、撫でられながら美味しい料理を食べるミルは大変ご機嫌だ。
そんな中重なる不可解な発言が気になってしょうがないダボは、ビンセントにたまらず質問をする。
「な、なぁビンセント? 旅立ちの日ってなんだ。え、っと、今日クロイスを出たのか? そんなわけないよな。だってクロイスからここまで、馬車でどんなに急いでも二週間以上はかかるぞ」
「いや今日出てきたよ」
ダボは真顔でそういうビンセントに驚愕しながらケニーを見るが、ケニーは恐ろしくってただ貝をほじって食べていた。
旅先で事に巻き込まれるのも、旅の醍醐味だろう。




