承2、初秋と彼女の不安
長らく間を開けましたが、完結のめどが立ちましたので、投稿再開します。
あちこちのミスに気がついたので、訂正作業と並行しながらになりますが。
家に帰って自分の部屋でやりたくもない勉強をしていると、メールが入った。送信者は、垣谷。
【 穂高クン、今日は無理言ってごめんね(><) 一緒に勉強できてうれしかった(≧∇≦) お金は明日ちゃんと返しますm(__)m 】
ずいぶん気にされていた。返信する。
【 気にしないでいい。おごりたかっただけだから 】
ぱたん、とケータイを閉じ、勉強の続きをすることにした。彼女が自慢できない成績だけは取りたくない。
※
翌日。3時間目の休み時間になっても、垣谷が来ていないなと気がついた。ああいう文面のメールを出してきたということは、いくら俺が断っても、結局金を返そうとするに違いないからと、朝までは身構えていたのだが(もちろん、断るつもりで)しかし来ないなら来ないで気になる。様子を見に隣の教室のドアから、こっそりと垣谷の席をうかがった。
(―――なんだ、いるのか)
もしや風邪でも引いたかと心配したが、そうでもないようだ。垣谷は席について、なにやら封筒のようなものを覗きこんでいた。なにか確認したのか、小さくうなずくと、丁寧に封筒に封をして、そっとカバンの中に仕舞った。ちいさな動作一つ一つが可愛いと思ってしまうのは、多分ノロケだと言われてしまうのだろうが、思ってしまうのは仕方ない。吹聴さえしなければいいのだ。ここで声をかけてもいいのだが、やめておいた。のぞき見したと誤解されたくない。
そのまま、自分のクラスに戻る。今日も喫茶店に行くだろうか。たまには、こちらから誘うのも悪くないかもしれない。
※
放課後、さっそく誘いに行くと、まずは昨日の代金を、と主張された。強いて断ること数回、なんとか納得してもらった。そして、改めて今日もいつもの喫茶店に行こうと誘うと、予想外に少し渋られた。ショックを受けつつさりげなく問いただすと、どうやら懐が寒いらしい。考えてみれば、連日おしゃれな喫茶店に通い詰めているわけである。さもありなん。というか昨日のこともそれが原因か。やはり断ってよかった。とりあえず今回もおごるということで強く言ったが、それも嫌がられ、結局は近場のファミレスになった。ドリンクバー飲み放題というのが学生にとってどれだけ魅力的だったかは言うまでもない。むしろ、俺としては無理して喫茶店に行くよりも気楽でいいのだが、垣谷に話すと、ムードが大切と力説されてしまった。やはり女子というのは難しい。が、背に腹は代えられない。どこであろうと一緒に居られる方が大事だとこちらも力説し返すと垣谷も納得したらしく、ほんのり赤い顔をしてうなずいてくれた。やれやれ。
そんなわけでファミレス。いつもより周りが騒がしいが、その分逆に周りが気にならない。いつものようにお互いに問題を解いては分からないところを聞いたり、あっているかどうか確認し合ったりした。まじめにやっているようで、雑談も交えながらの、つまりいつも通りのデートだった。雑談のネタは何でも構わない。学校のこと、最近気になること、お互いのこと。
一通りの自習をし終わり、垣谷は荷物を片づけ始めた。俺は調子に乗って注ぎすぎたジュース類を責任もって処理に当たる。ちゅるる、と間抜けな音がしばらく響いた。
「そういえば、なにか郵便を出す用事があったんじゃないか?」
間抜けな音の気まずさに、なにか話さねばと思い、口の開くままにふとそう訊くと、垣谷は
「え? なんのこと?」
ときょとんとした。
「ほら、今朝封筒見てたから……あ」
言ってから気が付いた。あわてて口を閉じるが、当然もう遅い。
「み、見てたの……?」
覗き見が垣谷にばれてしまった。心なし、身を引かれている気がする。
「いや、その、声かけようとしたんだけど、封筒見てて忙しそうだったからやめたんだよ。代わりにこうして誘っただろ」
「穂高クン、見たの?」
「いやいやいや、見てない、見てない。遠かったし、一瞬だったし」
垣谷の目が怖い。しかしこっちとしてもたまたま(?)見てしまっただけでここまでの目をされるいわれもない。俺はあわてて顔の前で両手を勢いよく振った。
「ほんとに……?」
じとーっとうわ目に見つめられて、二つの意味でドキドキした。
「ほんとほんと、カミサマに誓って」
出来るだけ軽い調子でそう言ったら、垣谷は突然、ばっ、と立ち上がった。
「えっ、垣谷?」
「……かえる」
は? 蛙?
「ごめんね穂高クン、わたしもう帰らなくちゃ。また明日!」
垣谷は一声叫ぶと、さっと脇に置いていたかばんを手にして、そのまま小走りに出て行ってしまった。
「え、おい、垣谷!」
俺も慌てて立ち上がる。だけどレジのところで店員に鋭く呼び止められてしまっているうちに見失ってしまった。諦めて席に戻る。何をしたらいいかわからなくなって、とりあえずジュースの残りを一気飲みして、それから荷物をまとめてみる。垣谷の荷物はきっちり回収されていた。なんという手際の良さ。自衛官のようだ。荷物を片付け終わって、どうしたもんかと悩んだ末、ケータイを取り出した。垣谷に今の急の帰宅についてのメールを打ち込もうとして、はたと手がとまる。
(なんて書いたらいいんだ……?)
どうして帰ったのかと聞くのも、問い詰めているようだ。俺は頭を抱える。出来るなら早くメールしたいがなにを聞けばいいのか――その文面が――浮かばない。こういうとき、国語の成績がイイ奴はきっと苦労しないんだ、と無根拠な恨みまで浮かんできた。
ぐぬぬ。
と、唸っていると、
「……穂高クン」
頭の上から声がして、はっと顔を上げた。気が付けば割と時間が経っている。
「か、垣谷」
垣谷が戻ってきていた。走ってきたのか、ちょっとだけ息が上がっている。
「あの……」
うつむく垣谷に、
「よかった、なんてメールしようかと思ってたんだ」
重圧から解放された俺はホッとした。やはり理系の俺に文系の能力はない。
「お、怒ってないの?」
垣谷は恐る恐るという感じで問いかけてくる。怒るも何も。
「いや、戻ってくれてよかった。こっちこそなにか、無理させてるんじゃないかと。予定があったんじゃないか? というか戻ってきてよかったのか?」
「わ、忘れ物して……」
申し訳なさそうな表情の垣谷。
「ああ、そうだったのか。一緒に探すよ。なに忘れたんだ? プリントか?」
「え、えっと……」
言い淀む垣谷。しばし視線をさまよわせた後、うつむいて、蚊の鳴くような声で答えた。
「ふうとう……」
「ふうとう? あ、今朝の封筒?」
「うん。えっと、お店出た後カバン見たら、無くて。ここで落としたのかもって。でも、いいよ、自分で探すから」
「といっても、俺も荷物片付けたからな。見ての通り、机はなにも無いぞ。それとも一緒に仕舞っちゃったかもしれん。俺も探した方がいいか」
「でも……。えと、中身、見ないでくれる?」
そんなこと言われたら俄然気になる、と応えそうになるのを済んでのところでぐっとこらえる。アイツの影響で口が軽くなりかけているらしい。自重すべき時は忘れてはいけない。
「垣谷が見て欲しくないなら、見ないよ」
俺は紳士らしくきっぱりと宣言してから、自分の荷物を開けた。さっきしまった教材を取り出して、ページの間に挟まっていないか丹念に調べ始める。
――数分後。
「……ないな」
「ないね……」
その事実に、二人して視線が下に向いてしまう。
「垣谷。その封筒を最後に見たのはいつだ?」
「えっと、今朝、一回中身を確認した後封をしたから、カバンに入れたのは覚えてる」
「そのあとは? カバンをひらいたときとかに確認したか?」
「そのあとはさっきお店の外で確認するまでは触ってないし、そもそもカバンの中のポケットに仕舞ったから見てもないよ……」
言いながら、垣谷の声が小さくなる。それが示す事実に、気がついたのだ。俺は思わずうなった。
「盗まれた、かもしれないな」
「そんな……」
「中身は、やっぱり言えないか?」
うつむく垣谷。俺は小さく息を吐く。
「大事なものか?」
「うん。……はやく、取り戻さないと」
「急ぐのか?」
「出来るだけ早く………ねえ、穂高クン、どうしよう」
垣谷はおろおろと、俺の腕を思わず、といった感じで掴んだ。垣谷の動揺が、垣谷の手から伝わってくる。
「……手伝うよ。探そう」
その体温に、俺は力強くうなづいた。
※
探すべき場所は少ない。学校で封筒を確認した後の垣谷の行動を追うだけだ。逆にたどることにする。ファミレスを出て、学校までの道のりを辿っていく。道路わきや、民家の植え込み、どこかの隙間。注意深く観察しながら二人で歩いていく。といっても放課後は行動を共にしていたので、その間の垣谷は別にカバンを開きもしていないし、手に何かをもっていたわけでもないことは誰よりも俺が知っている。だからこの探索はあまり意味がない。ただの念のため、だ。
不安そうに俺の袖口を指をひっかけるように掴んだ垣谷が、きょろきょろと周りを見回しながら、ついてくる。
「ねえ、穂高クン……」
垣谷の不安そうな声。
「これって、ノロイ、なのかな……?」
俺は垣谷を振り返る。
「封筒をどっかに置き忘れることがノロイ? だとしたらずいぶんちゃちなノロイだな」
笑い飛ばそうとしたが、垣谷は真剣な顔のまま、
「だって、この前のノロイメールに、『大切なものがいなくなる』って、書いてて」
「だったら大丈夫だ。いつもノロイメールは俺に送ってくれてただろ。ばっちり対策済みじゃないか」
「……でも」
なお不安そうに言い募る垣谷。俺は、そんな垣谷の頭に手をやり、ポンポンと軽くたたく。
「心配するな。大丈夫だ。――もし盗難なら、そりゃノロイじゃなくて窃盗、普通の犯罪だ。オカルトでもなんでもないだろ」
そして俺は顔をあげる。垣谷もつられたように目線を前にやって、「あ……」と呟いた。目の前には門扉の閉じた校門。学校に到着してしまった。つまり、道中に落としたわけではなく、盗難、という可能性が大きくなったのだ。
とりあえず、次は転になりそうです。