episode1
運命を変える出来事というものは、本当に突然起こるもので。
朝遅刻して、食パン咥えて走っていたら、十字路でイケメンとぶつかる……なんてことももしかしたら実際あるのかもしれない。
学校帰りに今日の晩ご飯は何を作ろうと考えていたら、いつの間にかよくわからない路地に迷い込んで気づいたら全く知らない世界に迷い込んでいた……なんてこともあるかもしれ……
「あるわけないでしょうがぁーーーっ!!」
そう。ここは私の知らない世界。
私はプチパニックに陥っていた。
ただ普通に家に帰っていただけなのに。なぜこんなところにいるのだ。別に方向音痴ってわけじゃない。何処に放り出されても、太陽の位置と時刻を照らし合わせて方角を割り出すことだってできるのだ。
なのになんで!というか、どこですかここっ!
「もぉー……なんなのよ。」
先程、"違う世界"と言ったが、なぜそんなことが分かるのか。それは空を見上げれば一目瞭然だった。
「何で人が飛んでるのよ……あれ?まず人なのか?なんか尻尾生えてるよ……はぁ。」
私が立っているここは腰のあたりの背丈ほどしかない木や、はたまた15階建てのビル程の高さを持つ木が生い茂る森(正直森と言っていいのか微妙なんだが)である。その生い茂る木の葉の影から先程からチラッチラッと何かが横切るのだ。それは、尻尾を持った人……いや、獣人か、であったり、いつの時代の生き物ですか、と突っ込みたくなるような恐竜みたいな大きな鳥であったり、もはや説明しようのない物体だったりする。他にも、明らかに地球じゃないと言えるものがある。少し目線を戻そうか。私の正面にあるのは伸び縮みする毒々しい色をしたきのこ。思わずつぶやく。
「スーパーマ○オ?」
そして左を向けば川が流れている。これは見た感じは普通の川だった。ただ、よく目を凝らしてみると見たことのない魚影がチラついている。その魚と目が合っている気がするのは多分気のせいじゃない。
さらに後ろを見る。私の顔を丸呑み出来そうなほど大きな花が咲いていた。牙が生えていてその隙間からは緑色の液体が滴っていて、こっちに迫って丸呑みにしようとしていた。
……え?
「っ!!」
反射的に後ろに飛び退く。
バチン
目の前で口が閉じられた。……危なかった。呑気に解説してる場合じゃなかった。
「移動しよう。」
私は残った右側(先程後ろを向いたから正確には左側になっているが)を見た。
何もいないでくれ。
切に願ったが、そう上手くいくものでもなく、そこには、頭に二本の小さな角が生えた男の人が立っていた。
最悪だ。逃げなければ。
そう思ったのだけど、何故か目が離せない。
肩より少しした辺りまであるだろう色素の薄い紫色の髪の毛を紐で緩くひとつ縛りにしており、正式名称は分からないが袴を気崩した様な服を着ている。上が白で下が赤だった。
巫女服では?と、思ったが口にはしない。何されるかわかったものじゃないもの。
特に目を引いたのは顔立ちだった。なんとも中性的な顔をしている。ただ、私を射抜くその目はすっとした切れ長の目で、眼力が凄い。
刺さる。視線が刺さる。あ、分かった。蛇に睨まれた蛙状態なんだ。
……と、
「────。」
突然、目の前の男の人……長いな、もう鬼でいいや。突然、鬼が口を開いて何か話した。キラリと犬歯が光る。
……あら?ちょっと待って?私の知らない言語だわ。待って待って、もしかしてなにか要求されてたりする?答えなくて問答無用で殺されるとかあったりしちゃうの?ひ、ひとまず、言葉が通じてないことを分かってもらおう。
「申し訳ないですが、貴方の言葉が分かりません。」
おや、鬼が首をかしげたぞ。よかった。通じてないことが分かってもらえたみたいだ。それにしても、怖い顔してるくせに、こてん、と首をかしげた姿は可愛らしい。
「あーあー。これなら分かるか?」
「…………えっ!?」
何故か急に言葉が通じた。
「あぁ、よかった。通じたか。久々だな。この言葉を使うのは。思い出すのに少し時間がかかってしまったよ。」
凄くにこやかに言われた。顔のわりに優しい声音、優しい喋り方だった。しかしなるほど、先程の間は日本語を思い出してくれていたのか。いやはやご迷惑をおかけしました。
「……そうですか。」
「そうだよ。ああ、で、さっき言ったことだが、どうして君みたいな子がここにいるんだい?」
"君みたいな"という単語が少し気になったがひとまず置いておこう。
「気づいたらここにいました。」
「……まぁ、そうだよね。まさか、家族で旅行に来ました!なんてことはないだろうしね。」
「ああっ!」
「うわっ。なんだい、驚かせないでくれよ。」
しまった!忘れてた!私、家に弟がいるんだった!私の両親は他界していていないため弟は私の唯一の家族なのだ。帰らなくては!
「どうやったら帰れますか!?家に帰りたいんです!弟を置いてきてしまったんです!」
ここに来てから少なくとも3時間は経っていると思う。それで、学校を出たのが16:30だったから、向こうではだいたい19:30。弟が遊びから帰ってくるのは17:30だから、2時間は待たせていることになる。
いつもなら弟が帰ってくる頃には私は家にいるし、もし遅れる場合なら必ず言ってから学校に行く。ものすごく心配をかけている。それにお腹も空かして待っているはずだ。
「……………………無理だよ。」
だから一刻も早く……
「…………はっ?」
「……」
「あっ、そりゃあ、会って直ぐの私の為に無償で何かしろなんて言われても無理ですよね。何すればいいですか?何か手伝えることが何でもします。掃除洗濯食事とか、あと「違う。今も、これからも、君は戻ることができない。」」
「……えっ?……うそ……嘘よ!きっと何かあるはずよ!探してみないとわからないじゃない!」
「確かに、探せばあるかもしれない。」
「でしょ!?」
「ただ、少なくとも、僕が知って……いや、生きている間に聞いたことは無い。」
「……今お幾つですか。」
「ざっと数千年は。」
私は目の前が真っ暗になった。
数千年。
そんな長い間見つからなかったものが、探しました!見つかりました!なんてことになるはずはない。例え見つかったとしても、私が生きているとは限らない。つまり、ほぼ100%の確率で家に帰ることが出来ない。
その事実を知り、私は気を失った。
気配がした。自分の領地の端の方にある森から。この世界に存在するはずのない者の気配が。
頭に二本の小さな角を生やした男はゆっくりと席を立ち、目の前の、辺りを一望出来るベランダへ出た。すっと瞳孔を細め遠くを見据える。
あれは……女性か。まだ顔にあどけなさを残している。
男は後ろを振り向き、部屋の中に話しかけた。
「キキョウ。」
「はい。」
「行くぞ。」
「了解しました。」
男にキキョウと呼ばれた側近は右目にモノクルを掛け彼に近づいた。そして、男は左手をキキョウの額に置く。すると、キキョウの瞳孔が男と同じようにすっと細くなる。視界を共有したのだ。
「あそこだ。」
男が森の中の少女を指さす。
「あそこの座標を教えてくれ。」
「了解しました。」
キキョウは一度目を閉じるとモノクルに魔力を流した。モノクルに数字が展開され、少女のいる座標を写し出す。
「南南西の方角ですね。X13,368Y639Z257」
「分かった。助かる。」
男はそう言うとキキョウから手を離す。二人の瞳孔が元に戻った。次に男は右手の親指を噛み、一滴血液を床板に落とした。血は染み込むことなくとどまる。そしてその血を隠すように右の手のひらをかぶせた。その右手からゆっくりと魔力を流す。
『展開』
男がそう呟くと、二人の真下に青白く光る魔法陣が展開される。男が指を魔法陣に滑らし文字を描く。二行ほど書いたところで立ち上がる。男はちらりとキキョウを見て、キキョウが円内から出ていないか確認した。
『移動』
ぱちん、と音がして、二人はそこから消えた。
そして、次の瞬間には、少女から約500mほど離れた森にいた。
男とキキョウは少女を見つけ観察した。一応、ベランダから見てはいるのだが、流石に詳細までは分からない。
腰まである少し毛先の跳ねた黒髪で、首にはなにかよく分からないものをかけている。そして、見たこともない服にずっしりと何か入った鞄を持ち、呆然と空を見上げていた。
男は何度か瞬きをし、少し渋りながら少女の"情報"を見た。
── error ──
おかしい、と眉をひそめる。
「いかがなさいましたか。」
キキョウがその表情に気がつき声をかける。
「errorが出たんだ。」
「error…ですか。まさか…」
キキョウが顎に手を当て渋い顔をした。
「キキョウ。」
「はい。」
「ちょっと、試して(遊んで)みないか?」
「遊ぶ、ですか?」
「そうだ。」
「どのように?」
「いいかい?僕は今から身分を伏せる。そして、何も出来ない男として振る舞う。」
男が少女の方を向く。彼女は何か話していたが良く聞き取れない。
「彼女がどういう性格なのかをみる。そして、僕の正体を知った時、どういった態度をとるのか見てみたいのさ。」
「なるほど。分かりました。では、私はひとまず彼女の前に出るのはやめておきます。」
「すまないね。」
「いえ。でも、側にはいますので。」
「ああ。」
男は少女の元へ歩き出した。
と、あることに気づく。彼女の後ろに"肉食"の花がいる。彼女が喰われようが喰われまいが、それは彼女の責任で男の知ったことではないが、
「目の前で喰われるのを見るのは気分が悪い。」
と思い、走った。そんな男を嘲笑うかのように人喰い花は口を開いた。
ああっ、間に合わないっ!
そう思ったが、彼女はギリギリで気づき後ろへ飛び退き、間一髪で頭をもがれるのを防いだ。
男は少女の前でピタリと止まった。彼女がゆっくりと左を、男のいる方を向いた。目が合うと少女はびくりと身体を震わせた。
「貴女は誰ですか。どこから来ましたか。」
男は少女に話しかけた。ところが、彼女は困惑した顔をした。言葉が通じていないのだ。
今度は彼女が口を開く。
『申し訳ないですが、貴方の言葉が分かりません。』
男は首を捻った。何処かで聞いたことがある。とても懐かしい言語だ。男は記憶を辿りながら久々に日本語を使った。
「あーあー。これなら分かるか?」
少女が目を見開く。ころころと表情が変わる。見てい飽きない子だ。と思いながら会話を進める。
「どうやったら家に帰れますか!?」
男はその言葉にはっとした。
ああ、そうだ。彼女の世界の子は"知らない子"だった。
この世界に来たら最後、元の世界には戻れないことを知らないのだった、と。
このことを告げると彼女は膝から崩れ落ち、意識を失った。男は彼女が、頭を打たないように支えた。ガサッと音がして、キキョウが出てきた。
「主、彼女をどうなさいますか。」
キキョウは、興味深そうに少女を見つめながら訊ねた。
「……キキョウ。城に帰って、僕がしばらく帰れないことを伝えてくれ。あと、キキョウはまたここに来て欲しいから、向こうでのことはアイリスに全てを任せる。無謀なことを言っているのは分かっているんだ。だが、前のようなことはもう2度と起こしたくないんだ。すまない。頼めるか?」
「……ええ。分かっております。承知しました。アイリスにもきちんと話しておきます。彼女も分かってくれると思います。」
男はほっとした顔をした。キキョウがそれを見て少しにやりと笑う。
「でも、帰ったらアイリスに叱られるのは我慢してください。」
うっと男が詰まった。つっと冷や汗が一筋流れる。
「フォローしておくれよ。」
「はい。」
2人はにこやかに笑った。
その後キキョウは男の作った魔法陣で城へ帰った。男は、森にいる魔物に襲われないような場所へ移動し、少女が目覚めるのを待った。
お読みいただきありがとうございます。
連載するぞ!と大見得を切ったのはいいのですが、実は受験真っ只中で、次話の投稿までのスパンが非常に長いと思います。申し訳ございません。首を長くして待っていただけたら幸いです。
追記
誤字脱字、敬語の使い方など、間違えている点がありましたらご指摘お願いします。
追記2
少し訂正をしました。




