電車
私は電車に乗っていた。
二人がけの席が向かい合った、ファミリーレストランを思わせる座席。しかしここは電車であるためか、そこにテーブルなどは無い。そのぶん空間を詰められた席は、ひとと向かい合って座るのには、些か窮屈そうにも思えてくる。
そんな四人ひとかたまりの席が、車両の窓際にそれぞれ一列ずつ、通路を挟んで配置されている。ぐるりと見回すと、どうやら私以外にも、乗客がいるようだった。ちらと見えた、背後の席のふたりは友人同士なのか、時折耳に届く忍び笑いは、やけに楽しげだ。斜め前の席に見えたひとの頭が、ゆらりと傾ぎ、鈍い音を立てて、窓硝子に当たる。
堪え損ねた笑い声を、咳払いで誤魔化して、私は流れる景色に目を向けた。
窓の外は夜だった。住宅地のような佇まいながら、時折田畑が顔を出す。高い建物がほとんど無いためだろうか、いやに開けた、がらんどうな印象を受ける。そして、違和感はもうひとつ。
踏切に、電車の通過を、警告を意図する赤い光が、点っていないのだ。そう、気づいたのと同時に
特に望んだつもりもなかった赤色は、車窓の景色全体に、まだらに吹きかけられていた。夜ということもあり、元の見えづらさに拍車をかけられたそこから、私はしょうがなく、自身の手元に視線を落とす。そういえば、何処の駅で降りるんだったか。乗り過ごし、という可能性が無闇に心拍を上げて、私は焦りから、いてもたってもいられなくなった。すると心のうちを見透かされたような、小心者の私に語りかけるアナウンスが、一度だけ。
音声はかなり掠れていたが、聞き慣れた駅名だと解った。私の頭は現金なもので、目先の不安が拭い去られた瞬間、この世の全てを祝福出来そうなくらい、大袈裟なほどの安堵に包まれた。浮かしかけていた腰を落ち着け、長い息を吐く。
駅員の男性が、揺れる車内を危なげなく歩いていった。落ち着いた歩調そのままに、通路を革靴の音がなぞる。私はその時、ふと思い至った。
なんだかここ、静か過ぎやしないか。