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結、中秋と解決、そして秋の終わりの後日談

結が二度あるのは意図的なものです。

前回の「結」は推理小説的な意味での解決編でした。

 走れば間に合うというわけではない、それは分かっているのだが、走らずにはいられなかった。

 頭の中で、さっき聞いた新荷の言葉が反芻される。


――「背景が分かれば動機なんか簡単だ。ノロイの解除にはお賽銭が――もっとざっくり言えばお金が要る。お金は高額であるほど良い。そして、たかが学生程度に、お金は無尽蔵というわけではない。足りない分をどうするかは個人の考え次第だが、1000人からいる全学生中、受験生だけでも200人、ちょいと非合法な手に走るやつがゼロとは言い切れないだろうよ」


――「誰も盗んだ金を使った形跡がない? あたりまえだよ、トワ君。金を使うのはノロイの神様だ。信者はただ粛々と捧げものを運ぶだけだよ」


――「なんでそんなことを、だって? あっはっは、現実主義のトワ君にはピンと来ないかもしれないが、大義があれば人は動くのだ。特に、血気盛んなくせに目標がなく、自分の信念もないような人間には、大義というのは甘い蜜だ」


――「たしか垣谷女史とやらはどうもそこへの信心は足りなかったようだから、信者から見れば不心得者だろうね。いつかの早朝の騒動は、詳しくは省くが、まさにその、垣谷女史の不信心の露呈にもなった。不心得者のために全員がノロイを受け、よりによって学年全員が受験に失敗でもしたら。そういう妄想に、かかった人が居たとしたら? それは十分に大義になるのかもしれないね」


――「そして、それがたった一人だなんて保証がどこに在る。むしろ、大義なんてものは、大勢いて初めて安心して信奉できるのだ。複数人の狂信者がそこにはいるとみていいね。彼らにとって犯行は犯行ではなく、証言は証言ではない。だから、今回の件における証言は、おおむね無意味だ、と断言してやろう」


――「トワ君、今まで地道な聞き込みご苦労だったが、ここで一度方針転換すべきだよ。もう一度考え直すんだ。今回の件に証言は無意味だよ。むしろ本当の意味での犯人なんかいないかもしれない」


――「盗人を見つけて捕まえて晒しあげても、周りはみんな興味を持たず、無関心を装い、そしてむしろ捕まえたトワ君をこそ責め立てるような狂信者かもしれない。だからトワ君が探すべきでは下手人ではないよ」


――「ここはひとつ、黒幕を探すべきじゃないかな」


――「黒幕の特定なら、比較的簡単だと断じてあげよう。いいかいトワ君。黒幕の狙いはなんだ? そのためには一番最初の段階で何が必要だ? 考えてみればわかることだよ。そう、まずは呪いメールを浸透させる必要があるのさ。最初の受信者が誰なのか、そして最初の発信者が誰なのか、だれにも分からなくさせるために、できるだけ広範に、かつできるだけ短期間でノロイメールが送られなければならない。増やした容疑者に紛れようというわけだ。さあそんなとき、君ならどうする?」



 考えてみれば、不自然だった。俺は、そもそも誰から、ノロイメールの話を聞いた? 呪いの内容を聞いた? その解除方法を?

 すべて、同じ人物から最初に聞いたことだった。自分には来ていないと再三主張するクセに、妙に内容に詳しかった、あの――



 外はもう暗くなっていた。下校時間はとっくに過ぎて、校舎に人気はない。そのなかを息を切らして走り抜け、下駄箱の近くにたどり着いた時。そいつは、ちょうど外靴を脱いだところだった。その足に、あるはずのものがないのを見て、俺は確信した。そう、『学校の外から校舎内へ』戻ってきた――


「―――高木」


 ぎょっとした顔で俺を見た高木の手には、何かに膨らんだ、スポーツバック。眼をぱちくりとさせ、高木は言った。


「ほ、ホダ。どうして。帰ったんじゃなかったのか?」


「……高木。そのバッグは何だ。お前、ギプスはどうしたんだ?」


 ギプスの無い足。ジャージはどこを歩いたのか、裾に多量の草を貼りつけていた。そう、まるで山でもあるいてきたかのような。


「え、これ……」


 眼をそらし、とっさにスポーツバッグを背後に隠すようなそぶりをしかける高木の挙動。それで、はっきりした。

 俺は呟いた。


「……おまえだったのか、高木」


「な、なにが」


「ノロイメール、お前が送ってたんだな」


 俺の言葉に、高木はびくりと身体を震わせた。その額には脂汗が浮き始めているのが見て取れた。当然だ。こんなことがばれたら、受験のこの時期、内申書どころの話ではない。友達だと思っていたやつを、追い詰めている事実に、俺も緊張と不安とそれからなにやらわからない罪悪感で耳鳴りまで聞こえてきた。けれど、ここでやめるわけにはいかない。知ってしまった以上は、追求しなくてはならない。垣谷のためにも、そして、なにより高木のためにも、だ。

 緊張に満ちた沈黙。俺と高木の目線が交錯し、そして高木は――

――身をひるがえし、一目散に走り出した。


「おい、高木!」


 慌てて俺も追い始めた。

 しかし、俺は中学高校とも生粋の帰宅部、対して高木はたしか、バスケ部。運動部と帰宅部の脚力の差は歴然だった。だが、俺は全力で走る。走るしかない。相手との距離はどんどん広がり、詰まる気配はない。あきらめたくなってくるが、足を止めるわけにはいかない。


 ふいに。

 耳元で声が聞こえた。



「夏の借りを返してあげるよ、トワ君」


 声とともに視界の端を黒い――強いくせ毛の黒髪が一瞬横切った。俺は息が止まるかと思った。なぜ、こんなところに出てくる。そして同時に思う。実に、あいつらしい。なんでもかんでも見透かしたような、あいつに。タイミングとしては、あいつ好みの、漫画のようなタイミングだ。


 駆ける高木の目の前に、降ってわいたように少女の姿が現れた。廊下をふさぐ位置に、不敵に、不適に。

 新荷冬芽がそこにいた。


「わっはっは。見てな。これが、がっこうおばけのやり方だ」


 新荷の、おばけと自称するには元気に過ぎる宣言と同時に、背後で大きな音がした。俺と高木は驚いて、はっと振り返る。巨大な鉄の扉――廊下の端にある防火扉がすごい勢いで閉じた音だった。


「『学校の怪談』って映画は知っているかい。わりに有名な映画だよ。夏の定番。花子さんに人面犬に口裂け女。特に舞台が木造校舎なのが雰囲気があっていいね。この映画ではまず最初に主役たちが学校に閉じ込められるところから始まるんだ。閉じ込めクローズドサークルってやつさ。ドアも窓も、押しても引いても叩いてもびくともしない。――せっかくだからホンモノが再現してやるよ」


 おばけのセリフにしてはずいぶんと饒舌に過ぎる新荷のセリフとともに、さらに遠くの扉が閉じる音がした。

 高木が新荷を振り返る。その表情は俺からは見えないが、予想はつく。追い詰められた人間がやることなんて、テレビでも映画でもみんな大体同じだ。さもあらん、高木は迷わず新荷に向かって突進した。新荷が危ない、そう思って俺は急いで高木を追った。脚はもちろん痛いが、かまっていられない。


「新荷、よけろっ!」


 俺の友情のこもった叫びを、新荷は鼻で笑った。にやにや笑いを変えないまま、大柄な高木の突進を真っ向から受けた。

 受けて、――そして高木はすり抜けた。高木は勢い余って廊下に頭から突っ込んだ。人間の額とリノリウムの床が激突する、実に心臓に悪い音が響いた。


「聞いていなかったのかい、私はおばけだといったろう」


 どや顔だった。実に晴れ晴れとした表情だ。俺は呆れて足を止めた。言いたいことがありすぎて、何を言ったらいいかわからない。


「なんだい、感謝なら言葉と態度で示すのが礼儀だぜ?」


 俺の表情を見て、何を勘違いしたのか、にやりと笑って新荷が言う。


「別に感謝なんか……あぁ、いや……」


 思わずいつものように反射的に、俺は新荷に反論しようとしてから、口を閉じた。ここですべきは反論ではない。


「うん、感謝してるよ、新荷。……すまなかったな」


「はん。君にそう殊勝な態度をとられると、こっちが困惑してしまうよ。礼なんかいらないさ。ただ、ちょっかいをかけてみたかっただけだ。私は気まぐれだからね」


 礼を言えと言ったり言うなと言ったりややこしい奴である。


「気まぐれでもなんでも、とにかく、助かったよ。――やっぱりコイツ……なのか?」


 床に伸びた高木を恐る恐る覗き込みながら、俺は自信なく新荷に尋ねた。


「おいおい、おばけに説明を求めるな。ナンセンスだねえ。説明できないからお化けっていうんだぜ。説明も後処理もみんな、トワ君、君がやれ」


 新荷は実にいやそうな顔をして言い捨てると、そのままふいと見えなくなった。

 目の前で、である。対話していた相手が消えるのだから、分かっていたって心臓に悪い。

 現れるのも唐突ならば、消えるのもまた唐突だ。まさしく神出鬼没、おばけのようなおばけである。いや、あいつ全然おばけっぽくないけど。すぐすねるし。


    ※


 結局のところ、今回の騒動は、これで終わった。終結したとか解決したとかではない。新荷冬芽が現れたことで、ホンモノが現れたことで、偽物は自らの無謀さを知ったのだ。高木は翌日からしばらく学校を休み、そして憑き物が落ちたような顔をしてあっさり登校した。高木はもう俺に話しかけることはない。スポーツバッグの中身――おそらく、『お賽銭』――の行方は分からないが、先日駅前で、あしなが募金に恐ろしいくらいの大金を突っ込んで走って逃げた男性がいるとニュースになっていた。これを今回の件と結び付けるかどうかは聞いた人次第だ。それと、今回の件とはたぶん関係ないが、例の祠は、近所の誰かがボヤ騒ぎを起こしてしまい、あっさりと焼け落ちたらしい。焼け落ちた社を再建する者も無く、跡地のそこは今、ただぼんやりと小さな広場があるだけだった。

 そうして、ノロイメール騒動は誰にも知られることなく、ただ終わった。始めた本人が急にやめたのだ。新荷風に言うならば、「作者が逃げ出した連載小説」とでも言うものだろうか。もちろん、放置していれば「お賽銭」は今でもあの祠に投げ入れられていたのだろうが、なにしろ社自体が焼け落ちたのだ。どうしようもない。それでも不安がるような奴もいるだろうが、そこは俺が無い知恵を絞って、適当な嘘を噂として流した。いや、嘘でもなんでもない。「ノロイは祠にとりついた偽物だった。偽物の悪霊は本物のカミサマの怒りに触れて、本物のノロイを受けて消えた」という噂は、噂ではなく、真実だ。少なくとも俺にとっては、だが。その俺の嘘は、どれくらいの信憑性でもって受け入れられたのかは分からないが、とりあえず、新たなノロイも起こらなくなった今、誰もが過ぎた記憶として、口裏を合わせたかのように誰一人として口にするものさえいなくなった。一過性の風邪が流行っても、治り収まればもう誰も気にもしなくなるような、そんなそっけなさだった。あるいはそれは、忘れたように振る舞うことで、なかったことにしようとしているようでもあった。


    ※

 垣谷には、謝るしかなかった。例の封筒の大金は、どこかの恵まれない苦学生を救っているかもしれない、なんて根拠の無い話をするわけにもいかず、ただ見つけられなかった無力を、謝った。

 垣谷は、憑きものが落ちたような顔をして、


「ありがとう、穂高クン。でも、もう、いいの。あのお金は、もともと、お賽銭にしようと思って集めたお金だったから。ノロイも無くなったし、お賽銭をしたのと同じことになっちゃったみたい」


 結局のところ、あの封筒は何だったかというと、そういうことらしかった。あの大金を集めるため、音楽プレイヤーも売り払ってしまったらしい。不安が募るたび、それを打ち消すために『祈る』ための貯金をし、徐々に金額は増えて行ったという。それでも『祈る』決心がつかないでいたそうだ。だけれどあの日、ついにその決心をつけ、学校の帰りに『祈る』つもりで持ってきたのが、例の封筒なのだそうだ。

 そして、垣谷がそこまでするほど恐れていた『ノロイ』はなんだったのかというと、――『大切なものがいなくなる』というノロイだった。俺からすればただのあいまいな失せもの予言だが、垣谷に言わせれば


「大切な、穂高クンがいなくなっちゃうんじゃないかって、私と別れたいって言いだすんじゃないかって、不安だった」


 ……のだそうだ。


「今まで、喫茶店にいつも付き合ってくれてありがとう。でも、もういいかな。デートって、ムードも大切だけど、やっぱり、一緒に居ることが一番大事だね。無理をしたらそれこそ、『大切なものがいなく』なっちゃう。それが、今はもう分かるよ。ね、次は、私立図書館で一緒に勉強しよ?」


 そして、「それと」と小さく付け加えた。


「ナガヒサくん、って、呼んでも、いい?」


 そう言って、垣谷は気恥ずかしそうにほほ笑んだ。



 最後に。

 事件の終息を伝えに行った教室に、時計塔に、準備室に、廊下の奥に、図書館にさえも、新荷冬芽の姿はなかった。

 まさしく借りだけを返して、新荷冬芽は、俺の親友は、俺の前からふたたび姿を消した。まるで、恋人を得た俺にはもはや孤独をかこつ親友としての出番はない、とでも言うように。


今回の「結」はアクション的解決編でした。


長い長い話を、読んでいただき、本当にありがとうございました。

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